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金沢駅の改札口前に大きなホワイトボードが設置された。
そこには「この先大雨の予報のため、本日の運行を中止します」と達筆で書かれている。
確かにまとまった雨が降り出した。しかし昨日の大雨と比べてたいしたことは無い。携帯の天気予報アプリで雨雲レーダーを見ても、そこまでの降雨量は予想されていない。なのに運行中止の案内だ。
駅側の説明によると、昨日の大雨によって緩んだ地盤が、今日のこの雨によって崩壊した箇所が数カ所発生したようだ。それにより架線が破壊され運行ができない状況になっている。復旧のめどは立っていない。したがって本日の運行は中止とするらしい。
理由が理由だ。ということで金沢駅から代替手段であるバス、タクシーといった交通手段に切り替える人たちが潮が引くように改札口前のコンコースから人が捌けだした。
「なかなか手慣れた情報操作だな。見ろ。混乱とは無縁だ。」
挺熟练的信息操作啊。看吧,没有一点混乱。
「いやいや、これぞ日本人の民度だ。我が国では考えられん。秩序立った行動だ。日本という場所と日本人という生き物だけできる芸当さ。」
不不不,这就是日本人的素质。咱们国家是想象不到的。这是只有日本这个地方和日本这种人才能做到的奇迹。
「よし。ひとつかましてみよう。」
好。咱们搞一搞。
「いいだろう。」
行。
コンコースからバス停に移動する彼らのひとりが電話をかけた。
「やれ。」动手吧。
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「ちょっとあんた!どうしてくれるのよ!」喂!你到底怎么办!
ツアーガイドらしき女性がツアー客を先導するための旗を肩に掲げて、鬼のような形相で職員をがなり立てていた。
聞けば彼女らの団体は本日、金沢観光の後、隣県である福井県へ移動。そこで在日中国人との親睦を図る式典に参加する予定だったそうだ。この式典には党幹部も複数人出席する予定であり、遅刻は許されない。現在時刻は16時半。式典は18時からであり、今から代替の観光バスを手配するのも難しいようで、何か変わりの方法を支給手当てせよとのことである。
それは鉄道を運行する我々がやることではない。私たちは乗客の安全を第一に考えた結果、運行中止の判断をとった。そもそもそういったリスク管理をすることが、旅行会社の仕事であろう。駅側はそう突っぱねた。
「なんだ!お前達日本人はここでもわたしたちを差別するのか!」什么!你们日本人就是在这里歧视我们!
ガイドは中国語で職員を罵った。
すると後ろに控えていた、20名程度のツアー客が一斉に怒号を上げた。
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交番内で電話を取っていた警部補が、それを切るなり困惑顔で相馬らを見た。
「コンコースで中国人観光客が暴れています。突然の運行中止とはどういうことだ。すぐに代替手段を用意せよと。」
その場の全員が一斉にため息をついた。
「駅には中国語を話せる人間がいるそうですが、如何せん相手があまりにも感情的になっていて、抑えが効かないようです。」
その場の全員が相馬を見た。
古田「相馬。お前さん、中国語は?」
相馬「いや無理です。」
二人のやりとりを横目に児玉は立ち上がった。
児玉「相馬。機動隊員を10名程度すぐに応援に寄こしてくれ。」
相馬「何するんですか。」
児玉「中国人には中国人らしく対応する。」
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「いい?党の幹部も出席するのよ!あなたたちこの意味がおわかり!?」
听好了?党领导也要出席!你们明白这是什么意思吗!?
発狂する彼女の方をポンポンと叩くものがあった。児玉である。
「静かにしなさい。」
安静。
「あんた誰よ。」
你是谁?
「人のことを聞く前には自分のことを名乗るのが礼儀だろう。」
问别人之前,先介绍自己是礼貌。
「何よ偉そうに!」
别那么嚣张!
「おいおい。あんた本国でもこんなことする?」
哎哎,你在自己国家也这么干?
こう言うと、児玉の後ろに屈強な機動隊員が10名ずらりと一列横隊で並んだ。
「中国じゃあ公共交通機関が予定通りに動かないってのは日常茶飯事だ。それを日本じゃ受け入れられないって暴れるってのはどういう了見ですか?」
在中国,公共交通工具不按时运作是日常。你们在日本暴动是怎么回事?
「何言ってるの!私たちはレセプションに呼ばれてるの!」
你在说什么!我们被邀请参加接待会!
「誰の?教えてよ。」
谁的?告诉我。
「あんたに教える筋合いはないわ!」
没必要告诉你!
「その人に確認取るから。こんな人が金沢駅で暴れてて困っているんですが、どう責任とってくれるんですかって。」
我要确认。这些人在金泽站闹事,怎么负责任?
「責任って何よ。」
什么责任?
「言うこと聞かないでしょう。あなた。話し合いが通用しない人は署まで同行いただくしかないんですが。」
你不听话吧。跟你说不通的人只能带去派出所。
「なに!?あなた私を脅す気!?」
你威胁我!?
「脅していません。法に則っているだけです。」
没有威胁你,只是依法行事。
「あなたこそ何者!」
你到底是谁!
またも発狂しだした彼女の耳元で児玉は囁いた。
「王志強は息災か。」
王志强还好吗?
「…。」
「いざとなれば全てをバラす。」
要是必要,我会把一切都揭露
「な…何のことかしら…。」
你…你说什么…。
「お前らの動きを全てツヴァイスタン側にバラすって言ってるんだ。」
我会把你们的一切行动透露给Zweistand。
「…。」
「全てのはじまりの前に…な。」
在一切开始之前。
女は黙った。ツアー客も彼女の表情を見て事を悟ったらしい。
「わたしも昔、北京に居たことがありましてね。まぁこの日本という自由主義の国でして、めったなことで拘束はされませんから、ご安心ください。」
我以前也在北京呆过。这是个自由主义的日本,不会随便拘留你们的,放心吧。
「…その後ろの人たちは。」
…你身后的人呢。
彼女は児玉の後ろに立つ機動隊員を指す。
「ひと昔前の警察と思わない方が良いですよ。それだけは言っておきます。」
别把他们当成以前的警察。我只能告诉你这些。
くるりときびすを返した児玉は振り返って付け足した。
「お前らのためを思って言っている。」
这是为你们好才说的。
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「そうか。やはり影龍特務隊だったか。」
「はい。釘を刺しておきました。」
児玉は電話をかけていた。
「反応はどうだ。」
電話の相手は陸上総隊中央情報隊特務機関長の小寺三佐である。
「分かりませんが、これで向こうも我々自衛隊特務の存在を認識せざるを得ないでしょう。」
「とにかくあいつらは利を得ることだけを考えて行動しているはず。」
「奴らの利とはなんでしょう。」
「そうだな…。」
少し間があった。
「秘密警察の流れを汲むウ・ダバと人民軍の流れを汲むアルミヤプラボスディアは犬猿の仲だ。ヤドルチェンコとベネシュも同じ。しかしそのどちらもロシアの影響下にある。そこに解放軍の影龍特務隊が絡む。」
「はい。」
「今時テロを巡る事態は流動的だ。このテロ計画は既に公安特課も対応をしているし、自衛隊も備えをしている。それについては影龍特務隊はよく分かっている。」
「はい。」
「わたしが影龍特務隊なら積極的に絡まず、事態をつぶさに観察して、自衛隊や警察の動きを分析するに徹するか…。」
「徹するか?」
「何らかの中国人被害者を作り出して、我が国に外交的プレッシャーをかける材料を作り出すか。」
「なるほど。」
「何れにせよ、今回のテロに関しては影龍特務隊の動きは偵察に留まることだろうと思料する。」
「今回のツアーガイドの扇動は威力偵察と。」
「そんなところか。」
「今すぐどうこうなりたくないでしょうからね。」
「ああ。計画にないことはやりたがらない。偶発的なものを最も嫌う生き物でもあるからな。共産党は。」
ここで自衛隊の動きを分析されるのは容認せざるを得ない。目の前に危機が迫っているのだから。肝心なのは中国人被害者を出させないことだ。これを起こすと後々厄介なことになる。とりあえずその手の人物を現場から今すぐ排除せよ。そう小寺は児玉に命を下した。
「ところでアルミヤプラボスディアについてはいかがでしょうか。」
「不明だ。事ここに至っては、この金沢駅で迎撃する事に決した。」
「と言うことは。」
「既に配備は済んだ。」
児玉はゴクリと喉を鳴らした。
「機関長にひとつ報告があります。」
「なんだ。」
「仁熊会という民兵組織が我々と共闘してくれます。」
「民兵組織?」
「はい。」
「…まぁそう言っても差し支えないか。」
この小寺の反応に児玉は彼の意図を察した。
「ご存じでしたか。」
「あぁ。知っている。」
「自分は知りませんでした。あの卯辰兄弟が潜入しているとは…。」
「奴らは神谷が若頭となるのと同時期に仁熊会に送り込まれた我々自衛隊のスタッフだ。」
「それは一体いつの話なんですか。」
「朝倉事件のすぐ後だ。仁川征爾が日本に逃げ帰ってくる前のことだ。」
そんな以前から自衛隊特務は公安特課と連携して、ツヴァイスタンへの備えをしていたというのか。児玉は素直に驚いた。
「我が国の安全保障能力強化への取り組みは予算が付く直前から水面下で始まっていた。それをあいつら、つまりツヴァイスタンは察知し始めていた。だから朝倉事件なんてもんが起きたんだ。」
「そんな前から…。」
「いいやその前からだ。」
話すと長くなる。今は事の沿革を語る時ではない。そう小寺は話を切った。
「卯辰兄弟はアフガンでの傭兵経験のある猛者だ。アルミヤプラボスディアもあの二人の姿を見たらきっと驚くさ。」
「況んや影龍特務隊においてをや、ですね。」