オーディオドラマ「五の線3」

205.2 第194話「豪雨接敵」【後編】


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金沢駅構内。
アルミヤプラボスディア残党は特殊作戦群によってすでに追い詰められていた。
黒い戦闘服に身を包んだ特殊作戦群の隊員が、サイレンサー付き短機関銃を携え、柱の陰から一人、また一人と狙撃していく。音は小さい。しかし命の消える音だった。

「クリア!」

報告が飛び交う。
その瞬間、ガラスの破片とともに複数の閃光弾(フラッシュバン)が投げ込まれた。プリマコフ部隊だ。

「伏せろ!!」

轟音と閃光。一瞬視界が白く染まり、耳鳴りが世界を支配する。
その中から突入してきたのは、フルフェイスヘルメットと装甲ベストに身を包んだ異形の兵士たち。
その動きは正規軍のそれ。
隊列を崩さず、制圧射撃と突入が同時に行われる。人間ではなく機械が襲ってきたかのような規律と動きだった。
黒木の双眼鏡の奥で、プリマコフ部隊はわずかな合図だけで即座に散開した。
進行線の遮蔽、制圧火力の配置、後続隊の安全な前進ルート確保。どれも理詰めの都市戦教本を忠実になぞるような連携だった。
黒木は息を潜めながら、無意識に呟いた。

「……ソマリアで見た米軍の動きすら彷彿とさせる……」

そこにはツヴァイスタン人民軍らしからぬ洗練された浸透展開があった。自衛隊特殊作戦群の群長としての職業的警戒と、戦士としての淡い賞賛がその言葉に滲んでいた。
黒木の頬に汗が伝う。だが、特殊作戦群は怯まない。即座に反撃体勢へ。

「全隊、散開! 機動分隊は右翼へ。火線確保、交錯厳禁!」

夜の金沢駅構内が銃火と閃光、硝煙と怒号の混じる“戦場”へと変わっていく。民間人の姿はない。
そこには破壊と死しかなかった。

***
金沢駅東口外周では第14普通科連隊が陣地戦を展開していた。
APC(装甲兵員輸送車)の砲塔が低く旋回し、敵兵の陣地に榴弾を撃ち込む。隊員たちは濁流に削られた歩道やコンクリ片の壁を遮蔽に、小隊単位で斜めのラインを保ちつつ前進していた。
突如、プリマコフ側からRPGの発射音が響いた。

――シュッ

飛来したロケット弾がAPCの脇をかすめ、爆煙と熱波が周囲を包んだ。
その爆風はなおも強く降り続ける大雨のカーテンを切り裂き、一瞬だけ地形の輪郭を浮かび上がらせた。
破壊されたビルの上階、椎名たちのいる商業ビルからも視認できた。
黒田は咄嗟に頭をすくめ、吉川は無言で双眼鏡を覗き込んだ。
椎名は依然として呆然と携帯画面を握り続けていた。

「RPG確認! 対戦車火器! 自衛、急げ!」

絶叫に近い無線が飛ぶ。だが隊員たちの動きは冷静だった。即座にジャベリン(対戦車誘導弾)の発射準備。狙いを定め、発射。

──ズオッ!

炎の尾を引いて飛び、敵APCが爆発炎上。黒煙が吹き上がり、戦場全体を黒く包み込んだ。

***
「群長、プリマコフ本人を確認。駅前交差点中央の車両上」
「狙撃班は?」
「展開済みです」

黒木は無線を握り、短く命じた。

「狙え。」

***

---
プリマコフは無線機の送信ボタンを押したまま、唇を薄く歪めた。
広場で展開する自衛隊の動きは読めていた。彼は迷わなかった。

「――掃討班、駅構内へ。目標は証人の排除。念のための掃討だ」
«Группа зачистки, войти в здание вокзала. Цель — ликвидация свидетеля. Провести зачистку на всякий случай.»
「了解、中佐」
«Понял, полковник.»

すぐさま駅構内へ向け、ビルとコンテナ残骸を縫うように灰緑の迷彩服の小部隊が浸透していく。不規則な隊形は遮蔽と射線確保を両立させる理想的な展開。暗闇と雨のカーテンが、彼らの動きを完璧に隠していた。
---
薄闇に紛れていた敵影が、突然動き出した。

「――2個分隊。約16名。通常の小隊展開ではない。だが統率は極めて高い。」

黒木の無線耳機が、冷静なオペレーターの報告で震えた。

「接敵。北東側ビル群より展開開始。……遮蔽物確保。都市戦訓練済みの動きです」

黒木は短く吐息を漏らす。

「やはり……来たか。」
 
プリマコフ中佐率いる本隊は、金沢駅東口広場に面したオフィスビルの外壁を背に素早く散開した。
もてなしドームの破壊され尽くされたガラス張りの屋根が爆風で軋み、兵たちの影が張り出した屋根の下に滑り込む。遮蔽物――壊れた車両、倒れた標識、瓦礫。一瞬のうちに戦闘態勢にはいった。
ビル群に降りしきる雨音。だが隊員たちは、濡れたアスファルトの滑りも計算した上で正確な軌道を描いて進んだ。

「ブラックホーク並の連携……」

黒木は思わず呟いた。NATO標準のCQB(近接戦闘)を身につけた者の動き。ツヴァイスタン正規軍にここまでの技能部隊がいるはずがない。つまり――選抜された過激派分遣隊だ。
**
同時刻音楽堂前広場。
冷たい豪雨が、音もなく地面を叩き続けていた。プリマコフ中佐の命令を受けた偵察分隊の隊員たちは、無言のまま広場の外縁へと散開。照準器の赤いドットが、破壊された駅隣接ビルの黒い外壁にそっと浮かんだ。
ビルの影、瓦礫の中。吉川は黒田の身体を無理やり引き寄せ、自身も瞬時に膝をついて伏せた。

──パンッ、パンッ!

AK系の乾いた発射音。7.62mm弾が彼らの頭上を掠め、崩れかけたコンクリ片を木っ端微塵に砕く。弾痕から水飛沫が爆発する。雨脚は強くなるばかりだった。

「……見つかった!」

吉川が低く呻いた。商業ビルの内部にいた彼らの位置が、音楽堂前の偵察兵によって偶然補足されたのだ。

「動くな、黒田……!」
「な、なんで撃たれてんだ……?」

黒田は恐怖に目を見開き、地面に張り付く。
吉川は冷静に戦況を読んでいた。

(ビル内部に人影――特殊部隊なら“敵性の可能性あり”で即座に撃つ。偶然だが完全に巻き込まれた)
(本隊じゃない。接敵は10人以下。先行偵察分隊だ。狙撃兵は……1名。あとは制圧用の突撃兵が3、4名。連携も悪くない……。)

「お前は絶対に顔を出すな。……俺とこいつで切り抜ける」

黒田は震える手で頷くしかなかった。
大粒の雨が銃器にも瓦礫にも容赦なく叩きつける。
吉川は耳元で聞こえる「ザー……ッ」という滝のような降雨音に苛立ちすら覚えた。
**
そのとき。瓦礫の影で気配を殺していた椎名の背中が、不自然に強張る。
視線の先はスマートフォン。画面には土砂災害警報の文字。指先がわずかに震えた。

「……椎名?」

吉川が怪訝な声を漏らした。だが次の瞬間、鋭く乾いた金属的な発射音が耳を撃ち抜いた。

──パシュッ

「スナイパー!」

吉川が叫ぶ。破壊されたビルの鉄骨柱に命中した7.62×54Rの弾頭が火花を散らせた。
プリマコフ側の狙撃班が支援射撃に入ったのだ。椎名の頭部すれすれの場所に冷たい弾丸の風が通り抜けた。一瞬、椎名の顔が引き攣り、崩れた壁の裏に倒れ込む。

「くそっ……!」

吉川は黒田を抱えるようにして、さらにビル内奥へと滑り込んだ。その瞬間にも空からは無慈悲な豪雨が降り注ぎ続けていた。
**
プリマコフ分隊は前進を開始する。音楽堂前広場 から 商業ビル側への突撃移動だ。
銃口を構え、隊員同士がアイコンタクトで連携。雨の中、ブーツが水溜りを無言で叩き続ける。

「来る……!」

吉川は息を詰めた。

(時間がない。このままではここは包囲される……!)

そのとき――椎名の眼光がわずかに鋭く変わった。濡れた床を這うように移動し、視線を戦場の影へと定める。

(……あれはプリマコフの2個分隊。恐らく“掃討部隊”だ。目的は証人の排除……俺か?)

静かに、だが確実に椎名の中の別の人格が目覚めつつあった。
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