前回から「日本的経営」とは何だったのかというテーマでお話ししています。まずアメリカの文化人類学者ジェームズ・アベグレンが1950年代後半に行った先駆け的な研究が、日本的経営の特質を終身雇用や年功制といった雇用慣行に見出したことを振り返りました。
一方で、こうした雇用慣行を日本的経営の特質とする見方には、様々な批判も行われました。例えば、米国でも一部の産業の大企業では長期勤続傾向が見られることから、終身雇用は必ずしも日本企業に固有の特質とは言えないという批判がありました。また、終身雇用や年功制が適用されているのは、大企業の男子正規従業員や公務員に限られており、大多数の中小企業の実態には当て嵌まらないという批判もありました。
しかし、終身雇用や年功制は「慣行」、すなわち当然行われるべき慣わしに属するものだという点に注意する必要があります。確かに雇用が不安定な企業では勤続年数が短くなる訳ですが、その場合でも経営が安定している限り雇用を継続する慣わしがあり、わざわざ短期的な雇用契約を結んでいる訳でもなければ、それは終身雇用慣行のもとにあると見るべきでしょう。逆に勤続年数は長くても、短期的な雇用契約が前提であり、契約期間ごとに労働条件の見直しが行なわれているような状況では終身雇用慣行の存在は認められない訳です。
この意味で、終身雇用や年功制は、確かに日本的経営を特徴づける要素だったと私は思います。しかし、前回注意を促しておいたように、それが競争優位の源泉であったのかどうかは別の問題であり、ましてやマクロ経済変動の要因に短絡させることはできません。では、終身雇用や年功制には、どのような優位性なり問題点があると言われてきたのでしょうか。
まず、終身雇用のメリットについては、言うまでもないことですが雇用を安定させる効果が挙げられてきました。また、終身雇用による長期勤続のもとでは、当該の企業に特殊な熟練の蓄積を可能にし、それがまた雇う側にとっても雇われる側にとっても、益々勤続の長期化を合理的な判断にするという側面が指摘されてきました。さらに、長期勤続を前提にした雇用関係のもとでは計画的なジョブローテーションが行われやすくなり、それが多様な職能に通じた人材を育成し、あるいは異なる職能部門間での知識共有を促すことによって部門間コミュニケーションを円滑にする効果を持ってきたという点が挙げられてきました。しかし、一方で終身雇用は、景気変動に応じた雇用調整を妨げる硬直的な慣行として度々批判に晒されてもきました。
年功制については、一般的に世帯の支出が結婚、出産、子供の養育といったライフイベントに伴って増えていくため、年を経るごとに着実に昇給する賃金体系が生活保障的な機能を持っていること。年を経るごとに熟練が高まる業務である場合には生産性に即した合理的な賃金体系であること。また、非競争的な賃金体系であるため、従業員による互いの知識やノウハウの共有を妨げず、協力的な業務プロセスを促す効果があること、などのメリットが挙げられてきました。一方で年功制は、能力と無関係に賃金を決定するため、従業員間の競争を通じた生産性の向上を妨げる制度として度々批判され、90年代後半には成果主義的な賃金体系の必要性が叫ばれることになりました。
こうした雇用慣行は、これまで度々、崩壊したと言われることがあったのですが、実際のところ変化したのでしょうか。アベグレンは、日本的経営に関する最初の著作『日本の経営』の発表から50年近い年月が経過した2004年に『新・日本の経営』という本を刊行し、様々な批判を受けてきた日本の雇用慣行が変化したのかを検討しています。そこでアベグレンは国際労働機関(ILO)のデータに基づいて日本の平均勤続年数が1992年の10.9年から2000年の11.6年へと長期化していることを示し、終身雇用慣行が雇用制度の中核にあることに変化はないとしています。ただし、終身雇用の外にいるパート労働者の総数は増大しており、その労働力人口に占める比率は1985年の11%から2000年には21%にまで上昇したことに触れています。また、1986年に労働者派遣法が制定され、2004年の改正によって製造業務も対象に含まれたことにより派遣労働者が増大した点にも言及した上で、こうした新しい制度の導入は終身雇用に変わるものではないと述べています。
2000年代までの雇用慣行の変化については、我が国の経済学者らが「賃金構造基本統計調査(賃金センサス)」の個票データを用いた詳細な分析を行っています。それらを要約してみると、1990年代以降、終身雇用には顕著な変化は生じていないけれども、年功賃金については、それを維持する企業と成果主義的な賃金体系にシフトする企業に二極化する方向で変化してきたようです。
では日本の雇用慣行は、今後どのような変化を迫られることになるのでしょうか。この点を考える上でまず注意しなければならない環境の変化は、生産年齢人口が1995年をピークに減少し続けていることによる人材不足です。非正規雇用や派遣労働によって労働力不足に対応できる可能性は、生産年齢人口が減少していく状況下では当然限定されます。また、これらの雇用形態への依存度を高めていくと、組織内部で中核的な人材を育成・確保していくことが困難になるという別の問題を発生させます。おそらく、この課題を解決する上で鍵になることが期待できる方法は「ダイバーシティ経営」、すなわち性別、年齢、国籍、障がいの有無などを超えて多様な人材を登用して、その能力を発揮させる取り組みでしょう。終身雇用が維持されてきた日本企業では従業員が組織文化を高いレベルで共有してきましたが、その特質は多様な人材を活かそうとする取り組みとの間でコンフリクトを発生させることも少なくなかった筈です。終身雇用が持つ中核的な人材の育成機能を維持しながら、雇用形態の多様性のみならず人材の多様性を取り込んでいくことは、日本企業にとって重要なチャレンジになると思われます。
次回は、企業間関係とガバナンスの側面から、日本的経営の特質と変化を考えてみたいと思います。
今回のまとめ: 日本的経営を特徴づけてきた雇用慣行のうち、終身雇用には大きな変化は起こりませんでしたが、それは今後、生産年齢人口の減少に伴う人材不足への対応において新たな課題に直面することが予想されます。