オーディオドラマ「五の線3」

第89話【前編】


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「わかった。とりあえずあんたはすぐに石川に戻ってくれ。」
「すぐって?」
「今すぐ。この手のことはぼやぼやしとると、気がついたらもう逃げられん状況に追い込まれとるなんてよくある。小早川はうまく騙せたとしても、その先のやつがあんたを放っておくことは考えにくい。」
「その先…。」
「ああ。」
「…片倉さんは、その先の奴ってなにか情報持ってるんですか?」
片倉はしばし黙った。
「心当たりありそうですね。」
「…あくまでも心当たりやけどな。」
「それを聞くわけにはいきませんか。」
「…いまの段階では。」
三波はポケットの中からイヤホンを取り出してそれを装着した。
「じゃあ、また連絡するわ。」
「待ってください。」
「あん?」
「いまイヤホンつけました。いま自分、駅まで歩いています。駅までの道中もうちょっとだけ付き合ってください。」
「…。」
「たぶん5分程度です。」
「(ため息)…イヤホンをつけるのは正解や。黒田から教えてもらったんか?」
「ええ。この手の話、少しでも通話音量大きかったら外に会話の内容ダダ漏れですから。」
「わかった…。そのまま駅に向かってくれ。」
「はい。」
「でなんや。」
「自由を得たいという願望もあるみたいなんです。」
「自由を得る?なんのこと?」
「小早川です。」
「どういうことや。」
「なんでも、学内の異常なまでの忖度に疲れ切っているらしいです。この忖度に耐えきれずに彼は教授の道を捨てて准教授で生きていくことにしたとも。」
「ふうん…。」
「片や天宮はスーパーマンです。」
「なんで?」
「小早川のそんなしんどい状況もお察しで、自分の側に置き続けた。で、天宮自身が東一を去ったあとも、そこに残る小早川の地位を准教授としてキープさせ続けた。そんなことをやってのける天宮の政治力って半端なかったんじゃないですか。」
「確かにそうとも言えるな。」
「伏魔殿とも言える東一内の調整を図ることができる政治力を持つ天宮なら、石大の人事を掌握するなんてちょろいもんだったでしょうね。」
「天宮は医師であると同時に政治屋でもあったということか。」
「はい。」
「そんな豪腕がなぜ石川大学病院に来たか…。」
「そこです。」
「政治屋というところがキーや。」
「政治屋がキー?」
ふと三波は足を止めた。
そこには民政党代議士のポスターが偶然貼られていたためだ。
ガッツポーズをした彼のポスターのコピーは「取り戻す」。具体的に何をどう取り戻すのかよくわからない。
この手のポスター、公選法の関係かそれとも党としての方針か、モヤッとした表現にとどまるものが多い。
三波はそれに一瞥して再び歩きだした。
「さっき公園で俺、あんたに言ったよな。」
「鍋島が持っていた特殊能力の件ですか。」
「うん。あいつの能力の謎自体はちょっとおいておくとして、その背景。つまり6年前の鍋島を取り巻く状況や。」
「鍋島を取り巻く状況…。」
「下間芳夫。」
「え?下間?」
「天宮は学生時代、下間と一緒に学生運動に身を投じた経歴があるんやわ。」
「学生運動?」
「うん。」
「え…まさかその学生運動を今の今まで引きずって…とか言わないでくださいよ。」
「十分考えられるやろいや。そもそも東一なんてところ飛び出して、こんなクソ田舎の大学病院に籍を置くなんて普通の考え方持っとるやつはやらんわいや。」
沖縄で反基地活動をする高齢者にインタビューをすると、随分と流暢な標準語を話す連中がいる。
どうやら最近東京の方からやってきたようで、別に沖縄に住み着いたわけではない。あくまでも自宅は都内にある。
リタイアし金と暇を持て余しているのも何なので、昔一緒に活動した連中と沖縄で集合。青春よもう一度的な優雅な余生を過ごしている人もいる。
三波は記者仲間からこんな話を聞かされたことがあったことを思い出した。
「そうですね…。」
「それはそれとして、俺があんたの話を聞いて引っかかったんは洗脳実験がツヴァイスタンの管理下に移ったって小早川が言ったところなんや。」
「そういうことでしょうか。」
「確かに91年にソ連は崩壊した。それをきっかけに日本は旧東側諸国と国交を持つようになった。けどツヴァイスタンは例外。ネットが発達した現代においても、あそこの内情はあそこにおるもんぐらいしかわからん完全なブラックボックスや。」
「特高ですらですか。」
「もちろん。」
「確かに…ツヴァイスタン陰謀論はオカルト話しとして普通に受けいれられます。ですが、真面目な話として受け止めるとすると、なんでそんな内部事情をツヴァイスタンにも行ったことがない人間が知ってるんだってことにもなりますね。」
「そうや。ほやけど天宮が下間からその手の話を仕入れとったと仮定すれば、それも納得できる。」
「下間はツヴァイスタンのエージェントでしたからね。」
「ああ。」
「ってことは天宮自身もやっぱりツヴァイスタンの影響下にあったんでしょうか。」
「そう考えるのが妥当やろ。現に小早川は言っとったんや。ツヴァイスタンの管理のもとで実験が行われとるってな。」
「え…待って…。」
「ん?」
「それって…まずくないですか。」
「どうまずい?」
「だって、日本の教育機関に他国のエージェントが影響を及ぼしているんですよ。」
「影響を及ぼすくらいなら何ら問題ない。むしろ。」
「むしろ。」
「天宮とか小早川。こいつらの出世とかまでもツヴァイスタンの管理下にあったとするとかなりまずい。」
「出世も管理下に?」
「あぁ。」
「となると…影響力どころの話じゃない。」
「そういうこと。」
「でもそれを前提にすれば、天宮の石川大学天下りも腑に落ちますね。」
「ああ。管理の下での人事の一貫とも見れる。」
「証拠は?」
片倉はため息を付いた。
「いや、いまんところこれらはまだ憶測。ただそう考えればストンと落ちるものがある。」
「確かに。」
「共産主義の権力闘争は熾烈や。三波、あんたはそれ知っとるよな。」
「ええ。知識としてだけですが。」
「常に死がつきまとうまさに命がけの闘争。話を戻す。6年前の事件を思い出してくれ。」
「はい。」
「他人を心の底から信じることさえできない。24時間、365日監視し、監視される社会。」
「その帰結は内ゲバと粛清だった。」
「そう。そんな熾烈な権力闘争の渦中にあった下間、そしてそれを下間ほどじゃないけどその目で見てきた天宮。」
「そりゃあ、そこいらの政治屋連中なんかゴミに見えるでしょうね。」
「そういうこと。」
「天宮が卓越した政治力を持っていたってのも、なんとなく理解できます。」
「まぁあくまでも俺の憶測が当たっとったらって前提があるんやけどな。」
気がつくと三波は駅の前に立っていた。
「ついたか。」
「はい。上野です。」
「よし。そのまま新幹線乗って、金沢にもどれ。身バレは時間の問題や。」
「ところで片倉さん。俺、金沢でどう振る舞えばいいですか。」
「とにかくしばらく石大病院には近寄るな。」
「でも…。」
「でもなんや。」
三波の頭に安井一家の情景と片倉京子と相馬周の姿が浮かんだ。
「あ…いや…。」
「とにかく、石大に近づくのはやめろ。あとなるべく外で一人になるな。」
「ひとりにですか?」
「あぁ。あんたが中村文也じゃないってわかった小早川は、あらゆる手を使ってお前の口を封じようとするはず。相手はお前が余計なことを話さんとければ、それでいいわけや。つまり…。」
「物理的に口封じすることも考えられる…ですか。」
「ツヴァイスタンが絡んどるって前提が正しければな。」
ふと三波は周囲を目だけを使って見回す。
駅構内の中心に立っていた彼は、壁を背にできる位置に自然と移動していた。
「背後だけは取られるな。できるだけ壁か柱を背にしろ。」
「いま、自然と体がそう動きました。」
「そうか。まともな感覚や。」
「…急に怖くなってきました。」
「ほんでいいんや。あんたの本能がそう囁くんや。今は本能のままに動け。」
「はい。」
20分後出発する新幹線があるのを確認した三波はここで電話を切った
「曽我先生がなくなったのは残念でした…。」
「あ、はい。」
「でも火は消えていない。」82
「小早川が曽我の後をついで瞬間催眠の研究をするってことか…。」
「今度は石川でお会いしましょう。そこなら遠慮なくあなたと楽しく話せそうですから。」82
ーいや、でもそうだったら何であいつ、石川に行くことをあんなに喜んでんだ?
ー曽我はその研究をするために東一に招聘されたんだろ…。東一には曽我の研究をそのまま引き継げる環境がある。だったら小早川はそのまま東一にいたほうが研究がしやすい環境があるんじゃないのか…。
ーいや待て。小早川は東一内の異常なまでの忖度合戦を嫌っていた。腰を据えて研究するには東一を飛び出すしかなかった…。
「はい。心療内科の光定先生と交換で東一に行った先生です。石大始まって以来の快挙なんで私も知ってます。ってか…その曽我先生が…。」75
「心療内科の光定先生と交換で」
「心療内科の光定先生」
「曽我は東一に。それと交換で東一から石大に来た光定…。」
こうつぶやくと同時に、彼は光定に関連すると思われるキーワードを片っ端から検索し始めていた。
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オーディオドラマ「五の線3」By 闇と鮒


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