天理教の時間「家族円満」

天理教の時間「家族円満」

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天理教の時間「家族円満」 episodes

  • 見えていない幸せ
    無条件の喜び
      このよのぢいとてんとをかたどりて  ふうふをこしらへきたるでな  これハこのよのはじめだし
    元なる神様、親神様は、この世の大地と天を象って夫婦をこしらえて今日に至った。これはこの世界の創め出しの真実であると教えられます。
    女性はあらゆるものを受け入れ、育てる母胎となる「大地」の役割、男性は広々とした心で万物をおおう「天」の役割を果たすべき者として組み合わされます。そうして夫婦となった双方がこの役割を果たすことによって、子どもは健やかに育っていきます。
    しかし、私たち人間の心は常に変わりやすく、昨日の心は必ずしも今日の心ではありません。かつて二人を結び付けた強い絆も、徐々にもろくなっていくこともあるでしょう。
    そこで親神様は、「ふたりのこゝろををさめいよ なにかのことをもあらわれる」と示され、夫婦の心をしっかり一つに治めていくところに、何かにつけてよい姿が表れてくると教えてくださるのです。
    思うに親神様は、人間を夫婦として守護することにより、人を愛する喜び、たすけ合う喜びを味わわせてくださる。また、親子として守護することにより、親には無条件に子どもを愛する喜びを、そして子どもには、無条件に親を信じることの喜びを味わわせてくださるのです。
    これら夫婦、親子の関係は、自分さえ良ければというわが身思案を克服する要素を含んでいます。それまで、いかに気ままで自分勝手な生活をしていても、夫婦となり親となれば、子どもの世話をするために夜も眠らず、我が身の生活を切り詰めてでも子どもに物を買い与えます。そして、子どもの成長を何より願い、その姿を見て共に喜びます。その純粋な心は、まさしく私たち人類の親である親神様のお心に通じるのです。
    お言葉に、
      にんけんもこ共かわいであろをがな  それをふもをてしやんしてくれ (「おふでさき」十四34)
      にち/\にをやのしやんとゆうものわ  たすけるもよふばかりをもてる  (十四35)
    とあるように、親となり、子どもに心を掛けて歩むうちに、親神様のお心の一端を我が事として感じられるようになるのです。
    そうして親神様の親心に思いを馳せる時、ややもすると狭い我が家だけにとどまりがちな愛情の範囲は次第に広がり、いちれつきょうだいへとつながる道筋が見えてくるのです。
    見えていない幸せ
    大阪府在住  山本 達則
    私は以前、ある一人の青年と出会いました。その青年は現在24歳。幼少の頃から父親の厳しいしつけにあい、そのせいで徐々に自分自身を失い、中学に入る頃から「引きこもり」になりました。
    外出はおろか家族との接触すら避け、ひたすら自室にこもり続け、食事は母親が部屋の前に運び、トイレや入浴は家族が寝静まってから、という生活を続けていました。
    その頃、私は彼の家族と知り合い、その状況を聞いて、彼に会いに行くことにしました。彼との接触は簡単なことではありませんでしたが、それでも通い続け、天理教の修養科を志願してくれるまでに、こぎつけることができました。
    そこにたどり着くまでには、ご両親や周りの方の、言葉では言い尽くせないご苦労があったことは言うまでもありません。そして、何より彼自身が「この状態から抜け出したい」という強い意志を持ち続けたことが、状況を好転させたのです。
    修養科は、天理での三ヶ月間の合宿生活です。始まる前、専門の医師からは、「一週間から十日間続けばよし、と考えて送り出してあげてください」と言われました。ところが、彼は一週間経っても、一ヶ月たっても「やめたい」と一度も言うことなく、それどころか日に日に表情に明るさが出てきました。
    いよいよ修了が間近に迫った頃、「修養科を出た後、僕はどうしたらいいですか?」と彼が聞いてきました。そして、「自宅にはまだ帰りたくないんです。以前の生活に戻ってしまいそうで」と真剣に訴えてきます。
    私が思い切って、「それなら、教会に住んでみるか?」と提案すると、彼は「いいんですか?」と満面の笑顔で答え、一緒に教会で生活することになりました。
    修養科を修了したとは言え、長年引きこもっていた彼にとって、社会に溶け込んでいくのは容易なことではありませんでした。それでも「働きたい」という彼の意思を大切にしようと、最初は人との接触が少ない工場でのラインの仕事を紹介しました。そして半年が過ぎ、次はもう少し人との接触がある仕事がしたいと、コンビニでアルバイトを始め、接客もできるようになりました。
    しかし、日常生活では過去の出来事に引きずられることも多く、私自身が理解してあげることのできない行動も多々ありました。
    そんなある日、彼に「今、いちばん何がしたい?」と尋ねてみました。その時の答えに、私は衝撃を受けました。彼は「家族で食事がしたい」と言ったのです。私はてっきり、大学に行きたいとか、正社員として働きたいとか、海外旅行をしてみたいとか、そんな答えを想像していました。
    彼は両親と妹の四人家族ですが、家族で食卓を囲み、楽しく食事をした記憶がまったくないのです。一方、我が家では毎日、子どもや里子たちと当たり前のように賑やかに談笑したり、時にはけんかもしながら食事をしています。彼にとっては、その姿がうらやまくして仕方がなかったのでしょう。
    彼の一番したいことは、まだ実現できていません。しかし、その実現に近づく努力を、彼は地道に続けています。
    彼との出会いによって、私自身も家族の者たちも、日常の中に幸せを感じる場面が多くなったような気がします。私たちが家族で食卓を囲んで食事をすることに、どれほど幸せを感じていたのかと問われれば、それはすでに「当たり前」の姿でした。その当たり前の姿の中に、実はとんでもない「幸せ」が隠されていたのです。
    思い通りの学校に入る、思い通りの就職ができる、思い通りの人と出会い、家族をつくる…。それらも、幸せなことであるのは間違いないと思います。しかし、実は、幸せはそれ以外の見えていないところにも沢山あって、それは余程しっかり目を凝らして見ないと、見つけることができないのかも知れません。
    その見えにくい幸せを見つけるために、天理教教祖である「おやさま」は、「人をたすける」ことを教えてくださいました。
    お年寄りに席を譲ることで、今の自分自身の健康を再確認することができる。家族の不和に悩んでいる方に寄り添うことができれば、当たり前の家族の日常を、より有り難いものに感じることができる。そうした中で、今まで見えていなかった喜びや感謝が浮き彫りになって、見えてくるのではないかと思います。
    いま感じている嬉しいことや楽しいことの裏に、もっともっと沢山の嬉しいこと、楽しいことがある。そして、それはいちばん身近な家族との間にも、まだまだ沢山あるのだと、彼と出会って気づくことができたのです。
    (終)
    11 min
  • 意識したものが増える
    來生への願いを込めて
    天理教では、「人間の体は、この世と人間を創られた親なる神様からお借りしているものであり、死ぬときに神様へお返しする。しかし、魂は生き通しで、前生での心づかいに応じて新たな体をお借りして、再びこの世に生まれ変わってくる」と教えられる。看護師たちは、「患者さんに少しでも良い〝生〟を送っていただき、たとえ亡くなられたとしても、来生に良い運命が授かる種となりますように」との願いを込めて、お世話に当たっている。
    天理教の熱心な信仰者であるご婦人が難病になられ、入退院を繰り返していた。笑顔の素敵なやさしい方で、同室の患者さんの悩み相談にも応じて、誰からも慕われていた。しかしある日、頭痛を伴う急激な病状の悪化で、意識不明となってしまわれた。
    医師はご家族に、回復は望めず、厳しい状態だと伝えた。ご主人は、最愛の奥さんの、あまりに急激な容体の変化に驚き、嘆き悲しみ、枕元で奥さんの名前を呼び続けておられた。まだ中学生だった娘さんは、ただ茫然とするばかりで、その衝撃の重さゆえ心身への影響が懸念された。
    そこで、娘さんにお母さんと共に過ごす時間を大切にしてもらおうと、「お母さんのケアを一緒にしましょう」と声をかけた。彼女は初めは戸惑いながらも、「旅行でお土産に買ってきたスカーフを持ってきて、着けてあげてもいい?」と、おしゃれの提案も申し出るようになり、少しずつではあるが、穏やかな雰囲気に変わっていった。
    看護師は、教えに基づいて患者の心のケアに当たる事情部講師と共に、交代で病の平癒を願うおさづけを取り次ぎ、ご婦人の奇跡的な回復を懸命に祈った。しかし、願いは叶わず、およそ一週間後に息を引き取られた。ご家族の悲しみの深さを目の当たりにして、医師も看護師も、無念さと無力感に打ちのめされた。
    それから、ひと月も経ったであろうか、当時の看護部長から呼び出しを受けた。
    「あなたの病棟で亡くなられた患者さんのご主人が見えて、多額の寄付を置いていかれました。奥さんの急変に動転してしまい、どうしてよいか分からなかったときに、看護師たちが、意識があるときと同じように奥さんに声をかけて世話をしてくれているのを見て、『ああ、まだ妻は死んでいない。生きているんだ』と思えたそうです。そうすると、次第に気持ちが落ち着いてきて、奥さんが、
    『ここの看護師さんには、本当にいつも良くしてもらっているの。お礼を渡そうとしても必ず断られるけど、いつかはお礼がしたいわ』
    と話していたことを思い出され、その願いを叶えるために、私のところに来られたのです。
    『必ず、あの病棟の看護師さんたちのために役立ててもらいたい』と言われましたが何が必要ですか?」
    思わず涙が込み上げた。ご家族の危機的状況に寄り添うことができたスタッフの看護援助を誇りに思うとともに、大きな温かいものに包まれる思いであった。まだ、つらい状況にあるにもかかわらず、私たちの心を救ってくださったご主人に、心から感謝するとともに、「奥さんは、来生きっと元気な体を神様から貸していただけるに違いない」と思った。
    その後その寄付金で、当時は高価で、七階の研究室にわざわざ出向いて借用していた機能満載のコンピューターを、ナースステーションに設置してもらった。それからは、自分たちの病棟でさまざまなデータ整理や研究発表用のスライド作成等が可能になり、大いに助けられたのだった。
    意識したものが増える
    奈良県在住・臨床心理士  宇田まゆみ
    脳のしくみの一つに、「意識したものが増える」というのがあります。たとえば朝、テレビ番組で「今日のあなたのラッキーカラーは黄色です!黄色のものを意識しましょう」と聞き、意識して過ごしていると、不思議なことに、いつも通っている道の中で、普段は気が付かなかった黄色いものに、たくさん気づくことになります。看板の外枠が黄色だったり、ガードレールの下に黄色い線が引いてあったり、黄色い車に何台もすれ違ったり、黄色い服を着ている人を何人も見たり、実にたくさんの黄色に出会います。
    かと言って、実際に黄色いものが増えたのかというと、そうとも言えません。看板やガードレールは昨日もあったはずで、もっと言えば何年も前からそこにあったのです。しかし、自分が意識を向けるまでは、看板に黄色の枠がついていることに気づかなかった、つまり自分にとっては存在していないも同然だったのです。それが、自分が意識を向けることによって、初めてそこに存在が認識されたと言えます。
    そのように考えると、人は存在しているものの中にも、認識できていないものがたくさんあるということになります。人の意識とは、とても興味深いものです。そして重要なのは、何に意識を向けるかということです。
    カウンセリングの現場にいると、自分や家族、周囲の人のマイナス面ばかりに意識が向いている方に出会うことが少なくありません。自分や家族の良い面を見ずに、良くない面や出来ていない面ばかりを意識して、自分自身を否定したり、心配や不安を膨らませたりして、相談に来られる方が多いのです。
    しかし、よくよくお話を聴いてみると、本人や家族の良い面が隠れていることが往々にしてあります。多くの場合、本人はそのことに気がついていないので、実は良い面が存在しているのではないかということを、本人の語った言葉を借りてお伝えするようにしています。
    先日も、中学生の子どもが言うことを聞かず、問題ばかり起こすというAさんが相談に来られました。手に負えないお子さんのことを嘆き、子育てがうまくできない自分を責め、こんな親で情けないと元気なく話されました。
    Aさんのお話は終始、お子さんの問題行動と、それを止められない不甲斐ない自分というものに意識が向いていました。
    しかし、最近問題になったことを困った顔で話す流れの中で、お子さんは仲間同士の結束が強く、仲間がされたことを自分のことのように怒ったり、悲しんだりするというお話しがありました。
    私は、Aさんの子育ての労を労いつつ、先ほどのAさんの言葉をお借りして尋ねました。
    「先ほど、お子さんは仲間同士の結束が強く、自分がされたことでなくても、自分のことのように怒ったり悲しんだりする、とおっしゃいましたね?お子さんはとても仲間思いということでしょうか?」
    すると、「そうなんです!何よりも友達とか仲間を大事にしますね」とAさん。「ということは、友達からも慕われているんじゃないですか?」とさらに尋ねると、「そうです!友達は結構多くて、同級生だけじゃなくて、年上からも年下からも慕われています」と、Aさんはお子さんの良い面を話しながら、表情がだんだん生き生きしてこられたのでした。
    実際には問題もあるけれど、友達思いで、学年を超えて周囲から慕われているという事実がある。それは人として、とても素晴らしいことです。決して、Aさんの子育てが上手くいかなかったわけではないと話し合いました。
    Aさんは涙ぐみながら、「これでいいんですね。よかったんですね」と、笑顔を見せてくれました。その後のAさんは、お子さんに対して、問題に意識を向けて見るのではなく、良い面や出来ていることに意識を向け始めました。すると、自然と褒める機会が多くなり、問題行動も減っていったのです。さらに、Aさんは自分自身に向けても、良い面やできている面を見ることができるようになり、「自分にも子どもにも、優しくできるようになりました」と話し、少し自信が芽生えてきたようでした。
    同じ景色を見ていても、どこに意識を向けるかで見える世界が変わります。人の意識の力はすごいものです。しかし、自分は常に何を意識しているだろう?と考えた時に、明確にこれを意識している!と言える人は、あまり多くないのではないでしょうか。
    知らず知らずのうちに何かに意識が向かい、また別のものに意識が移ろう。そして気が付けば、いつも同じようなことを考えたり、気にしているということはないでしょうか。人の心は移ろいやすく、周囲の人や出来事の影響を受けやすいものです。自分にとって大切だと思うもの、増やしたいと思うものに意識の焦点を定めることも必要ではないでしょうか。
    私は信仰のある親から、毎日を嬉しく、楽しく生きることを教えてもらってきました。日々色んなことがありますが、何を見ても、何を聞いても、その中に嬉しい、楽しい要素がないかと意識を向けること。
    それによって、毎日の暮らしに嬉しい、楽しい要素を確かに増やすことができます。皆さんは、日々の暮らしにどんな要素を増やしたいですか?
    (終)
    14 min
  • 東京スカイツリーから、こんにちは ~生まれ替わって会いにくるね~
    月のものはな、花やで
    2007年、当時の厚生労働大臣が「女性は子どもを産む機械である」という趣旨の発言をし、物議を醸しましたが、その後も、女性に対する差別的な発言は、政治の世界でも後を絶ちません。まして、今よりはるかに人権意識の低い江戸末期に、女性であり、いち主婦であった中山みき様、天理教の教祖として私たちは「おやさま」とお慕いしていますが、教祖がこの教えを伝えられたことは、現代の感覚よりずっと大変なことであったと拝察します。
    次のようなお言葉があります。
    「何処其処で誰それという者でない。ほん何でもない百姓家の者、何にも知らん女一人。何でもない者や。それだめの教を説くという処の理を聞き分け。何処へ見に行ったでなし、何習うたやなし、女の処入り込んで理を弘める処、よう聞き分けてくれ」。(「おさしづ」M21・1・8)
    何も特別に勉強したものではない。何でもない農家の、何も知らない女。そのいち主婦がこの世界と人間を創られた神の究極の教えを説いているのだ。何かを見に行って、見聞を広めて思いついたとか、何かを学習して悟りを得たとか、そういうことではない。そういうただの女一人が、真実の教えを広めたのである。そう仰せくだされています。
    教祖が、女性という存在の尊さを大らかにお諭しくだされている、次のような逸話が残されています。
    教祖に、「外の方を見ておいで」と言われた一人の信者が、警察の取締まりの厳しい時であったので、気を付けて辺りを見回しました。どうやら誰もいないようなので、教祖のもとへ戻って、「神さん、何んにも変わりはありゃしません。向こうのあの畑には、南瓜がなっています。この畑には、茄子が沢山出けました」と申し上げると、教祖は膝を打って、こう仰せられました。
    「それそれ、あの南瓜や茄子を見たかえ。大きい実がなっているが、あれは、花が咲くで実が出来るのやで。花が咲かずに実のなるものは、一つもありゃせんで。そこで、よう思案してみいや。女は不浄やと、世上で言うけれども、何も、不浄なことありゃせんで。男も女も、寸分違わぬ神の子や。女というものは、子を宿さにゃならん、一つの骨折りがあるで。女の月のものはな、花やで。花がのうて実がのろうか。よう、悟ってみいや。南瓜でも、大きな花が散れば、それぎりのものやで。むだ花というものは、何んにでもあるけれどな、花なしに実のるという事はないで。よう思案してみいや。何も不浄やないで」(「教祖伝逸話篇」より)
    女性の生理や出産にともなう血は「穢れ」であり、不浄とされていた当時、女性が決して不浄な存在ではないことを、畑の作物にたとえて優しく教えられました。もちろん教祖は、殊更に社会問題や人権意識を掻き立てようとなさったわけではありません。教祖にとっては、人間は皆、女松男松の隔てない可愛い我が子ですから、おそらく自然に子どもに対して言い聞かせるように、誰彼となく、このようなお話をされていたのではないでしょうか。
    東京スカイツリーから、こんにちは ~生まれ替わって会いにくるね~
    吉永 道子
    今回は私の次女の赤ちゃんの話をします。それは、赤ちゃんがあたたかいお腹の中で過ごした、幸せな8カ月間の出来事です。今、感謝の気持ちを込めて…。
    次女の二人目の妊娠は、五年間待ち望んでいたものです。五歳のお姉ちゃんは、大喜びで毎日、何回もママのお腹の赤ちゃんに話しかけます。すると、赤ちゃんもお腹の中で答えているのでしょう、お腹がツンツンと膨らみます。
    そんな嬉しい日常の中、健診で気がかりなことが。羊水が異常に増えていて、何か問題があるかも知れないとのことでした。
    パパもママも診察の結果に驚きました。しかし、どんな形であれ、今世、私たち夫婦のことを親として選んでくれた赤ちゃんに感謝し、産み育てていきたいと、神様に祈りました。
    毎日の祈りの時間は刻々と過ぎていきました。ママは身体にむくみが出て入院することになりました。そして、祈りの甲斐なく、赤ちゃんはママのお腹の中で八か月の人生を終えました。それは本当に、辛い、悲しい出来事でした。
    産声は聞くことは出来なかったけれど、ママには、赤ちゃんからの声がはっきり聞こえてきました。
    「ママのお腹の中は、あったかくて愛がいっぱい。優しさで包まれた、とっても幸せな時間でした」
    ママは、
    「会いにきてくれてありがとう」
    そう伝えます。赤ちゃんは、
    「ママ大好き、また生まれ変わってくるね」
    ママは胸の中に赤ちゃんのぬくもりを感じ、心の声が聞こえてきたのだと確信しました。
    それから五年の歳月が流れ、ママは妊娠しました。赤ちゃんが生まれ変わって帰ってきてくれました。
    「おかえりなさい」
    ママはそう言って愛しい我が子を抱き、産声を聞きました。
    あの日、会いに来てくれた赤ちゃんと約束したことは現実になりました。それは、赤ちゃんが魂のふるさとから帰ってくることを、ママが素直に信じて待った証なのです。
    その赤ちゃんは現在五歳になり、元気に幼稚園に通っています。ある時、ママに、魂のふるさとでの出来事を話したそうです。
    「きちんとママの所へ行くようにって、言われてきたんだよ」
    不思議ですね。
    かぁかのおうちをいつも利用してくれるママの中に、私の次女と同じ経験をしたママがいます。二歳の子を連れた彼女は、待ちに待った二人目が授かったことが嬉しくて、ずっと不妊治療などをしていたことも話してくれました。ところが、後日体調が急変し、赤ちゃんはお腹の中で亡くなりました。
    ママの心と身体は壊れる寸前でした。赤ちゃんが亡くなった原因は自分にあると、苦しみと悲しみの中で自分を責めていました。
    私はママのあふれる涙をぬぐって、次女が赤ちゃんを亡くした話をしました。そして、母と子の絆は永遠で、ママのお腹の中で過ごした幸せな時間は、生まれ変わってくるために必要な、とても大切な時間であったことを伝えました。
    自分を責めていたママも、パパと上の子の愛に包まれ、二年後に二人目の赤ちゃんを授かりました。そして先日、一歳の誕生日を迎えることができました。
    これからも、たくさんのママさんをかぁかのおうちに引き寄せてください。私はいつも、ママさん達からいっぱい愛をいただいています。ありがとう。
    (終)
    11 min
  • 胎盤に一礼
    孤 食
    普段から独りで食事をする、「孤食」の人が増えています。現在日本では、全世帯の三分の一以上が独居世帯、いわゆる「ひとり暮らし」で、その人たちが孤食なのは当然ですが、実は家庭内でも孤食化が進んでいるのです。
    昔は、家族全員が食卓に着くまでは箸を持たせてもらえなかったものですが、今では帰りの時間がバラバラでもそれほど気にすることなく、帰ってきた順に一人ずつ温め直して食べるのが当たり前になっているようです。
    孤食の反対を、共に食べる「共食」と呼びます。ある大学の調査によると、子供の頃の共食体験がしっかりしている人は、大人になってからも食事の時間が楽しいと思う傾向があり、また「三食きちんと、栄養のバランスを考えて」というように、食事に対する意識も高いという調査結果が出ています。
    では、「独りで食べるご飯は美味しくない」というのは果たして本当でしょうか。せめて鏡に自分の姿を映して、それを見ながら食事をすれば味は変わるのか。そんな面白い実験が行われています。
    結果は、たとえ鏡に映る自分の姿であっても、それを見ながら食事をすると美味しさが増すというものでした。これは、高齢者であっても若い世代であっても同様の結果が出ており、「擬似共食効果」と名付けられました。鏡の前で一人で食事をする光景は、なんとなく物悲しい気もしますが、誰かと食事を共にすることが、想像以上に私たちの心に影響を及ぼすということが分かります。
    天理教の教会では、神様に供えたものを「お下がり」として、家族や信者さんと共にいただくことが日常の中に定着しています。特に、毎月一度の祭典日「月次祭」の日には、祭典後にお下がりを調理していただく「直会(なおらい)」と呼ばれる食事の席が設けられます。教会に寄り集う者が、神様と共に楽しく過ごすひと時であり、この直会を楽しみにしている信者さんも大勢おられます。
    誰かと一緒に食事ができるという環境が、どれほど幸せなことか。いま一度噛みしめ、感謝すべきではないでしょうか。
    胎盤に一礼
    助産師  目黒 和加子
    「アハハ。目黒さん、また胎盤にぶつぶつ言いながら頭下げてるわ~」
     私を指差して笑うのは、ナースの近藤さんです。
     ここは産科医院の裏手にある胎盤専用冷凍庫の前。
    「なんでいつも胎盤に深々と頭を下げるん?なんか変やでえ」
    「感謝の気持ちを表してんねん」
    「感謝の気持ち?なんで胎盤に感謝なん?」
    「胎児に栄養と酸素を送って、胎児の老廃物を受け止める働きを産まれる寸前までやってくれてんで。胎盤のおかげで胎児がすくすく成長できたんやから、感謝しかないやん。ねぎらいとお礼を伝えんと申し訳ないやんか」
    「捨てる胎盤に『お疲れ様でした。ありがとうございました』って言うて、頭下げてるんや。アハハ~。目黒さんの胎盤愛、やっぱり変やわ」
    リスナーの皆さん、胎盤を知っていますか?
    卵子と精子が卵管で出会い、くっつくと受精卵ができます。その受精卵がコロコロと卵管を転がって、子宮の中に飛び降りてきます。その受精卵が運よく子宮の壁にへばり着き、その場でうずもれると妊娠が成立します。これを着床と言います。
    そして、着床したその場所に胎盤がつくられます。お母さんの臓器である子宮の中に、胎児のためだけの臓器が期間限定でつくられるのです。
    胎盤の役割は、母体から栄養と酸素を胎児に与えること。そして、胎児の出す老廃物を受け取って母体に戻すことです。胎盤は、胎児の成長に必要不可欠な生命線とも言えます。
    助産師になって間もない頃、夜勤で早剥に当たったことがありました。早剥とは常位胎盤早期剥離の略語で、子宮壁にくっついている胎盤が、いきなり剥がれる病気です。妊婦のお腹はカチコチに硬くなり、激痛を訴えます。
    胎児は急に酸素がもらえなくなり、数分で命が危ない状況に陥ってしまうのです。胎盤が剥がれたところからは母体血が噴き出し、子宮内は血の海となり、妊婦は失血状態。母と子の命がごく短時間で危機的状況になる恐ろしい早剥! 胎盤が剥がれ切る前に、一刻も早く超緊急帝王切開をするしか、たすける手立てがありません。
    早剥と診断がつくや否や「急げー!」と、医師の大声が診察室に響き渡りました。私は妊婦さんをストレッチャーに乗せ、手術室へと走る!走る!走る!
    通常なら麻酔をかけた後、お腹を丁寧に消毒してから切開しますが、この時は消毒液をバシャバシャッとぶっかけ、急いで手術開始。先生のメスさばきはものすごいスピードで、あっという間に子宮が現れました。いつもは褐色をしている子宮が青白く、石のように硬く、血液が溜まってはじけんばかりに大きくなっています。
    先生が子宮にメスを入れたと同時に、羊水混じりの血が噴き出し、シャワーのように降ってきました。先生も私も血みどろで、血の海になっている子宮の中から急いで赤ちゃんを取り上げましたが、わずかに心臓が動いているだけ。ぐったりして産声をあげません。まるで紫色のお人形のよう…。
    スタッフは直ちに蘇生法を開始。すると「むぎゅ、むぎゅ」と唸るように声を出し、ついには「オギャー」と元気に泣いてくれました。大量出血したお母さんには輸血をし、母も子もギリギリのところでたすかりました。
    子宮の中を見ると、なんと胎盤の五分の一が剥がれずに、しっかりと子宮の壁にへばりついていました。赤ちゃんは、ここからほんのわずかでも酸素をもらえたおかげでたすかったのです。
    先生がその部分を丁寧に指で剥がし、私が受け取りました。その時、胎盤から強烈に伝わってきたのは、最後まで命をつなぐことを諦めず、役割を全うした達成感というのでしょうか。凛とした何かが私の中に電流の如く流れ込み、背筋の伸びる思いがしたのです。それ以来、胎盤に尊敬の念を抱くようになりました。
    お産後、産婦さんに胎盤を見てもらうと、大概顔をしかめて、「うわっ、肉のかたまりや。気持ちわるー」と言うので、私は次のような説明をします。  
    「見た目はグロテスクやけど、胎盤ってめっちゃすごいねんで。『血を分けた我が子』って言うけど、赤ちゃんはお母さんから血を分けてもらってないねん。お母さんの血液型がA型、お父さんがB型、赤ちゃんがB型やったら、お母さんのA型と混じると、お母さんも赤ちゃんも命が無くなるねんで。胎盤の中に母と子の血液が混じらんように、必要な物質だけを移動させるすごいシステムがあんねん。親指ぐらいの大きさの赤ちゃんが、段々育っていくのは胎盤のおかげ。胎盤は胎児の成長のためだけの臓器やから、赤ちゃんが産まれてしばらくしたら、子宮の壁から自然に剥がれて出てくるねんよ。それがこの胎盤やで」
    すると、産婦さんの表情が一変します。
    「えー、そうなんや。胎盤のこと、今までよう知らんかった。この胎盤が私からの栄養を赤ちゃんに送ってくれてたんや。胎盤ってすごい!気持ち悪いなんて言うてごめんなさい」
    さらに、ビニール袋に入れた胎盤を手渡し、「これはあなたの子宮から出てきたんよ。あなたの子宮の中の温かさやで」と伝えると、「うわ~、あったかい」と、愛おしそうになでたり、胸の上にのせて温かみと重みを体感したり、聞いたばかりの胎盤のすごさをご主人に伝えたり。そんな微笑ましい姿が見られます。そして、胎盤と別れる際には「おかげさまで元気な赤ちゃんを授かりました。ありがとうございました」と一礼してくれるのです。
    12月の薄暗い夕方、その日は夜勤。職員通用口に向かって歩いていると、胎盤専用冷凍庫の辺りに人影を見つけました。よく見るとナースの近藤さんが、ビニール袋に入れた胎盤に頭を下げているではありませんか。
    伝わってたんや、胎盤愛!
    (終)
    12 min
  • 部屋の掃除について
    にくい・かわいのほこり
    人は生まれてから死ぬまで、ややこしい対人関係の網の目の中で生きるよう宿命づけられているようです。対人関係には利害がつきまとうものですが、もっとも広く私たちの心に横たわっているのは、好き嫌いの感情です。これが深刻な状態になり、憎悪や怒りが生じてくると、世界いちれつきょうだいであるどころか、「万人は万人にとっての敵」となり、それが自らや人々の心を果てしなく傷つけていきます。
    神様は、陽気ぐらしに沿わない自分中心の心遣いを「ほこり」にたとえてお諭しくだされていますが、今回は特に対人関係において生じてくる「にくい」と「かわい」のほこりについて考えてみたいと思います。
    「にくい」のほこりの場合、ある特定の人に対して憎いという感情しか持てないとすれば、それは自由であるはずの心の動きを極度に狭めていることになります。言い換えれば、憎いと思うその人に心を囚われ、支配されている状態です。これは自他ともに、実に不快で不自由な世界に住んでいる状態だと言わねばなりません。
    また、「かわい」のほこりとは、自分や身内の者だけを偏愛する傾向のことを指します。我が子を可愛がるのは親として当然のことですが、我が子だけを偏愛し、人の子のことなどどうでも良いとなれば、これはいちれつきょうだいの教えに反する心遣いです。
    困ったことに、これらの感情は、主として密接な関係において生じてきます。私たちは見も知らぬ人を憎むことはありませんし、よその会社の人の出世に腹を立てることもないのです。ところが、ちょっとした悪口でも、夫婦の間では我慢ができず、同じ職場にいる人間に陰口を叩かれたとなれば、すぐにほこりを積んでしまうでしょう。
    かくして、本来互いにたすけ合って陽気ぐらしをするように組み合わされた密接な人間関係が、バラバラに壊されていき、相互に人間不信の念が深まっていきます。ここで考えるべきは、武器や道具で暴力に訴えるのが悪であることは誰でも承知していますが、言葉によって、あるいは心遣いによっても、人を憎み、深く傷つけてしまうことがあるということです。
    それらは、法律的、社会的に罰せられることはないかもしれません。しかし、お言葉に、
      みなせかいのむねのうち  かゞみのごとくにうつるなり  (「みかぐらうた」 六下り目 三ッ)
    とあるように、私たち一人ひとりの心の動きは、神様の目にすべて鏡のように映り、その心通りにご守護くださることを忘れてはなりません。
    すなわち、ほこりを払うということは、神様の教えに照らし合わせて、日々の言動を心掛けることであり、それは社会的な評価の善悪とはまったく別のものなのです。
    部屋の掃除について
     和歌山県在住  岡 定紀
    前回、公園でのゴミ拾いについて、メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手のエピソードを挙げながら、ゴミを拾って、運を拾うということについてお話ししました。
    私は公園でのゴミ拾いは、子ども自身に運を呼び、良い人生が開けていく元になると信じていますが、今回はもう一つ、幸運をもたらすための類似のキーワードである「自分の部屋の掃除」について考えてみたいと思います。
    というのも、公園や学校の教室など、みんなが使う場所をみんなで掃除するというのは子どもにも理解しやすく、大人としても教えやすいのですが、自分の家となると話しは変わってくるからです。
    どうしても、自分の家なのだから好き勝手にしていいという考えになりがちで、実際、私の子どもたちの部屋も片付いていないことの方が多いのです。ひどい時は注意をしますが、言われて仕方なしにやるのではなく、自ら進んで片付ける習慣をどうやって身につけさせるか、伝え方などをあれこれ考えています。
    例えば、友達が遊びに来る時などは、片付けておこうという気になりやすいので、こちらから言わなくても最低限のことはやっています。しかし、その後が問題で、遊んで部屋を散らかしたまま外へ出て行ってしまうことが多いのです。
    帰ってきてから片付けるつもりなのかもしれませんが、とにかく早く遊びたいという気持ちが優先します。子どもの頃を振り返り、自分もそうだったなあと反省しながらも、やはり我が子には言われてする状態から早く成長して欲しいと願っています。
    ところで、我が家には客間があります。言うまでもなく、客間はお客さんをもてなすための部屋です。居間は、家族団らんを楽しみ、くつろぐための部屋です。お客さんは頻繁に来なくても、客間は自分の部屋ではないので綺麗にしておくのと同じように、自分の部屋も自分だけのものではなく、人が出入りする空間であり、一時的に借りているものだという意識にどれほどなれるかが大切だと思うのです。
    これは部屋だけの話ではなく、何事につけても大切なことだと思います。大谷選手の運を良くするキーワードの中には、ゴミ拾い、部屋掃除以外にも、道具を大切に使う、というのがありました。
    道具も自分のものは雑に扱いがちになりますが、人から借りている道具であれば壊さないように丁寧に扱いますよね。
    この他に、我が家は教会なので神殿があります。神殿は、神様がおられる空間です。毎日、早朝と午後二時の二回、掃除をしますが、これは神様を大事にするからに他なりません。教会だからこのような空間があり、朝起きてすぐ掃除をするという習慣があるのは当然とも言えますが、一般家庭においても、程度の差はあれ、似たような風習というか、名残りはあると思うのです。
    私が子どもの頃は近所でも一軒家が多く、正月には玄関に門松を置いている家が結構ありました。このような日本の習慣も元はと言えば、神様を家に招くという風習があったからです。
    今でも各家庭で年末に行う大掃除は、元々は正月に幸せをもたらす年神様を迎えるため、家の中を綺麗にしておくというのが由来です。こういう考え方からすると、まさに部屋を掃除すると幸せが訪れるというのも、納得しやすいことだと思います。
    天理教では、心だけが自分のものと教えられています。特に銘々の身体を神様からお借りしているという意識を持ち、それにどれほど感謝できるかが大切であると聞かせて頂きます。
    そして、この身体には神様が入り込んで働いてくださっているのだから、神様の居心地のいいように掃除をしなければならない。
    その掃除とは、心の掃除です。この世界と人間をお創めくだされた親神様の望まれる、互いに立て合いたすけ合う陽気ぐらし世界。それを目指す上での妨げとなるのが、我さえ良くば、今さえ良くばのほこりの心遣いです。
    その心のほこりを、神様の教えを箒として掃除をするというのが、この信仰生活の一番の角目です。それを今の子どもたちにどうやって伝えるか。なかなか難しいけれど、やりがいがあります。
    (終)
    11 min
  • 毎日がアドベンチャー
    お別れに必要だった時間
    いま日本は、超高齢・多死社会を迎え、「終活」が話題に上り、エンディングノートを準備する人も増えている。とはいえ、急性期病院で高度な治療を望む人も、在宅で穏やかな尊厳死を望む人も、臨終の時期については、神の思惑にゆだねるしかあるまい。
    自らの死について、「ピンピンころり」を望む人は多い。しかし、家族のこととなると、急な病状悪化を受け入れられず、本人の意思に反する医療処置を望むことがある。それはかえって、本人にとっては苦痛なだけということも少なからずある。
    家族が元気なうちに、「いざというとき、どうしてほしいか」を話し合っておくことをお勧めする。そして、そのときに心残りがないよう、日々、十分に心を尽くしておきたいものだ。
    これは私がまだ若いころ、病棟勤務で体験した話である。
    悪性の血液疾患で入院中の男性患者Aさんが、突然、大量吐血し、意識不明になった。主治医は、これ以上の延命治療は無効と判断し、呼吸が停止したら、そのまま看取る方針を決めた。それは、Aさん自身から「いよいよ治療の効果がなくなったときは、無用な延命治療はやめてほしい」と頼まれていたからだった。
    ところが、ご家族は、すぐにはこの方針を受け入れることはできなかった。迷っているうちに、Aさんの呼吸が止まってしまった。
    主治医は急遽、気管内挿管を実施した。しかし、人工呼吸器を取り付けることはせず、アンビューバッグでの人工呼吸を始めた。
    そして、ご家族に「このアンビューバッグを押して、空気を送り込んでいるうちは命がつなげます。でも、やめてしまえば心臓も止まってしまう。あなた方は、Aさんに空気を送り込む、この作業を続けますか?」と言葉をかけた。
    集まったご家族は、「やります! やらせてください」と口々に返事をした。
    ご家族は順番にアンビューバッグを押した。この動作は、一回ごとにそれほど力はいらないが、繰り返していると手の筋肉が疲労してきて、長く続けられない。経験豊富な医師や看護師でも、救急蘇生の現場では、お互いの疲労の様子をうかがいながら声をかけ合って交代する。
    そのご家族は、なんと一晩中、交代でアンビューバッグを押し続け、父であり夫であるAさんに話しかけた。
    朝が来て、主治医がベッドサイドを訪れると、Aさんの長男が、こう話された。
    「先生、自分たちはアンビューバッグを押させてもらって、父としっかりお別れができました。もう思い残すことはありません。あとは、神様にお任せしたいと思います」
    朝の出勤で集まってきたスタッフも、交代でアンビューバッグを押してAさんに労いやお別れの言葉をかけさせていただいた。その後、主治医から最後の人工呼吸を受けた後、Aさんは静かに臨終を迎えられた。
    この一夜の人工呼吸は、ご家族がAさんとお別れをするために必要な時間であった。もし、主治医が人工呼吸器を取り付けていたら、このような濃密な別れの時を持つことはできなかったであろう。
    当時の若かった私には、人工呼吸器を取り付けない主治医の考えのすべてを推し量ることはできなかった。いまは、その思いを深く噛みしめている。
    毎日がアドベンチャー
     岡山県在住  山﨑 石根
    天理教では、朝夕におつとめを勤めます。
    朝づとめでは、神様からお借りしている身体を、人様に喜んでもらえるように使わせて頂くことをお誓いし、夕づとめでは、元気いっぱいに身体を使わせて頂いたお礼と共に、その日一日の反省とお詫びを神様に申し上げます。教会である我が家でも、子どもたちに「朝に夕にお礼をしようね」と伝え、毎日家族みんなでおつとめを続けてきました。
    6月末のある日のことです。その日私は、天理教教会本部のある奈良県天理市で仕事をしていました。夜7時から開かれたオンラインの研修会で、私は司会を担当していました。
    まさにその研修の最中に、私の予定を把握しているはずの妻から電話が掛かってきたのです。携帯電話はマナーモードにしていたのですが、ブルブルと震える音に気付いたので、電話はとらず「今、講義中」とだけメールをしました。
    何か緊急事態なのだろうと察しはつきましたが、すぐに「中学三年生の次男が、朝から友だちと遊びに行ったきり帰ってこない」と返信が来ました。すでに夜7時半を過ぎていました。夕食の時間にも夕づとめの時間にも帰って来ない、こんなことは今までありませんでした。
    「家出をするような子ではない」というのは親の勝手な思い込みですが、どこかで事故に遭っていないか、何か事件に巻き込まれていないかと、オンラインの研修中とはいえ、気が気でありませんでした。
    幸い私は司会者でしたので、講師の先生が話している最中に、息子の親しい友だちの親御さんの連絡先を妻にメールで伝えながら、それでも動くに動けない状況にヤキモキしていました。
    すると、程なくして再び妻からメールが来ました。本人から公衆電話を使って連絡があったと。実は、息子には携帯電話を持たせていません。今どき中学生としては珍しいと言われますが、一緒にいる友達も持っていませんでした。なので、本人も遅くなると連絡がしたかったものの、現在の日本ではなかなか公衆電話が見つからなかったようです。そして、ようやく見つけた電話で、なんと、いま家から8キロも離れた場所にいると、驚きの連絡をしてきたのです。
    さらにびっくりしたのは、朝からどこに出かけていたかと言えば、家から30キロも離れた隣町のイオンモールまで、友だちと二人で自転車に乗って行ったとのこと。帰るまでにはまだまだ時間がかかりそうで、妻もすぐにでも迎えに行きたいところですが、自転車を二台積める車もなく、本人たちが「自分で帰る」と言うので、仕方なく帰宅を待つことにしました。
    夜9時頃、ようやく帰宅した本人は足もパンパンで疲れ切っていましたが、すぐに妻と一緒に神殿へ。何はさておき夕づとめは勤めたようで、そう妻から連絡が入りました。
    さて、天理での仕事を終えて教会に戻った私は、あらためて息子に「結局何やったん?」と、事の顛末をたずねました。最初は隣町のイオンに電車で遊びに行く予定が、人身事故で電車が動く見通しが立たなかったとのこと。そもそも田舎なので、電車は一時間に一本あるかないかで、困った彼らは、いつ動くか分からないから自転車で行こうと、片道5時間かけてイオンに行った訳です。
    この辺りの冒険心はあっぱれです。むしろ誇らしいし、何なら少しうらやましくも思いました。しかし、朝9時に出て、5時間かけてお昼2時頃にイオンに着き、やったことと言えばクレーンゲームだけ。お金もないし、何をする訳でもなくブラブラして、夕方4時頃出発し、9時に到着するまでの間に件のやり取りとなったのです。
    本人たちにしてみれば、大冒険以外の何物でもなく、「で、どうやったん?行って帰ってきただけやけど、楽しかったん?」と尋ねると、「しんどかったけど、楽しかった」と答えました。
    きっと、それは本当の気持ちだと思います。仲の良い友だちと一緒に、ひたすら自転車を漕ぎ、足がつるほどしんどい思いをした長い時間に、私はむしろ拍手を送りたいと思いました。若気の至りでもありますが、青春そのものです。
    でもどこにいるか分からず、連絡がつかない時、心配で心配で仕方がなかったのも確かです。なので、「帰ってきておつとめした時、ちゃんと神様にお礼言うたんか?」と、若干説教っぽく聞きました。すると彼は「当たり前じゃがなぁ!」と即答したので、私が驚いて「当たり前?」と尋ねると、興奮気味に「めちゃくちゃ危なかったんじゃけぇな!暗いし!トラックがすぐ横走るし!」と、その大変さを教えてくれたのです。
    道中、田舎の真っ暗な山道を自転車で走った彼は、きっと死ぬ思いがしたのでしょう。まさしく大冒険だったようです。その夜のおつとめは、無理やり親にさせられたものではなく、無事に教会へ帰ることができたお礼と感謝の気持ちを、心の底から神様へお伝えできたおつとめだったのではないでしょうか。
    人間誰しも大変だった時には、「あぁ無事で良かった」とお礼が言えるものです。しかし、私たちが教えて頂くおつとめは、何もない時こそ、結構にお連れ通り頂いていることに感謝し、つとめることが大切だと聞かせて頂きます。
    そのことを考えた時に、このような大冒険をした特別な日はもちろん、平凡な毎日のおつとめにも心を込められるような、将来そんな通り方ができる大人になってほしいなぁと、私は親として、少し欲張りな希望を抱いたのでした。
    (終)
    14 min
  • まちづくり
    もっと結構
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」をめぐっては、数々の逸話が残されています。それらは、我々の人間思案では到底及ばないような、まったく予測不可能な数々のお言葉であふれています。
    明治七年のこと。西浦弥平さんは、長男の病気をたすけられて以来、熱心に信心を続けていました。ある日のこと、教祖のお屋敷から戻って夜遅く布団に入ったところ、床下でコトコトと音がします。「これは怪しい」と思い、そっと起きてのぞいてみると、一人の男が「アッ」と言って闇の中へ逃げて行きました。後には、大切な品々を包んだ大風呂敷が残っていました。
    弥平さんは、何も盗られなかったことを大層喜んで、翌朝さっそく教祖のもとを訪ねました。弥平さんが、「お蔭で、結構でございました」と心からお礼を申し上げると、教祖は、「ほしい人にもろてもろたら、もっと結構やないか」と仰せになりました。弥平さんは、そのお言葉に深い感銘を覚えたのでした。(教祖伝逸話篇39「もっと結構」)
    弥平さんの「お蔭で、結構でございました」とのお礼の言葉は、「信心のお蔭で何も盗られずに済んだ」という、実に素直な反応です。しかし、それに対して教祖は、「もっと結構なことがありますよ」と諭されます。この二つの「結構」は、どう違うのでしょうか。
    「盗られずに済んで、結構だった」という答えの裏には、盗人に対する大きな不足が隠れています。「おかげで盗られずに済みました。しかし、けしからんヤツです。人のものを盗もうなんて…」
    それは、盗人という悪者から守られた「結構」です。
    それに対して、教祖の「ほしい人にもろてもろたら、もっと結構やないか」とのお答えの中には、悪者がいません。「ほしい人」と「もらってもらう人」、どちらも悪者ではありません。
    教祖からご覧になれば、どんな境遇にある者も、皆可愛い我が子です。片や、盗みを働かなくてはならないほど、つらい人生を送っている子ども。片や、盗られなくて良かったと、無邪気に喜んでいる子ども。どちらも同じように可愛い。そのどこまでも深いご慈愛が、自然に教祖のお口からこぼれ出たのが、「ほしい人にもろてもろたら、もっと結構やないか」とのお言葉ではないでしょうか。
    まちづくり
    埼玉県在住  関根 健一
    長女が特別支援学校の小学部二年生になる時のこと。妻からこんなことを言われました。
    「PTAの役員さんから『会長をやってくれないか』と言われたんだけど、やるなら私よりも夫の方がいいと返事をしたの。話を聞いてみてくれない?」
    人前に出ることや、大勢の前で話すことに苦手意識はないので、引き受けること自体に抵抗はなかったのですが、しっかり準備したいので、「一年間は別の役職で関わってからにしたい」とお願いしました。
    ところが、聞けば色々と事情があり、どうしても会長をやって欲しいとのことで、PTA活動未経験のまま、会長を拝命することになりました。
    PTA会長になると、PTAの活動以外にも様々な役職の依頼が舞い込みます。学校評議員などの学校運営に直接関わるものの他にも、長女が通う特別支援学校が所属する市のPTA連合会や、その他行政や地域の会議など、結構な数の参加依頼がありました。
    こういった役職は「充て職」などと言われ、PTAの役員を引き受ける際の「デメリット」として語られることがあります。
    実際、人数を揃えることだけが目的ではないかと感じるものや、市民から意見を聞いているというポーズのためではないか、と感じる会議も少なくありませんでした。しかし、中には楽しい企画を考える会議があったり、話し合いの場で出席者同士が意気投合したりと、充て職を引き受けて役得と感じたことも多々ありました。
    例えば、私たちが暮らす街について、数年先のビジョンを話し合う会議がありました。予算の話など現実的な課題もありますが、出席者同士が夢を持って街のことを語り合ったり、行政が行うまちづくりの基本的な仕組みを知ることができたりと、とても有意義な会議でした。
    そうした会議に参加すると、この街に愛着を持って活動している方々にお会いし、話しを聞く機会ができます。それぞれ立場や考え方は違えども、地元を盛り上げようという思いを持って行動している人の話しには大いに刺激を受けます。
    そんな中で、地元の公民館の職員さんから「運営審議会の委員をやってくれませんか?」とのお話しを頂きました。
    よくよく伺うと、すぐ近所に住む先輩が六年の任期を終えるにあたり、私のPTA会長としての経験を買って、後任に指名してくださったとのこと。今までの実績を評価されたことが嬉しく、喜んで引き受けました。
    ただ、こうした行政の役職は、流れに身を任せているだけでは何も面白いことは起きません。せっかくなので、就任早々、今まで温めていた思いを形にするために動き出しました。
    市の公民館の使用については、営利活動の禁止や、団体登録が必要になるなど、法律や条例によって様々な規則があります。それ故に「ルールが多くて使いにくい」と思う人も多く、特に子育て中の親世代にはその傾向が顕著でした。そこで、子育て中の親とその子どもたちが楽しめるように、公民館で毎月一回、コーヒーを淹れて振る舞うイベントを始めました。
    公民館での広報だけでなく、SNSで情報を発信するようになると、ターゲットの親世代が噂を聞きつけ、回を追うごとに参加者が増えていきました。次第に一緒に活動したいという人も集まってきて、夏には公民館でビアガーデンを開いて、その売り上げで資材を買い、子どもたちと一緒にDIYで公民館の中庭をリノベーションするイベントなどを行いました。
    こうした活動は、近隣でまちづくりをしている人たちの耳にも入り、新聞の地方版にも掲載され、また、雑誌の取材を受けたり、まちづくりのイベントで登壇もさせて頂きました。
    私自身はただ楽しいことをやっているという感覚ですが、周囲からは「地元のために自分の時間を使って偉いね」と褒めて頂きます。実は、私がまちづくりの活動をするのには二つの理由があります。
    一つは障害のある長女のためです。長女が生まれてから、この街が車椅子で生活する彼女にとって住みやすい街であって欲しいという思いは、一貫して変わりません。しかし、そうした思いをストレートに訴え続けると、個人的なエゴのように映ってしまう場合があります。
    ですから、私は長女のためのまちづくりを「砂金採り」のようなものだと考えています。砂の中にわずかに含まれている砂金は、それだけを摘もうとしても駄目で、砂金がありそうな場所一帯を大きくザルですくい上げて、その中から探し出します。
    これと同じく、全体をザルですくい上げるように街を良くすることを目指していけば、きっと障害のある長女にとっても住みやすい街になっていくと信じています。
    もう一つの理由は、次女が中学生の時に言った一言でした。
    「この街って、ららぽーと以外、何もないよね」
    初めは県内でも有数の商業施設ができたことを喜んでいた次女でしたが、この街にはそれ以外に自慢できるものがないと言うのです。それを聞いた時、少しショックでしたが、私も中学生の頃は、やはり同じように「何もない街だなあ」と思っていたものです。しかし、今の自分は胸を張って「この街が好きだ」と言えます。
    娘たちがいつか、「この街で生まれ育ってよかった」と言ってくれる日が来るように、そして、障害のある人や、どんな境遇の人でも、誰もが住みやすい街になるように、自分にできることをやっていこうと思います。
    (終)
    12 min
  • 〝Mi Casa〟はいつでもあなたの居場所
    この世とあの世
    一般に私たちの持つ宗教的な世界観においては、二つの世界があるとされています。一つは川のこちら岸にある「この世」、すなわち此岸の世界であり、もう一つは「あの世」、彼岸と呼ばれる世界です。
    この世は現実の人間の住む世界で、あの世は、この世とは別のところにある死者の住む世界である。さらには、この現実は仮の世であって、永遠に続く理想世界は死後の世界にこそ求められるとする見方もあります。
    これらは、二つの世界が別々に存在するという観点に立つものです。問題は、果たして人間の世界が、この世とあの世に分けられるのか、ということです。これは信仰の領域で考えられるべきことですが、現実に身体(しんたい)を伴った人間の住む世界に関しては、この世界をおいては他に認められないと、一般的には言うことができるでしょう。
    そういう意味では、あの世とは霊的な世界だと考えられます。もちろん、そこで現実の人間が生活しているかのように想像することは可能ですが、実際にそうであるかは、信仰の問題として理解せざるを得ないのです。
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、
     「ここはこのよのごくらくや わしもはや/\まゐりたい」(「みかぐらうた」四下り目 9)
    と示されています。これは、親神様が人間を造られた場所である元のぢばこそが、この世界の極楽であることを教えられているもので、極楽という世界があの世、彼岸にあるのではなく、あくまでこの世界にあることを明らかにされたお言葉です。
     さらには、
     「さあ/\人間というは一代と思うたら違う。生まれ更わりあるで」(「おさしづ」M39・3・28)
     「世の処何遍も生れ更わり出更わり、心通り皆映してある」(「おさしづ」M21・1・8)
    とあるように、人間は一代限りではなく、親神様のご守護によって、この世に何遍も生まれ更わってくると教えられています。
    人間は死んだ後、あの世に行くのではなく、魂は一時、親神様の元に預けられ、時を経て、再び新しい身体をお借りしてこの世に生まれ更わってくる。私たち人間にとっては、今ここに生きている世界こそ、親神様のお働きに満ち満ちた唯一の世界だと言えるのです。
    〝Mi Casa〟はいつでもあなたの居場所
                   奈良県在住  坂口 優子
    3月に英語教室を卒業したAちゃんのお母さんが、5月の中頃、私を訪ねて来てくれました。お話を聞くと、Aちゃんは中学に上がると勉強が難しくて嫌になり、唯一大好きだった英語も嫌いになりかけているので、一度見てほしいということでした。
    教室を卒業する子ども達には、「この先英語が嫌になっちゃったり、何か困ったことがあったら、いつでも先生に会いに来てね」と声をかけているので、私のことを思い出してくれたのかなあと嬉しい気持ちになり、後日さっそく来てもらいました。
    「こんばんは~。よろしくお願いします」と挨拶をしてくれるお母さんの後ろで、黙ってよそ見をしているAちゃん。久しぶりで恥ずかしいのか、いつもと様子が違います。
    「こんばんは。久しぶりやね」と声をかけると、一瞬だけこちらを向いて小さくペコっとお辞儀をしました。何か違和感を感じながらも、「じゃあ、お預かりしますね」とお母さんには帰ってもらい、二人で勉強することにしました。
    Aちゃんが英語教室に初めて来たのは小学一年生の時だったので、付き合いはもう7年になります。なので、彼女が私の顔を見ても笑わないのは、思春期特有のものや人見知りなどではなく、心に何かを抱えているサインに違いないと、ピンときました。
    そんな時に勉強をしても、全く頭に入りません。神殿で参拝をして、教室に入り、向かい合って座りました。
    「元気やった?すっかりお姉さんになったね」と声をかけると、「そうかなあ…」と、私のほうをチラチラ見ながら恥ずかしそうにしているAちゃん。話が進みそうにないので、「ねえ、アイス食べへん?」と話題を変えると、「え!?」と目を丸くして私を見つめました。すぐに「食べる!」と素直な返事が返ってきたので安心しました。
    二人でアイスクリームを食べながら、「どう?学校は慣れた?」と聞くと、最初は言いにくそうでしたが、ゆっくり、少しずつ学校生活について話してくれました。
    中学へ入ると、なかなかきっかけがつかめず、お友だちを作るタイミングを逸してしまったこと。いつも一人ぼっちなので、周りの目が気になって、みんなに嫌われているんじゃないかと不安なこと。
    コロナも落ち着いて、みんなマスクを外し始めているけど、自分は不細工だからマスクは絶対に外せないと思っていること。バドミントンの試合中も、周りで誰かが話していると、自分の悪口を言われている気がして全く集中できないこと。学校に行くのが嫌で、お母さんに黙って欠席したこと、などなど。
    お母さんによると、何も話してくれないので関係は悪くなるばかりだと言います。やはり、勉強について行けなくなったのには、勉強の他に原因があったのです。
    ここ数年、英語教室を卒業したお子さんの不登校やうつ病で悩んでいるお母さんが増えています。何か力になりたくても、私にできることは、お母さんの話を聞かせてもらうことだけです。そういう状況ではお子さん本人と会うのが難しく、直に話せる機会になかなか恵まれません。
    Aちゃんと話していると、「先生って友達多そうやね」と言ったり、言葉の端々に居場所が見つからずに寂しいというSOSが感じられます。どうにか、Aちゃんのように、学校に居場所を見つけられない子どもたちが、安心して集まれる場所をつくりたい。その思いを行動に移す決心をしました。
    長年、不登校支援の活動を続けている方のアドバイスを受け、『Mi Casaの日』という活動を始めることになりました。『Mi Casa』とはスペイン語で「私の家」という意味です。
    我が家の教会は三笠郷(みかさごう)分教会という名称なので、この名前はピッタリ。不登校の子や学校へ行きづらいと感じる子どもたちが教会を訪れ、「自分の家」のように、何の不安もなくゆっくり過ごす時間。それが『Mi Casaの日』です。
    Aちゃんには、「中間テストが終わったら、パンケーキ焼かへん?」と、うちへ遊びに来る感覚で誘ってみました。「え、いいの?」と、Aちゃんはとても嬉しそうな顔。いま英語教室に通っている、不登校の中学生の男の子も誘って、第1回「Mi Casaの日」を開催しました。
    小さな時から英語教室へ通っていて顔見知りの二人は、すぐに打ち解けました。この日は私もすべての段取りを忘れ、みんなでおしゃべりをして、美味しいパンケーキを焼いて、お腹いっぱい食べて、ただただ、教会で喜びいっぱいの一日をゆっくり過ごすことができました。
    その日の夕方、Aちゃんのお母さんが神様にお供え物を持ってきてくれました。そして、「あの子、いつもは話しかけても返事もしなくて、私ともパパともすぐケンカになるんですけど、教会に行った日は、帰ってきてたくさんおしゃべりするんです」と、笑顔で話してくれました。
    以前、教会のある先生から「話すというのは、自分から手放すことだから、心が軽くなるんだ」と聞かせてもらったことがあります。不安を抱える子ども達も、そして親御さんも、ここへ来て、何でも話して、神様が空けてくださった心のスペースに喜びをたくさん詰めて帰ってもらいたいと、そう願っています。(終)
    12 min

About 天理教の時間「家族円満」

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