1中勘助『銀の匙』88(後編1③)>
ラジオ収録20230504
「レオンラジオ日の出」テーマ曲 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」司会 福留邦浩 中国語翻訳・朗読 レオー(中国語講師・中国大慶の小学校美術教諭)読解者・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)読解者 福留邦浩(国際関係学者)中国語朗読 刘耀鸿 聴講 劉凱戈 李可心 张晓良 張智航 吉川佳太
さう思へば胸一杯になつて放課時間にみんなを呼び集めて先生が暇乞ひにきた時の様子をなりとせめて委しくきかうとしたが、彼らはただもうその日その日の遊びに気をとられて別れてからまだ半月とはたたないのにそんなことはとうに忘れてしまつてけろりと坐つてゐる。
<胸一杯(むねいっぱい)になって→感極まって、感情の高まりに心が占められる。暇乞(いとまご)い→別れを告げる、別れの挨拶をすること。なりと→せめて〜だけでも。委(くわし)く→詳細に→名詞は委細。気をとられて→他のことに注意を奪われて、夢中になって。半月とはたたない→経たない。とうに(疾うに)→早い段階で、すでに。けろりと→何事もなかったように平然としている様。>
这样一想,便觉得胸口堵得慌。课间我把大家叫到一起,想听他们仔细讲讲老师临别前发生的事,他们却只顾着每日玩乐。中泽老师才离开不到半个月,就仿佛没人再惦记他似的。
さうして折角の遊びを邪魔されたのが不平らしく面をふくらせてもぢもぢしてたがやがてひとりがやうやく思ひだしたやうに「獅子の毛のついた外套をきてゐた」といつた。と、ほかの者もてんでに「獅子の毛だ」「獅子の毛だ」といふ。
<折角(せっかく)の→いろいろな困難を排して事をするさまのこと。面(つら)をふくらせて→不服な顔つきをする、膨れっ面をする。もじもじ→落ち着かない。外套(がいとう)→コート。てんでに→めいめいに、それぞれに、各自。>
大家面无表情地呆坐着,好像还为我 耽误了他们好不容易的课间时间愤愤不平,紧绷着脸一言不发。过了好一会儿,终 于有人想起来一件事: “老师那天穿了件带狮子毛的外套。” 其他人也异口同声道: “是狮子毛的。” “是狮子毛的。”
ばか者たちははじめて見た獅子の毛――それもたぶん間違ひなのだらうが――に見とれてなにひとつおぼえてゐはしない。
<見とれて→心を奪われてうっとり見る、我を忘れて見つめる。>
这群笨蛋全都没见过狮子毛,何况那多半不可能是什么真的狮子毛。我看傻了眼,别的什么都不记得。
そんなにして根ほり葉ほり尋ねる私をさんざじらしたあげくひとりが「先生は戦争にでるのだからもう二度とあへないかもしれないが皆は今度の先生のいふことをよくきいて勉強して偉い人にならなければいけない」といつたといふのをきき急にはらはらと涙をこぼしたものでみんなはあつけにとられて私の顔を見つめ、なかには目ひき袖ひき軽蔑の笑ひをもらす者もあつた。
<根掘り葉掘り→細かい点まで何もかも残らずほじくるように。さんざ→とても。あげく→挙句→その結果。焦らす→苛立たせる。はらはらと→木の葉や涙など、小さいものや軽いものが静かに続けて落ちる様。あっけ(呆気)にとられて→思いがけないことに遭遇して驚き呆れ、またはどうしてよいかわからずぼんやりすること。目ひき袖ひき→目配せをしたり、袖(そで)を引いたりして声を出さずに知らせること。>
我本想刨根问底,却被他们气得够呛。直到有一个人说: “老师说他就要上战场了,也许今后再也见不到了。让大家今后一定要好好听老师的话,努力学习,做一个伟大的人。”
我一听这个,忽然就泪流满面。大家都呆呆地看着我,其中还有人轻蔑地嘲笑我。
彼らはまだこのやうに泣くことを知らないゆゑに 男は三年に一遍泣くものだ といつた先生の訓をしへを破つてはならぬものと思つてるのであつた。
<ゆゑに→ゆえに→理由を表す言葉、〜から。訓(おしえ)を破る→教えに背く。>
他们都还谨遵老师的教诲—男儿有泪不轻弹,也自然不明白我究竟为何而哭。