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人として最初の発明者《ママ》の発明にも驚きましたが、生物が自然の進化に身を任せてるのに対して、人は自らの発明で進化を促していると言うことに衝撃を頂きました
曰く
"私たち現代人は、新しい暮らし方や新しい経済活動を生みだすものが発明だと思っている。しかし、少なくとも最初のいくつかの事例では、発明のおかげで私たちの進化そのものがうながされた。"
"さまざまな研究結果を総合すると、《ママ》は目覚めている時間のほとんどを食料探しに充てながら、少なくとも生後六~七か月のあいだは赤ん坊を運ばなければならなかったと考えられている。"
"《ママ》の編みだした解決策は、信じがたいほど革命的なものだったとウォール=シェフラーは語る。
それは抱っこひも(スリング)だった。
抱っこひもは《ママ》の負担を軽くしただけではない。私たちの脳がどこまで大きくなれるかを制限する進化の足かせを外した。そうすることで、抱っこひもは私たちの進化の道筋を変えたのである。"
"しかも、《ママ》のアイデアが広まったのだとすれば、ホモ・サピエンスの十八番ともいうべき能力がすでにアウストラロピテクスの中に芽生えはじめていたことになる。何かというと、私たちはほかの人の真似をするのがとんでもなく上手なのだ。 人類学者はこの技能を「社会的学習」と呼ぶ。"
ここから私は思いました
1、発明がトレードオフを解消
→大きな脳vs母体の負担
2、社会的学習という技能
→真似上手
3、人は発明が進化の母
→人は自らの進化を促進できる
私のイノベーション創発ワーキングなどでは、とにかく現場100回で真の課題をあぶり出す、と言うことをとことんやるのですが、その次には、トレードオフがどこにあるか?ということも、徹底的にやります
何故ならば、一つのイノベーションは、様々なトレードオフを一気に解決する可能性があるためです。
今回の人類初の発明と言われる"抱っこひも"は、まさに人類存続のためのトレードオフの課題である、脳を大きくする、ということと、母体の安全を守る、と言う二つの課題のトレードオフを、見事に解決するイノベーションだった、と言うことかと思いました
つまり、頭を大きくするためには、頭が小さいうちに母体の外へ生み出す必要があり、そうすると何ヶ月も赤ん坊を抱っこして、母体に襲われるリスクが高まる、そのトレードオフを見事に解決する発明、イノベーションだったと思いました
そして、そのイノベーションが、たった1人のアウステラロピテクスの《ママ》だけで閉じていては、人類は生き残っていなかった。社会的学習という技能があったからこそ、みんなで真似て広げることができた
このことは、イノベーションを広めるために、例えば特許などで独占して、最初からクローズに進めると、新しいものであればあるほど、市場にはなかなか認知浸透が難しいので
以前お話ししたYAMAHAさんの電動自電車のように、特許を公開してでも、仲間を作って、競合を作って、一緒に展開した方が、トップは取れないかもしれないけど、市場が立ち上がっていく
そんなことを、社会的学習として、人は大昔から、真似ると言うこと、そして真似ることを許すと言うことを実践してきたのかと、それが今の進化したひとを作ってきたのかと、熱くなりました
つまり、生きとし生けるものは、人を除いて、自然の進化に導かれてきたわけですが、人だけは、それにも加わっていながら、さらに自らを進化するために発明やイノベーションを起こすことができる、存在になるのかなあと思いました
今後の人類を考えたときに、遺伝子技術やAIなどの発明やイノベーションが、人類自身の進化を促すことになるかもしれない、と言うのは、実は人類が人類たらしめる源に、発明があったことを考えると、自然なことなのかもしれないなと
そんなことを思いました
人は発明が進化の母ノベーション
そんなことを思いました^ ^
人類の歴史をつくった17の大発見 ─先史時代の名もなき天才たち 発行日 2022年4月15日 著 者 コーディー・キャシディー 訳者 梶山あゆみ 発行所 株式会社河出書房新社
宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授・技術参与の的川泰宣さんから教えて頂きました、日本のロケット開発の父の糸川英夫さんの、独創力を発揮するための三条件がめちゃくちゃ刺さりました
曰く
"人間には意志というものがあって、自分はこれをやりたい、という思いにどこまでも固執しなければいけない"
"第二には、過去にどんな人がいて、何をやったかを徹底的に学習しないとダメだ"
"世に認められるためには、他の人とのネットワークをしっかり築いてよい関係をつくっておくことが大事ですと"
ここから私は思いました
1、"パッション"の源に固執する
2、過去の"仲間"を大切にする
3、未来の"仲間"との関係を作っておく
小惑星探査機はやぶさのキーマンとして大活躍されていた的川泰宣さんからの、日本の宇宙開発の父である、糸川英夫さんのお話は、まさにこれからも伝えて行かなければいけないお話しだなあと思いました
数々のイノベーションを牽引されてきた糸川さんからの、独創力を発揮するための、三条件はめちゃくちゃ心に刺さりました
まず一つは、やりたい意思に固執するのだ、と言うこと。これは、私の言葉では、イノベーター3つのフレームにおける、パッション、仲間、大義の、まずは自らのパッションの源に、正直にかつ固執し続けるのだ、と言う強いメッセージを受け取りました
そのためには、まずは、自らのパッションの源を自分自身で理解する必要があり、それを見つけたならば、他のことは捨て置いてでも、パッションの源に邁進し、かつ決してあきらめずに固執し続けること、改めて大切なんだなあと思いました
また、過去を徹底的に学習すること、とのことについては、イノベーター3つのフレームにおける.仲間の中でも、過去の仲間との対話をたくさんする、それがすなわち、過去の書籍や論文や、今ならメディアやSNSなど
そう言った、自らのパッションの源に関連する過去の"仲間"と徹底的に出会い、そして対話することがとても重要なのだと言うことを教えて頂きました。
またパッションの源が見えてる中では絞り込んだな仲間と出会うことになりますが、見えてない場合は、様々な過去の仲間との対話も大事な気がします。
その中から、自分が気づいてなかったパッションの源の種が少しずつ目を出すこともある気がしました
そして、いかに独創的なアイデアでも、世の中の人に認めてもらう必要がある、ということは、実際にイノベーションを数々創られた糸川さんの言葉として、とても勉強させて頂きました
これは、イノベーター3つのフレームでいうところの、未来との"仲間"を使っておく、ということにあたるかと思いました。
アイデアが生まれ、そして未来の仲間集めをして、さらに、たくさんの人たちに役に立つ"大義"を目指す、まさにそのルートに乗るためにも、めちゃくちゃ大事なことと思いました
ここでは、リアルな人とのコミュニケーションということになるかと思いますが、パッションの源が見つかっていない時は、この仲間も、あまり限定せずに、様々な仲間と会ってネットワークしておくことが、実は未来のパッションを育てることに役に立つ、そんなこともあるなあと思いました
ということで
自らのパッションに固執し、過去の仲間に学習し、そして未来の仲間と新たな大義を実現していく
これが一言で言うと
独創力を発揮するための三条件ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 令和二年十一月二十五日第一刷発行 監修者 藤尾 秀昭 発行所 致知出版社
京都大学学際融合教育研究推進センター准教授の宮野公樹さんの、問いに関する考え方に、勉強させて頂きました
曰く
"冒頭からここまで、「いい問い」について考えた末に、改めてこの「問いの見つけ方」について考えるなら、結論的にかつ意地悪く言ってしまえば、いい問いとは本分とする考えゆえ、探索したり発掘したりするのではなく「持ってしまうもの」という考えが非常にしっくりくるのです。"
"まとめると、自ずと持ってしまう問いを得る方法について考えるにあたり、外的な「違和感」という方法──外側の事象に対する検知を契機として自己内に生じる違和感にてその問いに気づく──と、内的な「自覚」という方法──自分の経験を振り返ることで自身の問いに自覚的に気づく──に分けることができるでしょう。"
ここから私は思いました
1、問いは自らの中にある
→パッションの源との対話
2、問いは自然と生じるもの
→デフォルトモードネットワーク
3、問いは違和感と自覚
→日々見逃さないで蓄積する
イノベーションや新規ビジネスを推進する役割を担った時に、なかなか難しいのが、この良い問いをたてる、ということだなあと、常々思ってましたが、一つの答えを頂いた気がしました
現場100回をしながら、様々な問いを発することによって、新たな課題の捉え方を発見することが、イノベーションの種を見つけると言うことになると思うのですが、最後は自分の中に答えが見えてくると言うのは、実はその通りだなあと、思いました。
そのためにも、外の人の話を聴くだけではなくて、むしろ、自らのパッションの源を探りながら、どこに自分自身は、パッションの灯火に導火線に火がつくのか、それを自らとの対話の中で見つけることが、実はとても大切だと思いました
また、何か強制的に作り出すものでなく、自らの中に自然と生まれてくるものなので、それを決して焦らずに根気よく待ち続けることも必要なのかとも思いました
それは、例えば、デフォルトモードネットワークのように、一旦その問いから離れて、散歩したり美術見に行ったり音楽聞きに行ったり、全く別のことをしながら、熟成させていくことによって、その中でこれまでの話が繋がって生まれてくる、そういう時間を取ると言うことも大切かもしれないと思いました
そして、その問いの形は、何らかの外的な刺激に対する違和感や、自らの経験に基づく自覚から生まれてくるので、その瞬間を逃さずに、常日頃キャッチし続けるアクティビティも、自分の中に持っておいた方がいいなあとも思いました
良い問いは、探索や発掘したりして創り出すものではなく、自らのパッションの源に自然と現れるのを待つ、そしてそれをうまくキャッチする
一言で言うと
良い問いは自らに自然と生まれてくるのを待つノベーション
そんなことを思いました
参考:本: 問いの立て方 2021年2月19日 初版発行 著者 宮野公樹(みやの・なおき) 発行所 株式会社 筑摩書房
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/V_GbfzArgTc
当時、世界最長となる全長約四キロの明石海峡大橋を作る構想を打ち出され、そして見事に実現された、第12代神戸市長の原口忠次郎さんの生き方に感動しました!
勝手ながら、イノベーター3つのフレームで見させて頂きました。
1、パッション
困ってる四国を救い、阪神を発展させる
京都大学工学部、工学博士号
" 「日本全体の国土計画から考えて、明石海峡大橋は不可欠なもの。四国をあんな形で置き去りにしておくわけにはいかんでしょ。情熱は消えないどころじゃない。ますます情熱を燃やしていきます。そして私のありとあらゆる力と、政治力と、それから技術とを全部投入していきますわ。この橋がかかるまでは、私は死に切れませんよ」"
2、仲間
調査月報の発行、神戸製鋼 三田村さん、穐山さん
"まずは海外の技術を学ばなければならないということで、海外のつり橋の報告書などを翻訳してまとめたものが、『調査月報』だった。月報は、製鉄会社や橋梁メーカーなど関係各社に毎月配布され、日本の技術者が最新の橋梁技術を学ぶ貴重な資料となっていった。"
3、大義
"「百年後の神戸市民のために何かを残したい」"
"「人生すべからく夢なくしてはかないません!」"
原口さんが初めて本州四国連絡架橋を提唱されたのが1940年で夢物語として片付けられ、明石海峡大橋が開通したのが1998年で、実に58年越しの夢の実現をなされたということに、心底感動しました。
私なりに、イノベーター3つのフレームで、見てみますと
パッションの源ではないかと思ったのは、京都大学工学部をご卒業されて、そして54歳の時に工学博士号を取られたということから、この分野にとても興味がある、大好きパッションがまずあったのではないかなあと思いました
もう一つは、四国の大変な状況を見られてきてから、継続して国へ働きかけていた頃にお話しされていた、先の"この橋がかかるまで死にきれませんよ"との言葉に、このプロジェクト開始にかける思いの強さ、ある意味、四国と阪神の住人への利他パッションが、炸裂してるなあと思いました
そして仲間については、仲間づくりに、とても大きな役割を担ったのが、海外の先進的な橋梁技術を調査した『調査月報 明石架橋資料』を毎月作成し、製鉄会社や橋梁メーカーなどの関係各社に毎月配布されたことが、大きかったのではないかと思いました
これは仲間としての、民間の関係各社の皆様、例えば神戸製鋼の三田村さんや穐山さんの、成長パッションに大きな灯火をつけることになったのではないか、そんなふうに思いました
ある意味、リーダーの役割とは、何が何でもやれ!と命令することではなく、仲間になる人の、パッションに如何に火をつけることができるか?そのやり方についての、とても勉強になるやり方だなあと思いました
そして、大義は、"「百年後の神戸市民のために何かを残したい」"ということをおっしゃってますと同時に、市議会で何度もこのお話をされて、その度に、「市長の大風呂敷がまた始まった」というようなことを言われた際に言われたという、記念碑にも刻まれている、"「人生すべからく夢なくしてはかないません!」"に全てが集約されている気がしました
この言葉は、全ての新たな挑戦をする人、誰からも支持されてないけれども実現したいこと、そんな、挑戦者の皆様の背中を押してくれる、本当に素敵な、大義だなあと思いました
そして原口さんの生き方のように、それを実現するために、技術、政治力、ありとあらゆる全ての力を使っていく、そこまでの覚悟と行動が、本当にそれを実現していくことができるのだなあと、改めて感動いたしました
自分自身が生きている時間の中では、実現できないことかもしれない、それでも、輝き続けるパッションと大義、そして、それらを引き継いだパッションを持たれた、仲間、がいることで、いつの日か実現できる、そんなことを思わせて頂きました
"夢の架け橋"と揶揄された明石海峡大橋を、58年かけて本当に実現させた、その事実にめちゃくちゃ感動させて頂きました
一言で言うと
"夢の架け橋"は仲間とともに実現できるノベーション
そんなことを思わせて頂きました^ ^
参考: NHK出版 デジタルマガジン 明石海峡大橋。世紀のつり橋建設は、一人の「夢」から始まった――試し読み『新プロジェクトX 挑戦者たち』https://mag.nhk-book.co.jp/article/63593#:~:text=「人生すべからく夢なくして,の神戸市長である%E3%80%82
参考:Nikkenren.com H U M A N W A T C H I N G 未 来 都 市 神 戸 に 夢 を か け た 男 神 戸 百 年 の 大 計 に か け 、 “ 工 学 博 士 の 肩 書 き を 持 つ 市 長 原 口 忠 次 郎 夢 の か け 橋 ” を 追 い 続 け た 生 涯 https://www.nikkenren.com/about/shibiru/c_08/8_11_14.pdf
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/ZFiQtn9mdMQ
ノーベル物理学賞の天野浩さんの言葉に勇気を頂きました。
曰く
"いろいろ世の中変わっていってますけども、自分はこれだと、これをやりたいんだという道、それを信じることができた道があるんであれば、是非、挑戦を続けてくださいと、いうことです。
それは、多くの場合、すぐには評価されません、たぶん。ですけども、皆さんがチャレンジすると、本気で取り組んだと、いうことは、必ずみなさん将来、役に立ちます。
でそれは、皆さんだけじゃなくて、他の人たち、世の中の人たちにも役に立ちます。
皆さんの挑戦をですね、評価してくれる人っていうのは必ずいると思います。何よりも信じた道に挑戦せずに後悔するっていうことの方がもったいと、私は思っています"
ここから私は挑戦について思いました
1、挑戦しない後悔
→自分のため
2、失敗する恐怖
→自分のため
3、誰かの役に立つ
→他人のため
自身の情熱の源が見つかったとして、そこから、新たな挑戦をする人たち全ての人に、めちゃくちゃ刺さる言葉だと思いました
一つは、自分自身として、挑戦しない後悔と、挑戦した後悔、どちらが自分で自分を納得できるか、と言うことがあるなあと思いました。
スケボーの堀米悠斗さんが金メダルをとった時のように、0.1%の可能性でも挑戦をしないと金メダルはなかった。そう言う意味で、もったいないというのは、とてもよくわかる気がしました。
また、もう一つは、失敗する恐怖というのが、必ず付き纏ってくると思います。それを乗り越えるのは、これまでもいくつかお話ししてきましたが、三木清さんの、失敗は人生の彩りの一つ、だったり、イノベーションのFAST Failで修正しながら進んだ方がゴールに到達しやすいなど、たくさんあるなと思いました。
しかしながら、挑戦しない後悔も、失敗する恐怖も、実はどちらも、自分がどうなるということを言ってるのに対して
失敗は誰かのためになる、というお話しは、実は自分のことよりも、それが誰かのためになってる、ということなので、利他パッションの発動かもしれないと思いました
また、それはある意味、社会的な動物としての、存続や発展に寄与するという意味においては、大きな大義として、挑戦することになるなと。これは、実は失敗や挑戦をすることを乗り越える、大きな考え方かもしれないなと思いました
挑戦しない後悔を乗り越えるためには、失敗しない恐怖を乗り越える必要がある。そして、失敗しない恐怖を乗り越えるためには、失敗は誰かのかさためになるという、大義を持つことで乗り越えりる
利他パッションと、大義を持つことが、挑戦すること、失敗を恐れないことの、とても重要な考え方なのかもしれない、そんなことを思いました
研究者の皆さんは、確かに他の方の失敗の上に、巨人たちの肩の上に乗って、次のステップを進まれているので、そういう考え方が生まれてるのかもしれないなと
そんなことを思いました
自分の挑戦は誰かの役に立つノベーション
そう考えることで挑戦や失敗を乗り越えられる
そんな話をしています^ ^
参考: NHKアカデミア 天野浩(後編)2025/1/15(水)PM10:30~PM11:00 NHKEテレ東京 https://www.nhk.jp/p/ts/XW1RWRY45R/episode/te/5MJ3ZQJ4N9/
新日本フィルハーモニー交響楽団の指揮者の佐渡裕(さど ゆたか)さんの、奇跡を起こす方程式のお話に、めちゃくちゃ感動いたしました。
曰く
"音楽の世界では、才能や運っていうのは確かに一つの大きな要素かなと思います。ただ、これは僕の大好きなプロゴルファーの言葉なのですが、「奇跡を起こす方程式」が存在すると。才能、運、努力。これらは足し算だが、掛け算になるものが一つだけある。
それは感謝力だと。
例えば何でこんな大事な演奏会の日に雨が降るんだとか、何でこんな音響の悪いホールで本番をやらなきゃいけないんだと思ったら、感謝力は0.七になってしまい、せっかくそれまで足してきた才能も運も努力も全部マイナスになる。
でも、奇跡を起こせる人間は、失敗した時にこそ、「ありがたい」と感謝できるんです。"
ここから私は思いました
1、失敗も彩の一つ by三木清
2、逆転の発想 みうらじゅん
3、真実はない ニーチェ
もちろん、素敵な結果が出たときには、自然と感謝の気持ちが湧き上がってきて、グラミー賞のスピーチじゃないですけれども、一緒にやってきた仲間、そして支えてくれたお客様に、心から感謝申し上げます!といいたくなる気持ちはとても理解できるのですが
うまくいかなかった時や、そのときに限って環境がよくない、そんな時は、なんてついてないんだ、天は私を見放した、とまで思ってしまうことが、私は常日頃あります
そう言うときにこそ、この奇跡の方程式
全ての出来事×感謝=奇跡の源
と言うことなのか、と感動いたしました。
ここから思ったのは、一つは、哲学者の三木清さんの、失敗も人生の彩りの一つ、と言うお話です。うまくいかないかもしれない、うまくいかなかった、そんなときにも、この出来事があったから、さらに人生は面白くなった、飲み会のネタで話せる、そんな出来事に感謝する、みたいな考えができると、とても前向きに失敗を受けいられそうだなあと思いました
また、ゆるキャラを発明された、みうらじゅんさんのような、逆転の発想についても、ある意味、想定外の結果、または、他の人たちがネガティヴな反応を持ったこと、それ自体が実は逆に面白いんじゃない?と言えることが、実は、想定外の結果やネガティヴな出来事に、むしろ感謝しようと言う気持ちになれるのかもなと
さらには、ニーチェの、真実はない、あるのは解釈であると言う、解釈論として、その出来事をよくないことと解釈するのか、または、むしろ面白いと解釈するのか?それによって人生は180度変わる、ことを考えても、一旦立ち止まって、この出来事に感謝するとしたら、どんな解釈ができるのか?と考えることもできるなと思いました
全ての出来事×感謝=奇跡の源
もっと言えば
失敗×感謝=奇跡の源
感謝力ノベーション
こんなことが言えるのかもしれないなあと
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書 令和二年十一月二十五日第一刷発行 監修者 藤尾 秀昭 発行所 致知出版社
動画で観たい方はこちら
https://youtu.be/_ybIgm-nIqk
国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんからの「世界で活躍するために、子供のうちにやっておいた方がいいことってありますか?」の問いに対する答えに感動しました。
曰く
"自分が好きなものと、好きじゃないって思ったものに、少しチャンスを与えてあげる
もしかしたら、友達になる方法があるかもって言う風に、少し幅を持たせるっていうのが、いいやり方かもしれないですね、狭くならない方法"
ここから私は思いました
1、なぜ好きじゃないんだろう?
→嫌いの深掘り
2、既存の枠からはみ出てる?
→周りの声、常識を疑う
3、それが逆にいい、可能性はむしろチャンス
→個性派パッションに結びつける
ハーバード大や東大に通い、さらにMITやイェール大等世界の7つの大学に合格されていると言う、モーリーさんですが、元々は電子音楽家だったと言うことにもめちゃくちゃ驚きました
世界の大学を知っている国際ジャーナリストのモーリーさんだからこその、めちゃくちゃ含蓄のあるお答えと感動しました!
この好きじゃないこと、つまり、嫌いなことに、チャンスをあげると言う発想はなかったなあと、改めて考えてみました
なぜ、嫌いなんだろう、と言うときに、よく、自分の声が昔は嫌いだったんですよ、みたいな話から、すごく個性的な歌手になってる方も、よく伺ったりするなあと、改めて思いました
実は、嫌いの理由には、今の枠組みにハマらないから、だったり、周りの人に笑われたから、みたいな、本当は自分はやりたいのに、他と少し違う、と言うことが原因になってることが、大いに含まれてるなあと思いました
改めて、そう考えてみると、それは、他人はもっていない、新しい発想だったり、質だったり、自分にしかできないことであり、かつ、これまでのことを一変させる可能性があるものなのかもしれない、と思いました
それはまるで、みうらじゅんさんの、ゆるキャラのように、一見、なんだこれは?的なものが、逆にいい、と言う、まさに逆転の発想に繋がったときに
強烈なオリジナリティとして、新しい価値を作っていく、まさにイノベーションの種になるパワーを秘めているのかもしれないなあと、思いました。
これは、情熱のポートフォリオで言うと、大好きパッションには、選ばれないんだけど、その反対の大嫌いパッションのものが、実は、個性派パッションに変換する可能性があると言うことを、教えてくれてる気がしました
そう言う意味では、上ねてのポートフォリオに四象限があるのには意味があって、大好きだけじゃないのである、その他にも、利他、成長、個性、と言うパッションも存在すると知ってるだけでも、もしかして自分の情熱の源に変換する種かも、って考えるのはとても大切かと思いました
嫌いの中にこそ強いパッションの源はあるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考: ワルイコあつまれ(112) 稲垣吾郎・草彅剛・香取慎吾と学・2025/1/14(火)PM11:00~PM11:30 地デジ011 NHK総合・東京
<子ども記者会見>国際ジャーナリスト・モーリーロバートソン
東日本大震災を機に、たった3時間で一棟建てることのできるインスタントハウスを5年かけて開発され、今ではトルコ、シリア、モロッコ、ミャンマー、タイへも提供されている、インスタントハウス建築家 北川啓介さんの活動に、めちゃくちゃ感動しました
イノベーター3つのフレームで見させて頂きました。
1、パッション
"小学校三年生四年生の男の子が私に、なんで仮設住宅建設まで三ヶ月から六ヶ月かかるの?大学の先生だったら、早く建ててよ、と言ってくれたんですよね"
→利他パッション、成長パッション
2、仲間
質問:家族の存在が背中をおしてる?に対して
"生きがいの一つですよね、とてつもない。やっぱそれもあるからこうやって、ね、ただいまって言えるところをお届けしたいっていうのは、その気持ちの延長でもあると思いますし。世界中の人が、家困ってるとか、家族で何か困ってたり不足してたり、本当にやるせ無い気持ちになっちゃいますよね"
→自らの家族、その輪の拡大
3、大義
"自分の人生って、ちょっと消えちゃった感じがするんだよね。他の人のための人生だと思ってる。50は家族のため、それは思ってる。自分のためというよりは人のためってのが100%になっっちゃってんだよね"
→自らのパッションから大義への強烈な移行
北川さんのお話を聞いてると、この方は本当に人の痛みを自分の痛みとして感じることのできる、ある意味、利他パッションにあふれた、愛にあふれた方なんだろうなあと、ひしひしと感じました。
それが、被災地の子供達が、素朴な疑問として発せられた言葉に、それを仕方がないよねー、では終わらせずに、強烈な違和感として、かつ、自らの専門性における挑戦として、強烈な成長パッションに火がついたのかもしれない、そんなことを思いました
なにより、その利他パッションの原動力になっているのは、北川さんの家族に対する、とても強い愛情が起点になってるなあとも感じました
自分の最大の仲間としての家族を大切にすることから、先日お話ししたシンガーの"フリン効果"から、科学の眼鏡を持って、日本の被災地の方、さらには世界の皆様へ、"輪の拡大"を、実践されているのだなあと、思いました
自分の仲間を大切にすることから生まれれたパッションと仲間は、それが、やがて、もっと大きな仲間へ拡大することによって、やがては大義となり、日本の人々から、海外の同じように困ってる人たちのために、価値を提供されることになってるのかなと思います
その結果、大義がより大きく自分をも包み込むことになって、自分のためよりも、人のためが100%に成長を遂げた大きな大義となられたのかもしれない、もはやこの取り組みは、北川さんと言う個人を超えてもっと大きな取り組みになっている、そんな風にと思いました
個人としての利他パッション、成長パッションは、家族という仲間から始まり、日本、海外と、大きく大義として輪が広がっていく、やがては自分も無くなっていく
それこそが、真のイノベーションの姿なのかもしれない
一言で言うと
パッションはやがて大義に飲み込まれるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:MBS 情熱大陸 インスタントハウス建築家 北川啓介 Vol.1335 2025年01月12日(日) 放送分
https://www.mbs.jp/jounetsu/2025/01_12.shtm
ノースイースタン大学 サイキ・ルイ博士が、人は何故歌うのか?について、音楽のビートが、脳内でドーパミンなどの報酬物質が発生することをはじめ、様々な実験検証の結果でわかってきたことに、めちゃくちゃ感動しました。
曰く
"ビートが繰り返されると脳の「予測機能」が働き出し、次にどんなビートが来るか「予測」し始めます。予測することの快感に加え、裏切られることの快感もあります。予測の複雑さを脳が喜んで大きな報酬を感じると言います。"
"「『集団の絆』というキーワードは、音楽の起源を考える上で外せないでしょう。音楽のビート(リズム)にはたくさんの人を同時に動かす力があります。他人と一緒に体を動かすことは同じ体験の共有です。共に歌うのは『助け合えるよ』というサインだと言ってもいい。社会的動物であるヒトにとって報酬を感じる行動です」"
"音楽によって高齢者の脳機能が向上するという結果が出たんです。
"例えば音楽を誰かと一緒に演奏する時には、人が今どんな気持ちでどう演奏しようとしているのが考えます。その時「内側前頭前野」が働きます。しか「内側前頭前野」は年齢と共に衰えやすい場所でもあります。特に認知症で損傷してしまう場所の一つです。音楽によって「内側前頭前野」を活性化できるという事は、認知症の治療法の開発に大いに役立つはずです。"
ここから私は思いました
1、ビート・予測・裏切りが報酬
→個人としての快楽(パッション)
2、共に歌うのが報酬
→集団としての快楽(仲間)
3、報酬の記憶が脳を活性化する
→仲間、パッションの想起による機能回復
一つは、音楽は、個人としての、快楽を誘発するものなのだなあと言うことです。自分自身、ビートはもちろんのこと、ジャズやフュージョンなどの複雑なコード進行自体が
カノン進行のように繰り返される予測可能なコード進行でも気持ちいいと同じくらい、裏切られた感じやどこへ連れて行かれるんだ、的なことが、めちゃくちゃ興奮するし、ワクワクの原動力にもなっていて、ドーパミン出てる感じ満載です
そして、もう一つは、仲間の絆をたく人するものとして機能している、と言うことにも、激しく共感しました
番組では、アフリカのバカ族の皆さんが、何かあれば、みんなでポリリズムと複雑なメロディの組み合わせを歌い合っているのですが
それは、私が今、アカペラで歌っているように、みんなで違う音やリズムを繰り出しながら、それが、何故か一つになって気持ちがいいことに、めちゃくちゃ繋がっていると思いました
自分の場合、それが本当にシンクロすると、あたかも一つの口で歌っているような気がして、さらにお客様がそれに拍手やコールアンドレスポンスをしてくれる、その瞬間に、何か1人じゃない、たくさんの仲間になれてる感というのがたまらなく気持ちがいい、というのも激しく共感しました
さらにその機能は、おどろくべきことに、高齢化して失われた機能をも、癒し復活させる、そんなフィードバック機能まであるということに、驚愕しました
つまり、人が何故歌うのか?
それは、自分自身として気持ちがいいこと(パッションの源)、そして、仲間と共にあると実感できること、その二つが快楽として組み込まれている、それはつまり、人としてそうあることが、種を守る最善として遺伝子に組み込まれている、更にそれは自分自身の失われた機能を復活させることまでできる
そんなことなのかと思いました
ある意味、人としてあるための生き方と回復をもたらすのが音楽なのだと
就職の際に、音楽で飯は食えない、もっと実利的なことをやった方がいい、などという声も、あるように思いますが
実は音楽は
人が人たらしめるノベーション
それほど重要なものである
そんなことを教えて頂きました
参考:NHK フロンティア ひとはなぜ歌うのか
https://www.nhk.jp/p/frontiers/ts/PM34JL2L14/episode/te/YRJ4VJLZRP/
参考:News WEB ヒトはなぜ歌うのか? 答えのカギはアフリカに?https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240507/k10014441911000.html
批評家のベンジャミン・クリッツァーさんの言葉に、道徳のあり方について、考えさせられました
曰く
"道徳には「黄金律」が存在する。「自分が他人からしてもらいたいと思うような行為を、他人に対しておこなえ」という教訓と、その裏返しである「自分が他人からされたくないと思うような行為は、他人に対しておこなうな」という教訓は、ユダヤ教やキリスト教に儒教やマハーバーラタ(ヒンドゥー教の叙事詩)、そしてギリシャやローマの哲学など、古代から世界各国の伝統のなかで教えられてきたものだ。"
"シャーマーが論じるように、黄金律が古来から存在しているとしても、それをただしく実践できるだけの思考能力を持つ人は限られたままになっていたからだ。 これこそが、道徳的フリン効果である。"
"フリンやシャーマーは、現代の人々は「科学の眼鏡」をかけながら物事を考えている、と表現している。抽象的な思考は科学的思考の土台でもあり、因果関係に関する複雑な推論や確率や比率の概念をもちいた定量的な思考を可能にするものであるのだ。"
ここから私は思いました
1、マララさんの本とペン
2、問いを立てること
3、対話すること
道徳の黄金律が古来よりあるにも関わらず、何故なかなか守られないのか?ということに対する問いに、フリン効果という、一つの道筋を頂いた気がして、とても勉強になりました
現代においては、道徳的フリン効果によって、以前よりは、黄金律を理解して実践している人が増えているということがあるとしても
依然、"科学の眼鏡"を持つことができない環境に置かれている人がいる中で、持つ人と持たない人の間のギャップがあるために、ある世界における黄金率が、ある世界では理解されない、そんなことが起きるのかもしれないなと、改めて思いました
そこで、以前お話しした、マララ・ユスフザイさんが紛争地域から国連総会でお話しされた"一人の子ども、一人の先生、一本のペン、そして一冊の本が世界を変えることができます。"のことを思い出しました
黄金律の輪を自分たちの輪から、さらに広げていくことができるかどうか、その鍵を握っているのは、科学の眼鏡をかけられるかどうか、ということだとすると、それは、マララさんが言われる通り、始まりは、極論すれば、一本のペンと一冊の本なのかもしれない、と思いました
またそこから、自分を他のものに当てはめて考えるというような、抽象的な思考や推論や比喩を理解し使いこなせるということまで、プラクティスをしながら理解していくということをすることで、もしかしたら、黄金律を自分たちから他の人たちへ広げることができるのかもしれないなと思いました
そうすることによって、自分たちが考えていることがすべてなのか?というような問いを持てることにつながれば、黄金律をもしかしたら広げる、または、自分たちが思ってる黄金律自体を疑ってみる、みたいなとこまで繋がるかなと思いました
この問いを持つと言うことが、実はイノベーションにおいても大きな鍵でもあり、普段の当たり前のことに違和感を持ったり、他の人が違うのは何故なんだろうと思ったり、その考え方自体がイノベーションの種にも繋がる、そんな風にも思います
さらには、その問いを元に、さまざまな世界の人たちと対話をすることによって、その仮説検証をしていくことができれば、科学の眼鏡というものを手に入れることができるようになるのかもしれないなと
そして、それは、こちら側あちら側、双方に常日頃、アップデートしていくことで、常日頃問いを持ち続けて、対話をし続ける、そんなことが大切になってくるのかもしれないなと
そんなことを思いました
こちら側から見て明白な黄金律を何故破るのか?
ではなく
どこに双方の黄金率があるのか?
と言うことを、常に問い続けて、対話をつづける
それが黄金律であり、科学の眼鏡なのかもしれないなと思いました
一言で言うと
科学の眼鏡をいかにかけ続けられるかノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考: 本:21世紀の道徳 学問、功利主義、ジェンダー、幸福を考える 2021年12月10日初版 著者 ベンジャミン・クリッツァー 発行者 株式会社晶文社
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