我らの文学 中勘助『銀の匙《银汤匙》』〈5〉(抜粋)
後篇
159中勘助『銀の匙』86(後編1①)>
ラジオ収録20230413
「レオンラジオ日の出」テーマ曲 作詞作曲 楠元純一郎 OP「水魚の交わり」、ED 「遺伝子の舟」司会 福留邦浩 中国語翻訳・朗読 レオー(中国語講師・中国大慶の小学校美術教諭)読解者・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)読解者 福留邦浩(国際関係学者)中国語朗読 刘耀鸿 聴講 劉凱戈、李可心、张晓良 張智航 吉川佳太
一
中沢先生は気のやさしい人だつたけれど随分な癇癪もちで、どうかしてかつとすれば教鞭でもつてぐらぐらするほどひとの頭をぶつたりした。
〈随分(ずいぶん)な→程度が甚だしい、かなりの。癇癪(かんしゃく)もち→イライラしがちで、ふとした拍子にブチ切れて、爆発する気性、瞬間湯沸かし器。癇癪玉を爆発させる。かっとする→怒って逆上する。教鞭(きょうべん)→教師が授業中に持つ鞭(むち)、教鞭を執(と)る。〉
中泽老师很善良,却很容易动怒,动不动就拿教鞭抽打学生的头,打得人晕头转向。
それでも私は先生が大好きで、御苦労にも家の庭にある棕櫚の枝をとつては痛い思ひをするために新しい鞭を先生に与へた。すると先生はいつもにやにや笑ひながら
「ありがたう。頭をたたくにはこれがいちばんだ」といつてひとつたたくまねをしてみたりする。
<棕櫚(しゅろ)→ヤシ科の常緑高木。鞭(むち)>
不过我还是很喜欢这位老师,几次特意从家里的园子折棕榈树枝,给老师换新教鞭,只为尝一尝被他打的滋味。老师每次都笑嘻嘻地说:"谢谢,这个用来打头最合适。"边说边作势要打我。
私はなにひとついふことをきかず勝手気儘にしてたのでよつぽどもてあましてるらしかつたが、やつぱり可愛がつてるのだとこちらひとりできめてゐた。みんなの行儀がわるいためにれいの癇癪がおこつて先生の顔が火の玉みたいになると生徒たちは縮みあがつて鳴りをしづめてしまふ。
<勝手気儘(かってきままに)に→自分の思った通りに、わがままに振る舞うこと。もてあましている→ 処置に困る、手に負えない。行儀(ぎょうぎ)が悪い→礼儀が正しくない。鳴りを鎮(静)(しず)める→物音を立てるのをやめる、しーんとする。>
虽然我不听话,十分任性骄纵,让老师相当头疼,可我还是认定老师宠着我。每当大家不守纪律,惹老师生气,他的脸就涨的像一团火,学生们瑟缩不再作声。
そんな時でも私は平気の平左で笑ひながら見てるものである日先生は見まはりにきた校長さんに私のことを 無神経でしやうがない といつてこぼした。校長さんは傍へきて自分の噂を面白さうにきいてる私に「先生が怖くないか」ときいた。「いいえ、ちつとも」私は答へた。「なぜ怖くない」「先生だつてやつぱり人間だと思ふから」
<平気の平左→平気であることを人名めかして言った話。見まわり→見回り→異常がないか見て回ること。しようがない→どうしようもない。こぼした→感情などを表に出すこと。傍(そば)>
即便是这种时候,我仍然笑嘻嘻的,若无其事地旁观。一天,校长走到我身边,见我还在饶有兴味地听老师们打我的报告,便问我:"你不怕老师吗?""一点也不怕。"我回答。"为什么不害怕呢?""我觉得老师也不过就是个人。"