あの人の英語の、ホントのところ

あの人の英語の、ホントのところ

By Kamiya English CoachingEducationLanguage Learning
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あの人の英語の、ホントのところ episodes

  • #18. 橋本 有子さん(お茶の水女子大学 体育・ダンス専任講師)
    →Summary & Highlights in English ダンスや身体の動きを指導、研究する橋本 有子さんに、ものまねが得意だった幼少期、英語や国語は「何をやっているんだか、わからん」と思っていた中高大学時代、ニューヨークへの留学、ことばの魅力に目覚めた体験などについてうかがいました。 橋本 有子 Yuko Hashimoto 米国カリフォルニア州生まれ。東京都在住。生後10ヶ月で帰国し25年間日本で育ったのち、大学卒業後一年間のフリーター生活を経てお茶の水女子大学大学院修了後に、英語が話せないまま無謀にも渡米。大学のArts for Childrenの授業を通して自身が子どもの立場で英語を学ぶ。Geomantics Dance Theatereにダンサーとして所属、その他国内外で作品作り及びパフォーマンスを重ねる。2013年、当初の目標であった’子どもに英語でダンスを教える’という夢を叶えると同時にニューヨーク州立大学大学院ダンス専攻を修了。その後、大学院にて自身のからだのあり方、動きに対する概念を変えた質的運動理論の専門課程(Laban/Bartenieff Institute of Movement Studies(LMA/BF)Brooklyn市)にて資格習得し2015年春に帰国。 現在お茶の水女子大学専任講師(体育・ダンス)ほか乳幼児のダンスレッスンをはじめ、専門家向けのLMA/BF指導を行う。心身ともに自由で創造性がある、主体的な学びの空間を大切にしている。2018年3月順天堂大学にて博士(スポーツ健康科学)取得。 東京学芸大学OBOGホームページ コ2【kotsu】レポート 動きを質で観る!? ラバンムーブメントアナリシスの可能性 Emi では自己紹介からお願いできますか? Yuko 都内の大学で教員をしております。専門は動きやダンスですが、ダンスは日本の教育の中ですと体育に含まれているので、体育の教員でもあります。大学とは別に、英語で子どもたちにダンスを教えたり、ダンスの指導者やトレーナー、ボディーワーカーなど、身体のことを専門にしている人向けに特別クラスを行うこともあります。 Emi 現在の拠点は日本。「子どもには英語で教えている」ということでしたが、日本語と英語を使う割合や頻度は? Yuko 大学では全部日本語なので、「英語をもっと使っていきたいな」と思っているところです。   英語は近くて、遠い存在   Emi 有子さんが最初に英語と出会ったのはいつどこでですか? Yuko 父が海外で仕事をしていまして、私も生まれは海外、アメリカ・カリフォルニア州なんです。オギャーと産まれて1歳になる前、10ヶ月の時点で帰ってきているのでまったく記憶はないんですが(笑)。 父は研究者で海外とのコラボレーションがあったので、家に海外の方の出入りがあったんです。私はそこに同席するわけではないんですが、「ハロー」なんて言って入ってくるのを見て、幼少期には「なんか全然違う風貌で、何を言っているか全然わからない」と思った記憶があります。 Emi お父様が英語を話したり、おうちに外国人のご友人がいらっしゃったりという環境。記憶がないとはいえ、アメリカで誕生し、生まれた時から周りに自然に外国人や英語があった。でも、本人としては「うわ、違う人たちが来た」「違う言語が聞こえる」という違和感があった? Yuko ゲストが来るのは何ヶ月かに一回など、本当にたまのことなので、それは特別な時間でした。なんだかよくわからないので、「興味を持つ」ということはあまりなかったです。まあ靴が大きいとか、背が高いとか、見た目のインパクトはありましたけど(笑)、そこに進んで興味を持ったという記憶はありません。 父は出張が多く、よくお土産を買ってきてくれたので、海外から帰ってきた時にトランクを開けるのがすごく楽しみでした。言葉だけではなく、日本じゃないものを感じていたということはあると思います。 Emi 生活の中に自然に外国語や外国文化があったけれど、特に強く惹かれることはなく、あくまでも「よその国のもの」という感覚だった? Yuko そうですね。ちょっと離れた存在でした。   身体での表現の方がスムーズでした   Emi ご両親は英語を話す。英語教育について、取り立てて習わせるというようなことは? Yuko まったくなかったです。英語は正直、最も苦手な教科でした。理系の家系で、数学と理科が得意でした。国語、英語という言語は最も不得意。点数もいつもいちばん低く、センター試験でも国語と英語がバンッと低かったです。 …

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    54 min
  • #17. 梅田 麻友子さん(日系精密機器メーカー勤務)
    →Summary & Highlights in English 精密機器メーカーで海外営業に携わる梅田 麻友子さんに、カナダでの語学留学、アメリカのコミュニティ・カレッジやルームシェアの経験、細く長く、ゆるく(笑)続ける学習スタイルなどについてうかがいました。 梅田 麻友子 Mayuko Umeda 北海道出身。東京にある日系精密機器メーカーのメディカル部門で、主に海外営業・営業企画に携わること8年。家族の誰も日本を出たことがないという、海外生活とは無縁の家庭で18歳までを過ごした一方で、子供の頃から本好きで言葉に触れることが多かった影響か、はたまた幼少期に通っていた英会話スクールのおかげか、学生時代の得意科目は英語。英語を使って外国で生活することへの強い興味と憧れを抱き、初めて日本を飛び出してカナダを訪れたのは20歳の時。その後日本の大学在学中にカリフォルニア州・サンディエゴに留学した1年間、会社の赴任でニュージャージー州に勤務した3年間を合わせ、トータル4年間をアメリカで過ごす。 Emi では、自己紹介からお願いできますか? Mayuko 梅田麻友子です。日系の精密機器メーカーで働いて8年になります。直近の海外生活は、昨年2017年の6月までアメリカ・ニュージャージー州に3年間赴任をしておりました。大学生の時にも1年間、カリフォルニア州サンディエゴに留学していたので、計4年間のアメリカ生活を経験しています。それ以外は、特に帰国子女だったり小さい頃に海外をよく訪れていたりなどというバックグラウンドはありません。主に大学生から海外生活を始めて、そこから本格的に英語を学び始めたという感じです。 Emi 現在、日常的に英語を使う機会はありますか? Mayuko 今の生活で英語を使うのは1割ぐらいに激減してしまいました。アメリカ赴任前は海外営業をしていて、クライアントとのやりとりは全部英語だったんですが、今は日本語で仕事をすることの方が増えました。メールは半分以上英語なんですが、英語を話す機会はなかなかありません。 Emi 日本で英語を使ったり、アメリカで仕事をしたり。麻友子さんがいちばん最初に英語に出会ったのはいつどこですか? Mayuko 確か4歳ぐらい、幼稚園の頃だったと思います。母親の勧めで英会話教室に通い始めたのが最初でした。特に「英語をやりたい」と言って始めたのではなく、きっとピアノや習字と同じ、習い事のひとつ。「両親がいろいろ考えてやらせてくれた習い事の中に、英会話があった」という位置づけでした。日本人の先生が一人でやっている教室で、たしか先生と一対一でした。 Emi どんなことをしていた? Mayuko 印象に残っているのは、先生が「アルファベットを折り紙で作ってみよう」というのをやってくれていたことです。「A」から始まって、折り紙でアルファベットの形を毎週ひとつずつ作る。それがすごく楽しかったんです。英語の会話や歌よりも、折り紙でアルファベットを作ったことが、いちばん思い出に残っています。 Emi え、折り紙を折ってアルファベットの形にする? そんなのあるんですか。英語教室なのか、折り紙教室なのか(笑)。 Mayuko 私もいま「作れ」と言われても、ぜんぜん思い出せないんですけど(笑)。先生とお話ししに、遊びに行っている感覚でした。 Emi その教室はずっと続けていた? Mayuko 転勤族だったので、2年おきぐらいに引越をしていたんです。引越した先で続けていたかどうか思い出せません。4歳から3~4年通った後、おそらく一回やめていると思います。 Emi 「チャンスがあれば行くけれど、続けなくても、別にどっちでもいい」という感じだった? Mayuko そうですね。途中で田舎の地方に引越して、近所に英会話教室がなかったり。そういう事情で一旦中断して、小学校高学年になって再開するまで、5~6年は間があいていると思います。   言葉というものが、すごく好きだったんです。   Emi 高学年で英語を習いに行った時は、自分の意志だった? Mayuko そうだったと思います。中学校に入ると英語の授業が始まるので、「その準備のためにも、始めておこうかな」というぐらいですけど。 Emi 中学校の英語を先取りしていた? Mayuko 多少はそういう要素もあったのですが、教室では英会話を重視していました。同級生のお母さんがご自宅を使って教えてくれるような教室で、同級生の女の子3人とグループでレッスンを受けていました。 Emi 友達と一緒に、友達のお母さんと英語を話す。それは好きだった? 楽しかった? …

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    51 min
  • #16. 太田 みず穂さん(カリフォルニア大学サンディエゴ校 生物化学博士課程)
    →Summary & Highlights in English 日本のインターナショナルスクールからアメリカの大学に進み、現在は博士課程で細菌の研究をする太田 みず穂さんに、日本にいながら英語で教育を受けた経験、言語とアイデンティティ、日本語に対する苦手意識などについてうかがいました。 太田 みず穂 Mizuho Ota 愛知県日進市出身。カリフォルニア州サンディエゴ在住。名古屋インターナショナルスクールにプリスクールから通い始め、高等部から2009年に卒業。同年、マサチューセッツ州アマースト大学(Amherst College)に進学するために渡米。2013年に生物学科にてBachelor of Arts学士号取得。その後、University of California, San Diegoの生物化学博士課程に進み、今に至る。 博士課程の研究内容はシアノバクテリア(光合成を行う細菌)の生態。シアノバクテリアが同じ環境に住む捕食者(アメーバなど)から逃れるためにどのような特徴をもっているのか、またその特徴はどの遺伝子から来ているのかを問う。大学院後の進路は未定。英語、科学、クリティカルシンキングなどのスキルをうまく活用できる職業を模索中。日本語に対しての苦手意識を克服するのが目標。 Emi 自己紹介からお願いできますか? Mizuho 太田みず穂です。現在はカリフォルニア大学サンディエゴ校で大学院生をやっております。 Emi プロフィールによると、「シアノバクテリアの研究」を? Mizuho はい、そうです。「藻」ですね。 Emi 藻? Mizuho 海、川、池、湖などに住んでいる緑色の細菌です。 Emi 身近にいるヤツらなんですね? Mizuho そうですね。金魚鉢に生えたりするヤツです。一口に「藻」と言ってもいろいろあるんですけど、そういう感じのものです。 Emi なぜそれに興味を持った? Mizuho 特に興味があって研究を始めたというよりは、ラボ(研究室)の雰囲気や心地よさに重点を置いて決めました。私のプログラムでは、大学院に入ってから、良さそうなラボに試しに10週間ぐらいずつローテーションで入らせてもらえるんです。それでお互いの都合が合えば、本格的に入るというシステムです。 Emi いろんな研究室をまわって、「ここがいいかな」と思ったのがシアノバクテリアの研究をするところだった。 Mizuho あと、細菌って増えるのが速いので、せっかちには向いています。 Emi みず穂さん、せっかちなんですか? Mizuho ちょっと… かなり… はい(笑)。マウスだと赤ちゃんからおとなになるまでに時間がかかりますが、細菌は1日培養すれば増えちゃいます。ただ、マウスではより人間に近いことが研究できますが、細菌ではそれができない。何が知りたいのかによってモデルの選び方が違ってきます。 Emi マウスを実験に使うのは、人間よりずっと成長が速いからなのに(笑)。 Mizuho それでも遅いっていう(笑)。   …

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    48 min
  • #15. 井内 詩麻さん(現代アーティスト、アートエデュケーター)
    →Summary & Highlights in English 現代アーティストで教育者の井内 詩麻さんに、語学留学で感じた“温度差”、外国人向けESLと英語ネイティブの国語教育、カナダの大学とニューヨークの大学院での経験、英語が自身のアートに与える影響などについてうかがいました。 井内 詩麻 Shima Iuchi 京都市出身。ニューヨーク州在住。現代アーティスト・アートエデュケーター。School of Visual Arts修士課程修了。幼児からシニアまで幅広い世代を対象にアートとの関わり方、共感、楽しさを伝える仕事を手がける。 成安造形大学アートプロデュース学科卒業後、商社に就職。その後、視野を広げ、さらにアートを学ぶために1997年渡加。カナダ・ブリティッシュコロンビア州での語学留学を経て、同州トンプソンリバーズ大学、造形芸術科にてFine Arts学士号取得。同大学卒業後、二年間大学研究員として働く傍ら、制作活動に従事し、自己最大のインスタレーションを北米各地で展示した。北米・アジア・ヨーロッパにて個展や作品の出展を行い、数々のタイトルを受賞。 その後、アルバータ州バンフセンターにてテクニカルアシスタントとしてタスクを担った後、レスブリッジ大学およびトンプソンリバーズ大学にてファカルティーメンバーとして勤務、アートの教育者としての活動を本格開始した。 現在は結婚し、二児の母。育児の傍ら、アート教育・制作活動を行なっている。 Emi 自己紹介からお願いいたします。 Shima 現代アートと美術教育をしております井内です。出身は京都市です。カナダでずっとやりたかった制作を学び、大学で働かせていただいた後、昔から憧れていたニューヨークシティの大学院に参りました。卒業後、今もニューヨークに住んでいます。 Emi 美術を教える教育者と、実際に制作をするアーティストとの二本柱でご活躍。のちほど作品のお話もうかがいたいと思います。 詩麻さんが初めて英語に出会ったのは、いつどこでですか? Shima 中学校でした。高校時代からずっと留学に憧れておりましたが、やはり生の英語を体験したのは初めてカナダに降り立った瞬間でしたね。 Emi 中学校で英語の授業が始まるまで、英語に触れる機会はなかった? Shima 中学校に入る前に、英語教室に行っていたんですけれど、自発的に行ったのではなく、親に入れられた感が非常に強くて(笑)。英語というよりも楽しみに行ってたかな。英語という意識はなかったです。 Emi 子ども向けの英会話教室。「英語をやっている」というよりは遊び感覚だった。 Shima 歌とか、簡単な単語でゲーム遊びとか、そんな感じだったと思います。   いつも先生を観察していました。   Shima 英語教室の先生は日本人でしたが、確かご主人がアメリカ人。それまでに会ったことがない感じの方で、日本人日本人していなかったのを覚えています。すごくセンセーショナルでした。(笑) Emi クラスの内容よりも、「外国人の夫を持つ日本人」という先生のインパクトが強かった? Shima どちらかというと、その方が大きかったです。 Emi 「日本人で英語をしゃべる人って、こんな感じなんだ」ということ? Shima 考え方もすごくサバサバした先生だったんです。「なんかすごく気持ちいい、おもしろい人だなぁ」と思って見ていたのを思い出します。 Emi 小学生で、それだけ冷静に大人を観察しているというのもおもしろいですね。 Shima 「結構小さい時から、とてもクリティカル*な目で大人を見てたな」と思います。(笑) *critical:分析や評価をしようとする様子。 Emi …

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    50 min
  • #14. 岩野 仁香さん(小児救急医)
    →Summary & Highlights in English 小児救急医の岩野 仁香さんに、英語と出会った頃の怖い(笑)思い出、英語にハマっていた中高時代の学習法、留学をやめて日本の大学に進んだ経緯、アメリカで医師として患者やその親と話す英語などについてうかがいました。 岩野 仁香 Mika Iwano ニューヨーク州バッファローで働く小児救急医。ドイツ・ハンブルグで生まれ、2歳からは兵庫県西宮市育ち。2007年から1年間、ロータリー財団の国際親善奨学生として米国カリフォルニア州・サンディエゴに留学。その後、関西医科大学を卒業、兵庫医科大学病院で初期研修、後期研修の一部を行った後、2012年に渡米。ニューヨーク州ブルックリンで一般小児科研修と小児ホスピタリストフェローシップを行う。現在は小児救急専門医課程2年目。一児の母。米国一般小児科専門医。日本語を話すときは、初めて会う人が驚くほどの関西弁。 Emi では自己紹介をお願いいたします。 Mika 岩野仁香です。名前の漢字が「にんべんのニに、香り」なので、みんなからは通称で「じんか」と呼ばれています。去年の6月からニューヨーク州バッファローにある小児病院の救急救命室に勤務しています。小児救急のフェロー、後期研修医という、一般小児科の専門医向けのトレーニングを受けていて、3年間のうち1年半が経ったところです。 Emi 子どものための救急医療。小児救急医は、日本にもたくさんいますか? Mika いや、正式なトレーニングはまだ整っていません。日本では、かつては一般小児科の人が交代で救急外来というセッティングで患者さんを診るのが一般的だったんですけれども、今は成人の救急から小児救急を診る医師もいますし、小児科から救急医療を専門にする医師もいます。私はもう6~7年日本を離れているのでどういう感じかちょっとわからないですけれど、おそらく小児救急の専門医はまだないと思います。だから、そのためにアメリカの小児科一般の研修を受けてから救急のトレーニングを受けている次第です。日本で3年半の経験後、2012年に渡米して、現在6年目です。 Emi 現在の患者さんは、アメリカの現地の子どもたち。同僚や親御さんを含め、普段は一日中英語を使っている生活? Mika 1才半の息子がいますので、息子には日本語で。それから、お母さん仲間は日本人が多いです。でも、仕事ではすべて英語です。 Emi ご家族と、地域の日本人のお母さん方と話す以外はずっと英語の生活。そんな仁香さんが、いちばん最初に英語と出会ったのは、いつどこで? Mika 小学校の英語の授業です。   小学校の英語の先生が、怖かったんです。   Mika 小学校で、日本人の先生が教えてくれる英語の授業が週に1~2回あったんです。絵を見て、英語でなんていうか書いた紙を貼ったり、「ティーポットの歌」を歌ったり。あとは暗唱ですね。小さな女の子の部屋の中から本のある場所を見つけて「There is a book under the desk.」と言う、みたいなのを習いました。きっと一応メソッドがあったと思うんですけれど、どういうふうに教えられたかは覚えていません。「There is」と言われても小学生にはわからないですから、「『ありますよ』というときは『There is』って言うんやで」みたいな授業でした。 英語の先生は植田先生という年配の女性で、その先生が入ってくる前には、机のところで立って待っとかないかんのですよ。「Miss/Mrs./Ms.」の論争があった頃だったのかわからないですけど、「Missには、『先に生まれた』という先生に対するリスペクトが入っていない」ということで、「Miss Ueda」と呼んではダメ。授業はほとんど英語やのに、「Good morning, 植田先生」って言わなくちゃいけなかったんですよ。 Emi (笑) Mika これ本当の話ですよ。立って待っとくんですよ、気をつけして。もう亡くなられたみたいですけど、そういう信念を持った先生でした。「Good morning, 植田先生」、「Thank you, 植田先生」。「『Teacher』には『先生』のニュアンスが入っていない」ということを1年生の最初から教えられ、「ほぉー」って聞いていました。怖いから言われたとおりにしてますけど、もちろん当時は今のように「そういう背景があってしてたんかな」とは全然思っていなかったです。通信簿で発音に「△」をつけられたのだけは覚えています。(笑) Emi もうおもしろい話がいっぱいありましたけど(笑)、最初に英語と出会ったのは、日本の小学校。1年生から週に1回、英語を教えに来る日本人の先生がいた。 …

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    47 min
  • #13. 関根 大輔さん(アスレティックトレーナー)
    →Summary & Highlights in English アスレティックトレーナーとしてアメリカのスポーツ界に携わる関根 大輔さんに、日本の学校英語、大学留学、「居心地の悪い環境」の大切さ、筋トレに見立てた英語学習法などについてうかがいました。 関根 大輔 Daisuke Sekine 埼玉県出身。現在は、アメリカン大学にて、アスレティックトレーナーとして勤務。高校を卒業後、パスポートも持ったこともなければ飛行機に乗ったことすらなかったにも関わらず、大学進学のため渡米。留学前は、大学卒業後は日本に帰国し就職することを微塵も疑っていなかったものの、結局大学院に進学し修士号を取得、その後もアメリカに残り、リハビリクリニック、高校、大学のアスレティックトレーナーとして職を転々としながら今に至る。 Emi まずは自己紹介をお願いいたします。 Daisuke はい。関根大輔と申します。ワシントン D.C. にあるAmerican Universityという大学で、アスレティックトレーナーとして働いています。仕事の内容は、日本でいう体育会の部活動に関わる選手たちの健康管理、ケガの診断やリハビリなどです。 Emi 大学生など若い人たちと話す機会が多い? Daisuke そうですね。基本的に自分たちが診る患者さんは大学1年生から4年生までのスポーツをやっている人たちに限られているので、同僚以外では学生としゃべる機会が多いです。 Emi 最初に英語と出会ったのは、いつどこでですか? Daisuke たぶん小学校6年生ぐらいで、NHKのラジオ講座を聞いたときです。『基礎英語』の最初のレベルみたいな番組でした。 Emi どうしてそれを聞くことに? Daisuke それが実は今の仕事と関連しているんです。当時、自分もスポーツをやっていたんですが、ケガをしてお医者さんに診てもらったとき、そのドクターがアメリカに行ったことのある人だったんです。そこで「アメリカにはスポーツ選手の治療をメインにやる仕事がある」「こういう人がいるんだよ」という話を聞きました。スポーツが好きでしたし、人間の体の仕組みなどにも興味がありました。 もちろん誰でも「スポーツ選手になれたらいいな」と思うものですが、そのくらいの年齢になれば「スポーツを仕事にするのはなかなか難しい」ということがわかってくる。なのでその話を聞いたとき、「どうせ中学に入ったら英語の授業が始まるんだし、一日15分とかの短い番組なので、できるときにやってみようかな」という感じで始めました。 Emi アスレティックトレーナーという職業の情報が先に入って、「それになるためにはアメリカ。アメリカに行くためには英語」という順序だった? Daisuke そのときは別に「将来、絶対にやるぞ」というわけではなく、それほど真剣に捉えていませんでした。「来年には学校で英語の授業が始まるから、無駄にはならないだろう」というぐらいで(笑)。   英語に対して、特別な印象はありませんでした。   Emi 「英語はどっちみちやるんだろうし、ちょっと早めに始めておくか」というような感じだった。ラジオ番組を最初に聞いたときの印象は? Daisuke ローマ字は小学校で習うので、アルファベット自体は見たことがありましたけれど、新しい言語だったので、「全然わからないな」という感じでした(笑)。 Emi 6年生からウォーミングアップとしてラジオを聞き始めた。中学に入り、英語の授業が始まってからはどうでしたか? Daisuke 普通の学校だったので、特別な印象はありません。「普通に授業を受けて、テスト勉強をして…」の繰り返しでした。聞いたりしゃべったりする機会はあまりなく、授業でリスニングのセクションがあればやるぐらい。読み書き中心の、いわゆる普通の学校教育の英語でした。他の教科と特に違いはなく、「いっぱいある授業の一つ」という感じでした。 ラジオ講座は、いちおう聞く時間があるときには聞いていたんですけど、中学に入ると部活もあるので、それも飛び飛びになったり。 Emi 英語は特に好きでも嫌いでもなく? Daisuke ああ、好き嫌いだけで言えば、割と好きな方だったかもしれないです。国語もそうなんですが、言語が好きだったんです。でも、それ以上ではなかったですね。 Emi 「言語が好きだった」というのは、どんなところが? Daisuke …

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    48 min
  • #12. 安田 奈々さん(翻訳家、米国公認会計士)
    →Summary & Highlights in English 米国公認会計士で、日本を拠点に翻訳・通訳を提供する安田 奈々さんに、帰国子女から見た日本の英語教育、上達を実感した経験、AIや機械翻訳、“刺さる”英語、日本で英語力を保つ方法などについてうかがいました。 安田 奈々 Nana Yasuda iProfess翻訳事務所代表。米国公認会計士。8歳までイギリス在住の帰国子女。 最初に就職した日本のベンチャーキャピタルで、高い専門性や語学力を持つことの重要性に気づく。その後15年にわたり日米の監査法人で会計監査、海外M&A、国際会計基準IFRSの導入支援に従事し、英語×会計のニッチなスキルを磨く。未来の働き方の一つとしてフリーランスに着目。2014年に独立してiProfess翻訳事務所を立ち上げ、会計監査に特化した翻訳・通訳を一部上場企業や監査法人に提供。モットーは「刺さる書き言葉・話し言葉」。 一男一女の母。趣味は、英語プレゼンTEDの視聴と、学校ボランティアで絵本の読み聞かせをすること。夢は、人生の英知を子どもたちに伝える学校を作ること。 iProfess翻訳事務所 Emi 自己紹介をお願いできますか? Nana はい。私はiProfess翻訳事務所という会計財務に特化した翻訳・通訳の会社をやっています。会計財務に特化している理由は、私がアメリカで5年、日本で10年、あわせて15年ほど監査法人でずっと会計や監査の仕事をやっていたためです。その間に、「英語と会計の両方を使える人というのはなかなかいないんだ」とわかり、3年前に独立しました。 Emi 翻訳事務所をやっていて、アメリカの公認会計士でもいらっしゃる。ご専門の会計の知識を生かした翻訳を提供している? Nana はい。もともとは翻訳からスタートしたんですけど、最近は通訳の依頼もすごく多いです。会社ならCFO*のような会計のトップや監査法人などから、「会計を知っていて通訳ができる」ということへの需要が増えています。 *Chief Financial Officer:最高財務責任者 Emi 会計をベースに翻訳をスタートして、現在はさらに通訳も。「日本語から英語に」「英語から日本語に」の両方向とも担当する? Nana 基本的に「日本語から英語」です。英語に訳す方を得意としているというか、それに特化するようにしています。 Emi 比較的少ない「日本語から英語」で、さらに会計の専門知識がある。二重に希少な翻訳・通訳者ですね。 Nana 「英語×会計」ができる人は少ないけれど、それでもやっぱりできる人はいる。「本当に自分にしかできないことは何だろう?」ということを特に意識するようにしています。 Emi プロフィールにも「ニッチなスキル」とありますが(笑)、そのニッチさがどんどん増していってる感じですね。 Nana そうそう(笑)。考え方はいろいろあると思います。「広くいろんなことを知っている」というのも、もちろんすごく素晴らしいこと。勝負の仕方もいろいろある。でも、私の場合は、自分にしかできないエリアを突き詰めていくスタイル。どんどんニッチな方に行くように意識してます。   最初は日本語がしゃべれませんでした。   Emi ではそうやって現在、翻訳・通訳者として英語を使っている奈々さんが、いちばん最初に英語と出会ったのはいつどこでですか? Nana たぶん最初の私の母語が英語だと思います。3歳から8歳まで、親の仕事の関係でイギリスのロンドンにいたので、「いちばん最初に言葉として覚えたのが、英語じゃないかな」という感覚があります。 Emi 本人としては「日本語より先に、英語を使い始めた」という印象を持っている? Nana まさにそんな感じです。8歳のとき、小学校2年生で日本に帰ってきたんですけれど、そのときは日本語がしゃべれませんでした。相手に言われていることはわかるんですけど、日本語で答えられないから英語で答える。イギリスにいたときから、親に日本語でしゃべりかけられても全部英語で返していたので、その状態がわりと長く続いていたように思います。 Emi ご両親から日本語で話しかけられても、奈々さんは英語で返していた。「3歳から8歳」というと幼稚園や小学校に行く年代ですが、そこには日本語を使う環境がなかった? Nana ないですね。イギリスと日本では学年の進み方が違うので、帰国したとき、日本では2年生ですがイギリスでは4年生だったんです。イギリスに行った3歳のときには、もしかして1年くらいは幼稚園に行ったかもしれないけど、たぶん4歳ぐらいからもう普通に小学校での勉強が始まりました。ローカルの学校だったので、その中で日本語の環境というのは親と接するときぐらいしかありませんでした。 あと、そうだ。土曜日に日本人学校に行ってたのを覚えています。 Emi …

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    58 min
  • #11. 四宮 貴久さん(俳優、ダンサー、演出家)
    →Summary & Highlights in English 俳優、ダンサーとして日米を中心に世界で活躍する四宮 貴久さんに、英語が好きではなかった中高生時代の思い出、アメリカで受けた“洗礼”、英語の台本をきちんと理解して表現することなどについてうかがいました。 四宮 貴久 Atsuhisa Shinomiya 米俳優協会AEA、SAG、AGVAに所属。国立音楽大学在学時に見たアラン・ジョンソン演出「ウエスト・サイド・ストーリー」に感銘を受け卒業後渡米し、その3年後にスイスにて同氏のもと出演を果たす。NYでは渡辺謙主演「王様と私」ほか、全米ツアーや地方公演など多数出演。日本では東宝「ミス・サイゴン」ほか、愛媛の坊っちゃん劇場にて主演した「誓いのコイン」はロシアに招聘されモスクワ、オレンブルクにて好評を博す。また自ら米作品を翻訳し、演出、振付、指導など多岐に活動。その中でも米新作ミュージカル「TRAILS」は、東京にて開かれたグリーンフェスタ2015にてBIG TREE THEATER賞を受賞する。 ブログ “I AM WHAT I AM” Instagram Emi 自己紹介からお願いできますか? Atsu はい。四宮貴久と申します。ミュージカルを中心に、俳優として舞台や映像の仕事をしています。 Emi 俳優としてご活躍。日本以外の外国での公演にも出演されているんですよね? Atsu 東京の音楽大学を卒業した後、すぐニューヨークに留学して、それからオーディションを受けて仕事をするようになりました。ニューヨークに6年半、ロサンゼルスに2年。その後日本で何年か仕事をして、近年はブロードウェイでやっていた『王様と私』に出演。2015年からはまたニューヨークに住んでいました。アメリカで受かったオーディションがきっかけでスイスや韓国で公演したり、はたまた日本のプロダクションからロシアに行ったり。ほうぼうをジプシーのように移動してます。(笑) Emi (笑)すごいですね。世界を股にかけての公演。たとえば韓国やロシアは英語圏ではないですが、仕事上はずっと英語を使っている? Atsu そうですね。「英語はまさしく共通語だ」と、身をもって体験しております。(笑)   最初は「英語を使って遊ぶ」という感覚で   Emi アツさんが英語に出会ったのは、いつどこでですか? Atsu 小学校の1年生ぐらいからしばらく、母親が英会話の塾に自分を行かせていたんです。カードを見せて「ant」とか「apple」とか言うような(笑)。中学では学校で英語を習いますよね。その後、音大に行ってから英語を習う機会はありませんでした。まぁ本格的に英語に触れるようになったのは、やっぱりニューヨークに行ってからですね。 Emi いちばん最初は小学校1年生で、日本の子ども向け英会話教室。「絵を見て、発音を練習する」というようなクラスに通っていた。 本人の意思というより、お母さまに連れていかれた? Atsu そうですね。自分に選択権はなかった気がします。(笑) Emi (笑) その教室で初めて英語に出会った。その時の印象は? Atsu そのときは、「学ぶ」というより「遊びに行く」という感じでした。やってることは簡単で、文法を学ぶよりも「英語を使って遊びましょう」という雰囲気でした。 Emi 「楽しい」「おもしろい」という印象。そこに何年か通っていた。 Atsu そうですね。それを何年やったかがちょっと思い出せないんですけれど(笑)、中学に入ってからはやっていなかったのを覚えています。 Emi …

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    43 min
  • Takeaways from #01-10
    英語ができるようになるまでの道のりは実にさまざまで、二人と同じ学習者はいません。日本育ちでも外国育ちでも、英語が得意でも苦手でも、内向的でも外向的でも、“理系”でも“文系”でも“体育会系”でも、「英語が使える人」になることは可能です。 それを示すために自らの経験を惜しみなく共有してくれた最初の10組・11人のインタビューから、がんばる学習者に届けたいメッセージを集めました。Takeaways from #11-20も、ぜひどうぞ。 ※お名前をクリックすると、本編へ進みます。 #01. 村井 裕実子さん(マサチューセッツ工科大学メディアラボ 博士研究員) めちゃくちゃな英語でも、胸を張って人に話しかけていった方が、自分のためにもいいし、まわりの人にとっても、私がどういう人間かがもっとわかるから、大事。だから、「気にしないで、もっとどんどんしゃべりかけていけよ」と思います。 #02. 平松 里英さん(通訳者) 私も、まだ(通訳が)雲の上のお仕事だったときには、「ネイティブよりもできるぐらい英語ができて、英語の勉強は必要ないんだろう」と思ってました。でも、それは絶対にないと思います。言い回しひとつとっても、勉強は必要です。 #03. 嶋田 健一さん(ハーバード大学医学部 博士研究員) 「聞かなければいけない」「ここで理解がそろっていないと後々事態が深刻になる」という部分をうまくおさえておく。そのために、「聞くは一時の恥」というのが絶対にあると思います。 #04. 松川 倫子さん(NPO法人Acumenマネージャー) 失敗を避けて安定を選び、準備をしてから飛び立つことのリスクは意外と大きく、もしかしたら飛び立ったときには“時すでに遅し”だったり、失敗の量が大きくなってしまって重大なケガをする場合もあるのかな、と感じます。 #05. 礒谷 有亮さん(ニューヨーク市立大学美術史学科 博士号取得候補者) 「近道はないか」と思っているうちは、必要性を感じていないということじゃないかと思います。結局、モチベーションがあって、何かやらないといけないときって、近道を探す余裕もなく、目の前にあるものをなんとかやるしかなくなってくると思うんですよ。 #06. 下向 依梨さん(教育クリエイター) 「ここでひるんだら、自分は成長しないな」と思って、クラスを下げることなく頑張ってみたんです。すると2週間目ぐらいから、「これは私が丁寧に丁寧にしゃべろうとしすぎて、口から出ないんだな」と気づきはじめました。 #07. 井清 桜さん(米系航空会社 客室乗務員) 完璧な英語を求めることはいいことだと思いますが、「果たしてそこまで必要か?」と考えて、「今の私には完璧な英語じゃなくてもいいな」という結論に至りました。 そう思うことで、英語を話すのが楽しくなりました。 #07. 井清 蘭さん(米系航空会社 客室乗務員) 新しい環境では、誰も私の本来の英語力を知らない。ウジウジした英語をしゃべる自分のことも知らない。だから、「過去の自分は完全に忘れて、英語をガツガツしゃべれる体(てい)で行こう」と決めました。 #08. 郡司 まり香さん(ハードウェアエンジニア) 「自分はこの観客や交渉相手に、このことを伝えるために来たんだ」「つたない英語で文法もなっていないけど、伝えよう」と思うこと。それが結果的に良いプレゼンになったのかなという気がします。 #09. 野藤 弓聖さん(字幕翻訳者) アメリカ英語やイギリス英語に触れてきていたんですけど、今度はトリニダード英語に慣れなきゃいけなくなって、それが最初はすごく大変でした。それまでの英語の常識がガラガラに崩れたというか。 #10. 立石 亮さん(三菱商事勤務、スタンフォード大学MBA) アメリカに来たばかりの頃は、授業で全然発言できなかったんです。すごくハードルが高くて、「発言することを想像するだけで、胃がキリキリ痛む」みたいな感じでした。でも、ある時、その状況にぴったりの映像を思いついたんです。「これは玉入れだ」と。
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  • #10. 立石 亮さん(三菱商事勤務、スタンフォード大学MBA)
    →Summary & Highlights in English スタンフォード大学ビジネススクールに留学中の立石 亮さんに、受験や資格試験の英語と実際に使う英語との違い、留学に至った経緯、実践を通じて新たに獲得したマインドセットなどについてうかがいました。 立石 亮 Ryo Tateishi 1985年生まれ。東京大学法学部卒業後、2010年三菱商事に入社。2011年の震災後、船舶ビジネスに携わる傍ら、個人として石巻でボランティア活動を継続的に行う。2012年に環境・CSR推進部 復興支援チームに異動。被災地域の中小企業や起業家への投融資事業と、福島における農業支援の一環としてのワイナリー事業を主に担当。現在はStanford Graduate School of BusinessのMBAプログラムに在籍し、「企業が生み出す社会的価値の新しい形」を中心テーマとして勉学に励んでいる。 Emi 自己紹介からお願いできますか? Ryo はい、立石 亮と申します。今スタンフォード大学のビジネススクールに留学しております。もともと三菱商事という総合商社に勤めておりまして、その社費の留学生としてこちらに来ております。 Emi アメリカには留学生としていらっしゃっている。いつ頃から? Ryo 去年、2016年の6月末に渡米してきました。 Emi じゃあ1年が終わって、2年目に入るところ? Ryo そうです。プログラム自体は去年の秋に始まったんですけど、英語があまりにもできなかったので、スタンフォードの大学院生向けの英語プログラムに2ヶ月ぐらい通ってから、ビジネススクールの方に参戦という感じです。 Emi 大学院が本格的に始まる前に英語のプログラムに。さっそく英語の話に入ってきましたが(笑)、亮さんがいちばん最初に英語に出会ったのは、いつどこでですか?   英語を含め、“お勉強”全般が得意だった   Ryo たぶん中学1年生の、学校の英語が初めだったと思います。 Emi 小学生までは、まったく英語に触れることがなかった? Ryo まったくなかったと思いますね。中学1年生の1学期に、ローマ字から始めるみたいな。 Emi その時の印象は? Ryo どうですかね。なんか特段…ないかな。自分で言うとアホらしいですけど、比較的お勉強はできるほうだったので、別にずば抜けて得意でもないですが、問題なく学んだ感じでした。 Emi 英語は日本の小学校にはなくて、中学から新しく加わるわけですけど、他の科目と違いは感じなかった? Ryo なかったですね。そういうフレームワーク自体が自分の頭の中になかった気もします。中学に入ってからはカリキュラムの全体像がなんとなく把握できた感じですけど、小学校のときは、「科目、学んだっけな?」「勉強してたっけな?」みたいな感じです(笑)。 Emi なるほど。「お勉強が得意だった」ということでしたが、科目ごとの記憶や「英語という新しい教科」の印象は特にない? Ryo ないですね。ちょっと古い記憶なので間違ってる可能性もありますけど、あんまりなかったと思います。 ただ、アメリカ人など英語ネイティブの先生がサポートに来てくれるプログラムで英語を話す機会があったとしても、積極的に話す感じじゃなかったですね。「この人とめちゃくちゃ話せるようになりたい!」とも思っていなかったです。うーん、あんまり強烈な記憶はありません。 でも、一つ記憶があるとすると、中学の終わり頃、選択科目的にスピーキングのクラスを取ったことです。公立中学だったので、あんまり選択科目ってないはずなんですが、1コマ2コマ選べるのがあって、なんか英語をしゃべるクラスを選んだんですよね。「テストの点数はすごくいいのに、そのクラスでは、他の生徒に比べて、あんまりしゃべれてなかったなぁ」という、うっすらとした記憶があります。 …

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About あの人の英語の、ホントのところ

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