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岡山県出身の詩人・永瀬清子さんの詩をRSKアナウンサー 小林章子の朗読でお届けします。どんな景色が心に浮かぶでしょう?人生のステージや生活に合わせて読むことができる永瀬さんの詩の世界。多感な時期の悩み、結婚、両親、夫や子供など家族のこと、生活の中での驚きや発見、山や川、植物や天体など自然について、世の中について、老いについて。永瀬さんの詩は、過去の自分を振り返ったり、これから行く道の道しる... more
FAQs about 永瀬清子の世界:How many episodes does 永瀬清子の世界 have?The podcast currently has 131 episodes available.
February 23, 2026#101「短章「あわれみが」」すべてを解決するのは、「愛」ではなく「あわれみ」なのかもしれません。ならば、「愛」と「あわれみ」の違いは、どこにあるのでしょうか。そしてなぜ今、「あわれみ」だと思うようになったのでしょうか。「まっすぐに流れる河はない」とあるように、人生も物事も順調に進むばかりではありません。「抵抗なしに進む考えはない」とあるように、悩みや迷いが生じ、思いがけない流れに巻き込まれてしまうこともあります。そのように人生も物事も、いつも私たちに問いかけてきます。この問いを受けた、「悲しめるもの」が「骨を曲げて」眠る姿は、まるで河底の石のようです。上流から流れに任せて転がり、角が削られ丸くなっていく石。濁った水が清らかになり光が射すのを待つかのように解決方法を探し続けるその姿。長い時間をかけて丸くなっていった石は、流れていくうちに変化し受け入れていくことを覚えていきます。だからこそ時に誰かを傷つけることもある「愛」ではなく、互いの弱さも立場も理解し思いやる「あわれみ」の力に気づかされたのかもしれません。<文・白根直子>...more4minPlay
February 16, 2026#100「短章「悲しめる友よ」」配偶者との別れは避けがたい現実です。永瀬さんは、そうした現実を見据え「男性より一日でもあとに残って、挫折する彼を見送り、又それを被わなければならない」と述べ、このことを「女性の本当の仕事」だというのです。これは、どういうことでしょうか。年を重ねた永瀬さんは、男性と女性について「本当はどちらが居なくてもうまくやれぬことは同じである」と考えるようになりました。そして、「相手が自分に何もしてくれない、と云う事はすぐ考えつくが、自分が相手にどれ位の事をしてやれたかが判るのは一生かかっても判らない」(「女性・この被うもの――婦人論についての素朴な考え」『伝統と現代』1977年9月)と考えていたのです。こうした言葉には、男女平等や男女同権について考え続けてきた永瀬さんが、よりよく生きるためにたどり着いたひとつの境地が表れているのではないでしょうか。ここにも自分の心と相手の心を見つめながら詩を書き行動しようとした永瀬さんの姿が浮かび上がります。<文・白根直子>...more4minPlay
February 09, 2026#99「短章「腕なき鬼」」短章「腕なき鬼」では、歌舞伎の「綱館」を観て、「老いた女性の枯れて美しい魅力」とともに、戦いに負けた人にも「正当な理由がある」と思いを寄せています。そしてこの思いは、女学生の頃に読んだ古代英語で書かれた英雄叙事詩「ベオウルフ」の梗概をもとに書いた詩「グレンデルの母親は」に通じるものでした。この授業を行ったのは、夏目漱石の一番弟子・中川芳太郎です。こうしたエピソードから愛知県第一高等女学校高等科英語部での学びが、詩人・永瀬清子の礎となったことがうかがえます。「鬼の方に却って最後の勝利を与えている」ところを好ましく思った永瀬さん。「自分の詩の源流」に気づき「最後の勝利」を願うとしたならば、永瀬さんにとっては自分でなければ書けない詩を書くことだったのではないかと思えてなりません。<文・白根直子>...more4minPlay
February 02, 2026#98「短章「季節 a 電柱」 春が待ち遠しい頃になりました。春を愛した永瀬さんのまなざしには、驚かされることばかりです。「私」が何気なく見ている、電柱のネーム・プレートの春夏秋冬の光。その光を敏感に感じている「私」は、「友なき者」である電柱のネーム・プレートで春の訪れに気づいているのです。「私」も電柱も実は一人ぼっちだからこそ、誰よりも早く春の光に気づくというこの発想。友達とにぎやかに過ごす喜びとはまた違う、「友なき者」だからこその豊かさに気づかされます。そしてそのように春に気づく「私」も電柱も、実は「友なき者」ではなく皆、友達だったのだと気づかされます。<文・白根直子> ...more4minPlay
January 26, 2026#97「短章「地の人の声」」永瀬さんと地元の人たちが乗り合わせたバスの中では、いろいろな話題が交わされていたようです。今際の際に遺された言葉をめぐって、それぞれが亡くなった人に思いを寄せ、我が身に引き寄せている様子を「かすかな声でなにか笑ったような感じ」で、「共感の意を表わした」ことに、しみじみとした思いやつながりが感じられます。「地の人の声」とは、地元の人々が方言で語る声であるとともに、この世からあの世へ旅立った人が、地の底から静かに届けている声のようにも思われます。その声を聞き取り、受けとめ、伝えることによって、私たちはあらためて自分自身の生き方を見つめ直すのです。<文・白根直子>...more4minPlay
January 19, 2026#96「短章「反衛生」」永瀬清子さんは、57歳から岡山県教育庁の中にある、世界連邦都市岡山県協議会事務局に勤め始めました。年齢や仕事のみならず様々な問題を抱えていたこともあり、体調はすぐれなかったようです。それでも若い人に頼みたいことでも自分でやり、「私自身の生命はつねに私に教えてくれる」と「悩め」「力をつくせ」「戦え」「一歩出ろ」という心持ちでいたことがうかがえます。後年の随筆では、年を重ねていく中で得た気づきをいくつか記しています。そのひとつが次のことです。「自分の肉体の状況がよくわかること。そのためには感覚を鋭敏にするため飲、食、その他をむさぼらず、無理しないこと。仮に病気がきても早期に気づき、できれば自力で自然に治癒する力を養うこと。薬漬けになるのはこの反対の状態である。」(『わたしの戒老録』共同通信社 1984年9月)。つまり永瀬さんは、自分の体の声に耳を澄ましながら詩を書き続けていたのです。生涯現役を貫いた詩人の生き方を垣間見ることができます。<文・白根直子>...more4minPlay
January 12, 2026#95「短章「星の援護」」永瀬清子さんの詩「熊山橋を渡る」は、吉井川に架かる熊山橋を舞台に、詩を書く仲間と出会った喜びを書いた詩です。永瀬さんは、この詩を発表した翌年の1949年3月、天文学者の本田實さんと植物学者の吉野善介さんとともに、第1回岡山県文化賞を受賞しました。それから年月を経たある時、その本田實さんが永瀬さんの詩「熊山橋を渡る」を朗読してくれたことがありました。詩の魅力は、作者自身の発見にとどまりません。読む人が作者の気づかなかった一面を見出すことで、いっそうその詩が深く心に響いていきます。そしてその気づきが、作者にとっても新たな発見となり喜びとなっていきます。本田實さんの朗読は、永瀬さんに大きな力を与えてくれました。汲めども尽きぬ深い泉のような永瀬さんの詩。見出されていない詩の魅力は、まだまだたくさんありそうです。<文・白根直子>...more4minPlay
January 05, 2026#94「春の夜のしなさだめ」新しい年を家族で過ごした時の思い出の詩です。家族であっても知らないことや気づけないことはあるものです。娘たちは、父が若い頃の母の姿を胸の中に抱いていたことを知りませんでした。その後、「母の若かった時の写真」が見つかり、父の胸にあった母の姿を目の当たりにした娘たち。「若かった時」の外見が美しいことはもちろんでしょうが、父が「嫁に来た時と今もちっとも変わらんねえ」と言ったのは、それだけではなく結婚当初と変わらぬ愛情を互いに持ち続けていたことがこの言葉を言わせたのでしょう。二度と戻らない家族での団らんと、その時には気づかなかった両親の心。愛情深い二人に育てられた娘たちの幸せも感じられます。<文・白根直子>...more4minPlay
January 01, 2026#93「美しい新年」あけましておめでとうございます。新しい年をこの番組とともに迎えてくださり心より御礼申し上げます。永瀬清子さんは、新しい年を迎える喜びをいくつもの詩に託してきました。本日ご紹介する「美しい新年」も、そのひとつです。この詩では、「新年よ」と繰り返し呼びかけています。そこには、抑えきれない喜びがあふれ、詩全体がきらめく光をまとっているように感じられます。とりわけ「沢山の固い蕾を/人のみえない所にそつとかくしてゐる」という一節には、私たち一人一人が願いや希望を心に抱いていることが示されています。そして「心に沢山の蕾を持たう」という言葉からは、その「蕾」を持つことの大切さと、やがて花開くことを願い誓う心が伝わってきます。新しい年とともに、皆さまの心に多くの蕾が芽生え、花開いていくことをお祈り申し上げます。<文・白根直子>...more4minPlay
December 29, 2025#92「黙っている人よ 藍色の靄よ」「あなた」と「私」は、長い年月をともにした夫婦です。あまりにも近くにいたからこそ、そのありがたさや優しさを当然のように受け取ってしまっていたのでしょう。「私」は、「あなた」がこの世を去ってしまった悲しみとともに、生きているときには言えなかった、この世を去らないと気づくことができなかった迂闊さを悔いています。それでも、「あなた」の愛を微塵も疑うことなく、今なお「私」を見つめてくれていると信じてやみません。そんな「あなた」の「私」への「藍色の愛」は、「藍色の靄」なのです。先の見えない霧ではなく、うっすらと見えそうで見えない「靄」。この世とあの世の境を感じつつも、どこかで見守ってくれている「あなた」のまなざしが、そこに確かに感じられるのです。<文・白根直子>...more4minPlay
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