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芥川賞作家の九段理恵さんが、AIで小説を書くことに挑戦した結果の言葉が、これからの人間とAIの創造性の差についての示唆に溢れていて感動しました
"なんかどこかで見たことのあるような文章なんですよね。ま、新しく創る意味がない。
AIってものは、最初から人間の役に立つように設計されているものなので、「AIが自分のために小説を書こう」っていうふうには、やはりならなかったですよね。"
"(AIには)新しいものを見たいという"欲求"がない
人間のクリエイティビティってもっと違うものを見たい、もっと新しいものを見たいか、もっと遠くへ行きたいっていう、"欲求"が今この世界の形をつくっているというふうに私は思うわけです
AIと衝突する中で本当に自分が書きたいこと、未知の欲求というものを発見する
自分が何をしたいと思ってるのか、結局はそこにつきると思います"
ここから私は思いました
1、AIにはパッションの源を創れない
2、より人間のパッションの源が重要な時代
3、AIと衝突して自分のパッションの源を創る
1、AIにはパッションの源を創れない
今回の九段さんの挑戦は、芥川賞作家というプロフェッショナル中のプロフェッショナルが、現在のAIがどこまでクレイティブになれるのかということを、身をもって体感した結果ということで、私にとってのAIとの付き合い方に、とても大きな示唆を頂きました
自分としても急速にAIを使う機会が増えており、文章もさることながら、曲も作ってくれるし、画像や動画まで簡単に創ってくれるので、自分の役割をどのように変化させていく必要があるのか、ということも考えるようになってます
その中で今回の九段さんの言葉から、大きなヒントを頂いたのは、今のAIにはパッションの源を創れない、またはそもそもがない、ということでした。
だとすると、イノベーター3つのフレームにおける、パッション、仲間、大義における、最初の最も大事な起点となるパッションが創れない、またはない、というところから、AI自身がイノベーターになるということは、あり得ない。ということを学んだ気がしました
2、より人間のパッションの源が重要な時代
そう考えると、自分自身の役割、または付加価値というのは、AIが創ることのできない、パッションの源をいかに持つことができるか、さらには、いかに他の人にもパッションの源を持ってもらえるように、支援ができるか、そこになるのかもしれないなと思いました
それは、受託型だろうが、提案型だろうが、どちらにおいても、自らのパッションの源を、その仕事にいかに掛け合わせることによって、自らでしか出せない付加価値を創っていく、そういうことを支援できるようにすることかなと思います
九段さんは"欲求"という言い方をされていますが、自身がパッションの源として、大好きなことや、他の人のためにしたいことや、オリジナリティを発揮したいことや、成長したいことなど、自らのパッションの発生する源自体を常に見つめて理解した上で望むことが、自らの付加価値としてより重要になる時代なのかもしれないと思いました
3、AIと衝突して自分のパッションの源を創る
九段さんの言葉で衝撃だったのは、"AIと衝突する"という言葉で、AIを便利に使うことも大事ですし、AIに使われないようになることも大事な中で
最も大事なのは、AIと衝突しながら進んでいくことなのかもしれないなという気づきです。衝突するためには、自分の中に確固たるWill、欲求、パッションの源を持たないと、衝突することができないわけで
その中から、これまで自分が気づかなかった自らのパッションの源や、新しいアイディアや発想がさらに拡張していく、そんな形でAIという新しい"仲間"との付き合いが進化していく、そんなことを思いました
ということで、
AIは、パッションの源を持たない新しいタイプの仲間なのかもしれない、だからこそ、自分のパッションの源をいかに持てるかということが、ますます大切な時代になる、だからこそ、AIという仲間とは、使う使われるではなく、とことんまで衝突する、その中で自らのパッションの源を磨いていく、そんなことを思いました
一言で言うと、これからは
AIと衝突するノベーション
そんなことをおもいました^ ^
参考:NHK総合 サタデーウォッチ9 2025/4/12 https://www.nhk.jp/p/ts/7K78K8ZNJV/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/q4YxgdxfI7Y
臨床心理学者で京都大学名誉教授の河合隼雄さんから、音楽と人間関係における、目から鱗の気づきを頂きました
"フルートはピアノと違って、一度に一つの音しか出せない。従ってメロディーを吹くだけである。よい気になって吹いていると、先生にここの和音はどうなっていますか、と聞かれることがある。
つまり、メロディーを吹いていても、その下についている和音がどうなって、どう変化していくかがわかっていないと駄目だというのである。"
"そのときに鳴っていない音が大切なのである。しかし、考えてみると、このことは人間関係でも大切ではなかろうか。
人間の口は一つだから、一度にたくさんのことは言えない。例えば、「悲しいです」としか言えない。しかし、これをメロディーと考えると、同じ「悲しいです」の下に、いろいろな和音があり、それによって随分と味が変わるはずであり、そこには言われていない和音を聴くことが非常に大切ではなかろうか。
音のない音に耳を傾ける態度が、他人を深く理解するのには必要であると思われる。"
ここから私は思いました
1、場の和音は何かを感じること
2、場の和音を感じて接すること
3、場の和音を創りながら接すること
1、場の和音は何かを感じること
私の音楽の先生に、アカペラを歌う時に、その時に歌っている音が、和音のどの構成音なのかを感じながら歌うと、全然違うハーモニーとなって聴こえるので、意識した方がいいですよーと、よく言われてましたので、このお話はめちゃくちゃ刺さりました
しかしながら、これがとても難しくて、メロディやアカペラの構成音の一つ一つは、横(時間の流れ)に覚えてしまってるし、その時その時で目まぐるしく自分の音の役割が、ある時は主音、ある時はテンションなどと、目まぐるしく変わるしで
論理的思考では全く追いつかない状況に陥るので、それは練習を重ねて自然に感じるところまでいかないといけないなあと、日々思っているところです。
それが実は人の人間関係でも全く同じではないか、と言うお話には、目から鱗が落ちる思いでした。
今のこの場は、果たしてメジャーな和音がなっている中でのものなのか?マイナーなものなのか?私は上司に相談する際には、必ず秘書に、「今どんな感じ?」と聞いて「上機嫌!」との時にGO!みたいなことを思い出します
人間関係やコミュニケーションの際には、この場がどんな和音なのかを感じ取る、もしくは感じ取ろうとすることが、空気を読め、と言うこととではなく、とても大事なセンシングスキルだよなあと思いました
2、場の和音を感じて接すること
その場の和音が何がなってるのか?その感覚をセンシングすることが慣れてくると、きっととても良い関係性を気づくことができるのかもしれないなあと思いました
アドラーさんが言われる通り、「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と言うことだとすると、今自分が話していること〔メロディ)は、この場では不協和音としてなんか気持ち悪いみたいなセンシングから、感じられることが大切かと思いました
そしてそれが高等になってくると、それはジャズのように、あえてハズした音を奏でることで、よりその場が活性化して、どんどん違う展開を生む、と言うことにも、繋がることが出るんじゃないか?とも思います
いきなり外した音でみんながびっくりだけで終わるのではなく、おっなんだこれは?と思わせたところから、さらなる新たな展開を産める人は、人間関係においてもインプロビゼーション(即興)の名手となれるのではないかと思いました
3、場の和音を創りながら接すること
さらにその先を考えると、その場をどんな和音で行くか?と言うことを、自らがリードしていくと言うことも、大事なのではないかとも思いました
今回の会議のテーマは、めちゃくちゃ重いので、あえて、アップテンポのポップな和音で、場の空気を支配していくみたいなことも、できるようになるといいなあと思いました
私はよくビジネスコンテストや、幹部の前の発表、みたいな緊張はり詰めてテンションバリバリな際に、あえて揉み手からの民謡歌いながら登場みたいなことを、やったりもしてました
そうするとその場の和音は、民謡で踊りたくなるような和音が続けば、みんなリラックスして楽しくやれる、そんなある意味、心理的安全性を作り出す方法にも、実は繋がるのではないかとも思いました
ということで、
やはり音楽は人が活動と密接に結びついてるなあと、改めて思ったとともに
その場の、和音へのセンサーを磨きながら、自らも素敵な和音を奏でながら、素敵なメロディやハーモニーを叶えられるようになりたいなと思いました
一言で言うと
場の和音を操るノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 河合隼雄の幸福論 著者:河合隼雄 発行所:株式会社PHP研究所 製作日:二〇二三年五月二十六日
石川県加賀市が、'消滅可能性自治体"と言われていたところから、「国家戦略特区」に選定され、数々の画期的なサービスを生み出している中で、宮元陸市長の言葉に心が震えました
曰く
"いまでもハレーションありますよ
ハレーションの連続みたいなものです
ただ、どうしても生き残っていくためには、やっぱりファーストペンギンにならざるを得ないんで
ファーストペンギンをやる大きな目的の内容というのは、ある程度周知されてからでは遅いんですよね
先端技術ってそういうものじゃないですか。ブームだってみんなそうじゃないですか。
だからそういう意味では、生き残るためには先手を打たなければならない、ということじゃないでしょうか"
ここから私はトップの役割を思いました
1、先にペインあり
2、改善から破壊へ
3、事例主義から市場創発へ
1、先にペインあり
私がイノベーションプロジェクトをご支援している中でも、よくみられるのが、とにかくAIを使って何かやりたい、できたITソリューションをどこかに展開したい、そんなお話を頂くこともあります
今回の加賀市のお取り組みで思うのは、まずは課題、徹底的なペインからはじまってるのではないか?ということを感じました。
とにかく"消滅可能性自治体"という存続の強烈なペインから始まり、必ずしもスマホを使えない方々、バスやタクシーの人材不足や利用者の高齢化によるマイカー不足、そして郵便局の配送ペイン、あらゆるペインに突き刺さる、新サービスを生み出されているのに驚きました
そこには、もちろん、ITは欠かせないものとしてあるのですが、住民や企業の両方のペインに、着実に突き刺させてるなあというところが、本当に素晴らしいと思いました
2、改善から破壊へ
そしてその時に、必ず生じるのが、ハレーションになると思うのですが、それを受け入れる覚悟と、そして乗り越える覚悟を、半端ない形で持たれた推進をされてるのだなぁとも思いました
イノベーティブであればあるほど、必ず既存のプレイヤーとのハレーションが間違い無く起こるので、逆にハレーションの起こらない改善型では、効果がほとんど見えない、そんなジレンマに陥るのが、社会課題の解決にはなかなか難しいところだと思いますが
加賀市は、改善型では無く、ハレーションが起きても、破壊型にて、社会構造自体を180度変えるくらいの覚悟で、やられてるのだなあと、心が震えました
だからこそ、宮元市長は、ファーストペンギンで無くてはならないと、言われているのかなと思いました。つまり、改善みたいな悠長なことは言ってる時間はもうない、ハレーションを起こしてでも、早急に進展を促す、そんなまさにFast Failなイノベーティブ思考だなあと思いました
3、事例主義から市場創発へ
大きな組織の場合、なかなかファーストペンギンに舵を切るのは本当に大変だと思います。まずは、先進事例を調べて、そしてリスクヘッジをしながら少しずつ改革を進める、みたいなことでは間に合わないと
そこをあえて、フォロワーではなく、イノベーターとして、ファーストペンギンを目指すのだと、それはある意味、新たな市場を創るという意気込みでもあるかと思います
アメリカ合衆国の第16代大統領エイブラハム・リンカーンが言われた「未来を予測するよりも、未来を自らが創ることだ」ということを、まさに実践している
事例やベスプラのフォロワーではなく、ファーストペンギンとしての、ある意味、千三つに挑む、まさにイノベーターそのもののマインドセットだなあと思いました
トップやリーダーに必要な大切なことを教えて頂いた気がしました
一言で言うなら
トップからファーストペンギン・ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:TBS ふるさとの未来 【消滅可能性自治体の逆襲!】 https://www.tbs.co.jp/furusato_no_mirai/
劇団四季のバック・トゥ・ザ・フューチャーに感動で最初から号泣しっぱなしで、台本/共同創作者ボブ・ゲイルさんの言葉に、目から鱗の気づきを頂きました。
曰く
"普遍的な真理というものはあります。その一つがこれだと確信しています。
幼少期、私たちは両親が全知全能で、神のような存在であると言じて過ごします。私たちをコントロールするのは彼らであり、私たちの人生におけるあらゆる決断を下すのは彼らである、と。
しかしその後、6~10歳の間のどこかで私たちは気づくのです。彼らもかつては子どもだった、ということに。
私たちの存在におけるあらゆる側面を支配するその強大な生き物も、かつては私たちと同じように、不器用で、慌ただしく、世間知らずだったのです。
学校にも行ったし、いたずらもしたし、間違いを犯すこともありました。むかしむかし、私たちの両親は子ども・だったのです....・
そして思春期を迎え、初めてのデートに行き、ファーストキスをして、そして続きはあなたが埋めてください。
これは宇宙的大発見です。"
ここから私は思いました
1、親のパッションの源に触れる
2、あの頃の自分のパッションの源に触れる
3、そして未来の本当の自分に帰る
1、親のパッションの源に触れる
もうあの音楽が生オーケストラで始まった時点から感動で号泣な私でしたが、ストーリーもキャストの皆さんも、音楽も、舞台装置も、照明も、全てにおいて凄まじいほどの本気の気迫を感じるほど、私がリアルな世代ということを差し引いても、圧倒的に素晴らしい舞台でした
台本/共同創作者ボブ・ゲイルさんの言葉からは、私は自分自身のまさに源である、その大元としての、親のパッションの源に触れるということが、めちゃくちゃ刺さりました
お父さんやお母さんが、若い時に、どんなパッションで生きていたのか?その結果として、自分がいるんだということを、ほんの少しでも知るだけで、自分自身に眠っていた違うパッションの源を気づかせてもらえる、そんな気がしました
それはすごいご先祖さまがいたとかそういうことではなくて、ボブさんが言われる通り、同じように悩んで同じようにダメダメなとこもあって、それでも懸命に生きてることを想像することで、相変わらず繰り返してるなぁ的に、何か心があったかくなる気がしました
2、あの頃の自分のパッションの源に触れる
これは、まさにバック・トウ・ザ・フューチャー・リアルタイム世代だからかもしれないのですが、その頃の自分自身の気持ちも思い出させて頂きました。
あの心踊るイントロ、そしてヒューイルイスアンド・ザニュースのツバキの飛びまくるパワーオブラブ、あの頃のダメダメな自分ながらも、好きな子に告白どころか、声をかけることさえも憚れるくせに、何故かなんでもできる感を持ってた気持ちを思い出しました
イノベーター創発WGのセッションでもやることがあるのですが、自分のパッションの源を探る方法として、今の会社にどうして入ったのか?とか、本当はどんな仕事がしたいとおもだていたのか?とか、その会社に入って本当は何をしたかったのか?みたいなことを思い出してみようセッションもやることがあります
そうすると忙しさにかまけてて忘れていた自分の本当の情熱の源を思い出すこともあって、この舞台を見てても、あの頃の自分も、こんなこと本当はやりたかったんだよなー、みたいに思い出すきっかけにもなって、改めて自分のパッションの源に出会わせてもらったような気がしました
3、そして未来の本当の自分に帰る
そんな体験をしてるうちに、自分の未来に自分がもし帰るとしたら、どんな未来に帰るんだろう、みたいなことまで想像したくなりました
イノベーションの世界では、バックキャスト法というやり方で、自分が今、例えば100歳になったとして、今の自分にどんな手紙を書くだろう、みたいなセッションをやることもあります
もちろん、どんな自分かなんて、全て想像なんですが、少なくとも今の自分にこれだけは言いたい的に、こんなことやっておいたらよかったのに、みたいに思うことがもしあるんだとすれば、それはなんだろう、みたいなことで、意外とやりたくてもやれなかったことが出てくることもあるし
または逆に、今の自分の位置から、まだやり残してることって本当にないんだっけと、自分のパッションの源を改めて見直してみて、本当にやりたいけどやれてないリスト作りみたいなことも、同じようなことかと思います
そういう意味では、バック・トゥ・ザ・フューチャーの本当の意味は、自分が本当にありたい自分の未来に帰る
一言で言えば
バック・トゥ・ザ・ジブン・ノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考: 劇団四季とコリン・イングラム社による ミュージカル BACK TO THE FUTURE JR東日本四季劇場 2025年4月6日開幕 ロングラン公演 https://www.shiki.jp/applause/backtothefuture/
今をときめくアニメーション監督の新海誠さんが、大ヒットされた"君の名は"の次の作品"天気の子"をつくるモチベーションにめちゃくちゃイノベーターを感じました
曰く
"君の名は こんなに嫌われるんだ
もっと嫌われるものをつくるべきなんじゃないかとは思ったんです
君の名は、のような物語が、嫌いだっていう人は、そこに何か動かされてしまったものがきっとあるんだろうから、
そこをもっと動かす物語を作りたいとは思ったんですよね
僕は自己犠牲を否定する少年に共感してもらえるような物語を作りたかっんですよ
「あの少年にこそ、気持ちがわかる」というように、みんなにできればたくさんの人に言って欲しかった"
ここから私は思いました
1、常識変換法
2、賛成する人がいない、大切な真実
3、嫌われる勇気
1、常識変換法
"君の名は"は、めちゃくちゃ好きで、さらに大ヒットされた映画なので、そのファンをさらに拡大する路線で行くのが定石のような気がするのですが、新海誠さんが、それを嫌ってた人に焦点をあてて、次回作の"天気の子"を制作されたことに、衝撃を頂きました
これは、以前お話しした、クリエイティブ・ディレクターの西島知宏さんの、"常識変換法"に通じるなあと思いました("常識変換法"で誰もがイノベーターになれるノベーション(1443回)https://youtu.be/tw9NX6l-NHY)
ある意味、ファンになってくれた人よりも、嫌いに思った人をターゲットとして創るというのは、リスクが高く思えるし、せっかくのファンが離れてしまうのでは?とも思いますが
まずは、常識と思われることの反対を考えてみる、そして、そこからアイディエーションをする、それによってこれまでにない新しいものを創発する、という"常識変換法"と、とても考え方が似ていて、イノベーター思考なのだなあと改めて思いました。
2、賛成する人がいない、大切な真実
これは、ピーターディールさんが「ゼロトウワン」NHK出版2014/9/25にて言われていたとても有名な言葉ですが、イノベーターは他の人がまだ見えていない真実を見つけている、ということかと思います
新海さんは、"君の名は"を嫌う人たちに焦点をあてて、そこに実は誰もが気づいていない、新しい真実の可能性を見えていたのではないか、だからこそ、"君の名は"のファンの方々も、また新しい体験として、更なる大ヒットされたのかなとも思いました
3、嫌われる勇気
口で言うのは簡単ですが、これを実際に行うためには、今度はヒットしないんじゃないか?そんなリスキーなことをする必要があるのか?みたいな、反対や批判を受けることが、沢山あったのではないかとも思います
それを乗り越えられるのは、きっと、心理学者のアドラーさんさんからの岸見一郎さんが言われるところの、他の人の評価や批判は気にせずに自らのパッションの源に従うことができる、いわゆる"嫌われる勇気 著者 岸見一郎 2013/12/13 "を持ち合わせているからこそ、できたことなのではないかとも思いました
プロジェクトは、1人でやることではないので、沢山の批判やプレッシャーを浴びながらも、自らのパッションの源に従って貫いくことは、本当に大変なことと思います
おそらく新海さんは、自らの作品に対するパッションの源がはっきりしていて、それに従うことを第一に考えられているのかなあと感じました
たとえばビートルズのようなアーティストが、毎回出すアルバムで、ファンの期待を裏切るアルバムを出しながらも、さらなる賞賛を得ていったような
新しい作品を作るためには、嫌われることも聞く厭わない
もっといえば、
嫌われる作品の創るノベーション
それこそが真のイノベーターなのかもしれない
そんなことを思いました^ ^
参考:NHK Eテレ東京 スイッチインタビュー 2025/4/4(金)「坂元裕二×新海誠」EP1https://www.nhk.jp/p/switch-int/ts/K7Y4X59JG7/episode/te/2J73WQZ774/
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/TgaQ_IKeQ2s
臨床心理学者の京都大学名誉教授の河合隼雄さんから、詩人の工藤直子さんのエッセイ集『ライオンのしっぽ』(大日本図書)からの一節を教えて頂き、思わず涙してしまいました
工藤さんのエッセイより
" 「散歩のときに、つないでくれる手。ころんですりむいたヒザに薬をぬってくれる手。服を着せてくれる手。ほうちょうをもってジャガイモをむく手、などなど。」 "
"「あのころの風呂は木づくりで、フチが高くて、小さい子は湯船に入りにくい。そんなとき、両脇をかかえあげ、ちゃぽんと入れてくれたのも、父の両手だった。」 "
さらに河合さんより
"こんなのを読むと、工藤さんは父親の手を「見る」と言っても、そこにいつも「触れる」体験のあったことがわかるし、読むほうのわれわれにも、工藤さんのお父さんの温かい手触りが伝わってくる。 「触れる」ことが、完全に心の接触になっているから、われわれも心を動かされるのだ。"
ここから私は思いました
1、三現主義
2、五感で感じる
3、心に触れる
1、三現主義
自分の父も亡くなっているので、工藤さんのエッセイは、私の父の手の形や節々など、ありありと思い出してしまいました。また私は全身アートピーなので、風呂上がりに毎日薬を塗ってくれたその触感も思い出して、思わず涙してしまいました
三現主義は、工学院大学の畑村洋太郎教授が提唱した言葉で、「現場」「現物」「現人(げんにん)」を大切にするという考え方で、トヨタやホンダにおいても実践されている有名な考え方ですが
イノベーションにおいても、めちゃくちゃ大事だなあと思ってます。私は、さらには現場100回とも言っているのですが、とかく請負ビジネスに慣れてる場合、この本当の現場へ通い理解することが大事だとはわかっていても、実践できないということによく直面します
お客様の現場に行くと言っても、それが例えば、システム部門のような間接的な課題を理解してる人だったり、本当のエンドーユーザーではないお客様に聞きに行ってたりで
この工藤さんのようなありありとその情景を浮かばせるくらいに、課題を理解するところまで、食い込むことができれば、それだけで新たなイノベーションの種を知ろうことができるよなあとつくづく思いました
2、五感で感じる
また工藤さんのエッセイを見て思うのは、五感をフル活用されているのが伝わってくる点です。現場100回でも、行けばいいのかというと、それもまた違っていて、行った上で、五感をフル活用して感じることが大事だと思います
コンサル時代には、「で、使ってみたの?」とよく言われました。「あ、すみません、ヒアリングはしたのですが、ぽりぽり」ということもよくありました。
とにかく五感を使って、見る、聞く、触れてみる、やってみる、味わってみる、この工藤さんのエッセイくらいに、情景が思い浮かぶくらいに、突っ込んだ玄蕃100回ができるか、そこが本当に大切だと思いました
3、心に触れる
そしてその先に、心に触れることができたか、という最終目標が出てくるかと思いました。ある意味それは、五感を超えた、その人の背景だったり、生き様だったり、価値観だったり、その行動の深いところにある、心に触れられるかどうか、ということなのかもしれないなあと思いました
Simon Sineckさんのゴールデンサークルの話のように、それを説明する際に、なぜここに存在してるのか?どんな価値観を持ってそれをしようとしているのか?ということを、掘り下げて感じて、さらにはそれを、適切に伝えることで、初めて真の課題をみんなで共有し、取り組むことができるのかもしれない、とも思いました
工藤さんのエッセイは、その時の情景を、読む人がありありと思い浮かばせて、心情面までも伝わり、感動を呼ぶ
そんなところまで、仲間と共に大義まで形作れたら、イノベーションも深く感動を呼ぶソリューションができるなあと、そんなことを思いました
一言で言うと
心に触れるノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本: 河合隼雄の幸福論 著者:河合隼雄 発行所:株式会社PHP研究所 製作日:二〇二三年五月二十六日
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/m_mnP77eQ-U
今をときめく俳優の広瀬すずさん、杉咲花さん、清原果耶さん、横浜流星さんという4大スターが共演し、めちゃくちゃ感動した映画"片思い世界"の脚本家の坂元裕二さんの言葉に、とても感動しました
曰く
"過去に自分で書いたセリフでまあまあ気に入ってるのが、「行った旅行も思い出になるけど、行かなかった旅行も思い出になるじゃないですか」(「カルテット」第8話)なんですけど、結果が出ないと失敗って思ったりするじゃないですか。"
中略
"大事なのは、始まったことだって。そういうふうに思えた方がいいなって思うんです。結果だけに囚われるのは時間というものに縛られ過ぎですよね。
物理的なこと、時間のこと、距離のことって、マイナスじゃなくプラスに捉えたいです。"
ここからわたしは思いました
1、大事なのは始まったこと
2、わからないことだらけ
3、誰もが片思い合っている
1、大事なのは始まったこと
衝撃のストーリー展開に、息もつかせぬほどのめり込み、そして三人姉妹の仲の良さにめちゃくちゃほっこりしながら、爽やかな希望と勇気と癒しを頂いた、本当に素晴らしい物語でした
"大事なのは、始まったこと"この坂元さんの言葉は、めちゃくちゃ刺さりました。片思い、という言葉には、希望と失望が混在してるなあと思います。
例えばこの4月になって、新しいことを始めるとき等でも、必ずこの、希望と失望というものがごちゃ混ぜになって、その一歩を踏み出せるかどうかがとても大事になると思います。
イノベーションの世界では、FastFailという言葉をよく使われますが、失望するかもしれないという結果を前向きに捉えて、万が一うまく行かなかったことも、それによって次の方向性が早くわかってよかった、それによって、より自らの進む道がわかってスタートが切れる、そんなことにも通じるなあと思いました
2、わからないことだらけ
量子力学について、何回聞いても、わかったようなわからないような、煙に巻かれているような気がしてしまう私ですが、実際専門家のお話を伺っても、事情は理解してもその原理がまだ、解明されていないというお話も聞きます
対人関係においても、心が通じていると思っていても、本当にどこまで通じているのか?理解し合えているのか?というのは永遠の謎だと思います。
アドラーさんの言われる「課題の分離」のように、他の人がどう思うまでいるかは、永遠にわからないので、分離して自分自身がコントロールできることに集中するということが大切だとは思いますが、同時に「共同体感覚」を得たいという渇望も常日頃感じてます
"片思い"という言葉には、そんなどこまで行っても、絶対に分かり合えることがない、中でも、それでも思い続けたい、という熱いパッションを感じます。
わからないことだらけだからこそ、思い続けることが大切で、それはどんな結果をもたらすかどうかは、ある意味、どうでもいいのだというくらいの、潔さが、とても大切な気がする、そんなことを教えて頂いた気がしました
3、誰もが片思い合ってる
この映画を観て思ったのは、誰もがわからないことだらけだからこそ、様々な状況に置かれた結果にいたとしても、それを嘆くのではなく、自分の思いに忠実に、"片思い"をし続けること、その大切さを教えて頂きました
それは、その先に何が待っていようと、自らのパッションの源に従って進むこと、きっとその先には、自らが思っていなかったような未来が訪れる、それにワクワクして進んでいこう、そんな人には、きっと同じ志の仲間が現れる。全ては分かり合えないかもしれないけど、仲間は必ずどこかにいる
パッションはいつまでたっても"片思い"かもしれないけれども
世界は片思いノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:映画 片思い世界 脚本 坂元裕ニ 監督 土井裕泰 出演 広瀬すず 杉咲花 清原果耶 横浜流星等 配給 東京テアトルリトルモア https://kataomoisekai.jp
童夢やAKIRAなど、大友克洋前と後の世界を作ったと言われるレジェンドのイノベーションの秘訣を伺わせて頂き、めちゃくちゃ感動しました
曰く
"そのう、俺の漫画の中にある要素ってのは、映画だったりいろんなファッションであったり、音楽だったり
そういうもっといろんなものが、いっぱい入ってきてそっちの方に行くわけよ
だから、そのみんながやっぱり漫画の中から漫画を作ってるんで、俺、漫画の中だけで漫画を作ってるわけじゃないんだよ
もっとその世の中のいろんな新しいものを見ながら描いてるわけ"
ここから私は思いました
1、越境思考
2、より離れた異分野との結合
3、遊びと創造
1、越境思考
大友さんの作品からは、圧倒的な力だったり、凄まじいスピード感だったり、躍動感、見たこともない図柄が、あたかも普通のその辺りにいるような人々から繰り出される衝撃などで、何度も見直してしまう凄みを感じていました
その秘密の一端が、映画やファッション、音楽などの、全く違う要素から繰り出されているということに、イノベーションには、越境思考ということが本当に大切なんだなあと思わせて頂きました
私がオープンイノベーションを始めた時は、ベンチャーとビジネスはリスクが高いとか、責任が取れるのか?みたいなことを言われながらも、閉塞状況を打ち破るためには、異分子を取り入れるしかないと思って分野も業種も国籍も全然違う様々な方と、会うことから始めたことを思い出しました
Tushman & Scanlanさんらの論文によると、越境は、異なる知識体系の橋渡しをする人や行為がイノベーションに寄与する、ということを言われています。まさに大友さんは、自ら様々な分野に越境することで、革新的な作品を作られたのかと思いました
2、より離れた異分野との結合
その上で、シュンペーターさんが、言われてる新結合として、既存のアイディア同士を掛け合わせること、そしてその既存のアイディアは、離れてれば離れてるほど、面白いアイディアになる、と言えことを実現されていたのかと思いました
私がオープンイノベーション活動をした当初でも、今のSEE(Startup Emergence Ecosystem)でも、そうなのですが、出来るだけ離れたものを集めて掛け合わせるというコンセプトを貫いているのですが
想定を超えるような新たなイノベーションを起こすためには、効率的に業務・業態を集めるなどではなく、全く違うものがそれによってより新しいものが生まれる、そのような仕掛けを作ることが大切と思います
3、遊びと創造
大友さんのお話を聞いていると、改めて音楽やファッションや映画から、いろんなものを取り入れようみたいな形ではなく、あたかも遊びのように興味のあること全てに突っ込んで行ってるのではないかとも感じます
大阪大学の苧坂直行さんの言われているデフォルトモードネットワークのように、一つのことに集中している状態から、散歩に行ったり音楽を聞いたりと、違う活動をすることによって、実は脳が活性化し新しい考えが浮かぶことがある、とのお話も思い出しました
また、かのアインシュタインさんが"創造性とは、知性が楽しんでいる状態である"と言われたように、遊びとして様々なものに触れて、体験して、ワクワクすることによって、様々な異分子を楽しんで結合させるそこが出来る、そんなことも感じさせて頂きました
ということで、一言で言うと
越境を楽しむノベーション
そんなことを感じました^ ^
参考:NHK Eテレ東京 浦沢直樹の漫勉neo(20)大友克洋 2025/3/29 https://www.nhk.jp/p/manben/ts/7W327R2Y4N/blog/bl/poG6xnODjg/bp/pKVJ1AaOaK/
アカデミー賞10部門ノミネートのミュージカル映画のウィキッドから、主演のアリアナ・グランデの言葉に震えました
曰く
"グリンダとエルファバのふたりがすばらしいのは、誰もが彼女たちのなかに小さな「自分の欠片」を見つけることができるところです。
複雑な心情と人間らしさを、これでもかというくらい表現してくれます。美しく、新しい感性、愛情、自分の限界への挑戦、愛や意見がもつれたときの複雑さ、正しいことをしようとする勇気も描写されています。これらすべての根底にあるのは“愛”なんです"
ここから私は思いました
1、個性派「パッション」
2、相容れない「仲間」との交流
3、自分を超える「大義」
あのアリアナ・グランデが、この役をやるために10年も前から志し、そしてクラシックやオペラ手法を改めて学び直したと言うことにも、それだけで涙してしまうし
アカデミー賞、エミー賞の主演女優賞を総なめにしているシンシア・エルヴォの魂の演技と歌にも、号泣が止まらない、言葉が見つからないほど素晴らしい映画がウィキッドですが
これはイノベーター3つのフレームでも語りがいのある、イノベーターの物語だと思いました
1、個性派「パッション」
緑色で生まれて謎の力を持っている自分を持て余すエルファバ(シンシア)は、それをコンプレックスとしてずっと生きてきますが、それが実は自分の個性として、むしろ誰でもないものとして、気づき、そして成長していく、そんな個性派パッションの発現を観させて頂いた気がしました
自分も、じっと席に座ってられなかったり、四角のマスの中に字を入れたり絵を描くことができずにどうしてもはみ出してしまうとか、自分が人と違っていて悩んだこと、コンプレックスがあると思い煩っていたことなどを、思い出しました。
でもそれは、実はパッションの源の中でも、ものすごく強いパッションになる可能性を秘めていて、そのコンプレックスが、とてつもなく成長する原動力(成長パッション)になったり、他の人とは違うからいいのだと言う(個性派パッション)になったりすることを、改めて思いました
これまで出会ったイノベーターの中にも、自らが他の人よりも劣っていると思い悩んでた人の話もたくさん伺いました。でもそれは、実はイノベーターになるとても近いところにいる、個性派パッションの源なのだと勇気づけられことを思い出しました
2、相容れない「仲間」との交流
その自分自身のパッションの源に目覚める一つの重要な鍵として、「仲間」がいるということも、エルファバとグリンダの関係を観させて頂き、改めて思いました
全く育った環境も性格も価値観も正反対な2人が、出会うことによって、ものすごく反発し合う2人だけれども、あるきっかけで、お互いの真の姿は自分の中にあるものと共感できることができると分かり合えていく姿は
ヘーゲルのアウフヘーベンのように、反発し合う二つの対立するものが、共に赦すことで、第三の道を見つけることができるような、そしてだからこそ、強固な「仲間」となれるような、瞬間を観させて頂いた気がしました
3、自分を超える「大義」
そしてその先に、これまでは自分たちのために、魔法を使えるように考えていたのが、もっと自分を超えたもののために、自分の力を使うことに目覚めていく様子は
イノベーターが、自らのパッションに基づいて自分のためにやってたことが、仲間と共に過ごすうちに、たくさんの人たちを喜ばす「大義」へ興味が移っていくように
自分を超える「大義」を目指すように育っていく、そんな成長物語であり、そして、イノベーターの物語だなあと、つくづく思いました
最後の曲がめちゃくちゃ好きな曲なのですが"Defying Gravity"重力に逆らって、と言うような意味ですが、自分の中の殻に閉じこもる重力、挑戦しないで失敗する重力、世の中の問いや違和感に対して違を唱えない重力、様々な重力から解放されていくのだと言う、決意の曲で、号泣が止まらなくはりました
ということで
コンプレックスを跳ね除ける「個性パッション」から始まり、全く異なる「仲間」との出会いから、様々な重力に屈服せず、誰かのために世の中を変えていく「大義」を、目指していくイノベーター物語と、私からは見えました
一言で言うと
重力に抗うノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:映画 Wicked 2人の魔女 監督 ジョン・M・チュウ 主演 シンシア・エリボ アリアナ・グランデ他 ユニバーサル映画 配給 東宝東和
https://wicked-movie.jp
齋藤孝さんの”退屈力”の考え方に目から鱗が落ちる思いでした
曰く
"私が強調したいのは、ある特定の型を身につけるような地道なトレーニングを、ひとつでもきっちり行ってきた人というのは、「退屈力」が備わってると言うことだ。
退屈に耐えられる力という意味だけではない。退屈なことを繰り返すことの意味を知っているのだ。
昔しっかり野球をやっていて、バットの素振りや1000本ノックの経験がある学生がいたとする。
あるいは剣道をやっていて、竹刀の素振りの経験がある学生がいたとする。
そうするとそういう学生に読書のことを教えるのは、経験のない学生に教えるより、比較的簡単である。
それまで全く本を読んでこなかったとしても、反復練習するメンタリティが身についているからだ。
それを思い出させて、要するにその時の心のあり方というのを、ここで応用すればいいんだよ。といえば、「そうか、もう一回素振りなんだ」とわかってくれる。"
ここから私は思いました
1、技能習得のパラドクス
2、コンフォートゾーンを抜け出す体験
3、退屈力が世界を回す
1、技能習得のパラドクス
私は野球少年で、高校生の頃は、甲子園目指す!とか本気で言っていた熱い青春時代を過ごしていたのですが、今思い出すと毎日素振りやってました。
ブンという音がいかに鋭く大きく鳴るかみたいなことや、ピッチャーが直球来た時、とか、カーブだ、とか、イメトレもしながらやっていて、その成果として、本当にヒット打てた時とか、めちゃくちゃ嬉しかったのを思い出しました。
伊藤亜沙さんが言われている、技能習得のパラドックスの話が大好きなのですが、逆上がりや、自転車など、頭では出来っこないと思ってることが、体を動かして何度も失敗してるうちに、ある日突然、出来ちゃうようになる
こらは、実は頭で考えてることを、身体が越えることがある、それを技能習得のパラドクスと呼ばれてるのかと私は思うのですが、そこには、斉藤孝さんの言われる、退屈力がとても重要な役割かと思いました
何度も何度もゴールが見えない、理解できないけど、チャレンジし続けられる人には、きっと退屈力が備わっていて、いつかゴールを切る日が来る、そんなことを思いました
2、コンフォートゾーンを抜け出す体験
アンダースンさんの「超一流になるには才能か努力か」から、超一流になる条件として、1最高の先生、2コンフォートゾーンを抜ける、3、自分を信じる、ということが大切という私の解釈ですが
その中の、コンフォートゾーンを抜け出すためには、斉藤さんの言われる"退屈力'がとても大切だと感じました。
それは、常にできないことを超えていかなければ、ゴールには辿り着けないからで、その見えないゴールをみながら、やり続ける力、すなわち退屈力があるからこそ、みえないゴールに辿り着けるのだろうなあと思いました
3、退屈力が世界を回す
太刀川さんの進化思考における、進化と適応、この両方とも世の中を回すためには必要なわけですが、この退屈力は、どちらにも必要なのですが、より適応の方面に必要な気がします
それは、例えば、電車を時間通りに動かすとか、金融ネットワークを滞りなく動かすとか、実は地道な積み重ねの中で、キッチリカッチリできるようになってくるものだからこそ、それは外から見ると華々しくはないけれども、社会の大半はそういうことで動いていると思います
イノベーションというと、華々しく聞こえるけれども、進化型とは、一見逆の方向に見えてても、適応型に必要な退屈力が、実は世界を回している大切な機能だと思いました
そういう意味で
一言で言うと
”退屈力”が世界を回すノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:本:退屈力 著者 齋藤孝 2008/4/17 出版 文藝春秋
動画で見たい方はこちら
https://youtu.be/QyguwdNehBg
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