オーディオドラマ「五の線3」

201.2 第190話「記憶と濁流」【後編】


Listen Later

このブラウザでは再生できません。

駅前ロータリーは、黒い水に沈んでいた。
空からは、まるで恨みでも込めたような雨が断続なく叩きつけてくる。
アスファルトに打ちつけられる粒は、もはや雨音というには激しすぎ、まるで砕けた硝子の雨のようだった。
勇二は傘も差さず、その中に立っていた。
髪から雫が伝い、首筋を這う。
視界の前には、火災の名残を濃く漂わせる黒煙が、雨によって引き裂かれ、地表に押し込められていた。
駅舎の外壁には消火後の焼け跡がくっきりと残り、そこを這うように水が流れている。
鼓門は既に半壊し、足元にはその破片が散らばり、雨水に浸って光を歪めていた。
勇二はゆっくりと目を細め、かつて「玄関口」と呼ばれたその風景を一瞥する。
だが、そこに懐旧の色はない。ほんの一瞬の沈黙を置き、彼は歩き出す。
足元から立ち上る水しぶきが、黒いズボンに染み込み、コートの裾を重たくさせる。
それでも彼の歩みは崩れない。雨の音にも、ぬかるみにも、目を細めることなく進む。
地下駐車場の入口へ降りる階段では、鉄製の手すりを伝って雨が滝のように落ちていた。
その流れに濡れることもいとわず、勇二は躊躇なく足を踏み入れる。
奥まった通路にたどり着くと、そこには一台の黒いSUVが静かに停められていた。
ナンバープレートを確認し、勇二は小さく頷く。
ロシア領事館外郭団体が使う車両。GPSは間違っていなかった。
まさにそのとき――
助手席のドアが開いた。
長身の男がゆっくりと姿を現す。
濡れた金髪。深くフードを被らず、濡れるままに立つその姿。
雨に打たれても、どこか悠然とした立ち振る舞い。
ヤドルチェンコ。
勇二は数メートル先の闇の中から、それを見下ろしていた。
表情は変えない。心拍も一定。呼吸は静かで浅い。
だが、雨の音の中で彼の指先が、ポケットの中にあるナイフの柄をそっと確かめていた。
一歩、また一歩。
降りしきる雨が、勇二の存在を覆い隠すかのように激しさを増していく。
まもなく、獲物は振り返る。
その目に映ったのは、ただの通行人か、それとも死神か。

ヤドルチェンコの眉が、わずかに動いた――
...more
View all episodesView all episodes
Download on the App Store

オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


More shows like オーディオドラマ「五の線3」

View all
都市伝説 オカンとボクと、時々、イルミナティ by 都市ボーイズ

都市伝説 オカンとボクと、時々、イルミナティ

35 Listeners

きくドラ by きくドラ~ラジオドラマで聴く。名作文学~

きくドラ

18 Listeners

武田鉄矢・今朝の三枚おろし by 文化放送PodcastQR

武田鉄矢・今朝の三枚おろし

171 Listeners

怪異伝播放送局/怪談語り by 原田友貴@声優・怪談

怪異伝播放送局/怪談語り

8 Listeners

オーディオドラマ「五の線2」 by 闇と鮒

オーディオドラマ「五の線2」

2 Listeners

【最新回のみ】飯田浩司のOK! Cozy up! Podcast by ニッポン放送

【最新回のみ】飯田浩司のOK! Cozy up! Podcast

181 Listeners

オーディオドラマ「五の線」リメイク版 by 闇と鮒

オーディオドラマ「五の線」リメイク版

1 Listeners

【最新回のみ】辛坊治郎 ズーム そこまで言うか! by ニッポン放送

【最新回のみ】辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!

105 Listeners

さむいぼラジオ〜ニッポンのタブー〜 by さむいぼ太郎

さむいぼラジオ〜ニッポンのタブー〜

11 Listeners

【最新回のみ】島田秀平とオカルトさん! by ニッポン放送

【最新回のみ】島田秀平とオカルトさん!

17 Listeners

大久保佳代子とらぶぶらLOVE by TBS RADIO

大久保佳代子とらぶぶらLOVE

112 Listeners

安住紳一郎の日曜天国 by TBS RADIO

安住紳一郎の日曜天国

173 Listeners

あんまり役に立たない日本史 by TRIPLEONE

あんまり役に立たない日本史

37 Listeners

朗読のアナ 寺島尚正 by roudoku iqunity

朗読のアナ 寺島尚正

9 Listeners

100円で集めた怪談話 by 宇津呂 鹿太郎(Created by knock'x Media)

100円で集めた怪談話

4 Listeners