オーディオドラマ「五の線3」

第67話


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「え?ちょっと困ります。」
男がこう言ったのを耳にした相馬は、声のするカウンター席の方を見たが、スーツを纏った男の後ろ姿が見えたただけだった。
「どうしたんですか。」
木下が相馬に声をかけた。彼女はすでに席に着いていた。
「あ、いや…。何でもありません。」
相馬は彼女と向かい合って席についた。
すぐさまおしぼりと水が二人の間に出された。
「この店は…。」
「なんだか最近SNSで話題のお店で、一回行ってみたかったんです。」
「あぁそうなんだ。木下さんも初めてなんですか。」
「はい。」
おしぼりで手を拭きながら相馬は店の中に貼られているロシア・アヴァンギャルド的ポスター類を眺めた。
ー見た目だけか…。よかった…。これで労働とか連帯とか共産主義彷彿させるコピーが入ってたらかなりガチでヤバめなんやけど…。
「変わってますね。このポスター。」
「そうですね。」
「これってロシア語ですかね。」
「多分そうだと思いますよ。キリル文字って言うんだったと思います。ネットで見たことあります。」
「なんかこの店が話題になるのもわかるなぁ…。」
木下の表情がどこか明るく見えた。
「どうしてですか?」
「妙に惹かれるんですよね。わたし。東側の兵器とか雰囲気。」
「あぁ…わかります。それ。」
「わかります?」
「ええ。言葉になかなかできないんですけど、例えば武器とかだったら何ていうか機能性だけを追い求めたらこうなりましたっていう感じの無骨さと言うか、愛想の無さというか。それが惹かれたりしますよね。」
「そうそう。AKとか。」
木下の表情に笑顔が漏れた。
「あの…木下さん。AKとか笑顔で話すのは傍から見ると結構ヤバいと思いますよ。」
「え?そうですか?言うほどみんな知らないでしょ。」
「いや…意外と知ってるような気がするんですけど。ゲームの影響で。」
「ゲーム?」
「ええ。戦争モノのFPSとか。」
「あ、そうか…。」
「まぁ自分はAKもいいと思いますが、どっちかと言うとカチューシャのような陸軍兵器の方が萌えますけど。」
「世界初の自走式多連装ロケットですね。」
「流石…ミリ恋読者というだけあって兵器関係にお詳しい。」
「精度よりもエグさ重視という点でカチューシャはソ連らしい兵器です。」
「確かに。」
「東側は魅力的です。でも結局わたし帝国海軍の方に戻ってくるんです。」
「長門でしたっけ?」
「それは登場人物としてです。純粋に機能美を求めるなら伊400の右に出るものはありません。」
ーこの娘…マジのオタク…。
「伊400ですか…。これまた凄いとこついてきますね。」
「ぶっ飛んだ海軍思想を正直に形にして実際運用する、その無謀さというか天才的なものづくりスピリッツとでも言うのか、興奮しちゃいます。」
「なにせ…潜水空母ですもんね。」
「はい。理論上は給油無しで地球一周できる変態兵器です。」
会話に夢中になる木下の姿は、先程の石大病院のものとは打って変わって輝いている。店に入ってからメニューにも目を落とさない様子を察した店主は二人にさり気なく近寄って店主は注文を聞いた。
二人はとりあえずコーヒーを頼んだ。
「兵器ネタに夢中になってしまいましたね。」
「やっぱりこの話だけでいいです。」
ー変な世界見たとか言っとったの、スルーしたほうがいいんかな…。距離は詰められとるし。でも気になる…。
「木下さんがミリ恋の話だけでいいなら僕はそれでいいですよ。でもちょっと気になりますけど。」
「…。」
木下の表情が曇った。
「相馬さん。」
「なんです?」
「私、この仕事して3年経つんです。」
「はい。」
「一応、看護師としてそれなりに患者さんと接して、いろんなケースを経験してきたんですけど、ついさっき初めてのケースに遭って戸惑ってるんです。」
「それが変な世界ってやつなんですか?」
木下はうなずいた。
「うーん…でもその心療内科的な専門的な話、僕に理解できるかな…。」
「自分も医師じゃないんで専門的なことはわかりません。でもとにかく変なものと言うか気持ちが悪いものを見てしまって、本当に怖くって…。で、誰にも言えなくて…。」
相馬の前の女性は急に何かに怯えだした。
「木下さん…。」
「誰かとこのこと共有しないと、わたし押しつぶされそうで…。」
相馬は木下の手を握った。
「大丈夫。僕が聞きますよ。」
「相馬さん…。」
「何があったんですか。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
公安特課には県警本部の中でも特に大きな部屋が割り当てられていた。
部屋の入口は一つしかない。そこにはこの部屋がどういった部署が使用しているかの表示はなく、関係者でなければその扉を開くのは遠慮する雰囲気を醸し出している。
中はパーテーションで仕切られ、課員の横の交流を適度に防ぎ、秘密を保持する作りだ。
この部屋中のあるスペースをあてがわれた古田は、そこで紙の資料に目を落としていた。
携帯震える
「はい。」
「おうトシさん。」
「片倉か。」
「いま電話できるか。」
席を引いて課内を見回すと、皆出払っているようだった。
「大丈夫や。」
「おもれぇもん見つけたわ。」
「なんや。」
「MKウルトラ異聞。」
「MKウルトラ異聞?」
「ああ。」
「…あれ?なんか聞いたことあるような…。」
「聞いたことあるはずや。6年前に。」
額に手を当てて考えていた古田は手を叩いた。
「思い出したけ。」
「おう…思い出した。…鍋島がガッパなって読んどったっちゅうあれや。」
「そ。あん時の小道具で使った。」
「それが?」
「あぁその本が曽我の部屋からひょっこり姿を現した。」
「曽我の部屋から?ちょ待てま。あれオカルト本やろ?アメリカのなんとかっていう研究所が洗脳のなんとかって。」
「おう。」
「サイエンスの現場から最も縁遠い代物であるオカルトの本が発掘されたってか?」
「おう。」
「なんや…まさか曽我のやつ研究の方は光定に任せて、自分はオカルトの世界に逃避ってわけか。」
「トシさん。そんなに曽我のことdisんなま。」
「と言いうとなんや。」
「このMKウルトラ異聞っちゅう本。侮れんぞ。」
「おいおい…片倉。お前なぁ。」
「この本に監修者ってのがおっていや。それが興味深い。」
「何や誰や。」
「天宮憲之。」
「天宮憲之?」
「そう。れっきとした東京第一大学の先生が監修なさっとれんちゃ。この本。」
古田は思わず手で顔を覆った。
「ホントかいや…。」
「本当や。だって今俺の手元に現物あるんやから。」
「なぁ…片倉、その本って何書いてあったんやったけ?。あまりも胡散臭さ全開の本やったから、あんとき真剣に読んどらんげんわワシ。」
「トシさんの仰るとおりの胡散臭さ全開のオカルト話の詰め合わせや。ほやけど一点だけ読むに値する箇所があってんわ。」
「何やそれは。もったいぶらんと教えてくれ。」
「瞬間催眠。」
「瞬間催眠?」
「ああ。曽我のやつご丁寧にこの本の色んな所にマーカーしとってな。そん中にこの瞬間催眠ってワードがあった。」
「まんまオカルトな話やけど…。瞬間催眠って…。」
「トシさん聞いて驚くな。この催眠術、相手を瞬時に自分の意のままに操ることができる瞬間的な催眠なんやって。」
「なんやって…。」
「まさに鍋島能力ってわけや。」
「まさか…。」
「この本が書かれたのは1988年。天宮はこの時点ですでにこの瞬間催眠の存在を知っとったってわけ。」
「鍋島が高校生やったのは1994年から1996年の3年間…。そん時に佐竹と赤松は鍋島能力の一端を体験しとる。熨子山の鬼ごっこを通して。」
「時期を同じくして鍋島はこのMKウルトラ異聞っていう本を手にしてなんやらガッパになって読んどった。」
「片倉…ワシ、なんかお前が言おうとしとることがわかってきた気がする…。」
「…分かるけ。」
「高校時代、鍋島の経済的支援しとったのは下間芳夫。ツヴァイスタンのエージェント。」
「天宮と下間は70年安保の同じ穴のムジナや。」
「両者ともツヴァイスタンのシンパである可能性が高い。」
「そう。」
「クセェな。」
「ああ。クセェ。」
「もう一回天宮の周辺を洗うわ。」
「頼む。ついでに鍋島についても頼む。強烈に臭う。」
「任せてくれ。」
机の上に置かれたもう一方の携帯が震えた。
「ちょ、課長から連絡や。」
「お、岡田か。」
「ったく…なんでワシがいちいち間に入らないかんげんて。」
「何言っとるんや。秘匿性の高い部署ってことで何でもかんでも極秘なんや。外と連携とるんやったら、何かしらの外部との連絡ハブを作らんといかんやろ。」
「他にもいい人間おったやろいや。」
「どいや、そのための顧問捜査官やろいや。」
「…はい。」
「んなら。」
「おう。」
通話を終了した古田はとっさにもう一方の電話に出た。
「はい。」
「あぁ古田さん。」
「どうしたんですか。なんか声に覇気がありませんよ。」
「ヤバいもん見たかも…。」
「どういうことです?」
「誰にも言わんとこうと思ったんやけど、なんか、こう…悶々として…。」
「どうしたんですか課長。私でよければ聞きますよ。」
「古田さん。これだけは片倉さんには言わんといてくれます?」
「片倉…ですか?」
「うん。」
「わかりました。」
岡田はどうやら深呼吸をしているようだ。意を決したように彼は声を発した。
「浮気。」
「は?」
「はぁ…。」
「ちょ…課長。誰の浮気ですか。…え?まさか…片倉の奥方が…今度はマジの…。」
「いや、そうじゃない。」
古田は胸をなでおろした。
「じゃあ…。」
「相馬。」
「は?相馬?」
「あぁ相馬。」
「ははは…待ってください。課長。相馬はワシの依頼である女と接触しとるんです。多分その女と一緒のところでもたまたま見たんでしょう。」
「あ…そうなん?」
「ええ。」
「じゃああっちはどうなんや。」
「あっち?あっちって。」
「京子。」
「え?」
「えって古田さんは知らんがですか。」
「…はい。」
「片倉京子が椎名と接触してるんです。」
「椎名と…。」
「相馬のやつこっちに折角帰ってきとるげんに、ろくに彼女とも会えんようにしとるから、二人の間にヒビが入ってしまったんじゃないかって思ったんですよ。公私混同もいいところなんやけど、心配になって…古田さん?聞いてます?」
「まずい…まずいかもしれん…。」
古田の顔は青ざめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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