天理教の時間「家族円満」

天理教の時間「家族円満」

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天理教の時間「家族円満」 episodes

  • 喜びは今の自分の中に
    喜びは今の自分の中に
     大阪府在住  山本 達則
    家族だから許せること。家族だから言えること。家族だから見せられる姿。それがあるからこそ、家庭は心安らぐ場所になるのだと思います。その一方で、家族と言えどもそれぞれに価値観の違いはあります。それを自然に受け入れられるからこそ家族なのですが、時に自分の思いを相手に押しつけ過ぎて、大切なものを見失ってしまうこともあるように思います。
    以前、布教活動をしていた時、雨の日に傘も差さずに信号待ちをしている女性を見かけました。少しお酒も入っている様子で、「この傘を使ってください」と声を掛けると、「あなたはここで何をしているんですか?」と聞かれました。「私は天理教の布教活動をしている者です」と答えると、「そんなことをして、何かいいことがあるんですか?」と再び尋ねてきました。
    私が「この活動をしていいことがあるというよりは、活動を通して今の自分の中にいいことが見つかっていくという感じですかね」とお答えすると、その女性は「ふーん」と言ったままその場を去って行きました。
    その女性とはそれっきりでしたが、それから四年が経ち、ある時、地方で講演をする機会がありました。私が演台に立つと、明らかに他の人とは違った雰囲気でこちらを凝視する女性がいました。気になりながらも、話を終えて演台を下りようとすると、その女性が素早く近寄って来て、「先生は大阪の人ですよね」と尋ねてきました。
    「はい、そうですが」とお答えすると、「私のこと覚えていませんか?」と言います。私が正直に「すみません、どこかでお会いしましたか?」と返すと、「四年前、雨の日に傘を貸してくださいましたよね」と言われ、一気に記憶がよみがえりました。
    少しの時間でしたがお話を聞かせて頂きました。その女性は四年前、大阪に住んでいた時にご主人の転勤が決まったのですが、その頃は夫婦関係が悪く、ご主人について行くか、これを機に離婚するかで悩んでいました。子供がいないこともあり、気持ちが離婚に傾く一方、一人で人生をやり直すことに不安を抱えてもいたのです。
    そんな時に私が布教活動をしている姿を見かけて、「この人はきっと、宗教に頼って、自分の不幸な人生をごまかしているだけだ」と思い、「そんなことをして、何かいいことがあるんですか?」という言い方になったのです。
    ところが、「これをして何かいいことがあるというよりは、今の自分の中にいいことが見つかっていく」という意外な言葉が心に引っかかり、「離婚はいつでもできる。その前に、とりあえずは夫について行ってみるのもいいかな」と思い直すことができたと言います。
    そう決めた途端、それまで気になっていたご主人の嫌な所が見えなくなり、それに連れてご主人の態度や言葉もやわらかくなったように感じられ、夫婦関係は見違えるほど良くなったのです。そして転勤して二年目にはじめて子供を授かり、今は二人目を妊娠中とのことでした。
    「それで、どうして今日はこの講演会に?」と尋ねると、転勤で引っ越してきたマンションのすぐ近くに天理教の教会があり、そこの会長さんの穏やかな人柄にひかれ、度々教会に足を運ぶようになったそうです。その会長さんから講演会があると勧められ、ご主人に子供を預けて来てみたら、講師が私でびっくり!ということでした。不思議な再会のご縁を頂き、家族関係が修復されたという嬉しい知らせも聞くことができ、とても幸せな一日でした。
    家族といえども、お互い希望も好き嫌いも価値観も、様々な面で違いがあります。それらを自分の思うがままに周囲の人に押しつけてしまえば、せっかくの関係が壊れてしまうことにもなりかねません。
    時に私たちは、自分の思う通りに相手が変わってくれることを望み、待ち続けていることがあります。しかし、それでは喜びは近づいてきません。欲望を捨て、自分自身が変わろうと努力する中に、新たな喜びを見つけることができるのではないでしょうか。
    「陽気ぐらし」へ向けた材料は、神様があらかじめ今の自分の中にたくさん用意してくださっているのだと、この出会いを通して、あらためて感じることができました。
    待っていたで
    私たちの信仰する親神天理王命様は、人類の生みの親であり、かつ育ての親でもあります。また、その教えを私たちに明かされた教祖・中山みき様を「おやさま」とお呼びしています。どちらも「おや」が付きますが、天理教の人間観は、親と子のつながりが基本になっています。親の立場である教祖は、常に子供がやって来るのを楽しみに待っておられる、そのような逸話が数多く残されています。
    文久元年、西田コトさんは、歯が痛いので稲荷さんに詣ろうとしていたところ、「庄屋敷へ詣ったら、どんな病気でも皆、救けてくださる」と聞いたので、さっそくお詣りしたところ、教祖は、「よう帰って来たな。待っていたで」と、コトさんを優しく迎えられました。(教祖伝逸話篇8「一寸身上に」)
    また、文久三年、桝井キクさんが、夫の喘息のため、方々の詣り所や願い所へ足を運んだのですが、どうしても治りません。そんな時、近所の人から「あんたそんなにあっちこっちと信心が好きやったら、あの庄屋敷の神さんに一遍詣って来なさったら、どうやね」と勧められ、その足でおぢばへ駆け付けたところ、教祖は「待っていた、待っていた」とやさしい温かな言葉を下さり、キクさんを迎えられました。(教祖伝逸話篇10「えらい遠廻りをして」)
    どちらも初めてお屋敷に出向いた人のお話ですが、教祖は可愛い我が子が帰って来るのを以前から待ちわびていたかのようにして、迎え入れられています。
    様々な病気や事情を抱え、初めて行く所でどのように迎えられるか不安の中、「待っていたで」との教祖のひと言に、どれほど安堵し、救われた気分になったことでしょう。
    親神様が私たち人類の親であるなら、私たちの日常生活は、親神様による壮大な子育ての中にあると言えるのではないでしょうか。そうして日夜温かく見守られる中で、親神様は私たち子供の成人を待ちわび、大きく立派に育つことを願っておられます。
    待つということの中には、期待や楽しみも含まれているのでしょう。何せ、子供の成長には時間がかかります。時間をかけてじっくりと、そして楽しみながらその成長を待つ、これこそ真実の親の姿です。
    お言葉に、
      たん/\と月日にち/\をもハくわ  をふくの人をまつばかりやで (「おふでさき」十三 84)
      この人をどふゆう事でまつならば  一れつわがこたすけたいから (「おふでさき」十三 85)
    親神様がなぜそれほどまでに「待つ」ことができるのか。そこにあるのは、どうでも「一れつわが子たすけたい」という切ないばかりの親心に他ならないのです。
    (終)
    11 min
  • 夫婦のバランス
    夫婦のバランス
    奈良県在住・臨床心理士  宇田 まゆみ
    夫婦は二人でバランスを取ることで、一つの家庭としてうまく治まっていきます。夫婦は対等の関係ですが、男性には男性性、女性には女性性という、本来的に男女がそれぞれ持っている特性があり、その二つのバランスによって夫婦というものが成り立っています。
    本来は性別と合致した形で、男性が男性性の要素を担い、女性が女性性の要素を担うわけですが、仕事をする女性が増えたことによってそのあり方が変わってきました。男性中心に発展してきた社会に女性が進出する際、本来の女性性を横において、男性性を発揮しなければならない場合があります。そのよう女性は、「強い女性」などと言われたりしますが、そういうケースが増えているのです。
    振り返ると私自身もそうで、長年、男性に負けないように、しっかりした自分になろうと力を入れて仕事をしてきました。そういう社会の中で、自分の責任を果たしていこうと思うと、しっかり者であることが求められます。ですから子育てにおいても、男女の別なく、しっかりした子に育って欲しいという気持ちが自然と湧き、「あの子はしっかりしているね」というのが子供に対する最高の褒め言葉のようになっています。そうなると、やはり子供は褒められたいので、しっかり者にならないと、という意識が働くのです。
    しかし、それはあくまで男性社会を中心とした基準です。しっかりしている、頼り甲斐があるなどは男性性の特徴であり、逆にふわっとした柔らかさやしなやかさ、か弱さというような女性性は中々発揮されにくいというのが、社会の現状のようです。
    もちろん、社会で働くには男女問わず男性性の要素が必要で、男性性を大いに発揮してバリバリ働く頼り甲斐のある女性も多く見られます。そのように能力を発揮できるのは素晴らしいことです。しかし、こと家庭においてはどうでしょうか。知らず知らずのうちに、夫婦が共に男性性を発揮しているような状況も多いと思います。
    私も結婚以来ずっと、外で力を入れて仕事をし、家庭でもしっかりした奥さんにならないと!と、主人に張り合うような感覚を持っていました。そして、それが女性としての自分を成長させるための正しい方法だと思っていたのです。
    それがある時、尊敬する心身医学の先生に、原始時代からの男女の役割と備えてきた特性、また男女での脳の構造の違いについて教えて頂き、それまでの考えが間違っていたことに気づかされたのです。
    現代社会の中で頑張る女性は、自分の持って生まれた自然な特性ではなく、男性社会に合わせた要素を使っているという点で、個人差はあるにしても少し無理をしている人が多いのではないでしょうか。そして、それを家庭に持ち込むことで、夫婦のバランスが崩れるだけでなく、自分自身に向けても、さらに負担をかけることになってしまうのです。
    夫婦は二人でバランスを取る必要があるので、妻の男性性が強いと、自ずと夫の女性性が高まると言われています。私の主人はとても優しくて控えめで、身体も細く、いわゆる男らしいタイプではありませんでした。ある時、私が男性性を発揮しているからではないか?と気づき、私自身、女性性を高めることを意識するようになりました。
    それまでは、しっかりしている自分でいようと、弱い自分を押し隠して、頼ったり甘えたりすることができなかったのですが、せめて家庭では頑張る自分をやめて、何事も主人に頼るようにしました。すると、主人が以前よりも自分の意見をはっきり主張し始め、家庭でも自然とリーダーシップを発揮するようになり、そのうえ仕事も順調に進み出したのです。
    さらに不思議なことに、細身だった主人の体型ががっしりとしてきて、胸板も厚くなってきたのです。
    夫婦のバランスが整うことで、男性は安心して外へ出て自分の力を発揮できることを目の当たりにし、びっくりすると共に喜んでいます。夫が頼もしく活躍している姿を見て、男女の特性を活かし、夫婦のバランスを整えることがどれほど大事なことかを痛感する、今日この頃です。
    幸福な生活とは
    「徳川家康は『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし』と言ったが、全くその通りだなぁ……」
    私が「憩の家」看護部長時代の院長は、病院の重責を担う心境をこう語られたことがあった。朝は誰よりも早く出勤されるので、それを見習って私も早く出勤する癖がついた。四十年余りの看護師生活で身についた朝起きの習慣は、定年後も変わらず、実に健康的である。
    しかし、看護師としての臨戦態勢は、なかなか解くことができなかった。「いつ、緊急の連絡が入るかもしれない……」という緊張感が消えず、常にアンテナを張り巡らせる状態が続いた。一年ほどかけて「もう、あの臨床現場に出なくてもよくなったんだよ」と自分自身に言い聞かせ、やっと自分を解放することができた。
    長年の憧れだった、平日のよく晴れた日、日の当たる時間帯に洗濯物を干す。お日さまのもと、さわやかな風が吹いて木の葉がキラキラしている。
    「平和だなー、もったいないなー。幸せだなー」つくづく平穏な日々を味わった。
    その後、奈良県看護協会会長の重責を頂いたが、おかげさまで平穏の心は続いている。
    そんな折、「物理学者アインシュタインが書いたメモ二枚がオークションにかけられ、約二億円で落札された」というニュースを耳にした。
    アインシュタインは1922年に講演のため日本を訪れ、滞在していたホテルのボーイに、チップの代わりとしてこのメモを手渡した。そこにはドイツ語で、『静かで質素な生活は、絶え間ない不安に縛られた成功の追求よりも多くの喜びをもたらす』と記されていたという。その言葉は、定年直後のあの心理状態の変化を思い出させた。
    私は中学卒業と同時に、天理の学校で、おやさまのお心を胸に、病む人に尽くす「看護ようぼく」となるべく、特別なコースで教育を受けた。その後は、「憩の家で高度医療を受けられる患者さんに、少しでも喜んで帰っていただこう」と、看護に全身全霊を打ち込んできた。
    決して自らの「成功の追求」のために取り組んだのではなかったが、患者さんの安全を守り、年若いスタッフがミスなどを起こさないよう指導し目配りする毎日が、「絶え間ない不安に縛られた」日々であったのは間違いない。信仰を持ち、親神様、おやさまという心の拠り所がなければ、定年まで勤務を続けられなかったかもしれない。
    でも、「もし初めから静かな生活をしていたら、いまのような心穏やかな暮らしができていただろうか」とも思う。ひょっとすると、小さなことをクヨクヨと思い煩ったり、家族にチクチクと嫌みを言いながら暮らしていたかもしれない。人生のなかで、わが身を投げうって人に尽くす仕事に打ち込む時期があったからこそ、それが終わったとき、「静かで質素な生活」に「多くの喜び」を味わうことができたのではないか。
    これまで多くの病む人々に接してきた。いま、こうして健康であることが、どれほどありがたく、奇跡的なご守護の賜物であるかは、身に染みて分かっている。健康な余生を頂けた幸せを、一日一日味わって暮らしたい。
    人々の穏やかで幸福な生活を守るために、医療をはじめとするさまざまな現場で働く人は、ストレスの多い厳しい毎日を送っておられることだろう。でも、それこそが、いずれは自らの幸福につながることは確かだと思う。
    病院勤務時代に苦楽を共にした〝共に戦う戦士〟であった仲間たち、お世話になった上司の方々に、穏やかで喜びに満ちた日々が訪れていることを願ってやまない。
    (終)
    14 min
  • 東京スカイツリーから、こんにちは ~かぁかの大切なスタッフへ~
    東京スカイツリーから、こんにちは~かぁかの大切なスタッフへ~
    吉永 道子
    前回までは、「かぁかのおうち」を利用するママと子供たちについてお話ししました。五回目の今日は、かぁかのおうちを支えてくれるスタッフのお話しです。
    「妊娠期からのママの気持ちに寄り添い、ママと一緒に子育てを精一杯楽しもう」。そんな思いで活動してくれる、頼りになるスタッフです。
    子育てひろば・かぁかのおうちは、現在7名のスタッフと3名のボランティアで運営しています。8年前に始めた時は、30年来のお付き合いがあるママ友三人がスタッフとして力を貸してくれました。今では、いつもかぁかのおうちを利用していたママさんが、スタッフとして協力してくれています。
    その中の一人は、生後一カ月のお子さんをお預かりしたのがきっかけでした。産後、体調が優れず精神的にも疲れていたママは、一時預かりの施設に知っている限り電話をかけてすべて断られ、最後に「かぁかのおうち」に電話をかけてきたのです。
    本来なら直接自宅をうかがうことはないのですが、その時なぜか私の足は、自然におうちへ向かっていました。生後一カ月の赤ちゃんとママの様子を見て、ママの心の状態が不安定だと感じました。
    「かぁかのおうちに電話をかけてくれてありがとう」。私はママに心の中でそうつぶやき、この出会いを与えてくださった神様に感謝しました。
    すぐに子育て支援センターと連絡をとって情報を共有し、翌日から二日間、一時預かりをすることになりました。
    赤ちゃんが三時間ごとに上手にミルクを飲む姿は、愛おしくてたまりません。ママにも産後の疲れから早く解放され、この喜びを味わって欲しいと切に願いました。
    その後、ママはひろばを利用するうちに表情が明るくなり、元気を取り戻していきました。そして、かぁかのおうちのボランティアスタッフとして一年間を過ごした後、元の職場に戻ることができました。
    「定期的にお手伝いできる場を頂けたことで、体調を立て直すことができました。貴重な経験をありがとうございました」と、ママからお手紙が届きました。神様からのご褒美だと、有難く思いました。
    スタッフの一人、保育士のMさんは、ひろばを利用するママさん達に寄り添う中で、あるママの気になる言葉を耳にしました。
    「我が子なのに全然、可愛く思えない」「ご飯を食べてくれない」「イライラして、手をあげたくなる」
    そんなママにMさんは、「子育ていつも頑張っていますね。私よりもよく出来ていますよ」と優しい声掛けをして、ママの心に溶け込んでいきました。それができるのも、自身の辛い体験があるからです。
    Mさんがスタッフになって間もない頃、突然「もう出来ません」と言われ、驚いたことがありました。そして彼女は、以前勤めていた職場でパワハラを受け、心が折れて体調を崩してしまったこと、その記憶が時折フラッシュバックされ、身体が震えてしまうことがあると話してくれました。
    ちょうどその頃、Mさんに、子供たちの誕生日を月ごとにまとめた掲示板の作成をお願いしていました。現場に来ることが難しく、自宅で作ってくれたのですが、Mさんの心が表れた優しい素敵なデザインで、ひろばの雰囲気がとても明るくなったのです。やはり、Mさんはかぁかのおうちに必要な大切な人だと改めて思い、再びスタッフとして戻ってきてくれた時には、本当に嬉しかったのです。
    ある時、Mさんから嬉しいメッセージを頂きました。
    「保育士として、こんな風に楽しく働けるとは全く想像していませんでした。私を見つけて声を掛けて頂き、感謝の気持ちでいっぱいです」
    Mさんとの出会いも、神様のお引き寄せに違いありません。
    立ち上げの時、何も分からず、形のない中で協力してくれたママ友たち。私の仕事量を心配して、事務仕事をすべて引き受けてくださっているYさん。他にも、看護師や保育士としてサポートしてくださるスタッフ。それからボランティアのAちゃん、Sちゃん、Kちゃん。
    かぁかのおうちのスタッフは、チームとしてママさんと子供たち一人ひとりに寄り添い、温かく心地の良い空間を作り出すよう努めています。子育ての愛しい時間と、寄り添う気持ちを共有してくれるスタッフたちに、心から感謝しています。
    私の中にある「愛」を引き出してくれたスタッフの皆さん、ありがとう。これからも一緒に「かぁかのおうち」を育てていってください。みんな大好きです。
    元の神
    私たち人間をたすけたいと、この世界の表に現われた親神天理王命様。その自身の存在を示されるに際して、どのような表現を使われているのでしょうか。「おふでさき」に、次のようなお言葉があります。
      このよふのにんけんはじめもとの神  たれもしりたるものハあるまい(三 15)
    我は、この世界と人間を創造した「元の神」である。こう仰せられます。この、自ら言われた「元の神」という言葉に即して、親神様とはいかなる存在であるのかを考えてみたいと思います。
    さて、「元の神」という表現は、次のお言葉にも見ることができます。
    「元の神、元のをやの理に、人間生れる処、人間生れ代々続く」(「おさしづ」M22・9・23)
    元の神、元のをやであるからこそ、何よりもまず人間の誕生について、不思議な働きを見せる。その守護によってつつがなく人間は生まれ、さらに代々切れ目なく続く喜びを見ることができるのである。そのような意味だと受け取れます。
    さらに、次のようなお言葉もあります。
    「身の内救けるというは、元人間拵えた神」(M36)
    病むところをたすけると言えるのは、何もないところから人間を創造した神だからこそ言えるのである。
    言うまでもないことですが、何もないところから、人間をはじめ万物を創造するというのは、私たち人間の理解をはるかに超えた力の発動です。従って、「このよふのにんけんはじめもとの神 たれもしりたるものハあるまい」と仰せられるのも、至極当然であると得心できるのです。
    さて、先のお歌の後、「おふでさき」はこのように続きます。
      どろうみのなかよりしゆごふをしへかけ  それがたん/\さかんなるぞや  (三 16)
      このたびハたすけ一ぢよをしゑるも  これもない事はしめかけるで   (三 17)
      いまゝでにない事はじめかけるのわ  もとこしらゑた神であるから   (三 18)
    泥海の中から、つまり何も存在の原型すらないところから、神の働きによって人間世界が創造され、賑やかに栄えてきた。しかし、神の期待する陽気ぐらしとは遠くかけ離れた状況であるがゆえに、このたび神が直接この世界に現れたのである。そして世界中の人間をたすけるために、未だかつてないことを教えて、不思議な守護を見せるであろう。それも、何もないところからすべてのものを創造した元の神だからこそ、実現できるのである。
    まさに、親神様の断固とした救済への意志がにじみ出ているお言葉ではないでしょうか。
    (終)
    11 min
  • マリーゴールド
    マリーゴールド
    奈良県在住  坂口 優子
    教会の門を入ると、色とりどりの花が可愛らしく咲いています。私が花を育てることにはまったのは、末娘の保育園の卒園記念で、マリーゴールドの株を頂いたことがきっかけでした。
    私は小学校の理科の授業以来、まともに花を育てたことがなく、知識も全くありません。でも、このマリーゴールドは、生後六か月から六歳になるまで、娘を育ててくださった先生方に頂いたものですから、何が何でも枯らすわけにはいかないという気持ちになりました。
    最近はとても便利な時代で、知識がなくても、携帯電話で写真を撮って検索すれば、花の名前から育て方まで知ることができます。早速色々と調べて、株を植え替えました。
    玄関に並んだ小さな植木鉢はとても可愛くて、ずっと見ていられるほど愛おしくなりました。娘も大喜びで、小さなじょうろで水をあげてくれます。
    保育園で先生に教えてもらったのでしょう、「お水はお花じゃなくて、土にあげるねんで」と得意げに言いながら、上手に水をあげている姿を見て、先生方への感謝の思いがあふれてきました。それからは、親子での毎日の水やりの時間が、とても楽しみになったのでした。
    しばらくたったある日、友人が私を訪ねてきました。玄関の鉢を見ながら、「花植えたんや。可愛いなあ」と言ったかと思いきや、唐突に「この花、摘んだ方がいいよ」と言うのです。
    彼女曰く、「もったいないと思うやろうけど、先に付いた花を摘んでおけば、脇芽が出て株がしっかりするんよ。そうすればこの先、花はなんぼでも咲くから」とのこと。私は彼女の言うとおりに株を育ててみることにしました。
    ところが娘は、「え~、せっかく咲いたのに可愛そうやん」と悲しそうな顔。するとその様子を見た伯母が、「摘んだ花は別に生けたらええねん。ほら、これにどうぞ」と言って、生け花に使うオアシスを持ってきてくれたのです。
    こうして小さな花を生けて飾ると、廊下や食卓が明るくなり、心が豊かになったようでとても幸せな気持ちになります。前を通りかかる度に、「可愛いねえ」と思わず話しかけてしまいます。
    そんな幸せな毎日を送る中、梅雨が明けた頃、マリーゴールドの葉に蜘蛛の糸のようなものがかかっていました。こんな所に蜘蛛がいるのかな?と探してみても見つかりません。するとある日、前の日まで元気だったマリーゴールドが、半日ほどで突然枯れてしまったのです。
    私はショックで大慌て。花に関する知識がないので、何が起きているのか分かりません。娘も「え~」と悲鳴をあげ、「ちゃんとお水あげてたし、何でやろう?」と信じられない様子。
    ところが、葉をよく見ると白い斑点があるのを発見しました。すぐに携帯で写真を撮って検索すると、「ハダニ」であることが分かりました。ハダニは葉の裏に寄生する害虫で、対策が遅れると大量発生し、植物を枯らしてしまうのです。
    大急ぎでハダニの駆除剤を買いにホームセンターへ行ったのですが、店員さんに「その状態なら、もう手遅れかもしれませんね」と言われてしまいました。
    それでも諦めたくない。この花だけは、絶対枯らせたくない。娘が大きくなった時、この花を見て保育園の楽しい思い出がよみがえるように。そして私自身、娘にたくさん愛情をかけてくださった先生方へのご恩を忘れないように。ただその一筋の思いで、枯らしてたまるものかと、私のマリーゴールドに向き合う日々が始まりました。
    枯れたり傷んでしまった葉に、「ごめんね、ごめんね」と声を掛けながら、丁寧に一枚ずつ切り取っていきました。そして、残ったわずか数枚の葉に駆除剤をかけ、「お願い、元気になって。神様、どうかお願いします」と祈りながら、水と肥料をやりました。
    次の日も、また次の日も「おはよう。お願い、がんばって!」と声を掛けながら水やりをしました。娘も横にしゃがんで、「がんばれ!」と応援してくれます。
    するとある日、緑色の生き生きとした葉が顔を出したのです。「やったあ!」嬉しくて視界がにじみました。私がそれまで掛けてきた「がんばって」という言葉も、いつしか「ありがとう」へと変わっていきました。やがて、それまでの寂しい姿が嘘のように、傷一つない緑の葉が森のように茂り、オレンジ色のマリーゴールドの花をたくさん咲かせたのです。
    天理教では「声は肥」つまり、言葉は肥やしであると聞かせて頂きます。私たちの出す一つ一つの言葉は、周りに良い影響を与えられるということですが、植物に対しても愛情をかけ、言葉をかけ続けたことが栄養分となり、いい結果を生んだのかも知れません。
    昨年、そのよみがえったマリーゴールドから取れた種を植えました。可愛い新芽が顔を出すと、「ママ見て!芽出てるで!」と娘も大喜び。すると父が、「それ、ここに植えたらええわ!」と大きなプランターを用意してくれました。
    今日も、オレンジ色のマリーゴールドが元気よく咲き、お日様に向かって輝いています。水をたっぷりやるのはもちろん、「おはよう!今日も可愛いね」と、言葉の栄養もたっぷりかける毎日。神様の恵みを頂いて、いつまでも咲き続けてくれますように。
    天理教の身体観
    天理教では、私たちの身体における神様のお働きについて、「かしもの・かりもの」という教えの中で説かれています。お言葉に、次のようにあります。
    「人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。たった一つの心より、どんな理も日々出る」(「おさしづ」M22・2・14)
    多くの人が、自分のものとして疑わない身体が、実は神様からのかりもので、自分のものは心だけであると仰せられます。
    この、かしもの・かりものの教えの前提となるのが、
     たん/\となに事にてもこのよふわ 神のからだやしやんしてみよ(「おふでさき」三40・135)
    とあるように、この世界は神様の身体である、という教えです。
    かしもの・かりものの教えを心に治めるには、この世界において、人間のものと言えるものは何一つなく、すべては神様からのお与えであること。そして、そもそも、この世界は誰によって造られたのか、という順序を分かっていなければなりません。
    お言葉に、
    「さあ/\月日がありてこの世界あり、世界ありてそれ/\あり、それ/\ありて身の内あり、身の内ありて律あり、律ありても心定めが第一やで」(「おさしづ」M20・1・13)
    とあります。
    この広大な宇宙は、月日親神様によって造られた。そして、地球という惑星において人間を創造され、その人間たちが次第に集団を作り、やがて国となった。それぞれの国では、そこに住む人々が守るべき法律を作り、その法律に従って暮らしている。現在の人々の暮らしがあるのも、すべては親神様の元初りのお働きがあってのことである。このような厳然たる順序を教えられています。
    そして、宇宙全体が神様の身体であり、すべてが神様のご守護であるなら、その小さな一部である人間個々の身体もまた、この世界を動かすのと同様の理合いによって、結構に使わせて頂いているというわけです。
    このように「かしもの・かりもの」の教えは、壮大な世界観の上に説かれていると同時に、私たちの日々の暮らしとは切っても切れない、身近な教えなのです。
    (終)
    12 min
  • 「おかえりなさい」のこども食堂
    「おかえりなさい」のこども食堂
    和歌山県在住  岡 定紀
    我が家には四人の男の子がいます。学校から帰ってくると、こちらが「おかえり」と言う前に、「ただいま」ではなく、逆に「おかえり~」と言っておどけます。そして、外に遊びに行くのです。
    親としては宿題を済ませてから行って欲しいのですが、遊びにはやる気持ちはなかなか止められません。結局「いってらっしゃい。気をつけてね」と言って送り出します。
    日常の何気ない光景ですが、この「ただいま」「おかえり」「いってらっしゃい」という挨拶は、心安らぐ「家」と、楽しい「外」と、両方が満たされていて成り立つ会話です。もしうちに帰るのが嫌だったり、面白くない職場や学校に行かなければならないとしたら、このような会話は成立しないかもしれません。
    私のお預かりする教会では、定期的に「こども食堂」を開催していますが、全国のこども食堂の中には、参加してくる子供たちに「おかえり」と挨拶をする所が多いと聞きます。町中の飲食店でも、時折、入る時に「おかえりなさい」と言われ、お店を出る時に「いってらっしゃい」と声を掛けられる所がありますが、こども食堂はその比ではありません。
    最初は違和感を覚えますが、「この場所を我が家だと思ってリラックスして欲しい」との思いが感じられ、食堂の雰囲気もほのぼのとした温かいものになるような気がします。
    さて、コロナ禍では「ステイホーム」というスローガンが掲げられました。不要不急の外出は控え、なるべく家に居てくださいという主旨ですが、外に出られず、家にずっと籠った状態が、かえって家庭内の不和を引き起こすケースもあったようです。親がイライラして子供にきつく当たったり、夫婦仲も険悪になる場合があり、ついには「コロナ離婚」という言葉が生まれたほどでした。
    私たちには、心安らぐホームとしての「家」が必要ですが、それと同じぐらい、楽しい「外」があることも大切で、程よいバランスが肝心であることをあらためて思った次第です。
    天理教では、
      月日にわにんけんはじめかけたのわ  よふきゆさんがみたいゆへから (「おふでさき」十四 25)
    と教えられています。
    月日というのは神様のことで、神様がこの世界と人間を造られたのは、人間が陽気に遊山をするのを見て共に楽しみたいからだと教えられます。
    遊山とは「物見遊山」という時の遊山ですが、もともとは仏教用語で、修行によって悟りを得た後に、自然を楽しみながら自由に散策する様子を表しています。
    これを日常生活に置き換えてみます。仕事はすべてが楽しいわけではありません。時には「なんでこんなつまらない仕事を」と思うこともあるでしょう。その中を、どう工夫していくか。つまらないと感じる仕事でもゲーム感覚で楽しくできれば、まるで好奇心で目がキラキラしている子供のように取り組むことができるかもしれません。
    このように工夫することを「修行」だと捉えれば、毎日を遊山のごとく、心穏やかに楽しめるようになるのではないでしょうか。
    現代社会は、仕事や勉強のやり過ぎで、何かとストレスを感じることも多いかもしれません。しかし、子供たちが「外」で楽しく遊んで「うち」に帰って来るように、大人たちも外で「遊山」をするかのように楽しさを味わうことができれば、日々の生活そのものが充実してくるでしょう。
    そのような「うち」と「そと」のあり方を考え直すきっかけになったとすれば、コロナ禍も決して悪いことばかりではなかったと言えそうです。
    天理教では、神様が人間を宿し込まれた場所を「ぢば」として定め、礼拝の対象としています。すなわち「ぢば」は、私たち人類の「ふるさと」ということになるのです。
    ゆえに、「ぢば」を取り囲むように建てられた神殿は、世界中の誰をも受け入れるアットホームな場所として、24時間365日、いつでも参拝できるように開かれています。そして、初めて訪れた人に対しても、ふるさとに帰ってきたという意味で、「ようこそ、おかえりなさい」と言って迎えるのです。
    「ようこそ」は初めて来たのだから分かるとしても、「おかえりなさい」という言葉は、とても奇妙に聞こえるでしょう。しかし、私たち天理教を信仰する者は、親元へ帰って来られたという意味ですべての人をそのように出迎え、我が家にいるような心の安らぎを感じてもらうべく努めています。そして、神様の教えに沿った、遊山に出掛けるような心の持ち方について、お話をさせて頂きます。
    うちの教会で開いている「こども食堂」も、誰でも受け入れるアットホームな場所として、「おかえり」と温かく迎える気持ちと、再び楽しく外へ出られるように、「いってらっしゃい」と元気よく送り出す気持ちを、心掛けたいと思います。
    こうまんのほこり
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、私たち人間の間違った心遣い、神様の望まれる陽気ぐらしに沿わない自分中心の心遣いを「ほこり」にたとえてお諭しくださいました。
    教祖は、ほこりの心遣いを掃除する手がかりとして、「おしい・ほしい・にくい・かわい・うらみ・はらだち・よく・こうまん」の八つを教えられていますが、そのうちの「こうまん」のほこりについて、次のようにお聞かせいただいています。
    「こうまんとは、思い上がってうぬぼれ、威張り、富や地位をかさに着て、人を見下し、踏みつけにするような心。また、目上に媚び、弱い物をいじめ、あるいは、頭の良いのを鼻にかけて、人を侮り、知ったかぶりし、人の欠点ばかり探す、これはこうまんのほこりであります。」
    自惚れと自信は紙一重とも言えます。多少の自惚れは可愛い気があるとも言え、逆にあまりに自信のなさ過ぎる人は、歯がゆくもあり、気の毒にさえ感じられます。しかし、自惚れも度が過ぎると嫌味になり、鼻につきます。思い上がって出過ぎた言動をとっていれば、やがては人の反発を招くでしょう。
    また、富や地位を持つことそれ自体が、こうまんのほこりになるわけではありませんが、それらを利用して人を見下すこと、人を人とも思わないような言動をとれば、もちろんほこりとなります。
    そうすると、自分はそれほどお金も持っていないし地位もないから、こうまんのほこりとは無縁だ、と思われるかもしれませんが、決してそうではありません。人の失敗を見て笑ったり、人の欠点を並べ立てて馬鹿にしたりすることは、大なり小なり誰でも覚えがあるのではないでしょうか。
    こうまんのほこりについて思案すると、本当の強さや力とは一体どのようなものか、との考えに及びます。一般に力と言えばお金や権力、知力といったものが浮かびますが、結局のところ、神様のお働きを頂けるという「力」に勝るものはありません。
    神様のお言葉に、「日々という常という、日々常に誠一つという。誠の心と言えば、一寸には弱いように皆思うなれど、誠より堅き長きものは無い」とあります。
    どのような立場や境遇に置かれていても、日々誠の心を尽くすことが、神様のご守護を頂く一番の近道である。この真実に気づけば、思い上がったこうまんのほこりも、徐々に取り払われていくのではないでしょうか。
    (終)
    11 min
  • 人生の物差し
    人生の物差し
     埼玉県在住  関根 健一
    私は六年ほど前から、地元埼玉の経営者団体に入会し、経営の勉強をしています。勉強と言っても、講師がいてセミナーを受けるというわけではなく、様々な業種の経営者たちの失敗や反省も含めた体験報告を聞き、それを元に討論しながら共に学び合い、自社の経営のヒントを持ち帰る。そんな形で学んでいます。
    入会して数年経つと、色々な役目が回ってきますが、ある時、会員拡大に関する役職を任されました。長く続いたコロナ禍の影響で業績を落とした会社も数多くあり、そのせいもあって、ここ数年で退会者が増えてきたことから新設された部会です。
    会の運営を維持するためには、会員の拡大は避けて通ることはできません。どこまでお役に立てるか分かりませんが、せっかく声を掛けて頂いたので引き受けることにしました。
    世の中には規模の大小はあれど、経営者と呼ばれる人は五万といます。多くの経営者は、自社の経営を良くしたいという思いで日夜研鑽に励んでいて、「一緒に経営の勉強をしませんか?」と会に誘っても、「そんな時間はありません」などと断られることも多いのです。
    一方で、経営者団体も数多存在し、それぞれが精力的に活動していて、経営者はその特徴を見極めて参加する団体を決めています。その中で自分たちの団体を選んでもらうのですから、「会員を増やしたい」というこちらの都合だけでは、なかなか振り向いてくれません。やはり、入会することによって何らかのメリットがあることを伝えなければいけないと思い、その理由について模索することにしました。
    そんな思いでいたある日、沖縄で開かれる全国大会に参加することになりました。全国から千数百名の経営者が集まる中での交流は大いに刺激になり、私としてはこれだけでも十分入会した価値があると思えるのですが、人に勧めるような「これだ!」と言える理由にはめぐり会えずにいました。
    そうして迎えた二日目の終盤、講演に立った大学教授のお話を聞いているうちに、ストンと腹に落ちる言葉がありました。
    それは「この団体は共通の理念を元に、地域で経済活動を行っている経営者の集まり。その理念が広がって、同じ理念の元に活動する経営者が増えれば、地域が活性化し、結果として自社の利益にもつながる」というものでした。
    なるほど!と、膝を打つ思いでその言葉を書き留めました。地元に帰ってから、会員の拡大を担当する仲間とその言葉を共有し、どうやってこの思いを具現化して伝えていくか、話し合いを重ねていました。すると、ふと、自分のしようとしていることが何かに似ていると感じました。
    それは、天理教で「にをいがけ」と呼ばれる布教活動です。先ほどの教授の言葉をお借りすれば、このようになるでしょうか。
    「天理教は共通の理念である『陽気ぐらし世界の建設』を元に、地域でにをいがけ・おたすけを行っている信仰者の集まり。その理念が広がって、同じ理念の元におたすけをする信仰者が増えれば、地域が活性化し、結果として自分自身の幸せにもつながる」
    もちろん、様々な信条や信仰を持つ経営者の集まりですから、天理教の教えと全てが一致するわけではありません。しかし、経営者であり、信仰者である私にとっては、この団体の活動を通して、教えを広めていく気持ちも大事なんだと気づくことができました。
    そんな心の動きを、団体のある幹部の方と話す機会がありました。特に天理教についての知識は持っていない方ですが、私が信仰者であることはご存知で、その話を興味深く聞いてくださいました。
    「人間にとって信仰は物差しだと思うんです。物差しがなければ、人は目の前にあるものを自分の都合のいいように解釈して、10センチのものを1メートルと言ったり、1センチと言ったりできます。でも、神様の教えという物差しがあると、あくまで10センチのものは10センチであり、そこに過不足が生まれるのは自分自身の心遣いに依るものなんです」
    このように物差しに例えて話したところ、「関根さんの信仰のお話は興味深い。いつか一緒に天理にお参りしたい」と言ってくださいました。
    正直なところ、初めはあまり気乗りのしなかった会員拡大のお役でしたが、「はい」と受けて自分なりに真意を求めていった先に、親神様・教祖が先回りのご守護をくださったのだと感じました。
    その後、「神様の教えは物差しである」ということについて、自分なりに考えを深めていきました。
    皆さん、突然ですが「21センチ」と聞いて、その長さを手で示すことができますか? 「多分このぐらいだろう」と言うことはできても、「絶対にこの長さです」と示すのは難しいと思います。
    皆さんの身近にあるチラシやコピー用紙などで、広く使われているA4サイズの紙があります。その短い方の辺の長さが21センチです。そこに手を合わせれば、ほぼ狂いなく21センチを示すことができます。
    ここで言うA4の紙を、私たちが持っている信仰の物差しだとすれば、その物差しに沿って日々信仰を深めていくうちに、21センチという長さを体得することができるでしょう。そして、常に自身の信仰を顧みることで、いつでもどこでも正確にその長さを示すことができるような、つまり、神様の思召しに沿った行いのできる人間になれるのだと思います。
    信仰者として、常に「人生の物差し」を持ち続けていたいものです。
    梅を見に行こう!
    「憩の家」では、「病は、人間を〝陽気ぐらし〟へ導こうとされる親神様の手引きである」との天理教の教えに基づいて看護が行われている。陽気ぐらしとは、人間の親なる神様の思召のもと、世界中の人々が互いにたすけ合い、喜びに包まれて暮らすことをいう。
    治療が奏功して良くなられる場合は、皆さん大変喜ばれ、「これからは、私も人だすけに貢献します」と言ってくださることも少なくない。しかし、難病や予後不良の病気を患う方が、陽気ぐらしへ心の建て替えを果たすのは、並大抵なことではない。その過程にいかに寄り添い、共に歩むことができるか……それが私たち看護ようぼくの使命である。
    梅の花がほころぶころになると、がんを患っていた女性患者Aさんを思い出す。Aさんのがんは全身に転移しており、抗がん剤治療が施されたものの、寝たきり状態となっていた。しかし、まだ食事を口から取ることができたので、いまが家で過ごせる最後のチャンスであろうと思われた。
    娘さんに相談したところ、休暇を取って実家に帰り、介護できるとの返事だった。そこでAさんに、「治療も一応終わって、いまは点滴もないし、おうちで娘さんと一緒に、ご主人がお仕事から帰ってこられるのを、明かりを灯して待ってあげるというのはどうでしょうか」と持ちかけた。すると、「師長さん、私は主婦だから、ご近所の方が退院したのを知って訪ねてこられたときに、せめて玄関に立って応対できないと、家に帰る意味がありません」とおっしゃった。
    Aさんのがんは全身の骨にも転移しており、ほんの少しの衝撃でも骨折する恐れがあった。それゆえ「立って玄関まで歩いて応対する」という目標が達成できるとは考えにくかった。それでも、その願いに一歩でも近づくために、主治医に「リハビリを依頼していただきたい」とお願いした。しかし、若い主治医は体への負担を心配して、終末期のリハビリには否定的だった。
    本来、リハビリの目的とは「人間らしく生きる権利の回復」だといわれている。終末期で寝たきりであっても、Aさんが人間であることに変わりはない。ましてや「魂は生き通し」とお聞かせいただき、共に陽気ぐらしを目指す私たちとしては、Aさんの希望をなんとしても叶えて差し上げたかった。
    なんとか主治医の同意を取りつけ、リハビリが始まると、驚いた。それまでは、ともすれば暗い雰囲気であった病室が、笑い声も聞かれる明るい空間に変わったのだ。おのずと会話も前向きなものとなった。
    そんななか、Aさんは「今年も梅を見に行きたいな」と呟かれた。Aさんにとって、おそらく最後になるであろう花見……。私たちは、Aさんのお花見を実現するために、試行錯誤の末、どこにも体をぶつけることなくAさんを乗用車に乗せる方法を編み出した。それは、シーツにくるんだ状態のAさんを、ストレッチャーから車内へ五人がかりでスルリと引っ張り込み、座らせるという方法だ。何度も何度もAさん役のナースで練習を重ね、ついに、どこにもぶつけないところまで上達した。
    お花見の当日、当初は「なにもそこまで……」と批判的であった主治医も出発に立ち会ってくださった。そして、無事に車に乗り込んだAさんのあまりの喜びように、思わず「私も行きたい!」と車に飛び乗られた。……が、100メートルも行かないうちに、さまざまな用事があることを思い出し、あわてて降りて病院へ戻られた。
    いかなる状況であっても、喜べるのが陽気ぐらしであるならば、つらい闘病の日々においても、ほんの少しでも喜んでいただける看護を……と、私たち看護ようぼくは、今日も模索し続けている。
    (終)
    15 min
  • ジャカルタの交通事情と家族の姿勢に見ならう
    ジャカルタの交通事情と家族の姿勢に見ならう
    インドネシア在住  張間 洋
    私が2019年の夏に、天理教インドネシア出張所勤務の御用を頂いてから、丸四年が経ちました。その間にはコロナに感染したり、色々なことが起こりましたが、現地の教友の方々が心を尽くしてくださるおかげで、何とか務めさせて頂いています。
    さて、突然ですが、皆さんはジャカルタの交通事情について見聞きされたことはありますか? 毎日時間を問わず各所で起こる大渋滞。その渋滞する車の隙間を縫うように走り、時に自転車専用道路や歩道を逆走するバイクの列。その交通状況の悪化に追い打ちをかけるように進められる道路工事と電線地中化工事。道端のそこかしこにたむろする、バイクタクシーの運転手たち。そんな中で、わずかなチップを目的に、道路の混乱を収めようと勝手に仕切りだす交通整理おじさんの介入で、状況はさらに悪化。これがジャカルタ市内の、一歩屋外に出た時の日常です。
    こうした交通事情が原因で、車での移動の際、時間を大幅に取られることにいつも不便を感じていたので、昨年からバイクに乗り始めました。しかし、日本の舗装された道路と違い、常に道路の陥没に気をつけなければなりませんし、時にはヘルメットもかぶらずに、逆走したり急に飛び出してくるバイクもいて、いつでも四方八方に注意を向けていなければ危険です。それまでバイク運転未経験だった私は、当初、その状況に怖気づいて、道路の真ん中でエンストを繰り返していました。
    そんな中でも、バイクであちこち移動をしていると、徐々に見えないルールが分かってきました。ここの停止線では止まってはいけない、この信号を守ると追突される可能性がある、ここでは車と車の間から追い越しをした方が安全だ、など、一見、危険運転をしているようでも、実は現地の交通事情に則していて安全だということがたくさんあったのです。
    皆がお互いを困らせようと思って、そのようなルールができたわけではありません。そこに住む人々は他に環境を選べないので、あるがままの状況を受け止め、逆らわずに自分を上手に合わせた結果、そうなったのだと思いました。
    私はこの経験を通して、いちばん身近な妻や子供との日々の通り方も、これと同じではないかと感じたのです。
    私たち夫婦は、結婚以前からそれぞれインドネシアに関わりを持っていて、私自身、インドネシアで神様の御用を務めることを学生時代から望んでいました。とは言え、ジャカルタに住み始めた当初は分からないことだらけでした。
    どこで何を買えばいいのか、公共料金はどこで支払えばいいのか、人との付き合い方や場面に応じた服装など、御用以前の日常生活の基本を一つひとつ家族で学んでいきました。当時9歳と5歳の子供たちにとっては、環境が急激に変化し、言葉も分からない土地で色々と苦労をしたと思いますが、与えられた状況の中で精一杯頑張ってくれました。
    ジャカルタ赴任の御用を頂く以前のことですが、私は新婚当初は夫婦の間の衝突を避けるために、言うべきことを言わずに自分の心の中でせき止めることが度々ありました。その上、私には自分が正しいと思ったことを曲げないという悪い癖があります。さらには元来の心配性から、家庭の外で起こる出来事にも自分の心をうまく合わせることができず、心はいつも疲れていました。
    親神様はそんな私の心遣いを心配してくださったのか、結婚して5年が経つ頃、私はバセドー病を発症しました。
    バセドー病は、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されることで、全身に様々な症状を引き起こす病気です。私の場合、目に見えて身体的に疲れることが多くなりました。朝起きた時から、すでに徹夜をしたような気だるさと、運動した翌日に全身筋肉痛になった時のような疲労感があるのです。少し動いただけで心臓がバクバク音を立て、すぐに疲れてしまうので、休息を取りながらでないと何事もままなりません。
    それまでは病気もせず、健康な身体を神様からお貸し頂いていると思っていたので、体力が急に落ちたことで、人として役立たずになってしまったように感じました。
    日常生活で普通にできていたことができなくなり、妻や子供に手伝ってもらったり、介抱してもらったりする中で、今までいかに妻の優しさに甘え、自分がわがままになっていたか、また我が子に対しても不遜な態度をとってしまっていたことに気づきました。家族に対する恩や、手を差し伸べてくださる周りの方々への恩も感じているつもりでしたが、病気になったことにより、自分の心遣いも一から積み直さなければならないと思い至りました。
    そんなこともあり、ジャカルタに赴任してからは、一つひとつ妻と相談しながら、自分としては真っ直ぐに出張所の御用をさせて頂き、家族にも心を配ったつもりでいたのですが、一昨年から再びバセドー病が悪化してしまいました。
    今は通院のおかげで随分楽になりましたが、極度の疲労状態になると、人が変わったように沈み込むこともあります。自分一人だけが辛い目に遭っている気持ちになり、家庭の中に嫌な空気を漂わせてしまうのです。
    ただ、私にとって幸せなのは、辛い状況にあっても、あるがままの私を受け止め、笑って勇気づけてくれる妻が隣りにいることです。また、こんな父親でも、調子が悪い時には気遣ってくれ、冴えない笑い話にも付き合ってくれる子供たちのおかげで、毎日心晴れやかに過ごすことができます。
    ジャカルタの過酷な交通事情の中でも、軽やかに運転するドライバーのように、何が起こってもあるがままを受け入れ、状況に逆らわずに心を合わせてくれる妻や子供たちの姿勢を見ならって、日々勤めていきたいと思います。
    ほしいのほこり
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、私たち人間の間違った心遣い、神様の思召しに沿わない自分中心の心遣いを「ほこり」にたとえてお諭しくださいました。
    教祖は、ほこりの心遣いを掃除する手がかりとして、「おしい・ほしい・にくい・かわい・うらみ・はらだち・よく・こうまん」の八つを教えられていますが、そのうちの「ほしい」のほこりについて、次のようにお聞かせいただいています。
    ほしいとは、心も尽くさず、身も働かずして、金銭を欲しがり、不相応に良き物を着たがり、食べたがり、また、あるが上にも欲しがるような心。何事もたんのうの心を治めるのが肝心であります。
    自分が働いた分の収入を得たいと思うのは正当な要求ですが、できることなら働いた以上にもらいたい、あるいは楽をして、人一倍もらいたいというような心。それはほこりであると、はっきりお諭しくだされています。
    また、不相応に良き物を着たがり、食べたがり、というのは、自らの徳分に見合わないものまで欲しがる、ということでしょう。お金があるから贅沢をする、というのではなしに、お金があるないにかかわらず、粗末な食事をも感謝して食べられる人が、本当の意味で徳分のある人と言えるのではないでしょうか。つまりは有っても慎む、という意識を常に忘れずにいることが、ほしいのほこりを積まない秘訣なのです。
    さて、最後に「何事もたんのうの心を治めるのが肝心」とあります。たんのうとは、これで結構、有り難いと前向きに受け止めることです。ほしいのほこりに即して言えば、金銭や物が十分にないことを不足に思ったり、嘆いたりするのではなく、それが現在の自分に相応しい与えであると納得し、喜んで受け入れることです。
    さらに言えば、ものに関してだけでなく、人に「ああして欲しい、こうして欲しい」と求める心遣いも、ほしいのほこりとなります。
    自分の意に沿わない人に対して不満を抱いたり、人のせいにしたりするのではなく、自らの心の持ち方を変え、いつでも喜びの心で通れるよう努めたいものです。
    (終)
    12 min
  • タイより、見知らぬあなたへ
    タイより、見知らぬあなたへ
    タイ在住  野口 信也
    私は天理教のタイ出張所へ赴任して12年になりますが、タイの方々を尊敬できることの一つは、道端でゴミ拾いをしていると、多くの行き交う人が「ありがとう」、「コープクンクラップ」、「コープクンカー」と声を掛けてくれることです。時にはタクシーの運転手がわざわざ車を止めてお礼を言ってくれたり、お店の方が飲み物をくれたりすることもあります。
    天理教では、世界中の人間は親神様を親とするきょうだいで、人間の心は元々は清水のように清く、互いにたすけ合って幸せに人生を送ることができるように創造されたと教えられます。しかし、日々生活する中で、辛いこと、悲しいこと、嫌なことに遭遇し、それに対する不足の心がほこりとなって、知らず知らずのうちに積もり重なり、元々きれいであった心が濁ってしまっているのが、私たちの現状なのです。
    きれいな清水のようなままの心であれば、何が正しいか、間違っているかを見分けるのは容易で、たどるべき人生の道筋がはっきりと見えてくるのかも知れません。ところが心が濁ってしまうと、本当に大切なものを見失い、正しい道の見分けがつかなくなります。すると、本来楽しいはずの人生がゆがんで見えて、自分勝手なことばかり考えたり、他人と争ったりするようになってしまうのです。
    とは言え、元はきれいな心ですから、感動する物語にふれたり、良いことを目にしたりすると、心が揺さぶられ、本来のきれいな心が顔を出し、自然と人を喜ばせる言葉や行いが現れ、それによって自分自身も嬉しい気持ちになることができます。
    さて、私がこちらへ赴任した頃、タイの高校から「日本語を教えに来てほしい」と依頼がありました。タイの方々は親日的感情を持ち、またアニメや歌、ゲームなどの文化流入の影響もあり、日本語の学習者がおよそ18万人いて、その80パーセントが中学生、高校生とのことです。
    私はお願いされたことはできるだけ断らないようにしていますが、タイでの用務は膨大で、週2日、3コマほどの授業といえども中途半端にはできないので、ほぼ毎年続く依頼を泣く泣くお断りしていました。しかしこの度のコロナ禍で多くの日本人が帰国してしまい、教師が全くいないとのことで、いよいよお受けすることにしました。
    依頼が来たのは、各学年50名ほどの生徒を抱える高校でした。一年目はコロナ禍のため、すべてオンライン授業。皆が初めての経験で四苦八苦でしたが、特に二年生のクラスはやる気が感じられず、画面に顔を出さない生徒も多く、授業を受けているのか心配になるほどでした。
    課題を出すと、提出物の中に「死」や「自殺」という文字を書く生徒もいて、担任の先生に相談すると、彼ら二年生は入学当時からオンライン授業で、友人もできず、授業も思うように進まず、大変かわいそうな学年です、との返答でした。
    タイの高校の授業は一日8時限あり、そのうえ土日も塾へ通わせる家庭が多いため、生徒たちは精神的にかなり疲弊しているように感じられました。また、日本のような学校のクラブ活動もないので、友人たちと楽しく真剣に取り組む活動がなく、それに加え、慣れないオンライン授業の毎日で大変な思いをしていたようです。
    2022年、ようやく対面授業が再開されました。問題の学年は三年生になりましたが、最終学年にもかかわらず日本語はあまり上達していません。日本語科の生徒にとっての一大イベントである七夕まつりも、三年生は大学受験を控えているという理由から、二年生が中心で企画運営をするため、活躍の場はごくわずか。そうした様々な理由から授業に対する意欲も湧かず、タイの先生方も半ばあきらめていました。
    私は少しでも生徒たちが前向きに授業を受けてくれるよう工夫をしましたが、何度注意してもゲームをやめない生徒たちを見て、「君たちのご両親は、一生懸命働いて、こんなにいい学校に君たちを入れてくれた。その君たちが今日、この教室を入った時と出て行った時で、何の成長もないまま家に帰って行ったら、ご両親はどう思いますか」と、つい強い口調で言ってしまったのです。
    「彼らが悪い訳ではない。このコロナ禍をどう生きて行けばいいか分からないんだ。彼らに寄り添おう」と心に決めておきながら、大きな失敗をしてしまいました。
    その後も、何か三年生が積極的に取り組み、「日本語を習って良かった」と思ってもらえることができないか考えていました。
    そんなある日、タイの先生が「日本人の留学生でもいると、また雰囲気も変わるのですが」と話すのを聞いた時、コロナ前に天理高校の生徒が毎年タイへ研修旅行に来ていたことを思い出し、天理高校の生徒と一緒に何かできないかと考えました。
    そして、タイの生徒たちに「見知らぬあなたへ」という題で、まだ会ったことのない日本の生徒たちに手紙を書いてもらうことにしました。
    私が作った日本語の例文を元に、そこに生徒の書きたいことを加えて下書きをし、最後に便せんに自分で清書をして、封筒に入れて完成させるという流れです。
    最初はしぶしぶ書いていた生徒たちも、下書きを手直しするうちに内容に変化が出てきました。受験勉強の大変さを書きながら、「あなたも無理をしないでね」と最後に相手を気遣ったり、オンライン授業の時に特に心配した生徒が、「みんなが楽しく幸せに暮らせますように」とタイ語で書いて、私に翻訳をお願いしにきたり。オンライン授業で、他者に対して攻撃的だと感じられた生徒が、とても優しい一面を持っていることも分かりました。
    自身の苦しみを通して、自分と同年代のまだ会ったことのない相手を思いやる生徒たちの純粋な心に触れ、私も心を動かされました。
    表書きは「見知らぬあなたへ」、裏には自分の名前を書いて、全員分の手紙が出来上がりました。
    天理高校の校長先生や担当の先生のご配慮で、天理高校の50数名の生徒さんに手紙を読んでもらい、全員から丁寧な返事をいただきました。
    タイの生徒は、自分の名前が書かれている返信の封筒を神妙な面持ちで受け取り、封を切り真剣に読み始めました。そのうち、友達同士で見せ合って歓声をあげたり、私に日本語の意味を聞きにくる生徒や、携帯の翻訳機能を使って懸命に読んでいる生徒がいたり。中には「『中国語を勉強している』と手紙に書いたので、中国語で返事が来た」という生徒もいました。
    コロナ禍で、勉強への意欲も日本語への興味も失っていた生徒たちの心に、まだ見ぬ友達からのやさしい心遣いが響いたようで、高校生の本来あるべき生き生きした姿を見ることができました。
    人の優しさや思いやりが心に届いた時、それは生きる希望や喜びとなって現れてきます。彼らには、これからもこうした経験をたくさん積んで、心豊かな大人へと育っていってほしいと思います。
    息一筋が蝶や花
    親として子どもが可愛いのは、当然のことです。だからこそ、わが子を「蝶よ花よ」といってどこまでも可愛がる。はたから見れば、どうかな?と思っても、親にすれば周りの目は関係ありません。ただただ、わが子が可愛いのです。その子どもが立派に成長して、社会に出て役に立ち、人さまに喜んでいただける人間になってくれれば、どれほど嬉しいことでしょう。
    しかし、いくら見目麗しく優しい子に成長したとしても、息一筋が止まってしまえば、そこでお別れです。それまでの日々が思い出され、親として、辛く悲しい毎日を過ごすことになるでしょう。
    神様のお言葉に、
    「蝶や花のようと言うて育てる中、蝶や花と言うも息一筋が蝶や花である。これより一つの理は無い程に」(「おさしづ」M27・3・18)
    とあります。
    息一筋に神様の有り難いお働きがあるのであって、それならばこそのお互いです。息をしなくなれば、今世はそれで終わりということになります。
    神様のご守護の世界に生かされているという真実に目覚めることが、何より大切なことです。それを知らずに、蝶よ花よと育ててみても、それは砂の上にお城を築いているようなもので、風が吹けば一夜にして崩れ去ってしまうことにもなりかねません。
    神様に生かされているという真実を、すべての考え方の基盤にしながら日々を送る。その着実な歩みが、確かな人生を紡ぐことになるのです。
    (終)
    13 min
  • ルーツの旅
    ルーツの旅
     岡山県在住  山﨑 石根
    私共の教会は明治28年の設立で、来年で創立130周年を迎えます。教会の初代会長は、私から言えばひいひいおじいちゃんに当たり、私は五代目の教会長を務めています。
    教会の草創期である明治時代、移転を余儀なくされた大変な時期に、とてもお世話になった片岡家というお家がありました。その後、片岡家の皆さんは初代会長たちと共に熱心に信仰されたそうですが、昭和に入り男のお子さんを戦争や病気で相次いで亡くしたこともあり、お子さんは娘さん一人だけになりました。
    その娘さんもお嫁に行くことになり、ご両親が亡くなると片岡の名前は途絶えることになりました。しかし、嫁ぎ先の理解もあり、片岡家のお墓やご先祖様の供養については、娘さんがずっと気にかけ、長い年月、見守ってくださっていたのです。
    さて、その娘さんにも美保さんという女のお子さんしかおらず、美保さんもまたお嫁に出たのですが、美保さんの母親である片岡家の娘さんも93歳になっていました。
    ご主人も亡くなり、施設に入っていましたが、コロナ禍でしっかりした面会が叶わず、昨年の5月にコロナが5類になったことで、ようやく美保さんとゆっくり話すことができたようです。
    その時、お母さんは美保さんに次のようなお願いをしました。
    「自分が亡くなった後、実家の片岡家のお墓を誰かに面倒見てもらう訳にもいかないから、どこかに永代供養できないか、天理教の教会に相談して欲しい」
    これを受けて当教会に相談があったのですが、美保さんはご自分で調べて、奈良県天理市の天理教教会本部の納骨堂に、お墓を移転したいと申し出たのです。いわゆる「墓じまい」です。
    亡くなってすぐの納骨ではなく、いったんあるお墓を倒して、墓石を撤去し、他の場所にご遺骨をうつして永代供養とするのは、思った以上に手間のかかることでした。改葬許可証、改葬受入承認書、除籍謄本などなど、色んなものを手配するために、市役所の手続きが必要になりました。
    美保さんのお住まいは県外にあり、母親のお世話をするためにしばしば岡山に通っている状況で、あちこち移動を繰り返しながら母親の願いに応えようとする彼女の姿は、親孝行の鑑のようで、私は胸を打たれました。
    さて、季節は秋に入り9月、いよいよお墓を倒すその前日に、美保さんから「コロナに感染したので行けなくなった」と電話があり、その日は急きょ、親戚の人に立ち会って頂きました。全部で七人の方のお墓を倒したのですが、その日を楽しみにしていた美保さんは、大変残念だったと思います。私は、引き上げたご遺骨を骨壺に納め、またそれぞれを故人の名前を記した木箱に納めました。
    数日後、美保さんから「納骨の前に、一度教会で参拝をしたい」という申し出がありました。折しも教会の秋の霊祭の時期でしたので、そのご案内をさせて頂きました。
    秋季霊祭当日は、当教会の祖霊殿の神饌物の前に、7人のご遺骨を並べ、みんなで最後のお別れができるように配慮しました。式を終えた後、美保さんから「墓じまいに立ち会えなかったので、もう一度祖霊様の前に行って、骨壺を開けて拝んでもいいですか?」とお願いされました。
    そこで私も一緒に祖霊殿に参進し、一つひとつ骨壺を開けてご覧頂くと、彼女はそれを胸に抱きしめながら、「おじいちゃん、美保ですよ」と涙を流して語りかけました。
    この時初めて聞いたのですが、美保さんは両親が共働きで忙しく、母方の祖父母に育てられたそうなのです。
    美保さんはさらに、「思いがけず60年ぶりに思い出したんですが、ちっちゃい頃、おじいちゃんに連れられて、よく天理教の教会に参拝に行っていました。今日拝見したおつとめの踊りや歌を、ものすごく懐かしく思い出しました」と。
    信仰熱心だったおじいちゃん、おばあちゃんやご先祖様が、彼女をこの教会に導いたんだなあと、思わずにはおれませんでした。
    10月4日、いよいよ教会本部の納骨堂にお骨を納めるその日、彼女と一緒に教会本部を参拝し、神殿を案内しました。
    人間創造の元の場所である聖地「ぢば」を参拝し、存命の教祖「おやさま」のお住まいである教祖殿に進みました。そこでおやさまの教えや道すがらについてお話ししていると、彼女は涙が止まらなくなり、「山﨑さん、もうそれ以上しゃべらないでください」とまで言われてしまいました。
    私はおじいちゃん、おばあちゃんの導きだけでなく、おやさまがお待ちくださっていたんだなあと、目頭が熱くなりました。どんなにか、片岡家のご先祖様はお喜びのことでしょう。
    かくして、すべての人間の魂のふるさと「ぢば」に初めて帰り、ご先祖様のご遺骨を納め、さらに尊い神様のお話を聞いた彼女の旅は、本人にとって特別なものになっただけでなく、私にとっても忘れられない一日となりました。
    今回のことをきっかけに、図らずも彼女は母方の家のルーツを知ることになり、さらには人間のルーツを知ることにもなりました。
    岡山に戻り、美保さんが母親にこの日の出来事を話し、更地になった元の墓地や納骨堂、納骨式の様子などを撮影した写真を見せると、「ありがとう、ありがとう」と何度も言葉にしながら喜んでくださったそうです。
    それからおよそ二週間後、美保さんの母親は、静かに息を引き取りました。
    天理教の教会では、朝夕に祖霊殿へ参拝し、人だすけに歩まれた先人のご苦労を偲び、遺徳をたたえ、お礼を申し上げています。今日もまた、片岡家の祖霊様はじめ、教会にゆかりのある方々にお礼を申し上げたいと思います。
    心の入れ替え
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、私たちに陽気ぐらしへ向けて心の入れ替えをうながされるべく、筆に記してお教えくだされています。
      いまゝでハせかいぢううハ一れつに  めゑ/\しやんをしてわいれども   十二 89
      なさけないとのよにしやんしたとても  人をたすける心ないので       十二 90
      これからハ月日たのみや一れつわ  心しいかりいれかゑてくれ      十二 91
      この心どふゆう事であるならば  せかいたすける一ちよばかりを    十二 92
    この直筆による「おふでさき」四首で、教祖は私たちが定めるべき心、いわゆる神様が望まれる「〇」の心と、反対に捨てるべき心、神様の思いに沿わない「×」の心をお示しくだされています。
    まず、「いまゝではせかいぢううハ一れつに めゑ/\しやんをしてわいれども」続いて、「なさけないとのよにしやんしたとても 人をたすける心ないので」とあります。
    世界中の人間は皆、銘々に思案をしてはいるけれども、どんなに思案をしても人をたすける心がない。自分中心の思案ばかりであり、何とも情けないと嘆いておられます。つまり、銘々思案は×の心であり、人をたすける心が〇です。
    そして続くお歌で、「これからハ月日たのみや一れつわ 心しいかりいれかえてくれ」「この心どふゆう事であるならば せかいたすける一ちよばかりを」と、月日親神の頼みであるとまで仰せになって、具体的にどのような心に入れ替えて欲しいかを示されています。それは、「世界たすける一ちよ」の心。世界中の人々をたすけるんだという、一筋のまっすぐな心です。
    この何の混じり気もない、たすける一点張りの心こそ、まさに神様が望まれる「〇」の心だと言えるでしょう。
    (終)
    12 min

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心のつかい方を見直してみませんか?天理教の教えに基づいた"家族円満"のヒントをお届けします。

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