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大学を卒業後、大教会で青年づとめをしていましたが、私に与えられた役割は、ホームレス状態になってしまった方々のお世話取りをすることでした。
色んな方が出たり入ったりするのですが、ある日、でたらめなことをして出て行った方から「また住む所が無くなってしまって、そちらに戻りたいのですが」と連絡がありました。私は「どうしたらいいかな」と迷いつつ、そのことを当時の大教会長様に相談に行きました。
心の中では「でたらめなことをして出て行った人だから、もう放っておいたらいいんじゃないか」と言ってもらえると期待していました。しかし、実際には思いもかけない言葉が返ってきました。
教会の月次祭を終え、片づけをしていると、携帯電話に着信があったことに気がつきました。それは、三女が通っている幼稚園の先生が亡くなったという悲しいお知らせでした。
先生が子供にかける温かい言葉と思いやりのある行動が、私は大好きでした。子育ての難しさに悩む私にも、いつも温かい言葉をかけて下さいました。
天理教では、死は「出直し」であり、神様からお借りしている身体をお返しして、また新しい身体をお借りしてこの世に戻ってくると聞かせて頂きます。
出直しは悲しいだけじゃない、神様の親心が込められていると頭では分かっていながらも、到底そんな気持ちにはなれません。しかし、時間が経つにつれて、悲しんでばかりではいけない!このお別れを通して、神様は私に何を教えようとして下さっているのかと考えるようになりました。
83歳の男性Nさんは、40数年前にようぼくになっていましたが、教会との関わりは、熱心に信仰する奥さんとそのお姉さんを、教会まで車で送迎することと、お姉さんの講社祭に参拝することでした。
そんなNさんに2024年3月、胃がんが見つかり、胃の全摘出手術を受けることになったのです。術後、目を覚ましたNさんは、生かされていることをしみじみと実感し、感激したことを教えてくれました。
この「生かされている」という感激がNさんを変えました。それまで送迎だけだった教会へ、ご自身も参拝するようになったのです。胃を摘出したので見た目はどんどん痩せていきますが、反対に信仰に対して積極的になっていくNさんの姿に、周囲も大変勇ませてもらいました。
私は長年、学生生徒修養会のスタッフを務めています。コロナの影響で数年間中止となりましたが、2023年に再開し、3月開催の高校卒業生コースのスタッフとしてお声掛けを頂きました。
しかし当時、妻が4人目の子供を妊娠中で、ちょうど学修期間中と出産予定日が重なっており、上3人の小さな子供たちの世話もあることから、今回はスタッフを務めるのは難しいだろうと考えていました。
お断りの連絡を入れようとした正にその日、本部学生担当委員会から、今回はこのような係をおつとめ頂きたいと連絡がありました。これも神様からのお導きだと考えをあらため、妻と相談をしました。
「人類のふるさと『おぢば』に帰ってくる学生たちを迎える大切な御用だから。自分たちの子供は親神様、教祖が必ず守って下さるよ」と二人で心を定め、学修のスタッフを務めさせて頂くことにしました。
ある日、50代の男性Aさんが訪ねて来られました。話を聞くと、同居していた母親がおととし亡くなったのですが、未だ納骨をせず、自宅に遺骨を置いているとのこと。
と言うのも、Aさんの両親は天理教の熱心な信者でしたが、Aさん自身は天理教のことはまったく知らず、知り合いもいません。父親が入っている天理の納骨堂に一緒に入れてあげたいが、どうしたものかと思案に暮れている所で、伝手を頼って私を訪ねて来られたのです。
さっそく手続きを進め、Aさんの自宅を訪ねると、母親の遺骨は和室に丁寧に祀られていました。そして、その横にはA4ぐらいの大きさの紙に、筆書きで神様のお言葉が記されていました。
タイ人のようぼくで、日本語で「大丈夫」という意味のタイ語「マイペンライ」が口癖のTさんという方がおられます。
Tさんは修養科を終えタイへ帰国後、自宅に立派な神床を構えて神様をお祀りし、日を決めて月次祭をつとめ始めました。友人や知人、近所の方、散歩中に知り合った方、会社の方など誰にでも声を掛けるので、月次祭には初参拝の方が多く来られます。
また、祭典に間に合わなかった人にも、「大丈夫、今おつとめ終わったから飲みに来てね」と電話をかけ、奥さんのおいしい手料理を食べながら、みんなで楽しくビールを飲みます。いつも明るく、誰にでも気さくに優しく声を掛け、人を責めることをしない彼の元には、どんどん人が集まります。
フランスでは、日常生活の中での挨拶が何よりも大事です。日本でコンビニに入った時に、カウンターにいる店員に挨拶をする人はほとんどいませんが、フランスではどんなお店に入る時にも必ず「こんにちは」と挨拶し、出る時には「さようなら」と言います。
来仏当初は、このようなフランスの文化を知らずに数々の失敗をしました。
高速道路の料金所では、すぐにお金を受け取ってもらえず、窓口の人は私に「ボンジュール」と繰り返すばかり。訳が分からず困惑していると、「ハッ」と気づきました。答えは「あいさつ」。お金を渡す前に、私に対してキチンと挨拶をせよ、ということだったのです。
中一の三男が突然、「僕、乳がんかも知れん…」と深刻そうに相談してきま
した。聞くと一か月前から左胸にしこりがあるとのことで、自分でインターネットで検索し、症状と照らし合わせながらそう思ったようでした。
何でも気軽に調べることが出来る世の中になったとは言え、子どもが自分で病気を調べ、その小さな胸でそれを何日も抱えていたことを思った時、親として胸が締め付けられる思いがしました。
そして詳しい検査の結果、何事もなく無事に済んだのですが、渦中にいる時は生きた心地がしませんでした。というのも、子どもに大きな病気を見せられる度に、私は今は亡き祖父のことを思い出すからです。
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