オーディオドラマ「五の線3」

第30話


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「ウ・ダバが声明…。」
「はい。この間の池袋で信号待ちの群衆に高齢者が運転する車が突っ込んだ件で声明を出しました。」
「具体的な内容は。」
「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」
「…抽象的だな。」
「はい。」
「またあれか。合成映像みたいなやつでか。」
「はい。」
「東倉病院のやつはまだ出てないのか、犯行声明。」
「ええ、そうなんです。」
「…わかった。下がってくれ。」
「はい。」
空席になっている公安特課課長の席を見つめて、百目鬼は腕を組んだ。
ーどうして東倉病院のやつには触れない…。
ー実験から行動に移すといえばむしろこの化学テロだろうに、どうしてウ・ダバはこの件には言及しない…。
ー以前起こった北陸新幹線内の人糞散布は化学テロの予行演習だ…。それを実際実行に移したのが今回の東倉病院の事件だろうが…。
電話が鳴り、それを取る
「はい。百目鬼です。」
「また起こったぞ。」
「はい…。」
「今度は交差点に来るまで突っ込んで無差別殺人。どうなってるんだマルトクは。」
「申し訳ございません。」
「国民から予算泥棒だと非難の声が上がっている。」
「承知しております。」
「それにマルトクトップがいまだ拘束中と来たもんだ。」
「はい。」
「百目鬼。お前、松永の代わりに課長をやらないか。」
「は?」
「課長補佐からスライドで課長に昇進。年齢も若い。悪くないだろう。」
「待ってください。まだ疑いの状態です松永課長は。それに課長はシロです。そもそも課長がおっしゃった見立ての通りだったじゃないですか、ノビチョク使用の疑いは。」
「それが怪しいんだよ。」
「え?」
「確かにあいつは英国から事前にノビチョクのブリーフィングを受けていた。だがそれだけであの状況を見てとっさに的確な判断ができたこと自体が怪しいと思われている。」
「なんてことだ…。」
「あいつはもうダメだ。」
「ダメ?」
「ああ。シロだったとしても一度でも躓いたらこの世界はそれで終わりだ。それくらいお前知ってるだろう。」
「知っていますが、今回の松永課長の件はあの方自身が下手を打ったというわけじゃなく…。」
「百目鬼。」
電話の男は百目鬼の言葉を遮った。
「察しろ。」
「察しろ?」
「マルトクに関して他の部局から不満が上がっている。」
「承知しております。ですからあなた様の調整力を頼っているんです。」
「あのな…だから察しろって言ってんだ。」
「どういうことでしょうか。」
「大蔵省からクレームが付いている。」
「え。」
「東倉病院の件で自衛隊の存在意義は高まった。反してマルトクの存在意義は低下。予算に応じた効果を求めるのが大蔵省の仕事。かつての財務省とは違う。彼奴等の予算執行の査定は厳しい。」
百目鬼は頭を抱えた。
「警察内や防衛省からのクレームなら俺はなんとかさばける。しかし大蔵省からのクレームになると厄介だ。」
「だからそれを捌くのがあなたの役割…。」
「相手が相手。俺じゃ無理だ。」
「でもあなたがおっしゃるように、仮に私が松永課長の後任になったら今度は私がその大蔵省からのクレームを全部背負い込むことになる。」
「そうだ。」
「…まさか。」
「…。」
「わたしに人柱になれと。」
電話の男は黙った。
「…考えさせてください。」
「残念ながらそんな時間はない。」
「どうして。」
「実働の特高。こいつが大蔵省のターゲットになっている。」
「え…。」
「ここの予算にケチを付けられると、公安特課の自由が一気に制限される。」
「しかしそういう予算の交渉ごとはその担当部局がなんとか調整を図るべきことじゃないですか。」
「その担当部署が大蔵省相手に揉み手になってご機嫌を取るくらいしかできないところだってのはお前も知ってるだろう。」
「課長補佐のままでいいです。」
「なに?」
「やればいいんでしょう。」
「どういうことだ。」
「だから私が東倉病院のヘマを埋め合わせる結果を出せばそれでいいんでしょう。そうすりゃ大蔵省もグチグチいってこない。」
「おい…。」
「大蔵省であろうが、防衛省であろうが、察庁内であろうが文句は言わせません。結果出します。」
「いつまでに。」
「3ヶ月。」
「長い。」
「じゃあどれだけが希望ですか。」
「1ヶ月。」
「無理です。」
「やれ。それくらい早くないと説得力がない。」
「じゃあやります。」
「よし。」
「そのかわりそれまでは他部局からウチに口出しできないようにしてください。」
「わかった。」
「あと松永課長はそうそうにこちらに返してください。」
「それはわからん。俺の裁量でどうすることもできない。」
「じゃあ松永課長の解放に協力する立場をとってください。」
「いいだろう。」
電話を切った百目鬼は机に突っ伏してしまった。
「言っちまった…。何の根拠もない約束しちまった…。アホだぁ…。そうなんだよ…ここに配属されたときから貧乏くじだったんだよ…なのに、なんでこんなところで変なやる気出しちまったんだ…。」
顔を上げて彼は松永の席を見た。
「ま、言っちまったから仕方ないか。」
すっくと立ち上がった百目鬼は部屋にかけられている時計を見た。時刻は18時だった。
「ちょっくら現場行ってみるか。」
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オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


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