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駅前ロータリーは、黒い水に沈んでいた。
空からは、まるで恨みでも込めたような雨が断続なく叩きつけてくる。
アスファルトに打ちつけられる粒は、もはや雨音というには激しすぎ、まるで砕けた硝子の雨のようだった。
勇二は傘も差さず、その中に立っていた。
髪から雫が伝い、首筋を這う。
視界の前には、火災の名残を濃く漂わせる黒煙が、雨によって引き裂かれ、地表に押し込められていた。
駅舎の外壁には消火後の焼け跡がくっきりと残り、そこを這うように水が流れている。
鼓門は既に半壊し、足元にはその破片が散らばり、雨水に浸って光を歪めていた。
勇二はゆっくりと目を細め、かつて「玄関口」と呼ばれたその風景を一瞥する。
だが、そこに懐旧の色はない。ほんの一瞬の沈黙を置き、彼は歩き出す。
足元から立ち上る水しぶきが、黒いズボンに染み込み、コートの裾を重たくさせる。
それでも彼の歩みは崩れない。雨の音にも、ぬかるみにも、目を細めることなく進む。
地下駐車場の入口へ降りる階段では、鉄製の手すりを伝って雨が滝のように落ちていた。
その流れに濡れることもいとわず、勇二は躊躇なく足を踏み入れる。
奥まった通路にたどり着くと、そこには一台の黒いSUVが静かに停められていた。
ナンバープレートを確認し、勇二は小さく頷く。
ロシア領事館外郭団体が使う車両。GPSは間違っていなかった。
まさにそのとき――
助手席のドアが開いた。
長身の男がゆっくりと姿を現す。
濡れた金髪。深くフードを被らず、濡れるままに立つその姿。
雨に打たれても、どこか悠然とした立ち振る舞い。
ヤドルチェンコ。
勇二は数メートル先の闇の中から、それを見下ろしていた。
表情は変えない。心拍も一定。呼吸は静かで浅い。
だが、雨の音の中で彼の指先が、ポケットの中にあるナイフの柄をそっと確かめていた。
一歩、また一歩。
降りしきる雨が、勇二の存在を覆い隠すかのように激しさを増していく。
まもなく、獲物は振り返る。
その目に映ったのは、ただの通行人か、それとも死神か。
ヤドルチェンコの眉が、わずかに動いた――