オーディオドラマ「五の線3」

186.1 第175話【前編】


Listen Later

このブラウザでは再生できません。
再生できない場合、ダウンロードは🎵こちら

「はぁはぁはぁ…。」

息を切らして部屋の隅に膝を抱え込んで座る朝戸がいた。
彼の視線の先には横たわる男の姿が二つ。いや三つ。
何れも血液によって畳を黒く染めている。

頭痛音

「ううっ!」

金槌のようなもので殴られたのではないかと思えるほどの衝撃が自分の頭部に走る。
頭を抱えて彼はその場に倒れた。
すると左肩をじゅわっとした液体の感触が走った。なんとも言えない不快な感覚だ。しかしその不快よりも頭痛の方が勝っていた。朝戸は横になった。
すると同じく横たわっている一人と至近距離で目が合った。
彼の方は息をしていない。
頭部を銃で撃ち抜かれている。ただただ部屋の床をうっすらと開いた目で見つめているだけだ。

「またやっちまった…。」

すぐ側に一丁の拳銃が無造作に置かれていた。

「もう、俺を殺そう…。」

朝戸はそれに手を伸ばした。
しっかりとした重さのあるのコンパクトタイプのグロックだ。
その銃口を彼は自分の口に咥えた。このまま引き金を引けば、腔内を貫通して脳を打ち抜き即死する。
朝戸は躊躇うことなく引き金を引いた。

カチン

銃弾は発射されなかった。
カチンと金属音が鳴るだけで、自分の口の中を鉄のようなニオイが覆うだけだった。

「んだよ…。」

拳銃を放り投げた。

「タマなしの銃なんか持ってんじゃねぇ!!」
「やる気あんのか!!このタマなし野郎ども!!!!」

横たわったまま朝戸は絶叫した。
横たわる髭面の男と目が合った。目が合うといっても、彼の方はすでに絶命しているわけだが。

「んだよ…なんでお前らはこうも簡単に死ねるんだ…。」
「なんで俺は、お前らみたいに死ねないんだ…。」

朝戸の視界がぼやけた。しずくのようなものが目から流れ落ちてこめかみをつたい床に落ちる。
左肩辺りに感じていた液体の感触とは明らかに違うものだ。
朝戸はそのままその場でうずくまって嗚咽した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「え?何?今の音。」

山頂へと続く遊歩道を歩いていた片倉京子は足を止めて振り返った。
振り返った先には先輩記者の三波がぜぇぜぇと息を切らしている。

「三波さん。いま変な音聞こえませんでした?」
「え?」
「ほらなんかパンパンって何かが破裂するような音。」
「んなもん聞こえたか?」

と言うか京子、お前ペース速すぎ。そういって三波はそこに座り込んでしまった。

「今向かってる、あの山小屋の方面から聞こえたような気がするんですが。」

三波の顔色が変わった。

「パンパンって破裂音?」
「はい。」

あいにく俺にはその音は聞こえていない。
ここは熨子山山頂へ続く遊歩道。目的地の山小屋へはあと半分の距離の場所で、少し下ったところに民家が何軒かある。そこの住人にも同じ音を聞かなかったか確認してこい。

「三波さんは?」
「ちょっと疲れたから俺はここで休んでる。」
「え?」
「えって何だよ。」
「ってかバテすぎでしょ。」
「何言ってんだよ。俺、病み上がりだよ。病み上がりの俺を引っ張り出しておいてさ、すこしは労りとかないの?」

京子は三波から聞かされていた。
金沢駅で三波はある男と接触した。
結論から言うとこの男は空閑という男であった。彼は光定公信より瞬間催眠の使い手になれるようにするための施術を施されていた。この瞬間催眠というものは、かつて鍋島惇がその能力を使って、あらゆる人物を意のままに操った能力である。三波はこの空閑によって、その瞬間催眠を一時的にかけられたようであった。
事実、三波は空閑が求めるとおり、突如連絡を絶ち自宅に引きこもってしまった。
しかし自宅に帰ってからはあまりにも激しい頭痛が彼を襲ったため、身動きがとれなかっただけであって、自分の行動はその催眠によって制御されている訳ではなかった。
瞬間催眠など、にわかには信じられないオカルト話である。しかし自分の先輩である人間が体験し、しかも研究者の光定公信本人からその能力の存在を聞かされたというのだから、無視するわけにもいかない。
第一その光定公信は東京大一大学出身の将来を嘱望される研究者だったのだ。
その光定公信が何者かによって直後殺害された。
瞬間催眠が本物かどうかはよく分からない。しかし状況がそれを本物だと認めている。
三波は空閑によってその瞬間催眠のようなものをかけられてから、妙な記憶が頭の中で再生されると打ち明けていた。
それは自分では見たことのない景色だ。
暗闇の中に車のヘッドライトか何かで照らされる先に、轍によってかろうじて道の体をなしているようなところがある。その道を車でしばらく進むと開けた場所に出た。そこにはぽつんと木造の小屋のようなものが建っているのだ。
三波はその小屋の姿には見覚えがあった。
なぜならそれは9年前、世間を震撼させた熨子山事件の現場の現場であったからだ。当時、北陸新聞テレビの記者だった三波は直接その事件の担当をしていたわけでは無かったが、情報は断片的だが記憶している。
この小屋の外観はテレビの映像でも、週刊誌、新聞記事でも見たことがあった。
しかしこの小屋へ続く道、小屋周辺が開けた状態であるという情報は、自分の記憶にはない。
ひょっとしてこの記憶は自分にかけられた催眠と何か関係があるのではないか。
瞬間催眠について自分なりに調べたい。そう三波は京子に言うと、彼女も手伝うと協力を申し出た。このような流れで、現在に至る。

「今も頭痛がするんだ…。だから京子、ちゃちゃっと行ってきてくれ。」

こう言って三波は地面の方を見て、痛い痛いと頭を抱えた。

「わかりました。休んでいてください。私確認してきます。」

すまないと言って三波は彼女の背を見送った。

「さてと…。」

すっくと立ち上がった三波は京子の姿が見えなくなったのを確認し、一路山頂を目指して駆けだしたのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はぁはぁ…。」

山小屋へ続く道の前にたどり着いた。ここをまっすぐ進めば目的地の山小屋へたどり着く。
初めてこの地に降り立ったにもかかわらず、この先の様子が想像される。
これも妙な記憶が自分に入り込んでいるためだ。

「あ、痛っ…。」

側頭部がズキンとした痛みが走った。
それと同時に視界がぼんやりとした。

「いってぇ…。」

三波は立ち止まった。

「あれ…何だこれ…。」

暗い。もっと暗いこの場所の情景を自分は知っている。この道とも言えないような道の先に開けた場所がある。そしてそこに目当ての山小屋がある。
夜のこの場の映像が三波の脳内で再生された。

「これだ…俺が知ってるのはここの夜だ。」

ぼんやりとした視界が晴れると、脳内で再生されていた夜のこの場の映像は消え去り、木漏れ日が降り注ぐ今のままの情景が目に移し出された。

「あれ?」

三波は気がついた。
轍が新しい。昨日までの大雨によって地面がぬかるんでいるため、その様子がはっきりと分かった。
つい最近というかつい数刻前にここを車が通過した様子が、その轍の状況から見てとれた。

「三波さん。いま変な音聞こえませんでした?」
「ほらなんかパンパンって何かが破裂するような音。」

三波はゴクリと喉を鳴らした。
なんとも言えない不快な汗が首筋に流れるのが分かる。
急に自分の身体が鉛のように重くなった。

「今向かってる、あの山小屋の方面から聞こえたような気がするんですが。」

この先ほどの京子の言葉を思い出した三波は腰を落として、身を低く保ったまま歩みを進めていた。
余所からなるべく見えないように行動した方がいい。彼の本能がそう訴えかけているが故の行動だった。
数分ほど進んだところで急に開けた場所に出た。
奥に目的の山小屋が建っていた。板壁に屋根は波形のトタン葺き。
自分はかつてこの場所に立って目の前の建造物を目にした。
絶対にここには来たことがないはずなのに、この目で見た。
そう思わせる記憶が三波にあった。
だがそんな三波の記憶にないものが、今この場所にあった。

「車が止まってる…。」

山小屋の入り口付近に一台のSUVが無造作に止められている。

「バイクもある?」

そのSUVの影に隠れるようにオフロードバイクを1台、確認できた。

「この小屋に人が集まってる?」

瞬間、小屋からひとりの男が飛び出してきた。
三波はとっさに茂みに身を隠した。
よほど慌てているのか彼の足はもつれ、一度その場で尻餅をついた。そして這うようになりながらSUVの運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
この時、三波は途轍もなく嫌な感覚を覚えた。
山奥にぽつんとある小屋。おそらく普段は人気が無いであろうと思われる場所に車とバイク。人が複数ここに居る。そこでパンパンという破裂音。人ひとりが慌てふためいて転がり出る。そして彼はいまひとりでその場から逃げるように見える。
状況だけをみれば嫌な想像をしない方がおかしい。危機が間近に迫っていると知らせた三波の本能は正しかった。

ー俺はコロシの現場にいる…。

男が乗り込んだSUVは切り返してこちらを向こうとしている。

ー逃げるんだ、あいつ…。

どうっと汗が頭から首、背中から吹き出した。三波は更に身を低くした。

車が走り去る音

ゴウッという荒々しい2リッターエンジンの音をその場に響かせて、車は三波が潜む茂みの前を通過した。
せめて運転手の顔だけでもこの目に焼き付けておこう。三波は草木の隙間から男の方を食い入るように見た。

頭痛音

「つっ…。」

何かで殴られるような今までの頭痛ではない。電流のようなものが三波の頭に流れた。
三波の視界の右から左にSUVがフルスロットルで駆け抜けているはずなのに、それが彼の目にはスローモーションで見える。そのため運転する男の顔をはっきりと見ることができた。

「俺はこの男を知っている。」

自分ではどこの誰だか分からないと言うことが分かる。しかし記憶のどこかではこの男はどんな人物かを知っている。
そうだ。俺はこいつとコミュで知り合った。知り合ったというか俺がこいつを見いだした。
コミュでひときわ社交的に振る舞っていた。しかしそれは彼なりの演技であることも知っていた。ある時から光定公信とよく連むようになっていた。コミュという人とのつながりを求める場所で一向に心を開かない光定。この光定の心を開かせることができるこの男。こいつなら光定をこちら側に取り込めるはずだと期待した。
男の名は。

「朝戸慶太。」

思わず言葉を発していた。
目の前を通過したSUVの姿はこの場から消えていた。

「朝戸…あれがナイトか…。」
...more
View all episodesView all episodes
Download on the App Store

オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


More shows like オーディオドラマ「五の線3」

View all
都市伝説 オカンとボクと、時々、イルミナティ by 都市ボーイズ

都市伝説 オカンとボクと、時々、イルミナティ

33 Listeners

きくドラ by きくドラ~ラジオドラマで聴く。名作文学~

きくドラ

18 Listeners

怪異伝播放送局/怪談語り by 原田友貴@声優・怪談

怪異伝播放送局/怪談語り

8 Listeners

オーディオドラマ「五の線2」 by 闇と鮒

オーディオドラマ「五の線2」

2 Listeners

ラジレキ 〜思わずシェアしたくなる歴史の話〜 by ラジレキ(ラジオ歴史小話)

ラジレキ 〜思わずシェアしたくなる歴史の話〜

4 Listeners

歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO) by COTEN inc.

歴史を面白く学ぶコテンラジオ (COTEN RADIO)

234 Listeners

「大人の近代史」今だからわかる日本の歴史 by 長まろ&おが太郎

「大人の近代史」今だからわかる日本の歴史

10 Listeners

さむいぼラジオ〜ニッポンのタブー〜 by さむいぼ太郎

さむいぼラジオ〜ニッポンのタブー〜

11 Listeners

昭和オカルト奇譚 by 昭和オカルト奇譚

昭和オカルト奇譚

8 Listeners

超リアルな行動心理学 by FERMONDO

超リアルな行動心理学

22 Listeners

あんまり役に立たない日本史 by TRIPLEONE

あんまり役に立たない日本史

35 Listeners

朗読のアナ 寺島尚正 by roudoku iqunity

朗読のアナ 寺島尚正

8 Listeners

丸山ゴンザレスの怖くて奇妙な物件の話 by 丸山ゴンザレス

丸山ゴンザレスの怖くて奇妙な物件の話

3 Listeners

【美しい日本語】《朗読》ナレーター 井本ゆうこ by ナレーター 井本ゆうこ

【美しい日本語】《朗読》ナレーター 井本ゆうこ

0 Listeners

朗読『声の本棚』 by 三浦貴子

朗読『声の本棚』

0 Listeners