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「って…。ってぇよぅ…。」
助手席で頭を抱えて消え入るような声を発するのは朝戸慶太である。
「立って歩けるか。」
「無理…。」
「ふぅ…じゃあちょっと待ってろ。」
「待って、置いていかないで…。死んじまう。」
「5分だけ我慢しろ。」
「待てよ…さっき10分我慢しろって…。」
「できるよな。」
空閑は車を出て走っていった。
自身の鼓動に合わせて頭に激痛が走る。
この頭痛には血流が影響しているのは素人でもわかる。
しかしなぜそれが頭という部位だけに起こるのか。
などとつまらぬ原因究明の思考をするも、それがためか痛みが激しくなった。
「あ…もう無理…。」
瞼によって閉ざされた彼の視界は暗闇から白みがかったものに変わった。
車発信した。
助手席の朝戸は窓から鼓門を見上げた。
「ビショップ。」
「うん?」
「さっきグロテスクで街にそぐわないって言ってたよね。この門。」
「…。」
「でも結果的に大衆に支持されてるみたいだから、これは正解なんだって。」
「ああ…。」
「正解かどうかは他人が決めることじゃない。自分が決めるんだと思うよ。ビショップがグロテスクだと思ったならそれはグロテスクなんだ。他人が評価しているから良いものだとは必ずしも言えない。」
「…。」
「別に金沢ディスるわけじゃないけど、ガラス張りのドームみたいなものと木造のへんてこな和風の門。正直微妙だと俺は思った。」
「そうか…。」
「俺は自分で判断したいんだ。誰に流されることもなく。」
「…俺もさ。同志よ。」
そう言って空閑はカーナビの画面を操作した。39
「ナイト。お前、これはどう判断する?」
「うん?」
「誰からも影響を受けない、お前自身の価値感で判断してほしい。」
「んだよ。」
「行くよ。」
そう言って空閑はカーナビの画面に表示される再生ボタンをタッチした。
3210とカウントダウンが表示され砂嵐のような映像が流れる。
「なんだこれ。」
「そのまま見てて。」
「ふざけてるな。こんなもん評価もクソもあったもんか…。」
砂嵐だった画面に人間の目が表示された。
第三者が見ればただの気味の悪い映像。しかしこのときの朝戸にはそれが妙に魅力的なものに見えた。
しばらくして再び砂嵐。そしてまた先程の目。これの繰り返しだ。
朝戸にとって魅力的な目が表示されるたびにズームされる。
そして画面の天地左右に目の映像と同時にメッセージのようなものが表示される。
『殺せ 壊せ 潰せ 滅ぼせ お前が殺せ お前が壊せ お前が潰せ お前が滅ぼせ お前がやれ お前しか殺せない お前しか壊せない お前しか潰せない お前しか滅ぼせない お前しかできない』
猛烈な頭痛に意識を失いかけていた朝戸だったが、突如目を見開いた。
「俺がやる。俺しかできない。」
ふと周囲を見ると、自分がどこかの屋内駐車場にいることに気がついた。
「あれ…どこだ…ここ…。」
運転席を見ると空閑の姿がない。
「ビショップのやつ俺を置いてどこに行きやがった…。」
シートベルトを外した朝戸は車外に出た。
「そういや5分だけ待ってろって言ってたか…あいつ…。何しに行ったんだよ…。」
ちっと舌打ちして再び車内に戻ろうとしたそのとき、エレベーターを待つ一人の女性の後ろ姿が彼の視界に入った。
彼女の側に、大きく4Fとペンキで書かれているところから、朝戸は自分が立体駐車場にいることを理解した。
エレベータは間もなく到着。彼女はそれに乗り込むと操作盤の方に目を落とし、行き先のボタンを押す。ガラス窓がついているタイプのエレベータで扉が閉まっても中の様子が見えた。エレベータが移動する際、ふとこちらの方を向いた彼女の顔が見えた瞬間、朝戸の体に衝撃が走った。
「え…紗季…?」
エレベータの音
扉開く
コツコツ
車のドア開く
「すまん…。だめだまだ来ていない。空振りだった…もう少しだけ待って…って…。」
空閑の車の助手席に朝戸の姿はなかった。
「くそっ…。」
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隣接するビルの通用口に吸い込まれていく人影を見送った朝戸は呟いた。
「紗季にしか見えない…。」
そびえ立つビルを見上げると、それはファッションビルの類の建物であることがわかった。
「ショップの店員か何かか…。」
あたりを見回すとこの景色どこかで見たことがある。
「うん?これってひょっとしてまた金沢駅の方に来たのか。」
先程見たはずの鼓門が見えた。
「何だよ…同じところぐるぐる回ってるだけじゃないかよ。俺。」
ため息を付いた朝戸は壁に寄りかかった。
先程まで気がおかしくなるほどの頭痛に襲われていた彼だったが、この時点ではそれが起こっていたことすら忘れさせるほどの晴れやかな状態であることに気がついた。
彼はその場で目を瞑って大きく深呼吸をした。
「何があるんだ…。」
「見ればわかる。」41
「これか…ビショップ。これを見せたかったのか。」
「なに独り言言ってんだ。」
空閑が横に立っていた。
「お、おおう。」
「ったく…突然姿をくらましたと思ったら、こんなところで目を瞑って独りごちる…。俺は本気でおまえが大丈夫か心配になってきた。」
「う、ううん。」
「見たのか。」
「あ、あぁ…。」
「どうだ。」
「どうって…まんまだよ…。」
「動いている姿もうりふたつなのか。」
「あぁ歩き方、姿勢、気味が悪いくらい似てる。」
「朝戸紗季そのものか。」
「うん。」
「だが、彼女はお前の妹じゃない。変に接触するなよ。」
「そんなことわかっている。でも似すぎてて気持ち悪い。本当に紗季が生きていたんじゃないかって思うくらいだよ。」
「彼女の名前は山県久美子。ここのビルの中に入ってるセレクトショップの店長やってる。」
「そうなんだ…。」
「そこに行けばもっと見れるぞ。ただその店、レディスの店なんだ。だから男一人でぶらりってのは結構怪しまれる。」
「そうか。」
「ちなみにこの建物、この手のファッションビルでありがち設計でさ、レディスの階とメンズの階が明確に分けられてっから、別の店で物色しながら、山県の様子を観察するなんてこともちょっと無理だと思う。」
「そんなストーカーみたいなことはしないさ。」
「随分と晴れやかな顔してるんだな。」
「え?」
「さっきから何かさ、ナイトお前、俺に突っかかる感じでかなり感じ悪いやつだったけど、いまは人が変わったみたいにさわやかじゃないの。」
「そうか…。」
「まぁとにかくよかった…。」
「悪い。心配かけてしまって。」
「気にすんな。」
空閑は朝戸の肩を叩いた。
「どう?ここ。」
「…良いと思う。シンボリックなものもあるし交通の要衝。インパクトは大きい。」
「それだけ?」
「第一警備がザルだ。」
「それ重要。」
「ああ重要だ。」
「他のところも見てみようか。」
「頼む。」
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