Cobe.fm 本好きコンサル2人の読後感想戦

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By Miki Watanuki/Nozomi TanakaArtsBooks
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Cobe.fm 本好きコンサル2人の読後感想戦 episodes

  • ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』#1

    ゴールデンウィーク明けの収録となった今回は、のぞみの函館旅行、みきのポーランド・ベルリン・新潟マタギツアーの話からスタート。五稜郭の桜、ハセガワストアの焼き鳥弁当、クラクフのキッチュなブックデザイン、本物のメーデー、本物の収容所、本物のクマ——それぞれが旅先で触れた「本物」の話を経て、舞台は中世イタリアの修道院へ。

    課題本は、ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』。思想書のような本だと思っていたら、実際には修道院で次々と人が死んでいくミステリータッチの小説だったことに驚きつつ、二人はその読みづらさ、面白さ、そして圧倒的な作り込みについて話していきます。

    part1では、エーコがこの小説を書き始めたきっかけとして語る「修道士を毒殺したい」という不穏な一文、記号論の学者がなぜ中世の殺人事件を書いたのか、そして読者を修道院の中へ連れていくような空間描写について語ります。人物名も宗派対立も文書館の構造もとにかく複雑。相関図や図面を見ながらでないと迷子になるような小説を、迷子になったまま歩いていく回です。

    中世、宗教、記号、ミステリー、そして「笑い」をめぐる禁断の書物。まだ全貌はつかめないまま、まずはこの巨大な修道院に足を踏み入れます。


    29 min
  • 世阿弥・岡田利規『現代語訳 風姿花伝』 #3

    part3では、みきが歌舞伎の『連獅子』を観た話から、『風姿花伝』をもう一度捉え直していきます。読んでいる時には「パフォーマーの話すぎる」と感じていた言葉も、十三歳の子役が大きな鬘をつけて舞台に立ち、観客から掛け声を受ける姿を見ると、急に別の意味を帯びてくる。若い時期にだけある花、そこに油断してはいけないという戒め、芸を続ける人に向けられた具体的な助言が、少しだけ身体感覚を伴って見えてきます。

    話はそこから、歌舞伎における襲名や、名前を背負って生きることへ。個人として自由に生きるのではなく、受け継いだ名前に自分を寄せていく。そのあり方は、現代の個人主義から見ると不思議でもあり、同時に、長い時間をかけて芸を見続ける楽しみにつながっているのかもしれません。

    のぞみはさらに、『風姿花伝』をコンサルティングの仕事にも引き寄せます。成果物としては資料が残るけれど、実際の仕事は、会議で何を言うか、どう聞くか、どのように場に立つかに大きく左右される。能を舞うように仕事をしているのに、外からは台本を書いているだけに見えているのかもしれない、という話が出てきます。

    後半では、最近読んだ本の話へ。『ハイペリオン』のSFとしての面白さ、『コンサルの正体』に出てくる巨大プロジェクトの失敗談、『本なら売るほど』が描く古本屋と人の時間、宮本常一『忘れられた日本人』にある人間の一生の手触りなど、読書の話がゆるやかにつながっていきます。

    『風姿花伝』を、自分の人生にどう引き寄せて読むのか。

    part3では、歌舞伎、仕事、名前、本屋、民俗学の話を行き来しながら、芸を受け継ぐことと、時間をかけて人を見ることについて話しています。


    34 min
  • 世阿弥・岡田利規『現代語訳 風姿花伝』 #2

    part2では、岡田利規さんがなぜ『風姿花伝』を現代語訳したのか、という話から始まります。みきは、岡田利規さんの演劇が、言葉と身体のズレをめぐって展開されてきたこと、そしてその探究の先に能があったことを説明します。人が言葉を発するとき、その言葉は決して中立には出てこない。声や姿勢や身体のあり方が、どうしても言葉に影響してしまう。そのズレをどう扱うかという問いが、現代演劇と能をつないでいきます。

    のぞみはそこから、『風姿花伝』に書かれている「観客に合わせて演じる」という考え方に引っかかります。一子相伝の秘伝書なら、自分の芸を貫くことが大事なのかと思いきや、世阿弥はむしろ、場や客層に応じて演じ方を変えることを説いている。みきはそれを、観客がいなければ成立しないパフォーミングアーツの性質として受け止めます。

    後半では、話題は能からお笑いへ。芸人が名乗らずに舞台に入ることはかっこいいのか、足の角度を少し変えるだけで漫才のウケ方が変わるとはどういうことなのか。のぞみが芸人論のなかに「いい仕事」の感覚を見出す一方で、みきは「芸にはサービス精神が必要ではないか」と応じます。

    世阿弥の言葉は、能だけでなく、演劇、漫才、プレゼン、コンサルティングの話にもつながっていく。

    part2では、『風姿花伝』を、観客の前に立つ人が、自分の身体と言葉をどう扱うかを考える本として読んでいきます。


    34 min
  • 世阿弥・岡田利規『現代語訳 風姿花伝』 #1

    今回の課題本は、世阿弥『風姿花伝』。

    冒頭は、スラムダンクを知らない中学生とのジェネレーションギャップから、電子書籍の贈り方、読書アプリ、そして「人は本をどう読んでいるのか」という話へ。みきは、文章を一語ずつ追うというより、ページ全体のなかで“光って見える言葉”を拾うように読む感覚を語ります。一方ののぞみは、その読み方に驚きながら、『風姿花伝』という本そのものが、順番に論理を追うよりも、「花」「年齢」「稽古」「役者のあり方」といった言葉を何度も行き来しながら読む本なのかもしれないと考えていきます。

    『風姿花伝』は、もともと世阿弥が子へ伝えるために書いた、能の秘伝書です。けれど読んでみると、そこにあるのは「若い時の華やかさに油断するな」「大人になっても稽古を続けよ」「実力のない評判に惑わされるな」といった、意外なほど地道で現代的な助言でもあります。

    一子相伝の奥義だと思って開くと、そこに書かれているのは、案外“仕事を続ける人”への実践的な言葉なのかもしれない。

    part1では、読書の仕方の違いから入りながら、『風姿花伝』を「花とは何か」をめぐる本として読みはじめます。


    25 min
  • フロム『自由からの逃走』 #3

    #3では、自由の話がさらに手触りのあるところまで降りてきます。会社員であることをどう引き受けるか、自分の意志で何かを動かす感覚はどこで手に入るのか、蓄財や自己最適化は本当に自由と呼べるのか。みきにとっての演劇の話ものぞみにとっての怒りの話も、どちらも「外側の仕組みに回収されないものを持てるか」という問いに触れているように聞こえます。最後にはタイトルそのものの含意まで立ち返りながら、『自由からの逃走』という本の射程を、それぞれの実感のほうへ引き戻して終わります。

    33 min
  • フロム『自由からの逃走』 #2

    #2では、本の中の議論がそのまま今の生活に流れ込んできます。AIに自分らしさを学習させることへの違和感、ライフハックへの醒めた目線、投資や蓄財をめぐる身振り、政治的な対立に人が引きつけられてしまう感覚。フロムの言葉を借りながら話しているはずなのに、だんだん見えてくるのは、いま自分たちがどういう仕方で安定しようとしているのか、ということでした。本を読むというより、本を通して現代の癖を撫でていくような回です。


    33 min
  • フロム『自由からの逃走』 #1

     『自由からの逃走』を読み始めて、まず出てきたのは、人は自由を求めるというより、むしろ自由を持て余してしまうのではないか、という話でした。のぞみはこの本に初めて触れたときの驚きをたどり、みきは、消極的自由のほうへ流れてしまう感覚はむしろよくわかると言います。同じ本を前にしながら、片方は「そういう人がいること」に惹かれ、もう片方は「それが自分の中にもあること」から読み始めている。そのずれが、この回の輪郭になっています。

    25 min
  • 島崎藤村『破戒』 #3

    前半では、雪国の共同体の閉鎖性から、東京に合う/合わないという感覚、さらに「代謝」や「複数の選択肢を持てること」といった、それぞれが生きるうえで大事にしている価値観へと話が広がっていきます。『破戒』をきっかけに、土地に縛られること、移動できること、組織や人生が固着しないことの意味を考える回です。後半では一転して島崎藤村本人のスキャンダラスな生涯にも話が及び、作品と作者を切り離して読めるのか、という問いも浮かび上がります。小説そのものの感想から、土地・自由・作者の倫理へと話が跳ぶ、part3らしい雑談回です。

    25 min
  • 島崎藤村『破戒』 #2

    今回は、主人公・丑松の「告白できなさ」をどう読むかから始まり、物語の背景にある差別の空気や、土地に根ざした文学の面白さへと話が広がっていきます。丑松の心理を「早く言えばいいのに」と感じながら読むみきと、長野・飯山の感覚を強く引き寄せながら、作品の中にいる“嫌な人物たち”の生々しさに反応するのぞみ。二人の読みのズレを通して、『破戒』が単なる告白の物語ではなく、土地のニュアンスや共同体の権力構造まで含んだ小説であることが見えてきます。大阪ローカル小説や東京の文学の不在にも話が及び、「その土地を知っているからこそ読める小説」とは何かを考える回です。

    23 min
  • 島崎藤村『破戒』 #1

    島崎藤村『破戒』を読むpart1。今回は、作品の舞台・飯山がまさに地元だというのぞみと、物語をより外側から読んだみきが、主人公・丑松の「告白」に至るまでの重さを入り口に語り合います。部落差別を主題にしたこの小説を、単なる古典としてではなく、「自分ではどうしようもない出自を背負うこと」「空気として存在する戒め」「田舎のコミュニティに漂う見えない圧力」といった感覚へ引き寄せながら、それぞれの実感で読み直していく回です。地元だからこそ見えてしまう作品の生々しさと、現代の感覚から読む切なさが交差して、『破戒』がただの告白の物語ではなく、社会の空気そのものを映した小説であることが浮かび上がります。

    24 min

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コンサル×アートでフリーランスっぽく働くみき(左)と、コンサル・リサーチ会社を経営するのぞみ(右)の二人で、1冊の本を実際に読んで感じたこと、思ったことをふんわり楽しく話します。ビジネス書から戯曲・小説、SF、ノンフィクションまで幅広く取り上げています。読書が好きな人、本が好きな人、学びが好きな人、ぜひお耳に合いましたら。

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