「日本的経営とは何だったのか」というテーマで、これまで雇用慣行と企業間関係に見出されてきた特徴、そしてその変化を論じてきました。今回は、コーポレート・ガバナンスの側面から日本的経営について考えてみます。
まず日本企業におけるコーポレート・ガバナンスの特徴は何かを論じるに当たって、ガバナンスに関する2つの理論を紹介しておきます。ガバナンスに関する理論が焦点としてきたのは、「企業は誰のものか」という問題です。
この点に関するガバナンス理論のうち1つは「株主主権論」と呼ばれるもので、企業は株主のみが所有し、従って企業の基本方針を決定する権限は株主に帰属するという立場をとります。この立場が支配的な経済システムは「株主資本主義」と呼ばれており、その典型は米国や英国の経済システムにあるとされています。
もう1つは、ステークホルダー(利害関係者)論と呼ばれるもので、会社は株主だけではなく、経営者、従業員、顧客、地域社会など多様なステークホルダーのものでもあり、従ってステークホルダーの利益に配慮して統治されるべきであるという立場をとります。この立場を軸とする経済システムの理念は「ステークホルダー資本主義」と呼ばれています。この理念は、国際機関である世界経済フォーラムが2020年1月に開催した年次総会(ダボス会議)で提唱したことにより広く知られるようになりました。
さて、日本企業の伝統的なガバナンスを振り返ってみますと、これまで見てきたように従業員の雇用を重視する一方、メインバンク制と株式の持ち合いによって経営に対する株主の影響力は抑制されてきました。従って、その特質は明らかに株主主権論に立つガバナンスとは異なっており、ステークホルダー論の立場に近いものとして理解されてきました。
しかし、1990年代は米国や英国の経済が好調であったため、デフレ不況に苦しむ中で経営改革に取り組む日本企業の間では、特に米国式のコーポレート・ガバナンスに対する関心が高まりました。では、そもそも株主の利益を最優先事項とする米国式のコーポレート・ガバナンスとは何だったのでしょうか。
米国におけるコーポレート・ガバナンスは、アドルフ・バーリとガーディナー・ミーンズが1932年に刊行した『現代株式会社と私有財産』の中で指摘した「所有と経営の分離」の問題に端を発しているとされています。これは、株式会社の発達に伴って株式が多数の株主に分散的に所有されるようになると株式所有に基づく支配が困難になり、支配株主に代わって株式をほとんど持たない専門的な経営者が経営を支配する状態になることを意味しています。そこで、いかにして株主主権を取り戻し、経営者に株主の利益に適った行動をとらせることができるかという問題が提起されることになった訳です。
1970年代後半以降になると、この問題を市場原理によって解決しようとする方法が採られるようになりました。それは経営者の報酬をストック・オプション(新株予約券)などによって株式価格と連動させる方法であり、言い換えれば経営者を株主にすることによって自動的に株主主権を復活させようとするものでした。実際に1980年代以降、経営者の報酬を株価と連動したボーナスやストック・オプションの形で支払う企業が急速に増加し、その結果、CEOと従業員の年間所得の格差は、1950年代には20倍程度であったものが、1990年には85倍、2000年には531倍にまで跳ね上がったとされています。岩井克人教授はこのような状況を踏まえて、当初のコーポレート・ガバナンスは、経営者に忠実義務や注意義務といった信任義務を課すことによって、その行動を律しようとするものだったけれども、この経営者自身の利益に訴える方法は結果的に経営者を倫理性への配慮から解放してしまったと述べています。
2000年代には、その帰結が信じ難いほどの不祥事として相次いで発覚することになりました。2001年には、大手総合エネルギー商社であったエンロンが倒産しましたが、それは同社の経営者が株価を吊り上げるために大規模な粉飾決算を行い、巨額のボーナスを受け取っていたことが発覚したことに端を発するものでした。2002年には大手電気通信事業者であったワールドコムが、同様の不祥事によって倒産しました。
米国のコーポレート・ガバナンスでは、経営陣とは独立した社外取締役が、執行役員を監督・管理し、財務管理と財務報告の適切性を監督する役割を担うものとして位置づけられてきたのですが、これらの不祥事は社外取締役という役職が一種の虚構に過ぎないことを劇的な形で示した訳です。
米国のコーポレート・ガバナンスに対する関心が高まっていた我が国では、2002年に商法改正が行われた際、「米国型」のガバナンス・システムを採用できるようになりました。しかし、この商法改正が行われた時点では、既にエンロン事件などから米国式のコーポレート・ガバナンスの有効性は疑問視されており、これを採用した日本企業は結局少数に止まりました。
さて、地球環境問題に起因する激甚災害の多発などを背景として、今日の企業には本来業務に根ざした社会的責任(CSR)の遂行が期待されています。企業がこれに対応する方向に見えてくる課題は、多様なステークホルダーの利害を考慮できるガバナンス・システムの構築です。
それは容易な課題ではありませんが、もともとステークホルダー論との親和性を持っていた日本的経営には、この課題に取り組む上での優位性があるかも知れません。松下幸之助など優れた日本の経営者は、しばしば企業を「社会的な公器」とする経営思想を語ってきました。そのような原点となる経営思想に回帰することが、この課題に挑戦する日本企業の進むべき方向ではないかと思います。課題を解くための鍵は、「世界標準の経営」などという虚構にあるのではなく、日本企業の内部にあるのです。