オーディオドラマ「五の線3」

183.2 第172話【後編】


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腕時計に目を落としていた男が顔を上げると、前に居た男が頷いた。
ガラガラガラっと民泊の玄関扉を開くと、どこからともなく二人の背後から6名程度のアウトドアウェア姿の男らが現れ、物音ひとつ立てずに宿の中に全員流れ込むように入っていった。

「ごめんくださーい。」
「はーい。」

しばらくして奥から宿の主人が現れた。主人は目の前に突然屈強な男らが大勢現れたことに、驚きのあまり腰を抜かした。

「こちらに朝戸さんって方、泊まってらっしゃるでしょ。」
「あ、あ…。」

声すら出せない主人の驚きようだ。

「どちらに居ますか?」

この質問に主人はなんとか首を振って応える。

「わからない?」

これには頷いて応えた。

「そんなはずはないんだよなぁ。」

ちょっと中調べさせてもらうよと言って、主人は猿ぐつわをされ、両手両足を縛られた。

「はじめるぞ。」

リーダー格の男が握った拳を広げると、全員が宿の中に散らばった。彼らは手に拳銃のようなものを持っていた。
ただの民泊だ。朝戸を探すと行っても、時間はかからない。リーダー格の男は主人を前にどっかと腰を下ろして、報告を待った。
先ず、一階の捜索をしていた者たちがこちらに戻ってきた。彼はリーダーに向かって首を振る。

「わかった。ここで待機せよ。」
「了解。」

それから間もなく二階の捜索をしていた者たちが戻ってきた。彼らも首を振った。

「何だって?」

どこかに隠れているのかもしれない。再度入念に調べろとリーダーは全員に指示を出した。
ふと横に転がっている主人の様子を見ると、どこか笑っているように見えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「なに…居ない…。」

民泊からの報告を受けた一郎の声が神谷に届いた。

「その民泊からの脱出経路があるはずだ。虱潰しに調べろ。」

神谷と卯辰兄弟がビル屋上からエレベーターに乗って事務所に移動中の時だった。

エレベーターの扉が開く音

「朝戸が消えたのか。」
「はっ。例の拠点に外への脱出経路が用意されていたと想定されます。」
「敵も然る者。」
「いかにも。」
「脱出経路を抑えたら、その先も抑えねばならんな。」
「はい。」
「人手がウチらだけでは足りないか…。」
「隠密行動なら事足りますが、大がかりになると無理かと。」
「すぐに公安特課に指示を仰ぐ。一郎は脱出経路の調査と、その先を抑えてくれ。」
「はっ。」
「くれぐれも注意せよ。」
「了解。」
「カシラ。」

次郎が神谷を呼ぶ。

「なんだ。」
「これで連中が動きを早めると言うことはありませんか。」
「ないとは言えないな。」
「ヤドルチェンコの警戒を強めます。」
「ああ頼む。」
「あと比例してアルミヤプラボスディアが早期に動く可能性も見越して、部隊に早めの待機を命じます。」
「ああそうしてくれ。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「そうか…失敗か…。」
「はい。現在、脱出経路の探索をしています。しかしその脱出先の探索となると、現状の我々の人員では無理です。」
「わかった。先は公安特課で対応する。お前さんは早急にその脱出経路を特定してくれ。」
「了解。」

それでは仁熊会はアルミヤプラボスディア対応に全てのリソースを振り向けます。そう片倉は神谷から静か告げられ電話を切った。

「なんで分かった…。」

片倉は拳を握り締め、きびすを返して椎名が詰める部屋のドアを開いた。

「椎名。」

見るからに不機嫌そうな顔つきの片倉を見て椎名は無言で彼の目を見て応えた。

「朝戸が消えた。」
「…。」

二人の間に5秒ほど沈黙が流れる。

「いま、何て言いました?」

椎名は静かに片倉に問う。

「朝戸が例の民泊から姿を消した。」
「…待ってくださいよ…片倉さん。あなたら公安特課が24時間監視していたんでしょう。」
「しとった。けどおらんくなった。」
「どういうことですか。」
「ウチのもんにガサ入れさせたんや。」
「ええっ!?」

感情をあまり表に出さない椎名がこの時ばかりは、あり得ないという様子を露骨に出した。

「ガサ入れた段階ですでに居らんかった。」
「何言ってんだ。あんたらがガサ入れたから、危険を察知して逃げたんだろう。」
「違う。」
「無能だ…。本当に日本の警察は無能だよ!」

直球で非難する椎名に、片倉はこう返した。

「お前か。朝戸を手引きしたのは。」

これには即座に椎名は返した。

「私が手引き?どうやって?この監視がキツい環境下でどうやって奴を?」
「お前ならできる。」
「だからどうやったらできるって言うんですか!」
「んなもん言えるか!」
「馬鹿馬鹿しい。言ったじゃないですか。彼の合図をもってテロが実行される運びとなってるって。彼の手綱が引けないと、自分は制御できませんよ!」

椎名は百目鬼から渡された携帯電話を取り出した。

「あぁっ!椎名!なんだその携帯!」
「百目鬼理事官から返してもらいました。」
「なにっ!」
「朝戸に連絡を取ります。」
「待て!待つんや椎名!」

片倉の制止を振り払って耳にそれを当てていた椎名だったが、しばらくして彼は力なく腕を下ろした。

「駄目だ…繋がらない…。」

椎名は頭を抱えた。

「どうした。」

別の部屋に居た百目鬼だったが、異変を感じて二人の間に入ってきた。

「片倉さんが朝戸の宿にガサ入れました。」

百目鬼は無言のまま片倉を見る。

「何だって?」
「それがきっかけで、朝戸は行方不明です。自分とも連絡が取れません。」

みるみる百目鬼の顔が紅潮するのが分かった。

「片倉ぁ!何やってんだ!このボケナスがぁっ!」

百目鬼は片倉を一喝した。

「申し訳ございません。」
「ごめんで済んだら警察いらんわ!どうするんだ!」
「しかし、踏み込んだときには既に朝戸の姿はなかった…。」
「だからあんたらが踏み込んだから、朝戸が逃げ出したんだろうよ。」
「待て。」

片倉の言葉にかぶせるようにして言った椎名だったが、それは百目鬼によって更にかぶせられてしまった。

「踏み込んだときには既に居なかった…だと…。」
「はい。現在、脱出経路を探索中です。」
「現場に張り付いていたマルトクは、朝戸の姿を目撃していないのか。」
「はい。従って踏み込んだと同時に外に出て逃走を図ったとは考えにくいかと。」

百目鬼は椎名を見やって口を開いた。

「だ、そうだ。」

椎名は何も言わない。いや言えなくなった。

「どういうことだ。椎名。」

今度は椎名に百目鬼から冷たい視線が注がれた。

「もしも片倉さんのガサ入れが原因でないとすると、朝戸の暴走としか考えられません。」
「朝戸の暴走?」
「はい。私は空閑をして彼を正午辺りに金沢駅方面へ誘導せよと宿の主人に指示を出していました。ですがそれが私の承諾なしに変更されたのです。」
「本当にお前の承諾はないのか。」
「ありません。何で私がここに来て不確定要素をわざわざ作る必要があるんですか。」

百目鬼は黙って彼の目を見た。

「неуправляемый…。」

こう言って椎名は携帯を百目鬼に見せた。

「制御不能です。私からの電話に出ない。これは今までに無かった事態です。」

ここで片倉の携帯が震えた。

「はい片倉。……なに?…………地下通路?」

この場の三人が顔を見合わせた。

「わかった。すぐそこに公安特課を派遣する。」

即座に片倉は岡田と連絡を取って、民泊付近で待機する公安特課の人間に、神谷と合流するよう指示を出した。そして脱出経路と朝戸の捜索をするため、人員の再編成、配置についてを至急対応を求めた。
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