ハナボウズの山ログ

ハナボウズの山ログ

By ハナボウズScienceNatural Sciences
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ハナボウズの山ログ episodes

  • 見る側に回った

    10月の半ば、Kの露地に霜が降りた。最後まで切り続けたアマランサスは、それで役目を終えた。季節は誰の都合も待たない。妻の体調がよくない、このところ中島の日々は畑よりも家の側にあった。娘と遊び、買い物に出かけ、室内の遊び場や図書館へ足を運ぶ。家事仕事の多い日々である。

    それでもハウスの中には、まだ霜を知らない花が残っている。エキナセア、狂い咲きのアストランティア、咲き続けるアンモビウム。中島は切れるものをその都度拾い、数箱ずつ市場へ送る。ミックスの注文はもう終えた。来年は11月まで花を出せるよう、妻と植え替え予定表を作った。

    ソフビ人形で物語を紡ぐ娘を見ていると、「見ないで」と言われた。その一言で、中島は5歳の自分に戻った。アンキロサウルスで遊ぶ姿を、両親にニヤニヤと見られて苛立ったあの日。かつて見られる側だった者は、いつのまにか見る側に回っている。山ログは、山の子育てログでもあるのだろう。虫の声が消え、山は静けさの中で冬を待っている。

    8 min
  • 思いついたらやってしまう

    十月の昼過ぎ、風の強い日。中島はKのハウスでアルケミラに灌水しながら、新規就農の仲間たちを待っていた。それぞれ別の師について学び、独立して五年ほどになる者たちが、互いの畑を見て回る。人が他人の畑を見たがるのは、自分の畑を知るためである。待つあいだ、中島はヘリアンサスとヘレニウムを支えていた紐と支柱を外した。花の季節が終われば、支えも用を終える。

    町内の役員会で、中島は人々が争わないことに驚いた。規格と量と品質が各自の利益に直結する六合の花部会では、議論はたびたびぶつかる。近くに住む者どうしは、なるべく戦わないことを選ぶのかもしれない。あるいは町内会とは物事を決める場ではなく、すでに決まったことを調整する場なのだろう。表の静けさは、裏で何も動いていないことを意味しない。

    その日は人からの便りが重なった。関東農政局の取材記事が掲載されたという知らせと、アメリカ海外農業研修の同期、彰人君からの電話である。彼はいま沖縄でカボチャを作っている。前日、勢いで送った誕生日の祝いが、遠く離れた二人をふたたび結んだ。思いついたことをひとつやってみる。事態はそうやって動き出すのだと、中島は記した。

    気分は三。体が温まり、また走りたくなっていた。そこへ仲間がやって来て、中島は録音を止めた。

    11 min
  • 何をするのか分からない町内会

    10月13日、夕刻。この日、畑ではなく、町営住宅の坂道。団地の班長として、地区の役員会に出るため、集会所まで歩いて向かう五分ほどの道のりの記録です。

    すれ違う人と「こんばんは」を交わし、迎えを待つ中学生の背丈に、過ぎた年月を見る。秋のせいか気分は少し沈み気味で、思いのほか早く着いてしまった集会所の前では「やだなー」と本音がこぼれます。

    髪を刈り、汗を流し、Tシャツに作務衣を着て出かける。受け入れてもらえるかは分からない。何をするのかも分からない。それでも、話を聞けたらいいと思って扉へ向かう。エイリアンが地域という土壌にも足を踏み入れる、その手前の四分半です。

    5 min
  • ハナボウズの色

    十月四日、日曜の午後。中島は午前の出荷を終え、昼食のあと娘とキーボードのドラムモードで騒ぎ、そのまま植え付けに向かった。曇り空の下、朝はTシャツにシャツとマウンテンパーカーを重ねていたが、土を掘るうちに暑くなり、いまはシャツ一枚。Kの石のベンチで汗を引かせながら、マイクを回している。

    先週金曜に、関さんちから、もういらないと言われた苗をもらってきた。アイアンウィード、ユーパトリウム・チョコレート、ブラキトリカ。根がタコのように張っていて、掘り上げるのも植えるのも骨が折れる。グラス系は市場に送っても値がつかず、関さんちも減らすのだという。それでも中島は一株もらって割り、造成した畑の入り口の縁に植えた。畑の周りは、強いものをちょろちょろと足していくうちに、少しずつナチュラルガーデンの顔になってきた。まだ隙間だらけだが、秋になれば道が浮かび上がるだろう。

    一方で、アマランサスは思うようにいかなかった。ホットビスケットは「ボリュームが小さすぎる」と市場で事故扱いに、廃棄した。中島の腹の六十センチと、買い手の思い描く六十センチが違っていたのだろう。九月の日照の短さに加え、西に山を負う畑では西側ほど背が低く、東へ行くほど伸びている。暑い夏を見込んだ読みは外れたが、小さくても可愛い、とは思っている。

    十月十日の土曜は、菅谷農園さん主催の花マルシェ。初回からほぼ毎回出ている。農家がマルシェに出ること自体が妙で、その変さが刺さったのだろうと中島は笑う。出展ブースの色にも、ハナボウズの色というものがあるらしい。会場で見かけたら、一緒に写真を撮ってほしい。シーズンは終わりに近づき、植え替え、片付け、採種、種の購入が続く。ハウス一棟目には、まだ出せるものが残っている。

    14 min
  • 褒められると嬉しい

    K圃場の石のベンチに座り、露地アルケミラの草取りをしながらの収録。ここ最近、畑への来客が増えているという。前日には、群馬県農業共済組合が発行する会員誌の取材が入り、来年1月の新年号表紙をハナボウズが飾ることに。カメラマンや職員が数名訪れ、中島と妻の写真を撮影していった。「可愛いですね」と花や自分を褒められ、中島は素直に嬉しかったと語る一方、ある発見もあった。しゃがんで花を見る自分の目に映るのは季節終盤で傷んだ葉や病害虫の跡だが、カメラマンの目にはただ美しい花だけが映っている。同じ花でも、立場によって見え方がまるで違うという気づきだ。

    今週から収穫を始めたアマランサス「ホットビスケット」は、渋いオレンジと茶色の色合いが玄人向けすぎるのか、市場によっては値がつかなかったという。産地が高齢の生産者一人の体調ひとつで突然途絶えてしまうという話も交えつつ、需要はあるが手がける人が少ないものに前向きに取り組みたいと考える。前日に軽トラで畑に着くと猿の群れが待ち構えていて、爆竹片手に追い払う様子を妻がスマホで撮影しており、後で見返して自分の戦闘態勢ぶりに笑ってしまった。

    11 min
  • 全部嫌だから走ることにした

    すべてが嫌になった。中島は突如として走ることにした。中学時代の部活のように、と思ったが、体は従わない。歩くことに切り替えて、対岸の集落を目指す。道中、先輩の畑、岩崎さんの畑を見守るように通り過ぎた。だがそこで足が滑る。受け身も取れず、右肘を打つ。痛みは走行中も続いたが、なぜか心地よさが勝った。橋を渡り、住宅に戻る。気分スコアは走行前の1から3へ上昇していた。距離は1キロにも満たなかっただろうか。帰宅して、冷蔵庫のビールを開ける。「全部嫌」という状態の正体は、また別のときに、一人で考えようと思う。

    6 min
  • 秋色

    いかにして発散、放出するか。昨日のランニングがそれを教えてくれた。出荷に身体を預けたまま、心だけが置き去りにされていたのかもしれない。体を動かすこと—それはシンプルなようで、人間の内部に溜まったものを一掃する魔法なのだ。気分は急転直下、4へと上昇した。三千円のランニングシューズをAmazonに注文した。それは単なる運動靴ではなく、来たるべき季節への決意である。

    日曜の畑見学会に向けて、妻と草の中に身を入れた。ひめひまわり、丁字草、セダム、フジバカマ—秋の花たちはまだ切り手を待っている。アルケミラは乾燥に晒されていた。一晩の灌水に預ける。そうして畑を見守っていると、いつしか畑は虫の声に包まれていることに気づく。青いピカリする小さな存在—ウリハムシ—が、アマランサスの葉を静かに食べ続ける。山側に蜂の危険があるなら、自分が入ろう。

    霜が降りるまで、セダムとアマランサスを切り続けるだろう。初年度よりも、確かに進んだ。褒めてくれる人がいないなら、自分で自分を褒めることだ。

    10 min
  • 長雨、最近のできごと

    雨の中、久しぶりに山ログ。気分は低かった。フラワーなおきさんのYouTubeドラフト版では、花より中島が映っていた。見る人によって面白さは変わる。そう受け入れることにした。8月末の六合の花部会での産地見学会、ハナボウズの畑見学はあいにくの雨で中止。その代わり花楽の里でのランチミーティングで、自分たちの花を何度も買い直してくれている花屋さんがいるという話を聞く。気分が少し明るくなる。

    翌週、大田市場での「六合の花フェア」に参加した。他産地の花を見て、自分はまだまだ未熟だと思い知る。商品とは思い入れではなく、見た目と荷造り。その場で、ずっと聞いていたポッドキャスト「友達は農家」の齋藤さんと偶然出会う。初対面なのに、もう友達のような感覚がある。音声配信とは不思議なものだ。東京の花屋さんを訪ねると、自分が出荷した小ロットのセダムが店頭に並んでいた。月曜に切った花が金曜の店頭に。その繋がりに、少しの喜びがある。

    だが雨は続く。朝3時半の仕事の朝早さ。肉体的にも精神的にも、少し崩れていた。話しているうちに、気分は1から2へ上がった。9月20日の畑見学会が迫っている。積み花が足りないかもしれない。ぐちゃぐちゃになった畑も、自分の生態も、ありのままを見てもらおう。

    21 min

About ハナボウズの山ログ

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​群馬県中之条町、標高1000mの山の中ハーブや宿根草を育てる「ハナボウズ」園主(中島)が、日々の農作業の合間に、山の音と言葉を記録しています。