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卯辰一郎の朝戸調査報告は第一報からちょうど6時間後の16時に行われた。
第一報で明らかになった人物、朝戸の妹殺害のもみ消しを図った疑いのある白銀篤についてである。
「ある日忽然と姿を消した?」
「はい。家族全員失踪。奴が済んでいた家は荒れ放題です。白銀の自宅の周辺住民曰く、近所付き合いがほとんど無い家庭だったようです。なので気がついたら家の草が生えっぱなしになって荒れていたと。」
「何か手がかりのようなものは。」
神谷の問いかけに卯辰一郎は首を振って応える。
「ヤサに踏み込ませたんですが、ただ散らかっているだけでめぼしい情報は何一つありませんでした。」
「くさいな。」
「はい。プロの仕業かと。」
「まさか朝戸が白銀を始末したとか?」
いやそんなはずなはい。朝戸が白銀を始末すればその復讐心は満たされる。彼のゲームはこれで終わりだ。神谷は自分の発言を即座に撤回しようとした。
「カシラ。実は自分もひょっとしてと思っていまして。その線。」
「え?」
一郎の言葉は神谷にとって意外だった。
「うん?どういうこと?」
「いや、白銀篤って名前は出てくるんでが、朝戸沙希をひき殺したと言われる白銀の息子ってのが、名前も顔写真もなにも出てこないんです。」
「そういやそうだな…。名前も顔写真も見ていない。」
「はい。おかしいと思いませんか。朝戸沙希に直接危害を与えたのは白銀息子です。その人物の情報が得られず、こちらに入ってくるのはオヤジのネタばっかり。そいでそのネタも不完全なものです。匂わすだけ匂わせて、肝心なネタが入ってこない。」
「まさか朝戸が嘘をついていると?」
「可能性は排除できません。」
「ただそうなると朝戸が最上にノビチョクを盛った動機が…。」
自分の顎をさすりながら考えていた神谷の手が止まった。
そして目の前のパソコンにノビチョク事件の記事を表示させた。
「東倉病院か…。」
「カシラはこの東倉病院に最上が入院していたのはご存じだったんですか。」
「いや知らなかった。というか引退した人間とは基本接点はない。」
「というとただのご隠居ですね。」
「そうだ。」
「しかしそんなサツに接点のないただのご隠居を殺害することに正直何の意味があるんでしょうか。奴らにとって。」
「いや、ただ最上は協力者だった可能性はある。」
「協力者…。」
神谷はそうかと言って立ち上がった。
「事件当時、最上と直接会っていた松永理事官は間もなく逮捕拘留された。事件の被疑者として。」
「なるほど…その松永理事官の協力者だったって訳ですか、最上は。」
「しかし誰が誰の協力者かってのは察庁の理事官クラスじゃないと把握していない。」
「となると察庁に朝戸らのモグラが居ると。」
「だろうな。そうでないと説明がつかん。」
携帯バイブ音
神谷の携帯が震えた。
画面に表示される名前を見て神谷は姿勢を正した。
「お疲れさまです。片倉さん。ちょうどこちらからも連絡しようとしていたんです。」
「うん?ヤドルチェンコの件か。」
「それもありますが、まぁ諸々です。」
「手短に頼む。」
神谷は野本経由の古田による朝戸調査依頼について端的に片倉に説明した。
「白銀篤か…。」
「はい。ご存じですか。」
「情報が無いわけじゃあない。」
「どんな情報ですか。」
「ウチにモグラがおってな。そいつが全部仕組んだ存在らしい。その白銀って奴は。」
「仕組んだ存在?」
「話すと長くなるんやけど、まぁサツの中にモグラがおったんや。仮にそいつをKとする。Kは朝戸とコミュで知り合った。Kは朝戸に妹の事故死の件を相談。するとKは朝戸にこいつがホシやって事故車両の写真提供。その運転者は白銀という警察幹部の倅って吹き込まれる。ただ相手は強大。だからKが手を貸してやると持ちかける。」
「何を持ちかけたんですか。」
「復讐の機会を作ってやるってな。」
「なんだって?」
「って言っておきながら、Kは朝戸に相談を持ちかけられたとき既に、その白銀を特定の上殺害していた。そして朝戸の妹の事故を担当する所轄署に、警察幹部である白銀という男が圧力をかけていると噂を流す。所轄署に妹の事故死の捜査依頼を訴え出る朝戸はその噂を耳にする。朝戸は白銀篤という得体の知れない強大な力に復讐心を募らせていく。って感じや。」
「なんて用意周到な。」
「で、いよいよ復讐の機会ですって最上さんにノビチョク盛らせた。」
「…。」
「どうした?」
「片倉さん。その白銀なんですがウチの調べでは、朝戸沙希をひき殺したと思われる白銀息子の名前も顔も出てこないんです。片倉さんのとこにその情報ありますか。」
「えっ…。」
「その反応…。」
「あ…確かに言われてみれば白銀篤って…ホシのオヤジや。ホシ自体の情報が何も無い…。」
「そうなんです。実はウチ、白銀家のヤサも調べたんです。」
「白銀のヤサを?」
「はい。ですが何も手がかり無くってですね。」
「息子のか。」
「はい。息子って言うか何の痕跡もないんです。ただサツの中にモグラが居たとなれば、その用意周到っぷりもうなずける。」
「…。」
「当の白銀息子の情報が全くないもんだから、案外、朝戸がとっととそいつを殺して、適当なことを触れ回ってるんじゃないかとも思ったんです。」
「適当なことを触れ回ってる?」
「はい。白銀篤という警察幹部の存在と圧力です。そのサツの中のモグラがやっていたと思われること自体、朝戸がやってたんじゃないかって。ただ、いまの片倉さんの話を聞いて合点がいきました。モグラいたんですね。そのモグラが何らかの理由で朝戸を誘導し、最上さんを殺害した。」
「待て神谷。」
「はい。」
「白銀息子の調査継続できるか。」
「え?」
「お前の言う通りや。確かにホシ自体の情報が入ってこんのはおかしい。」
「しかしサツの中にモグラが居たんだったらそれで説明がつくような気がしますが。」
「確かに説明がつく。しかし肝心な部分が抜け落ちとるがいや。白銀息子の情報が。」
「まぁ…。」
「至急、洗ってくれるか。」
了解しましたと、神谷は片倉の依頼を受け入れ、調査継続を一郎に指示した。
「で、片倉さんは何のご用事で。」
「いま一件頼み事したついでで申し訳ないんやが、あとふたつ頼み事がある。」
「どうぞ。仕事はいくらあっても良いです。」
「まずひとついいか。」
「はい。」
「その朝戸を拉致してくれ。」
「えっ!?」
その場から電話で調査継続を指示する一郎も驚きの表情で神谷を見た。
「ちょ…片倉さん、何言ってるんですか。確かにウチは元はヤクザですがそのてのシノギからは足洗いましたよ。」
「わかっとる。わかっとるんやがそうでもせんといかんのや。」
「何が起こってるんですか?」
「朝戸は明日、金沢駅でテロを起こす。ほやから未然に奴のガラを抑えたい。」
「んなもん警察でやれば良いじゃないですか。」
一郎も大きく頷いている。
「できんのや。できんからお前に頼んどる。」
神谷は頭を抱えた。
「なんですか…現場の意見に上がウンと言わないとかの話ですか…。」
「それは半分ある。」
「半分?」
「ああ半分や。」
「もう半分は。」
「もしもの事があるとこの国はヤバいことになる。」
「この国がヤバいことに?」
「ほうや。警察の面子とかの次元じゃない。」
「自衛隊がその準備に入った。」
「自衛隊が…。」
神谷の顔から血の気が引いたのを一郎は見逃さなかった。
彼は神谷に向かってゆっくり頷いていた。
「その自衛隊の話は上層部は?」
「もちろん理解している。しかしその理解の度合いに隔たりがある。その為にお前を頼った。」
「…わかりました。やりましょう。」
「感謝する。ただ動くのは今じゃない。」
神谷の携帯に地図情報が送られてきた。
「ここが今、朝戸が潜伏しとる宿や。」
「すぐに張り込みます。」
「その必要は無い。そこにはウチの捜査員が既に張りついとる。時が来ればおたくに合図する。おたくはそのための準備をしておいて欲しい。」
「わかりました。」
「ただ注意が必要や。」
「どういった注意が。」
「この宿の周辺に、外国人が妙なくらい滞在しとるという情報が現場捜査員から入っとる。」
「妙な外国人?」
「ああ。ロシア系の白人多数。」
「怪しいですね。」
「周辺情報を総合して分析したところ、アルミヤプラボスディアの疑いが高いと先ほど情報が入った。」
「アルミヤプラボスディア…。」
「知っとるな。」
「はい。」
「このアルミヤプラボスディアに関しては、自衛隊が対応することになっている。我々公安特課の出番はない。」
「しかし民間軍事会社がこんなところに集結しているのは、きっと何らかの意図があるはずです。」
「わかっとる。しかしここは上で線引きしとるんや。ほやからお前に依頼しとる。」
「まさか二つの依頼の内、もうひとつって…。」
「ほうや。民間警備会社もとい民間軍事会社である御社の力で、外国の民間軍事会社の動きを封じて欲しい。」
電話を切った神谷は一郎を見る。
「白銀に関しては江國に一任だ。」
「はっ。」
「部隊を編成する。一郎は精鋭を集めてくれ。」
「規模は。」
「小隊規模。」
「30から60ですね。」
「そうだ。頼む。」
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