祖父とともに早朝の高山駅バスターミナルに降り立った女性。祖父が行きたかったのは古い町並にある、老舗の造り酒屋だった・・・(CV:桑木栄美里)
暦ではそう言われても、高山では遅い春と言った方が近い。
沖縄生まれの私が東京で1人暮らしを始めたのは、大学へ入学したとき。
卒業してからも沖縄には帰らず、そのままプログラマーとして働いている。
大切なともだちが沖縄のイベントを企画してくれたおかげで
行きたいところがあるから一緒に言ってくれないか、と言った。
私だって、おじいちゃんが行きたいところへ行きたいから。
高山のバスセンターへ到着したのは、まだ夜も明けきらない午前4時50分だった。
私が指さす方向には赤い欄干が暁に浮かび上がっている。
宝石を散りばめたように、色とりどりの錦鯉が泳いでいた。
白いテントを広げて漬物や手工芸品の市(いち)が立っていく。
それをしばらく眺めてから、私たちは駅と反対方向へ歩いた。
そう思って小路(こみち)へ入ると、京都の祇園のような風情の街並み。
祖父は、まるで知った道のように躊躇なく歩いていく。
と言って女将さんが蔵の奥から持ってきてくれたのは、古い写真立て。
この男女って・・・おじいちゃんと!?・・・おばあちゃん!
私が大学へ入る前に亡くなった若い祖母が並んでいる。
写真を見ながら目を閉じる祖父の代わりに、女将さんが話してくれた。
なに?おじいちゃんとおばあちゃんって、ここで出会ったの!?
51年前沖縄が返還されてから、パスポートなしで行き来できるようになり
祖父は東京の大学へ入学し、祖母は大阪のデパートへ就職。
2人は休日に訪れた高山の古い街並みで出会い、意気投合して
ひょっとして、いつもおじいちゃん、泡盛以外に飲んでいたお酒って
おばあちゃんと一緒のときって、おじいちゃん必ずこの吟醸酒飲んでたよね。
2人で飲んで、2人で笑って、2人でカチャーシー踊って・・・
え?女将さんたち、おじいちゃんの結婚式にも来てくれたの!?
ご主人のお葬式には、おじいちゃんおばあちゃんが参列したんだ。
たまたま同じ場所で出会った2人が、同じ沖縄の人だったなんて・・・。
だからなの?おじいちゃんのカリユシ・・・写真と同じじゃない。やだ、最初に言ってよ・・・
愛おしそうに祖母の写真を見つめながら、祖父の口元が綻ぶ。
話は尽きず、私たちは夕方まで酒蔵で語り合った。小さな試飲カップに祖父お気に入りの吟醸酒を注ぎながら・・・