Share 連続ラジオ朗読劇『博多さっぱそうらん記』
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By RKBラジオ『博多さっぱそうらん記』
The podcast currently has 111 episodes available.
「これからは、この博多で、自分の人生を歩いて行こうと思うんだ」「そう。よかったやんね!」「これからは、俺も、博多弁を使わなくっちゃな」かなめは、つないだ手を離し、展望デッキの端まで歩いた。目の前には、福博の街が広がっている。様々な思いが交錯する。これから福博の街は、どんな発展を遂げるのだろうか……。そして、かなめと博の未来は?博に、最初に使ってほしい博多弁……。やっぱり、あの言葉だ。振り返ったかなめは、一つ深呼吸をして、思いを込めて告げた。
「……報告することがあるんだ」博の言葉を、かなめは心地よく、心の中にこだまさせた。「このプロジェクトをきっかけに、福岡や九州とのつながりが強くなったから、事務所としても、この九州地区でのプロジェクトを、重点的に扱うことになったんだ。それで……」博が、つないだ手に力を込めた。その手が、少し汗ばんでいるのがわかる。「博多支所を作ることになったんだ」どうやら、会長さんが「博から報告させる」と言ったことは、これのようだ。「それじゃあ、これからもずっと、博多に?」博が頷いた。雲間から光が差し込み、博はまぶしそうに目を細めた。その瞳は、中学生の頃の、かなめの憧れだった博の姿を確かにとどめていた。「これからは、この博多で、自分の人生を歩いて行こうと思うんだ」
「それじゃあ、もしかしてマイヅル様って、この福博の街ばつくった、福岡藩の……?」「駅長に矢を放った時、マイヅル様は、水牛みたいな巨大な角の兜をかぶった鎧姿だったろう? あれこそまさに、戦国の世を戦い抜いた福岡藩の初代藩主、長政公の鎧兜姿なんだ」「初代藩主の黒田長政公か……。」「きっとマイヅル様は、長政公だったころからずっと、福博の融和と発展を裏で支え、見守る人だったんだろうな」マイヅル様も、今は心穏やかに、この福博の街を見守っているのだろうか。「福岡と博多の街の間を流れる那珂川に二つしか橋を架けないで、枡形門をつくったのも、街を分断するためじゃない。博多の昔ながらの文化を守るためだったんじゃないのかな」「今も、この福博の街ば守ってくれとるとやか?」並んで立ち、どちらからともなく、手を握り合った。もうマイヅル様の声は聞こえてこない。だけど、どこからか見守っているマイヅル様のあたたかさを、確かに感じた。
かなめは博多の街が好きだ。だけど、その「好き」は、「羽片世界」とかかわってから、少し違ってきた。それは、誰かを「好き」になることと一緒なのかもしれない。うわべだけの「好き」じゃなく、長い時間をかけて寄り添い合って、「好き」を一緒に作っていくことが必要なんだ。一緒に「好き」を作って行く人……。「かなめ、やっぱりここにいたんだ?」ようやく取材攻勢から解放されたらしい博が、駆け上がってきた。思っていた顔が目の前に現れて、少し狼狽してしまった。「博君、うまくいったね」「マイヅル様との約束だったからな」「そうやね。でも、マイヅル様って結局、どんな存在やったとやか?」「福岡城は、昔は舞鶴城って言われていたんだよ」「それじゃあ、もしかしてマイヅル様って、この福博の街ばつくった、福岡藩の……?」
山王公園といえば、住吉神社と旧博多驛と共に、博多駅を守り続けていた「三角形」の一画だ。もしかしてまた、博多市の怨念が動き出したんじゃ……。「山王公園に日吉神社のあろうが? ずっと曲がって建っとった境内の手水舎が、急にまっすぐに立ったとげなたい。そいけん、見物に行ってくるとたい」「え? 手水舎が、まっすぐに……?」「そげんたい。こないだまで、いくら直そうとしても斜めになってしもうとったとに、急にまっすぐになってしもうたとよ」手水舎が曲がっていたのは、博多駅を守る三角形の結界の「磁場」の影響だった。怨念が生み出されなくなり、怨念から博多駅を守るという役割が必要なくなったことで、歪みが解消されのだろう。式典会場を離れ、かなめは大博通りに出た。駅まで歩き、駅ビルの屋上に行ってみる。「驛長さん……、やなかった、今は鉄道神社の神様やったね」かつて「驛長」と呼ばれた存在が、今はこの博多駅を守る存在になった。怨念に突き動かされて歪んだ方向に向かっていたとはいえ、その博多駅を愛する心は本物だった。驛長が鉄道神社の守り神になったことで、今の博多駅も安泰だろう。
「公園プロジェクトは成功し、あの時計と共に、彼の人生の本当の時が、この公園から刻みだしたようですね」三人で、公園のシンボルの時計台が時を刻むのを見上げた。「そうたい、あんた、博さんがね……」勢い込んで口にしたおばあちゃんに、会長さんは、イタズラっぽく口に人差し指をあてた。「いや……、本人に直接報告させた方がいいでしょうな」会長さんとおばあちゃんは、何かを企むように笑い合った。「かなめさん。夜のパーティまで時間がありますから、少し、おばあさまをお借りしますよ」なんだか、おばあちゃんの表情が、いつもよりいきいきしている。「おばあちゃん、どこにお連れすると?」「山王公園たい」「ああ、お花見ね。桜も見頃やろうしね」「お花見もばってん、あんた知らんとね。こないだから、さっぱそうらんの大騒ぎになっとるとに」「え……何があったと?」
「あら、かなめ。あんた、ここにおったとね」おばあちゃんに呼び止められた。その横には、おばあちゃんより少し年上らしい男性。「ほら、かなめ、挨拶せんね。博さんのデザイン事務所の会長さんたい」博を博多に送り出した人物。そして、おじいちゃんが亡くなった後に、おばあちゃんを影で支えていたって人だ。「かなめさん、今回の公園プロジェクトの件では、お世話になりましたね」「あの……、博君を、博多に出向させる決定をしたのって、会長さんなんですよね? いったい、どうして?」「彼が青春時代を博多で過ごしたのは、履歴書で知っていましたが、なぜかかたくなに、博多での過去を語ろうとしませんでしたのでね。何か、トラウマを抱えているのでは……とは思っていたのですよ」かなめは黙って頷いた。まさかその「トラウマ」を、自分が産み付けただなんて、とてもじゃないけど言えなかった。「だからこそ、敢えて彼が向き合うのを避けていた博多に、私の一存で送り込んだのです。それで、おばあさまに、様子を見てもらえるようにお願いしていたんですよ。そうしたら偶然にも、お孫さんが同級生だったというじゃないですか」
まさに、博多の新しいランドマークとして、博の公園は完成していた。だけどこの公園は、かなめと博にとっては、マイヅル様と約束した、福博の「融和」を象徴する場でもあった。「この場所から人は、希望と共に旅立ち、そして、多くの旅人たちを迎えました。この博多、そして福岡が発展する上において、かけがえのない場所だったのです。ですがそこには、たった一つの碑があるだけで、顧みられることもありませんでした。それは、あまりにも寂しいことだと思いませんか?」「その記憶を継承してゆくための象徴となるのが、この時計台です」ベールがはがされ、公園のシンボルの時計台が、姿を現わした。「この時計は、ビル工事の過程で発掘された、明治の頃の初代博多驛の改札口にあったものです」「土の中で百年以上眠り続けていた時計は、修復されて昔の姿を取り戻し、今の時を刻みだしました」この公園が、新たな「博多市の怨念」の「封じ」の拠点となったことは、かなめと博だけが知っている秘密だった。
「あれから、もう二年も経ったとたいねぇ……」かなめは、そう独り言をもらした。かつて、旧博多驛があった公園だ。二年前のどんたくの日、博多市の怨念によって、ここに初代の博多驛の姿が出現した……。そんな過去など無かったことのように、今は、昔とは様変わりした姿だった。今日は、博がデザインした「立体公園」を含めた再開発ビルのお披露目の日だ。公園の芝生広場に来賓や関係者が居並び、記念式典が開催されていた。「それでは、九州では初の立体公園をデザインされた新進気鋭のデザイナー、綱木博さんにご挨拶いただきましょう!」RKBテレビの人気女性アナウンサーの司会者に促され、壇上に立つ博は晴れがましそうだ「この公園は、立体公園という特性を活かし、過去、現在、未来の博多が融合する場として、表現されています」博多駅が沈没しかけた、あの「さっぱそうらん」の大騒動が終わってから、博のデザインコンセプトは、委員たちの賛同を得て、最終案として結実した。スロープでなだらかに連なった三層構造の公園だ。まさに、博多の新しいランドマークとして、博の公園は完成していた。だけどこの公園は、かなめと博にとっては、マイヅル様と約束した、福博の「融和」を象徴する場でもあった。
「私も昔は、あんたたちのごと、この福博の町に生きとった人間の一人やったとたい」マイヅル様は、遠い昔を振り返るように、目を細めた。「私の今生での役目は、福博の町の融和と発展ば見届けることやった。ばってん、私は志半ばで生ば終えることになったとたい」「そうやったとですか……」「私の心残りば、博多の神さんたちは、わかってくれとらっしゃった。私は死後も福博の守り神のマイヅル様として、この福博の町ば見守る存在になったとたい」「私の存在が消えてしまうかもしれん事態やったが、結果的に、博とかなめのおかげで、長きにわたる博多市の怨念との戦いに、終止符ば打つことができるとかもしれんな」マイヅル様は、長い長い時を振り返るようだ。「かなめと博よ。お前たちが心から信頼しあって手ばつないでくれたけん、力ば取り戻すことができたとばい。これからも、そげんして手ばつないで、博多の街ば歩いてくれんね」かなめは博と頷き合って手をつないだ。
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