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「動き出す妖怪展」に行って、素晴らしいイマーシブに感動し、たくさんの妖怪について勉強させていただきました。その中で、改めて妖怪って一体なんなんだろうと、考えさせられました
プログラムの”妖怪とは一体何なのか?”より
”古の人々が感じていた不思議な現象一
夜ふけにく誰のものとも知れぬ足音、音に走る気配、
突如として降り出す大雨、山を揺らす風一
こうした現象は、古の人々にとって「不安」であり「異変」であり、「災いの兆し」であった。
そのわからなさに、名を与え、かたちを与えた存在がはじまりの「妖怪」である。
ざしきわらし、天井甞、疱疹神、火車、天狗・・・・・。それぞれが音や視線、病や嵐といった、目には見えず言葉にもしがたい力を象徴する存在として語られた。
しかし、妖怪はただの怪物では終わらなかった。
妖怪は次第に人々が異常や異変と向き合うために生み出した、“理解のための装置”としての役割を持ち、像力の結晶”であるとも言える。
やがてそれらは物語となり、姿を与えられ、「キャラクター」として現代にまで生き続けている。”
ここから私は思いました
1.妖怪は、仮説思考
2.妖怪物語は、コンテキストを炙り出す
3.現代の、妖怪退治とは?
1.妖怪は、仮説思考
夜寝る時に明かりをつけていないと寝れない、暗がりの向こうに何かいるような気がする、みたいなことは、小さい時はとても怖かったし、大人になると随分マシになりましたが、今でも気持ち悪く感じることがあります
自然現象で、さまざまな災害の兆しは、随分、科学でわかってきましたが、それでも、それを完全に乗り越えることは現代でも難しいことだと思います
古の方々は、その何だかわからない突然の「不安」や「災い」に名前をつけることによって、乗り越えようとしていたというお話は、とても腑に落ちました
それは、ある意味、なんだか分からない課題に、一旦、仮説として、名前をつけてみよう、ということから始まったのかもしれないなあと思いました
そして、その仮説によると、こんな感じの絵になるんじゃないという、グラフィックレコーデング(グラレコ)にしていたのが、歌川国芳さんのような絵師の皆様ってことなのかもしれないなあと
それによって、みんなでその課題に対して向き合える状態を作ったのではないかとすると
まさに、誰もが感じている課題の仮説思考の具現化ということのような気がしました
2.妖怪物語はコンテキストを炙り出す
そして、面白いのは、さらにその妖怪を深掘りしていくことで、その性格や弱点や、気をつけなければいけないことなどが、浮き彫りにされていることだなあと思いました
これは、まさに、各々の課題の背景にある、コンテキストを浮き彫りにする、または、ペルソナを設定して、ジャーニーを作り出していっている
まさに、デザインシンキングのような、形で、みんなが感じている恐怖や不安の、真の課題がどこにあるのかを探ろうとしていたのかもしれないなあとも思えてきました
歌川国芳さんの有名な巨大な骸骨が襲いかかってくる絵は、実は、幕府による言論統制への、痛烈な批判として描かれていた、みたいな、本当に恐ろしいのは何なのか?
を暗に浮き彫りにさせる、そんな課題のコンテキストを炙り出す、そんな役割があったのかもしれないなあと思いました
3.現代の妖怪退治とは?
そう考えると、実は、古の妖怪というのは、その時代における、見えにくい真の課題に名前をつけることで見える化して
グラレコとデザインシンキングで、コンテキストまでを浮き彫りにすることで
その真の妖怪をいかに倒していくべきかを、世の中に問うていたのかもしれないと思うと
その妖怪に敢然と立ち向かう、妖怪退治こそ、現代におけるイノベータであり、その真の課題を解決することこそ、イノベーションということができるのかもしれないなあと思いました
だとすると、現代における妖怪はいったい何なのか
その妖怪を倒すために、何が必要なのか
みんなで現代の妖怪を描いて名前を書いてみよう、セッションをやって
そこからイノベーションの種を探す
そんなセッションもあってもいいかもなあと思いました
ということで、一言で言えば
現代の妖怪退治ノベーション
そんな話をしています
参考:動き出す妖怪展 企画制作 一旗 テレビ愛知 オフィシャルプログラムより https://www.yokaiimmersive.com
大ピンチ図鑑など、大ヒット絵本を出されている、鈴木のりたけさんを発掘された、絵本編集者の沖本敦子さんの好きな言葉にグッときました
曰く
"寛容と不謹慎ですね。不謹慎大好き。
緊張が緩むというか、やっぱりこう自分の中に不謹慎さみたいなのをも持っておくといいんじゃないかな。"
ここから私は思いました
1、常識からのの逸脱
2、自分も人も赦す
3、人生は茶番
1、常識からのの逸脱
鈴木のりたけさんの絵本は、大ぴんち図鑑をはじめとして、大好きで、たくさん持っているのですが、その躍進の陰に、編集者の方がおられたのだなあと、改めて感動いたしました
また、好きなことが、不謹慎ということにも、めちゃくちゃ腹落ちしてグッときてしまいました
確かに、大ぴんち図鑑も、子供の失敗を絵本にするという、不謹慎といえば不謹慎で、これまで誰もそこへは到達できていなかったのかもなあと思いました
でも、不謹慎は、言ってみれば、常識からの逸脱なので、まさに、イノベーションの宝庫と言っていいのだと思います
例えば、世の中のタブーや、聖域と言われている分野には、やったら怒られるとか、まさに不謹慎と白い目を向けられることがあると思うのですが
そこにこそ、これまで誰もが手をつけたくてもつけられなかった、または、全く当たり前として処理されていた、大いなる真の課題が埋まっているということだと思います
それを、いかに怒られない形で、日の目に引きずり出せるか、こここそ、まさにイノベータの腕の見せどころ、ということだなあと思いました
2、自分も人も赦す
不謹慎と、もう一つは、寛容と言われていたことも、これも、とても対になっている考え方だなあと思いました
ある意味、不謹慎は、失敗ばかりでもあるので、それを、いや待てよ、面白いかもよ、と言ってあげられるかどうか
それこそが、寛容力ということになるなあと、改めて気づきました
そして、それは、自分も、人の不謹慎を、寛容の目で湯してあげられているか、ということを、突きつけられている。そんな思いもしました
例えば、しこたま怒られた、めちゃくちゃ否定された、理不尽な扱いをされた、みたいなことも、イノベーティブなことをしていると、毎日のように起こりますが
イノベータとして、あえて、不謹慎に挑むのであれば、自分も、誰かの不謹慎を赦せる、そんなイノベータが真のイノベータなのかもしれないなあと思いました
3、人生は茶番
この言葉は、俳優の満島ひかりさんが以前、どこかでこのようなことを言われていて、何度か、このチャンネルでも引用させていただいたのですが
不謹慎なことが、面白いと言える世界
お互いの不謹慎を寛容し合える世界
というのは、とても、笑いのあふれる、ま、いいんじゃないという世界な気がします
社会はそんなものじゃないと、まさに、不謹慎と怒られる、最高の言葉な気がします
そういう不謹慎を寛容してくれる、だから、もっと不謹慎をやってみたくなる
だって、究極、人生は茶番なんだから、楽しんだものがちなのよ、と満島さんが、笑っている姿を思い浮かべると
失敗こいた時も、怒られちゃった時も、めっちゃ落ち込んだ時も、救いになってくれる
そんな世界は素敵だなあと思わせていただきました
ということで、一言で言えば
不謹慎のススメ・ノベーション
福澤諭吉さんに怒られそうですが、何卒寛容に、、
そんなことを思いました^^
参考: NHK あさイチ「豊臣兄弟!」出演・佳久創&真壁刀義が三重伊賀で忍者旅!?2026/6/18 https://www.web.nhk/tv/an/asaichi/pl/series-tep-KV93JMQRY8/ep/R3ZLY61969
サグラダファミリア主任建築家の外尾悦郎さんの言葉に震えました
曰く
"我々が間違ってはいけないのは、神が喜ぶ家をつくる。そのために我々が幸せになろうとすること。『こんないいものができましたよ。さあお取り下さい』というのではない。
不完全な人間が、謙虚に一生懸命つくること。そして、我々が幸せにこれをつくり続けることが、神が一番喜ぶことではないでしょうか。
だから、形はむしろどうでもいいんです。問題はつくる我々の気持ち。金銭的な裕福を求めるのではない。心から神の家をつくろうとすれば、それでいいんです。
あなたのお子さんが、紙でつくったっていいんです。サグラダ・ファミリアは"
ここから私は思いました
1、不完全だからこそ懸命に作れる
2、未完成であり続ける価値
3、俺のサグラダファミリア
1、不完全だからこそ懸命に作る
ガウディが亡くなられて、そして、沢山の資料も喪失されている中での、サグラダファミリア建設は、まさに想像を絶するほどの茨の道を歩く、たくさんの苦労があられるだなあと思いました
しかしその中で、誰1人完成する姿がわからない状態でも、科学的な分析や、自らのパッションを重ね合わせて、やり切ろうとする
それは、不完全な自身ということをわかっているからこそ、なんとか完全に近づこうとすることができる、そこにこそ意味があるのかもしれないなあと思いました
情熱のポートフォリオで言えば、第4象限の、成長・脱出パッションで、なんとか不完全から脱出して、完全へ向かおうとする果てしのないエネルギー
そんなパワーを感じました
2、未完成であり続ける価値
完全体が正確にはわからないものには、永遠にゴールは訪れないのかもしれないなあとも思います
そしてむしろ、だからこそ、永遠に皆が、ゴールを目指し続けることができる、という構造を創り上げている気がしました
完成して神に捧げることが幸せなのではなく、神に向かい合って作り続けられることに、幸せがある
これは、イノベーションにおいても、同じかもしれないなあと思いました
イノベーションにもゴールはなくて、ゴールに辿り着いたと思った瞬間に、新しい課題が出てくる
でもそれを、またさらにイノベーティブな方法で乗り越えることに、幸せがある
未完成であり続けるからこその、価値がそこにはあるんだなあと思いました
3、俺のサグラダファミリア
不完全な我々が懸命に完全を目指すこと
そして、永遠に完成がないからこそ、作り続けられる幸せがあること
実は、この二つの条件があれば、サグラダファミリアは、子供が紙でつくっていたって、そこに大いなる価値がある
この言葉は、目頭がうるうるするくらい、感動的でした
アントニオガウディは、サグラダファミリアというそのものよりも、もっと、人々における普遍的な価値、最も大切な価値を、教えてくれていたのだなあと
じゃあ、私における、サグラダファミリア、俺のサグラダファミリアはなんなんだろう?思わずそんなことを考えてしまいました
自分にとっては、それは、何度でも挑戦できる世界を目指す、StartupEmergenceEcosystem(SEE)かもしれないし
アカペラグループ香港好運で、今、必死にアレンジを作っている新曲かもしれないし
第一章は書き上げて、これは先は見えないぞ、と思い始めている書籍なのかもしれないなあと
でも、それがあるからこそ、めちゃくちゃ楽しいのも事実だなあと
永遠に俺のサグラダファミリアは持ち続けたいなあと思いました
みんなのサグラダファミリアは何?
セッションをしてみても面白いなあ
ということで一言で言えば
俺のサグラダファミリア・ノベーション
そんな話をしています^^
参考: NHKアカデミア 外尾悦郎(前編) サグラダ・ファミリア ガウディの思いを読み解く 初回放送日
2023年7月26日(水)https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-XW1RWRY45R/ep/LPKV24W58V
煎茶やインゲン豆を日本にもたらしたという黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖の禅僧の隠元隆琦(いんげんりゅうき)さんについて、経営学者の入山章栄さんのコメントが刺さりました。
曰く
"隠元さんもすごいんだけど、結局、隠元さんについてきた人たちが、この文化を日本に持ってきてくれたわけじゃないですか。
ということは、この文化を持ってきてくれた人たちにとっても、日本に来るってとんでもなくリスクが高いわけですよね。
で、そういった人たちも多分その世界では名をを馳せてる人たちだから、中国でのんびりしてればいいわけで。
だけど、これにちゃんと隠元さんについてくるってことは、隠元さんが相当魅力があったんだと思うんですよ、人として。
だから経学者的に言うと、経営者はやっぱり重要なポイントってね、チャームなんですよ。
すごいこう素敵な人っていうだけでなくて、なんかお茶目だからついてっちゃうみたいな、そういうのってすごい必要で
まさにおっしゃったチャームがあった方なんでしょうね。"
ここから私は思いました
1、経営者とは仲間がついてくる人
2、チャームは、ユーモアとオープンマインド
3、チャームがあって大義がある
1、経営者は仲間がついてくる人
イノベータリップルモデルでは、1人のパッションが、そのうち1人だけではできなくなってくる中で、仲間が現れて、活動が波紋のように広がっていくと言っていますが
まさに、仲間がついてきてくれるかどうかが、イノベーションを成立させていく際には、とても重要な要素になると思います
ソクラテスも、自分自身で制作した書籍が一冊も残っていない中で、弟子のプラトンやクセノボンがいたからこそ、名著が制作され、そして時代を超えて引き継がれ、考え方が、世の中にこれほど多く広がったということのように
哲学における思想にしても、仲間がいたからこそ、偉大なる考え方や文化も、伝えられて、後世へ引き継がれていくものであるということは、一つの真実なのかと思います
思想における優れた考え方や、世の中を劇的に変えていくソリューションにしても、全て共感する仲間がいて、それを広めていこうとするドライブがかかる、そこにイノベーションの本質がある気がしました
2、チャームは、ユーモアとオープンマインド
その仲間を作るための非常に大きな要素として、チャームであるということが、とても大きな気づきでした
チャームってなんなんだろうって考えた時に、私が思いついたのは、ユーモアと、オープンマインドかもしれなないなあと思いました
入江さんもおっしゃられているように、お茶目なところや、憎めないところ、などがあるというのは、そこにユーモアが溢れていて、怒る気にもなれない、だったり、思わず吹き出してしまうということが、意識的にかどうかは別として、できている人、ということになるかと思います
組織心理学の研究者のローゼンバーグらによるリーダーシップ研究のレビューでは、「ユーモアには緊張の緩和、信頼の構築、士気の向上、関係性の改善などの効果」が報告されています
さらに、オープンマインドという観点では、例えば、「ごめん、今日寝坊しちゃった」みたいな、偉い人なのに、ダメなところをオープンに語ってくれるというところなども、憎めないポイントに加算されるかと思いました
さらに、経営学者のジョン・アントナキスらは、「カリスマは教えることができるのか」を実験し、実際にトレーニングによってカリスマ性が向上することを示したという文献もあることから
イノベータや経営者は、仲間を惹きつけるための、チャームを学習したりトレーニングをすることが、これから求められてくるのかもしれないなあと思いました
3、チャームがあって大義がある
そして、仲間を惹きつけるために、もう一つ大事なのが、大義なんだと思います
イノベータリップルモデルにおいても、パッションから、仲間、そして最後に大義を目指すことで、仲間へのフィードバックループがさらに高まっていく、ということだと思います
普段の生活では、いい加減な冗談ばっかり言っているように見えて、実は、壮大な大義を心に秘めていて、そしてそれを実行に移そうとする
そんなイノベータ、経営者、リーダーが、いたら、漫画の世界じゃん?とも思いながら、でも、本当に何かを成し遂げている人たちの中には、そんな人たちがいるってことを、知っておくこと
そして、あわよくば、そんな人になれたらいいなあと、冗談ばっかり言うのは得意なんだけどなあ、みたいなことを思いながら、憧れてしまいました
と言うことで、一言で言えば
チャーム・ノベーション
それこそ、イノベータの条件なのかもしれない
そんな話をしています
参考:NHK 先人たちの底力 知恵泉(ちえいず) 鎖国時代の来日スーパースター 隠元 6月16日(火) https://www.web.nhk/tv/an/chieizu/pl/series-tep-R6Z2J4WP1Z/ep/14NZ1N81N5
12年ぶりのレキシと、オシャレキシこと上原ひろみさんの、コラボライブがイノベーティブすぎて、超感動させていただきました
私は思いました
1、音ノベーション
2、言葉ノベーション
3、笑いノベーション
1、音ノベーション
今回は、席も4階だし、落ち着いて座って楽しもうと、思っていたのですが、オシャレキシの乱入により、こんなにもアグレッシブにエネルギッシュになるのかと、口あんぐりで、気がついたら立って叫んでいました
まずは、オシャレキシの全身でピアノに襲いかかるような、そして観客をも強烈な竜巻のように巻き込んでいくような、凄まじいインプロビゼイションの音の洪水に、体が痺れました
それに引きずられるように、レキシのバンドメンバーのインプロビゼーションが次々と炸裂していく様は、オシャレキシという存在がいるだけで、まるで魔法をかけられように、ものすごい高みへ上り詰めていく、そんなように感じました
さらには、オシャレキシアレンジによる、レキシと合体した、キメキメのアンサブルが、どれも神がかっていルような、かっこよさに、めちゃくちゃ痺れました
上原ひろみさんは、私の中では、プログレ的な曲をやっていただける時が、特に心臓に突き刺さるのですが、今回もあえて5拍子のアレンジを聞かせていただけるなど
めちゃくちゃ挑戦を仕掛けて、そしてそれに、レキシメンバーが超グルービーに応えるという、まるで格闘技を見ているような、音のイノベーションを存分に味わいさせていただきました
2、言葉ノベーション
対するレキシのボーカルの池ちゃんは、言葉のインプロビゼーションで、オシャレキシに真っ向から戦いを挑んでいるように思いました
上原さんが、池ちゃんとのインタビューで語っていたように、「同じ畑の人だなって」言われている意味が、よーくわかりました。
もちろん、音楽的にも、インプロビゼイションが素敵なのですが、レキシの曲をやっているのに、その中に、全く異なる曲や歌詞をぶち込んできたり
そして、オシャレキシがそれに即座にジャジーに切り込んできたり、池ちゃんが言葉ノベーションを繰り出すのに対して、オシャレキシがピアノで応えるという
まさにコールアンドレスポンスかつ、ハーモニーのような、2曲を30分くらい、それだけで過ごす前半でしたが、めちゃくちゃ充実していました
音のイノベータvs 言葉のイノベータの戦いに私は見とれていた気がしました
3、笑いノベーション
そんなすごい演奏なのに、最初から最後まで大笑いしながら、観させてくれるというところに、レキシの真骨頂があるなあと思いました
普通にコラボレーションライブだけでも、めちゃくちゃ価値があるのに、そこに一捻りを加えて
レキシが、オシャレキシによって、おしゃれにされてしまう、それを池ちゃんが必死に守ろうとする、しかし徐々に侵食されて、めちゃくちゃオシャレになる、というコンセプトが、全体を貫いていて
最初から最後まで爆笑しながら、感動の涙なのかなんなのかわからないくらい、涙して、最高の元気をもらえるエンターテイメントでした
そかし、インタビューにあるように、これを成立させるのは、そもそも実力がないとできないのですが、その上に、めちゃめちゃ努力された上に成り立っているんだなあということも、感動でした
両効きの経営ではないですが、イノベーティブにインプロビゼイションすることと、決めるところは、バッチリキッチリ決めまくるという、その両方があってこその、大感動なのだなあと改めて思わせていただきました
正直言って、これほど、笑って、叫んで、踊って、感動して、泣いたライブは、ないかもれない。
観れてよかった。ありがとうと心から言いたい
一言で言えば
オシャレキシ・ノベーション
音楽、エンタメ、の可能性ってすごい、さらには、日本の宝だなと、思わせていただきました
そんな話をしています
参考:ライブ レキシ vs オシャレキシ TOUR 2026 ~RETURN OF OSHAREKISHI~<インタビュー>
httsps://rekishi-ikechang.com/fc/special/rekishi_vs_osharekishi2026_interview
ビジネスコンサルタントの細谷功さんの言葉に、目から鱗がおちる思いでした。
曰く
"視野の広さの異なる人間同士が戦いに入れば、視野が広いほうが不利になります。
それは「気づいていない」ほうが「気づいている」よりも強いからです。
つまり、自分が知らない価値観がある、自分が知らないことがあると気づいていれば、相手の意見をひとまず聞こうとしますが、気づいていなければ譲歩する理由がありません。
「思い込みが激しい人」は最強です。"
ここから私は思いました
1、群集心理
2、無知の力の認識
3、道を探しつづける力
1、大衆の反逆
細谷さんの「具体と抽象」の本をはじめ、いつも目から鱗がおちるお話をいただくのですが、今回も格別なお話でした
一見、「気づいている人」の方が、「気づいていない人」よりも、大きな視点から物事を捉えて説明することで、ある意味、説得できる、つまり、強い立場になれる。と思っていたのですが
実際の世の中で起きていることは、真逆という話に、衝撃と共に、よく考えると、確かにそういうケースが多いような気がしてきました
このお話から、ギュスターヴ・ギュボンの「群集心理」の話を思い出しました
群衆が誘導されるには1、断言 2、反復 3、感染というループが回るというお話と理解していますが、この特徴は、まさに「思い込みが激しい人」に共通して現れることのような気がしました
つまり、ここで言われている「気づいていない人」が、自分の論理を、1、断言 2、反復 3、感染のループで、何度も繰り返されると
ある意味「気づいている」人でも、そこに巻き込まれてしまう。そんな恐ろしさがあるなあと思いました
2、無知の力の認識
そう考えると、とても大事なことは、”「気づいていない」ほうが「気づいている」よりも強い”ということが
実際の世の中には、往々してある、ということを認識するよいうことかと思いました。
「知は力なり」とは、フランシスベーコンが言われた有名な言葉ですが、その人個人の中では、間違いなく力になると思うのですが
対人関係や組織の中での関係としては、必ずしもそうではないどころが、むしろ、逆のこの途方が多い、という衝撃のお話を知っておくということが、何より大切と思いました
会社の中で「見えていない人」から、理不尽で無理難題をふっかけられた時にこそ、これは思い出す価値があって
「あ、もしかしたら、この人は、見えてないのかもしれない」
そう思えると、無駄なストレスをいただかない方法かもしれないなあと思いました
3、道を探しつづける力
それで、しかたない、で終わってしまっては、結局なんの解決にもならないので、ではどうしたら良いのか、なのですが
「見えていない人」に、なんで見ないんですか?といったり、矛盾点を指摘して戦ったりするのは、一番やってはいけないことで、より頑なになっていくということかとも思います
唯一の秘策は、自分自身で、固く閉じた扉を開けて、周りをよく見る、ということだと思いますが、それは、外から働きかけるのは、太陽の戦略を使っても、なかなか難しそうな気がします
しかし、「見えている人」がそこで諦めてしまったら、世の中の対立関係は、ますます深まっていくばかりなので、「見えている人」だからこそ、新たな道筋を、何度も失敗しながら、探していく、ということが大事なのかなあと思いました
それは、まさにイノベータと言われる人、または目指す人の、やるべきことなんだろうなあと思いました
ピーターティールさんが言われていた「賛成する人がほとんどいない、大切な真実」というのも、まさに、「見えちゃった人」なんだと思います
そんな人は、必ず、「見えていない人」が駆逐しに来るので、いかにそこにあると信じた道を、探し続けることができるか
これがイノベータにとってもとっても大事なことだなあと思いました
ということで一言で言えば
「気づいてない」方が強いノベーション
そんな話をしています
出典:本: アリさんとキリギリス 持たない・無計画・従わない時代 著者 細谷功 発行所 株式会社さくら舎 電子書籍制作会社 朝日メディアインターナショナル株式会社 電子書籍発行日 2017年11月30日
映画「正直不動産」めちゃくちゃ笑って、泣けて、勇気をいただける素敵な映画でした。プログラムにあった川村泰祐監督の言葉に、正直ということの価値について、とても考えさせられました
"正直に真っすぐ生きる人たちを不動産の正しい知識で守る。これが原作漫画のコンセプトであり、ドラマシリーズの根幹にあるものです。
今回の映画版でもそれを踏襲しつつ、人々にとってのかけがえのないもの、そして大切な仲間を守る永瀬の心意気をゴールにしようと思いました。
月下(福原遥)や桐山も立場は違えども、かけがえのない大事なものを守ることが自分たちの仕事。
そういうこともきちんと捉えながら、正直かつ一生懸命に生きる人たちを応援する。そんなハートフルな映画になれば良いなと。ちなみに山下さんは本作を「愛と友情の物語」と評していました。"
ここから私は思いました
1、正直という大義
2、自己超越から自社超越の世界
3、時間軸と信頼の関係
1、正直という大義
「正直者はバカを見る」と言う言葉だったり
「能ある鷹は爪隠す」という言葉だったり
現代の社会では、正直に生きるということは、本当に難しいなあと思うことがたくさんあります。というより、それは現実離れしているとさえ、思ってしまうかもしれないなあと思います
だからこそ、「正直不動産」における主人公が、正直にしか生きられなくなり、仕事も正直にしかできないという状態に置かれた時に、本当に何が起きるのか?
というファンタジーが、とても感動と勇気をいただけるのだなあと思いました
それこそ、「正直者はバカを見る」という、社会のバイアスに打ち勝って、それでも「正直であること」という大義を掲げるイノベータなんだなあと感じました
特に会社というような、組織の中に入ってしまうと、個人としての正直でいたい、という自分軸と、会社として利益を出さなければならない、という他人軸が、対立して大いに悩むということが、私もたくさん経験してきました
それは、詐欺を働くとか、インチキをするということは、もってのほかとして
例えば、本当は他社の製品の方がこの人にはあっているかもしれない、と思ったとしても、自社の製品を売り込んでしまうとか
笑顔で親切な接客は、実はもっとこの製品やサービスを買ってもらいたいから、という動機からやっていることまで、数え上がればキリがないなあと思います
みんなそんなもんだよ、それも、社会的なタブーや聖域で誰も気づいているけど、あえて言わないこと
だからこそ、ここにイノベーションが生まれる可能性があると思いました。
正直であるという大義を掲げて、本当に実行したならば、例えば、頼まれてもいないパーティを企画してあげる靴屋さんのザッポスのように、例えば、愛の経営を実践して沖縄のホテルを再生したトリニティの樋口さんのように、信じられないような成功を収める
そんな事例も、実はあって、自分自身は、どちらの生き方を選ぶのか、それを突きつけられる。そんな気にもさせていただきました
2、自己超越から自社超越の世界
マズローの5段階の欲求説はとても有名ですが、後年に、最上位の自己実現の上に、自己超越という考え方を言われていたという話があります
それは、自分自身を超越したところ、つまり他者のために何ができるかというところが、自己実現を超えた自己実現に到達できるかということかなと思います
正直であるということは、ある意味、自己実現を超えたところ、つまり、他社のために一番良かれと思われることを実現していくということにつながるかとも思います
それを、正直不動産は、主人公を通して、会社自身が、会社としての自己実現、つまり利益を、超越したところに、価値を見出そうとする。ということなのかもしれないなあと思いました
実は、イノベータリップルモデルは、最初は自分自身のパッションから始まりますが、仲間と共に、誰かが喜んでもらえる大義へ向かうので
最終的には、自己や自社を超えたところに価値を置こうとするという意味では、自社超越、そこに本当に価値があるのかもしれないなあと思いました
3、時間軸と信頼の関係
そして、大義が正直であるということの価値は、実は、短期的には、自分も会社も、損をしてしまうことかもしれないけれども
時間軸として中長期的な関係や、そして、信頼を醸成するという意味では、とても大きな価値を創出することにつながるんだろうなあと思いました
しかしそれは、口ではいうけれども、本当に実現することがとても難しいこと、という意味では
大義を正直であること
これを実践できる会社はとてもイノベーティブな会社ということになるなあと思いました
ということで一言で言えば
正直ノベーション
このパワーを思い知らされました
そんな話をしています
参考:映画「正直不動産」原作:大谷アキラ(漫画)夏原武(原案)水野光博(脚本)『正直不動産」(小学館「ビッグコミック」連載中) 監番:川村泰祐 脚本:根本ノンジ 音楽:佐橋俊彦 出演:山下智久 福原遥 市原隼人 他 制作プロダクション:NHKエンタープライズ テレパック 制作幹事/配給:ソニー・ピクチャーズエンタテイメント https://shojiki-movie.jp
神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授の平芳裕子( ひらよし・ひろこ)さんんのファッションの捉え方に目から鱗がおちる思いでした
曰く
"哲学者であり社会学者であったゲオルク・ジンメルは、このファッションを、現代の社会に特有の現象とみなしました。"
"ジンメルは、ファッションには同一化と差別化の作用があると考えました。
同じ時代、同じ社会を生きている人々と、自分も一緒に同じ感性を分かち合いたいという同一化の願望が一方にはあります。
他方には、大勢の人々のなかに埋もれるのではなく、自分は自分であるという気持ちを尊重したいという差別化の願望があります。
社会や集団に属する個を、一方で同一化させ、一方で差別化する。そういった同一化と差別化の無限反復的な運動が、ファッションなのです。"
ここから私は思いました
1、パッションの源とファッション
2、パッションの源を外に見せるか否か
3、自分らしさは新しい共感
1、パッションの源とファッション
社会と自分とを、同一化と差別化を行ったり来たりしているのがファッション、という観点が、とても腑に落ちました
それは、もしかしたら、自分自身の心の内面、つまり、パッションの源と、とても深い関係があるような気がしました
例えば、大好きパッションが強い人は、同一かや差別化は関係なく、「kawaii」が好きでたまらない。だから、それを着る。
利他パッションが強い人は、人のためになることをしたいので、同一性を重視した外観で接する、ということもあるかもしれないなあと
また、個性パッションが強い人は、何よりも、他の人と同じじゃいや、他の人と違いを出すこと、つまり差別化に、力を注ぐかもしれません
そして、成長・脱出パッションが強い人は、とにかく今への抵抗として、例えば、ロックスピリット溢れる、常識を覆すような格好をするかもしれないなと
そんなふうに考えると、パッションの源がファッションを語る上でもとても大切になるというふうに思いました
2、パッションの源を外に見せるか否か
ただ、心の中は、見えるわけではないので、見せようという気にならなければ、パッションの源と、ファッションに実は乖離があるということもありうるなと思いました
それはある人は、オープンマインドで、自分自身を曝け出すことに、舵を切った人は、パッションの源をファッションにぶつけることに、価値を見出すし
逆に、その人がそんなことを考えているなんて、思いもよらなかったみたいなことがあるように、あえて、外にはおくびにも出さずに、粛々と、自らのパッションの源実現をしている。
そんなパターンがあっても良いかもしれないと思います
むしろ、ファッションを隠れ蓑にすることで、パッションの源を気づかせない戦略ということも、場合によっては良い戦略であることもあるかもなあと思います
もしかしたら、ダサさ、は、自らのパッションの源を理解できておらず、なぜ今自分がそのファッションなのか、ということを、理解できていないことなのかもしれないなあとも思いました
3、自分らしさは新しい共感
養老孟司さんがおっしゃっていた、オリジナリティというのは、全く新しいことではなくて、共感できることなんだけれども、その共感が新しい、というようなお話を思い出しました
つまり、ファッションにおける自分らしさというのも、もしかしたら、全くの差別化要素だけではなく、ある程度の同一性がありながらも、そこに新しい差別性がある。
そんな絶妙なところに、なぜそのような差別性があるのかということに、自らのパッションの源に基づく、理由や物語がある
そんな表現がファッションでできていたら、とても素敵なのではないかなあと思いました
ジョブズの黒いタートルネックも、単なるタートルネックという同一性なんだけれども、そこに全ての判断のエネルギーをアップルの開発に捧げるという差別化のある物語があるからこそ
ジョブスらしさになっているということなのかもなあと思いました
ということで一言で言えば
同一化でありながら差別化ノベーション
そんな話をしています
参考:本: 何がダサいを決めるのか 発行日 2026年4月20日 著者 平芳裕子 発行所 株式会社ポプラ社
昨日2026年6月10日第11回SEEが開催されました。130名の応募があり、最終的には105名が集まっていただきまして、11名の起業家との完全マッチングが行われました
詳細な内容と写真などについては、別途、整理がつき次第、お知らせしますが、今回、私が感じたことは、以下の通りでした
1、多様な年齢の価値
2、多様な業種・多様な地域の価値
3、イノベーショントライアングル
1、多様な年齢の価値
今回は、高校生起業家2人、高専生起業家1人、大学生起業家2人、社会人起業家が6名という方々がご登壇いただきました
思ったのは、確かに、社会人起業家は、技術や人脈、ビジネス化への成熟度、トラクションなど、しっかりされていて、道筋がはっきりされているなあという印象でしたが
学生起業家は、その年齢ならではの、現場感溢れる課題の発見、そしてそれを成し遂げたいというパッションとエネルギーについては、目を見張るものがあるなあと思いました
だからこそ、そこに対するオープンイノベーションとして、例えば企業側が、技術面、人脈面、資金面などの、サポートを適宜することができれば、爆発的に伸びるビジネスの種が隠れている、というようにも思いました
現場のペインを感じることができるのは、現場にいる人たちが一番であるので、多様な年齢の人たちが、その課題をとらえて、解決策を出し合っていける、そんなプラットフォームがとても大切だなあと感じました
2、多様な業種・多様な地域の価値
SEEでは、オープンイノベーションの方の中で、UFO型と私が名づけているやる方をしているのですが
それは、あえて、業種・業態を絞らない、さらには、あえて多様な地域から来ていただく、ということをやることで
その業種ではそういう課題があってそんな解決をするんだ、とか、その地域ではそんな課題の捉え方をしてそんな方向へ向かおうをしているんだ
というような、まるで、未確認飛行物体UFOを見つけたような新た視点で、自身の課題や業務と掛け合わせる発想をすることで、よりイノベーティブなビジネスが創発されるということを目指しているからです
今回も、業種で言えば、金融、防災業、鉱業、製造業、情報通信業、農業、水道業、情報分析業、ヘルスケア、エンタメ、ペットなど、多種多様な方々が集まっていただき
地域についても、沖縄、宮崎、宮城、冨山、秋田、アフリカなどから、集結いただきました
私は世界20都市でオープンイノベーションを主催している時も、世界各地の課題が全く違うからこそ、それらを混ぜて新たな気づきを得るということにこそ、新しい価値が宿ることを実感していました
その意味でも、さらに、今回の交わりから、新たな気づきとイノベーション創発が起きるのではないかと、ワクワクしてしまいました
3、イノベーショントライアングル
今回のご登壇起業家は、優れたディープテックの技術きっかけのところもあれば
現場の心理的な課題きっかけのところもあり
さらには、社会構造を変化させることに挑んでいるところもあり、これも千差万別でした
これは、早稲田大学名誉教授の内田和成さんが言われている、イノベーショントライアングルは、技術、心理変化、社会構造変化、このトライアングルがイノベーションを構成する、というようなことに合致しているなあと思いました
イノベーションは、技術だけではない。これも言われ続けていることかと思いますが
現場の課題にいかに深く寄り添えているか、ということがいかに大切なのかということを、教えていただいた気がします
それは、心理から変えてくれてもいい、社会構造を変えてくれてもいい、そして、もちろん技術きっかけや、それらの課題を技術で解決できるということでもいい
技術主導のみではなく、イノベーショントライアングルからのアプローチを意識していくことが、これからのイノベーションには本当に大切だなあと思わせていただきました
ということで、第11回SEEでの私の気づきは、一言で言うと
年齢・地域・業種を混ぜるノベーション
そんなことを思いました
ご登壇いただいた起業家の皆様、支えていただいているスポンサー・協力会社の皆様、オーディエンスとしてご参加いただいた皆様、スタッフとしてご協力いただいた皆様、感謝感謝でございます。本当にありがとうございました
参考:第11回Startup Emergence Ecosystem(SEE)
病院シェフとして、人間ドックの予約が相当先まで埋まっていると言われている、山田康司さんの言葉に、感動しました
曰く
"理想
なんか選択があって、自分は望む方を選んできたので。
それが結果的に、理想になりつつあるかな
やればそれなりに誰でもできる。
まあ、やるか、やらないかだけなので
やってこういうふうな空間を作れれば、みんなが楽しい。
かなっていう。"
ここから私は思いました
1、獲得したものを捨てられるか
2、パッションの源を見つめているか
3、痛みに寄り添いみんなが楽しい
1、獲得したものを捨てられるか
山田さんは、東大に行かれていところ、突然辞められて、この世界に足を一から踏み入れたとのことです。
私が思ったのは、一度、獲得したものを、捨てることというのは、並大抵のことではないなということです
私の場合を考えてみると、少なくとも、これまでやってきたことの延長線上で、少しずつピボットしてきた感じがあります
最近では、アンラーニングと言われますが、これまでの成功体験や、培ってきたスキルにどうしても縛られてしまう、というところで
なかなか新しい挑戦をしきれないということもあるような気がします
自分軸と他人軸で考えると、いつの間にか、他人軸で生きてきてしまっていて、その他人軸で得たノウハウを捨てて自分軸に振り切ることができるか
でもそこまでできないと、もしかしたら、自分の物語を生きるということに、方向転換をすることは難しいのかもしれないなあと思いました
2、パッションの源を見つめているか
そこで必要となってくるのが、その自分軸への思いの強さ、つまりパッションの源から迸る思いが、押さえつけられない、そういう状態になることなのかなあと思いました
山田さんは、インタビューを見ていても、そんなマッチョにパッションを叫ぶような人に見えない、とても物静かな印象を受けたのですが
それでも、きっと、自らのパッションの源に生きるという覚悟が、すごく強い方だったのではないかと、想像します
何か違うのかもしれない、そんなふうに思った時に、自らのパッションの源が、何かを叫んでいる時だと思います
その時に、改めて、自らのパッションの源ってなんだったっけなあと見つめてみることが大事かと思いました
そして、
やるか、やらないか。
人生これしかないかもしれません。自分の人生を生きるために、その判断と勇気と覚悟が試されるのかもしれないなあと思いました
3、痛みに寄り添いみんなが楽しい
山田さんは、めちゃくちゃ有名なお店のシェフに一度なり、それもまた、ある意味、捨てて、そして、病院の専属シェフになられたというのも
ある意味、2回、大きなものを捨てているような気もしました
そして、病院や人間ドックのご飯を、目を見張るお良いしくて健康なものを提供し、さらには、病院にたくさんのバラを育てられて、レストランがバラ園のような形にまで自らの手でやられている
私がそこに感じたのは、徹底的に痛みのある方々に寄り添われていて、そこにいる人たちがみんな楽しいと思ってもらえるような
自分を超えた、そんな大義のものに、やられているように感じました
それは、イノベータリップルモデルにおける、抑えきれないパッションから始まって、たくさんのシェフや病院の仲間の方々と共に、病院という最も痛みが強い人たちに笑顔になってもらい、楽しんでもらう大義を実現している
まさに、真のイノベータそのものだなあと思いました
ということで一言で言えば
やるか、やらないかノベーション
何か違和感を感じた時に、それまでを捨てることができるか、自らのパッションの源に立ち返ることができるか、そして、たくさんの人たちが喜んでもらえる大義に到達できるか
そんなことを教えていただいた気がしました
そんな話をしています
参考:MBS 情熱大陸 2026年06月07日(日)放送分
病院専属シェフ Vol.1407 山田康司「元気回復」のための病院レストラン 東大中退・元名店シェフの優しい料理 https://www.mbs.jp/jounetsu/2026/06_07.shtml
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