天理教の時間「家族円満」

天理教の時間「家族円満」

Download on the App Store

天理教の時間「家族円満」 episodes

  • 優先順位
    優先順位
     大阪府在住  山本 達則
    ある日、何気なくインターネットを検索していると、海外のあるお話に出会いました。「マヨネーズの瓶と二杯のコーヒー」というタイトルで、海外でも大きな反響があったお話です。
    ある大学の哲学の教授が、授業が始まると、空っぽのマヨネーズの瓶を取り出し、その中にゴルフボールを入れていっぱいにしました。次に教授は小石の入った箱を取り出し、それを瓶の中にあけ始め、ゴルフボールの間を小石で埋めました。
    次に教授は砂の入った箱を取り出し、それもまた瓶の中に入れて隙間を埋めました。そして最後に、二杯のコーヒーを取り出して瓶に注ぎ、砂の隙間をすべて埋め尽くしました。不思議な組み合わせに、学生たちは笑い出しました。
    「さて」、笑いが静まると、教授は言いました。
    「この瓶は、あなた方の人生を表しています。最初に入れたゴルフボールは、人生で最も大切なものです。それは家族であり、健康であり、友人、情熱など、それさえあれば、あなたの人生は満ち足りたものになります。次に入れた小石は、仕事や家、車など。次の砂は、その他のほんの小さな、ささいなものです。
    人生において重要なこと、『ゴルフボール』を大事にしてください。子供と一緒に遊び、健康診断を受け、パートナーと一緒に食事を楽しんでください。掃除や物の修理など、家のことをする時間はいつでもあります。
    大切なのは、優先順位を間違わないということです。小石や砂で人生を満たしてしまっては、ゴルフボールの入る余地がなくなります」
    ここまで話すと、一人の学生が「コーヒーは何を表しているのですか?」と尋ねました。教授は、「あなたの人生がどれだけ手一杯に見えても、友人とコーヒーを飲む時間はいつでもあるということを表しています」と言って、微笑みました。
    人間は誰しも、欲望や損得勘定で動いたり、人の好き嫌いで対応を変えたり、いわゆる「自己中心的」な考えを持っています。そしてその感情は、「家族」に対しても向けられることが多々あります。夫は仕事が忙しくなると、妻や子供の声に耳を傾けなくなったり、邪険にしてしまったりすることがあります。
    また、家事を担っている妻にしても、余裕がなくなると、夫の仕事に理解を持てなくなったり、思い通りにならない日常にイライラして、家族に当たってしまうということもあるでしょう。子供は子供で、願い通りにならないことに突き当たると、家族に対する態度や言動が粗暴になることもあるかも知れません。私自身も父親として家族と過ごす中で、大いに心当たりのあることです。
    このような日常を俯瞰してみると、夫は家族の幸せのために、必死になって仕事をしている中でのこと。家事を担っている妻にしても、家族のことを大切に思うがあまり、行き過ぎた行動に出てしまうのだと思います。
    このように、私たちは優先順位を間違ってしまうことがあるのです。お互いの人生という器の中に、何よりも大切な「家族」というゴルフボールを入れる前に、「仕事」や「家事」、すなわち小石や砂で瓶を満たしてしまっているのです。
    もちろん、仕事や家事は適当にこなせばいい、ということではありません。何より大切なのは、家族や周りの人たちに対する「心」の使い方ではないでしょうか。
    腹が立つけれど、笑ってみよう。面倒だけど、自分から進んでやってみよう。相手が悪いと思っても、こちらから謝ってみよう。忙しい時でも、しっかり相手の話に耳を傾けよう。そういった心の使い方が、ゴルフボールで満たされる人生につながっていくのだと思います。
    天理教では、ご守護を十分に頂くための「順序」の大切さを教えられています。
    「まいたるたねハみなはへる」
    「人をたすけて我が身たすかる」
    まず、種を蒔くという行動があってこそ、その先に芽生えを見ることができます。また、あくまで人をたすけて我が身がたすかるのであって、「自分がたすかったら人をたすけますよ」では順番が逆なのです。それではいつまで経っても、神様のご守護に浴することはできません。
    地球上のすべての人は、「幸せになりたい」という願いを持ち合わせています。80億人の人がいれば、80億通りの幸せの形があります。同じ家族の中でも四人いれば四通り、五人なら五通りの「幸せの形」があるでしょう。
    私たちは、たとえ家族といえども、人の感情や思いをコントロールすることはできません。自分でコントロール出来るのは、自分自身の心だけです。
    その自由になる心を、自分の喜びや欲得のために使うのではなく、人様のために費やすことが、遠回りのようでいて、幸せを心から実感できるための一番の近道ではないかと思います。
    空いた時間、たまにはコーヒーを飲みながら友人と語らい、自分自身の日常を振り返ってみてはいかがでしょうか。
    神、月日、をや
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、親神様の存在とはいかなるものか、私たち人間が得心しやすいように様々な言い方でお示しくだされています。直筆による「おふでさき」において、はじめは「神」といい、次には「月日」と呼び、さらには「をや」と言い表しています。
    神という言葉は、当時、信仰の対象を指すものとして一般的に広く使われており、庶民の多くは、福を招き、禍を避けるためにあらゆる神々に祈願していたものです。そのような背景の中、教祖は、
      たすけでもをかみきとふでいくてなし  うかがいたてゝいくでなけれど (三 45)
    と仰せられ、親神様は、それまでに拝み祈祷の対象とされていた神々とは全く違う存在であることを示されました。親神様こそ、この世界と人間を造り、昔も今も変わることなく人間の身体から日々の暮らしに至るまで全てを守護している神である。そのお働きを、この世を創めた神、元こしらえた神、真実の神などと言葉を添えてお説きくだされています。
    また、次に親神様を「月日」と呼び、空に仰ぎ見る太陽や月によせて、より具体的にその存在を感じ取れるよう導かれました。太陽の光と熱は、あらゆる物の命の源であり、夜の暗がりを照らす月の明かりもまた、地球の生命にとって欠くことのできない恵みです。
    しかもそれらは、何の分け隔てもせず、惜しむことなくこの世のすべてを照らし出している。このような姿を指しながら、昼夜を分かたず、すべての存在に恵みを与えられる親神様の存在を示されたのです。
    そしてさらには「をや」という言葉で、身近な肉親への情を喚起させるよう、親しみを込めて親神様を言い表しています。すなわち、親神様ははるか彼方にあり、絶対の立場から人間を支配される、そのような遠い存在ではない。むしろ私たち人間のもとへと、どこまでも身を寄せられつつご守護くださる神様であり、いついかなる時も、すがることのできる親身の親であることを示されたのです。
      にんけんもこ共かわいであろをがな  それをふもをてしやんしてくれ (十四 34)
      にち/\にをやのしやんとゆうものわ  たすけるもよふばかりをもてる (十四 35)
      せかいぢう神のたあにハみなわがこ  一れつハみなをやとをもゑよ (四 79)
    これらのお歌からあふれ出る親としての情愛は、いかばかりでしょう。親神様こそ、全人類、すべての子供が可愛いという親心から、人間本来の生き方である陽気ぐらしが実現できるようにと、日夜心を砕き、お見守りくださる真実の神なのです。
    (終)
    12 min
  • SNSたすけ
    SNSたすけ
    千葉県在住  中臺 眞治
    四年前、世間はコロナ禍となり、私たち家族も「ステイホーム」ということで、教会の中で過ごしていましたが、元々信者さんが一人もいない教会なので、何をしたらいいのか分からないという日々でした。そうした状況の中、私自身、神様から何かを問われているような気がして、夫婦でよく相談をしていました。
    そんなある日、天理教青年会主催の「SNSたすけセミナー」が開催され、私も参加しました。「SNSたすけ」とは、SNS上で「生きる気力がない」というようなメッセージを発信している方とつながりを持ち、相談に乗る活動です。そして、必要な場合には教会で受け入れ、衣食住を提供しながら、その方が生き抜いていけるように手だすけをします。
    私どもの教会には空いている部屋がいくつかあるので、これなら自分たちにも出来ると思い、妻と半年ほどの相談期間を経て、コロナ禍の令和3年3月に始め、現在まで29名を受け入れました。
    活動を始めて間もない頃、ある30代の女性、Aさんとつながりができました。Aさんはすでに自ら命を絶つ日を決めていて、その日までのカウントダウンを日々SNS上で更新しながら、一緒に死んでくれる人を募っていました。
    もしかしたら、教会の中で自殺してしまう可能性もあり、妻にその不安を話しましたが、最終的には二人で覚悟を決め、教会でお預かりすることになりました。
    教会で暮らし始めてからも、カウントダウンは日々更新され、心配な状況は続きましたが、うちの子供たちを可愛がってくれたり、他の入居者の方とテレビを見ながら大笑いしたりと、楽しそうな姿も見られました。
    日によって色々なことがありましたが、数週間が経った頃、Aさんがふと「今は死にたいなんて全く思わないです」と話してくれたことがあり、私たち夫婦もとても嬉しい気持ちになりました。おそらくAさんは、教会で入居者の方や私たち家族と共に過ごすうちに、それまで感じていた孤独感や絶望感が徐々に心の中から消えていったのだと思います。
    その後、Aさんのお父さんが教会へお礼に来てくださいました。
    「心配でしたが、家族にはどうすることも出来ませんでした。この教会にお世話になっていなかったら、娘は生きていなかったと思います」と、涙を浮かべて話してくださいました。
    私たちが何か特別なことをしたわけではありません。振り返ってみると、神様がAさんにとってちょうどいい人との縁を、その時その時に応じてつないでくださっていたのだと思います。
    Aさんはその後、一年ほど教会で暮らしながら仕事に通っていました。そして教会を出た一年後に結婚し、先日、生まれたばかりの赤ちゃんを連れて教会を訪ねて来られ、共に喜びを分かち合いました。
    SNSたすけでは、Aさんのように嬉しい出会いや別れもあれば、やるせなさが残る出会いや別れもあります。しかし、それらの縁はすべて神様がつないでくださっているのだと思う時、このおたすけは、私たち夫婦にとっての有難い学びの場であると感じることができるのです。
    また、こうした活動は私たち夫婦の力だけでできるものではありません。アドバイスをして下さる方、寄付などで協力をして下さる方、トラブルがあっても許して下さる近隣住民の方など、活動を理解し、応援して下さる方々のおかげで継続できている活動です。そのことを思う時、私たちもたすけて頂いているのだなあと温かい気持ちになり、困っている人を前にした時には、自分にできることを何かさせてもらおうという気持ちになるのです。
    私自身、コロナ禍を振り返ってみて思うことがあります。この期間、「ソーシャルディスタンス」や「ステイホーム」が叫ばれ、人との距離をとることが大切にされる一方で、孤立や貧困の問題が浮き彫りになり、そうした報道が連日のようにされていました。
    こうした社会状況にも神様の親心が込められているのだとすれば、私たち夫婦が神様から問われていたのは、信仰の有無にかかわらず色々な人と出会い、たすけ合うという生き方であったのではないかと感じています。
    天理教の原典「おふでさき」では、
      たん/\となに事にてもこのよふわ  神のからだやしやんしてみよ (三 40、135)
      にち/\にをやのしやんとゆうものわ  たすけるもよふばかりをもてる (十四 35)
    と記され、この世の中は神様の懐住まいであり、神様は人間に陽気ぐらしをさせてやりたいという思いいっぱいでご守護を下さり、導いて下さっているのだと教えられます。
    つまり、平穏無事な日々はもちろんですが、目の前で起こる困難にも、陽気ぐらしをさせてやりたいという神様の親心が込められているのであり、それに対してどう応えさせてもらうのか、と思案することで陽気な生き方へと軌道修正していくことができるのだと思います。
    悲しみや苦しみに遭遇した時には、「どうしてこんなことが起こるのか」と落ち込んでしまうこともあります。悲しみが深ければ、それが神様の親心だとはとても思えない時もあるでしょう。そうした中で、どう応えさせてもらおうかと思案を重ねるのは簡単なことではありません。
    しかし、それでもなお、「たすけるもよふばかりをもてる」とまで仰せられる、その温かい親心だけは忘れずに生き抜いていくことが、大切なのではないかと感じています。
    むらかたはやくにたすけたい
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」が教えられた「みかぐらうた」に、
      むらかたはやくにたすけたい  なれどこゝろがわからいで (四下り目 六ッ)
      なにかよろづのたすけあい  むねのうちよりしあんせよ (四下り目 七ッ)
    とあります。
    村方とは、地元の人、お屋敷周辺に住まう人々のことです。近くにいる者なら尚更早くたすけたいが、なかなか神の思惑を分かってくれない、そのもどかしさが表れています。
    それまでも教祖に身近に接していた近隣の人にすれば、月日のやしろとなられてからの行動は、到底理解できるものではありませんでした。「貧に落ち切れ」との親神様の思召しのままに、食べ物や着る物、金銭まで次々に施され、ついには家形まで取り払う様を側で見て、「あの人もとうとう気が違ったか。いや、憑きものやそうな」と嘲笑を浴びせ、ついには訪ねる者さえいなくなったのでした。
    そうした中、教祖自らお針の師匠をつとめられ、決して教祖が憑きものでないことを人々に理解させたり、さらに安産のご守護である「をびや許し」をきっかけとして、おたすけを願い出る人が少しずつ出始めたのです。
    直筆による「おふでさき」には、
      村かたハなをもたすけをせへている  はやくしやんをしてくれるよふ (四 78)
      せかいぢう神のたあにハみなわがこ  一れつハみなをやとをもゑよ (四 79)
    とあります。
    村方の人々が、親神様を真実の親として慕い仰ぐようになれば、教祖のされることに疑いを持たず、子供として素直についていくことができる。そのために教祖は不思議なたすけを相次いで見せられ、やがて教祖を生き神様と慕い寄る大勢の人々で、お屋敷は賑わうようになっていったのです。
    さらに教祖は、「なにかよろづのたすけあい」と、信心の歩みの目指すべき姿として、「たすけ合い」ということを仰せになり、それについて心の底からよく思案をするようにと教えられています。
    「おふでさき」に、
      このさきハせかいぢううハ一れつに  よろづたがいにたすけするなら (十二 93)
      月日にもその心をばうけとりて  どんなたすけもするとをもゑよ (十二 94)
    とあります。
    世界中の誰もが人をたすける心になって、たすけ合いを実践できれば、親神様はその心を受け取って、どんなたすけもすると仰せられます。そこに至るまでにまず、「むらかた」と示される、身近な人々に親神様の思召を伝えること。その大切さを、教祖は身をもってお教えくだされたのです。
    (終)
    12 min
  • 20年後のラブレター
    20年後のラブレター
                 岡山県在住  山﨑 石根
    6月の初旬、妻から私宛てのハガキが届きました。ところが、その郵便を受け取った妻自身が、「あれ?何で私から手紙が届いてるんやろう?」と、心当たりがないようなのです。
    よく見ると、宛名が市町村合併以前の住所になっています。そして丁寧に、「市町村合併で住所が変わるかもしれないので、その場合は天理教の教会に連絡してください」との注意書きと共に、教会の電話番号まで書かれていました。
    二人で不思議がりながら通信面に目をやると、20年前の日付けと「20年先へのメッセージ」というタイトルの下に、妻の直筆の文章が書かれているではありませんか。
    何と、当時29歳の妻から、20年後の私に宛てたラブレターだったのです。この年に天理市の事業として、タイムカプセルに手紙を入れるイベントがあったようで、その時に妻が出した手紙がこの時届いたのです。
    「サッキー、今、元気ですか? 今、幸せですか? 私たちは互いにたすけ合って、補い合って、思いやりのある夫婦でいられてるでしょうか?あの頃の私は不足がちの毎日を通っていましたが、サッキーの優しい言葉や周りの人からの神様のお話しで、心に潤いを与えてもらいました。今の私は、逆にサッキーや周りの方々に返せているでしょうか?」
    私は結婚当初、妻からサッキーと呼ばれていたのですが、その頃の彼女は、20年後もきちんと夫婦でいられているか、教会で生活をしているのか、子どもを授かっているのか。現在の私たちの様子は全く想像もつかなかったはずです。
    そんな新婚ホヤホヤの若い妻からの20年越しの問いかけに、私は少し照れながら、「元気でたすけ合っているよ」と呟き、現在の彼女に「十分すぎるぐらい返してもらってるよ」と伝えました。
    20年前の6月13日、私たちは天理市にある教会本部の教祖殿にて結婚式を挙げました。ご縁のあった教会本部の先生に主礼を務めて頂き、夫婦の固めの盃を頂戴しました。
    今年の結婚記念日には、挙式の時に読み上げて頂いた祝詞を20年ぶりに取り出し、改めて二人で読んでみたのですが、その中の次のような内容が目に留まりました。
    「未だ二人は至らぬ勝ちではございますが、今より後は互いに変わることなく、千代の契りを結び、常に教祖のひながたを心に湛えて、如何なる中も一つ心に睦び合い扶け合いつゝ日々晴れやかに心陽気につとめさせて頂く覚悟でございます」
    折りしも20年前の妻からの「たすけ合っているか」との問いかけも相まって、「ああ、結婚とはこういうことなんだなあ」と改めて私は感じ入ったのです。
    このように手紙であったり、祝詞もそうですが、実際に書いた文字を読み返したり手に取ることが出来ると、嬉しさも一入です。
    この20年間で世の中は目まぐるしく進展し、スマートフォンやタブレットの普及により情報伝達のスピードは格段に上がりました。そのような、老若男女を問わずSNSを利用する時代になったからこそ、誰かが自筆の文字に認めてくれた想いが、一層嬉しく感じるのでしょう。
    天理教の教祖「おやさま」は、ご在世中に自ら筆を執って「おふでさき」というご神言を書き残されています。「おふでさき」は天理教の原典であり、私たちが常日頃から親しみ、拝読しているものですが、この教祖のお言葉にふれる度に、20年どころか、実際に教祖が書かれた140年以上前にタイムスリップして、教祖から直接メッセージを頂いているような心持ちになるのです。
    そうして私も妻と同じように、神様のお言葉によって心に潤いを与えて頂いているとすれば、これを教祖からのラブレターだと表現するのは言い過ぎでしょうか。
    さて、記念日から三日後の6月16日は、世に言う「父の日」でした。その日は一日御用で、夜帰宅したのですが、何だか子どもたちが慌ただしい様子です。どうやら中2の長女に急かされながら、小6の息子と小4の娘が慌てて手紙を書いているようです。
    そして、私がお風呂から上がると、3人が「とと、いつもありがとう」と言いながら、父の日の手紙を渡してくれました。長女の心のこもった手紙に比べ、下の二人の手紙はどこか書かされた感が否めない内容でしたが、それでも父親としてこれほど嬉しいことはありません。末娘の手紙には、三回分の肩もみ券まで添えられていました。
    さらに翌日の月曜日には、天理の高校で寮生活を送っている息子二人からも、父の日の手紙が送られてきました。
    結婚記念日に何か美味しい料理を食べに行ったり、父の日に何か高価なプレゼントをもらったりした訳ではありませんが、妻と子どもたちから何にも代えがたい贈り物を受け取った私は本当に幸せ者だと、しみじみ思いました。
    今のこの気持ちをずっと忘れずに、今回のこの原稿も20年後に家族で読み返すことができたなら、どんなに幸せだろうと、まだ見ぬ未来を思い描きます。「肩もみ券」は、それまで大事にとって置こうと思います。
    だけど有難い  「火水風」
    親神様のお働きを十分に頂戴する通り方とは、どのようなものでしょう。
    親神様は、ご自身のお働きについて端的に「火、水、風」と教えられます。それぞれ、どんなものか見てみましょう。
    まず「火」。私たちは太陽の光や熱、温みなしに生きていくことはできません。そして「水」。地表の70%は水、私たちの体の70%も水で出来ています。
    「火」は太陽、「水」は月。最近の研究で、月には、かなりの量の水が存在すると言われるようになりました。そしてまた、月は地球の生命にとってなくてはならないものであることが、あらためて分かってきました。
    地球は自転と公転を続けています。もし月の引力がなかったら、これらの運動が不規則になり、地球環境はとてつもなく厳しいものになるというのです。地球に生命が誕生するには、太陽と地球が、ちょうどいまの距離になければならなかったということは、よく知られています。その確率も相当に低いわけですが、加えて月の存在なしに、現在の地球環境は成り立たないのだそうです。この宇宙のなかで、宝石のような地球の存在、それは太陽と月があるおかげなのです。
    潮の満ち引きも、月の引力によるものです。海岸で見られるあの潮の満ち引きは、私たちの体のなかの満ち引きでもあります。人間の誕生や出直しの時期は、私たちの体と月の運行に深い関わりがあるといいます。
    「火」と「水」、温みと水気の調和のおかげで、私たちは生きていくことができます。世界の平均気温が数度上がれば地球は砂漠化します。逆に下がれば氷河期がやって来ます。気温にすれば、わずか数度の違いです。同じように、私たちのこの体も、体温が三六度前後で一定しているから生きていけるのです。数度上がっても下がっても、たちまち動けなくなってしまいます。
    そして、もう一つのお働きが「風」です。これは、大気や空気のことです。大気や空気は目に見えないので、その存在になかなか気づきません。それを、教祖は「風」と教えてくださいました。なるほど、見えなくても、空気が動いて風になると頬に感じるし、旗ははためきます。見えない姿が動く風になって、私たちに見えるのです。この空気、大気がなくなると、私たちは生きていけません。動物は酸素を吸って二酸化炭素を出し、植物は二酸化炭素を吸って酸素を出しています。大気というものがなかったなら、地球上の生命は存在できません。
    「火、水、風」は、まさに親神様の肝心要のお働きです。では、この親神様のご守護をいっぱい頂戴するためには、どんな通り方をしたらいいのか。この道の先人先輩は、こんな悟り方をしました。それは、「火、水、風」のような心で通らせていただくということです。
    まず「火」とは、どんなものでしょうか。昔は暖炉の火や囲炉裏の火がありました。火は、私たちに光と温みをたっぷりと与えてくれます。そのおかげで食事を作ることもできます。しかし、火が燃え尽きると、灰になります。蝋燭の火でいえば、最後まで周りを照らして自分は消えてなくなるのです。
    「水」はどうでしょう。水は低い所へ流れていって、しかも周りの汚れを取っていく働きをします。「風」もなくてはならないものですが、私たちの目には見えません。見えないけれど、大切な陰の働きをしているのです。
    火のような姿とは、周りを温め、輝かせ、そして自分は消えていくような働き方。水のような姿とは、低い心で、人の汚れを自分が被るような通り方。風のような姿とは、大切な仕事をしながらも自己主張をしない陰のつとめ方。こうした「火、水、風」のような心の姿勢で私たちが通れば、間違いなく、親神様のお働きを十分に受けることができると思います。
    (終)
    15 min
  • おさづけは世界共通
    おさづけは世界共通
    タイ在住  野口 信也
    私は22歳の時にタイへ留学に出させてもらいましたが、一か月を過ぎた頃、父が倒れたとの連絡があり、日本へ一時帰国しました。そうした節もあり、再びタイへ戻る時、「もし、病気の方がおられるのを見たり聞いたりしたら、すぐに病の平癒を願うおさづけを取り次ぐ」と心に決めました。
    私は天理で育ちましたので、周りは天理教の方ばかりです。そんな、いつでもおさづけを取り次げる環境が、かえって二の足を踏んでしまう原因ともなり、取り次ぐ機会を逃すことがよくありました。でも、タイでは私が躊躇してしまえば、その方は一生おさづけを取り次がれる機会を失ってしまう。当時の私は、若いなりにそんなことを考えていました。
    タイに戻り、再度タイ語学校へ通い始めました。数日後、クラスメイトが欠席したので、理由を聞くと、お子さんが腕の骨を折ってしまったとのこと。早速、お子さんが入院しているクリスチャン病院へお見舞いに行きました。
    そして、付き添っているクラスメイトに、息子さんにおさづけを取り次がせて頂きたいとお願いしましたが、「私はクリスチャンで洗礼を受けているので、受けることができません」とのお返事でした。
    しかし、病人さんには必ずおさづけを取り次ぐと、親神様、教祖に約束をしていますから、手ぶらでは帰れません。なので、同室に入院しているタイ人の子供たちに取り次ごうと、親御さんにたどたどしいタイ語で天理教について説明し、何とか取り次がせてもらいました。
    その後、毎日学校帰りにその病院におさづけを取り次ぐために通いましたが、ある日突然、「ここはキリスト教の病院です。勝手なことはしないでください」と看護師に言われ、そこでの取り次ぎはできなくなってしまいました。
    そんなある日のこと、タイ在住の信者さん方が団体でおぢばがえりをするので、空港へ見送りに行きました。現地で布教している方々と一緒に皆さんを見送った後、出迎えの用もあった私は、一人空港に残りロビーで待機していました。
    すると、少し離れた所が騒がしくなり、人だかりが出来ました。どうやら女の子が倒れたようで、そばにいた大柄な西洋人の男性が彼女を抱えて椅子に寝かせました。
    私は正直、「あ、しまった。見てしまった」と思いました。病気の方を見たら必ずおさづけを取り次ぐと心に決めていたものの、なかなか勇気が出ません。布教師の皆さんも帰った後で、この大きな空港の人だかりの中で、天理教の信者は私一人かも知れない状況です。
    色々考えをめぐらせた挙げ句、「よし、氷でも持って行って、もし症状が良くなったら、今日はおさづけはやめておこう」と心に決め、近くにあったお店で氷をもらい、恐る恐る持って行きました。しかし、女の子の症状は良くなるどころか「頭が痛い」と涙を流し、とうとう痙攣まで起こしてしまいました。
    「こうなったら仕方ない」。私は周りにいたその子の友達に、「私は天理教という宗教を信仰するものですが…」とタイ語で話しかけました。すると、一人の男の子から「関係ない奴はあっちへ行け!」と言われ、その態度にカチンと来てしまい、気がつけば「いえ、私はこの子をたすけますから」と勢いよく答えていました。
    そして、半ば強引に倒れている子の前に進み出て、柏手を二回打ち、おさづけの取り次ぎを始めました。
    ただ、こんな人の大勢いる場所で取り次いだ経験がなかったので、緊張で気が動転していて、何度手を振って、何度神名を唱えたのか、まったく覚えていません。それでも何とか取り次ぎを終え、柏手を二回叩くと、次の瞬間、ひどい痙攣をしていたその子が、ガバッと上半身を起こし、頭をポンポン叩きながら、ケロッとして「あー、頭痛かったあ」と言ったのです。
    私は何が起きたか分からず、「良かったですね」と言うのが精一杯でしたが、周りで見ていた友達が、「お兄さん、ありがとう、ありがとう」と、合掌をしながら次々にお礼を言ってくれました。
    数分後、空港のスタッフがやって来て、念のためと言って、起き上がった彼女を医務室へ連れて行きました。私はホッとして、出迎えの飛行機の到着までまだ時間があるので、コーヒーでも飲もうかと歩き始めました。
    そこで、ふと視線を感じ周りを見ると、おさづけを取り次ぐ様子を見ていた大勢の人が、「こいつは何者だ」という感じで、こちらをジーッと見ているのです。何とも言えず、いい気分でした。
    大きな空港に、様々な国籍や職業を持ち、信仰する宗教も違う大勢の方がおられたはずです。しかし、私が居合わせたその日、その場所でその女性を苦しみから救うことが出来たのは、唯一、天理教を信仰する私たちが教えて頂いている〝おさづけ〟だったのです。
    親神様、教祖とお約束をすると、その決心を試されるような状況に出会うことがあります。私は急な場面に遭遇し、一旦は逃げ出しそうになりましたが、何とか自分の都合を捨てて、親神様、教祖とのお約束を守ることができ、そこに鮮やかなご守護をお見せ頂きました。
    本当にもったいない、有難い出来事で、その後の私の信仰生活において、大きな一歩であったと思います。
    戦いを治める
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、「みかぐらうた」の二下り目で、
    「四ッ よなほり」
    「六ッ むほんのねえをきらふ」
    「十デ ところのをさまりや」
    と教えられています。
    世直りとは、この世界を陽気ぐらしへと建て替えること。謀反とは主君に背くことや、広く対立や抗争を意味しており、所の治まりとは、人間社会の場の治まりと解されるでしょう。
    この二下り目は冒頭で、「とん/\とんと正月をどりはじめハ やれおもしろい」と、足取りも軽やかにおつとめをつとめる楽しさが歌われています。つまり、二下り目全体を通して、おつとめによって世の対立の治まりを願い、世界平和の実現に向かうべきことを教えられているのです。
    明治十年、国内最後の内戦と言われる「西南戦争」が勃発した頃、教祖は直筆による「おふでさき」で、争いを治める道筋を次のようなお歌で示されました。
      せかいぢういちれつわみなきよたいや  たにんとゆうわさらにないぞや (十三 43)
      このもとをしりたるものハないのでな  それが月日のざねんばかりや (十三 44)
      高山にくらしているもたにそこに  くらしているもをなしたまひい (十三 45)
      それよりもたん/\つかうどふぐわな  みな月日よりかしものなるぞ (十三 46 )
      それしらすみなにんけんの心でわ  なんどたかびくあるとをもふて (十三 47)
      月日にハこのしんぢつをせかいぢうへ  どふぞしいかりしよちさしたい (十三 48)
      これさいかたしかにしよちしたならば  むほんのねへわきれてしまうに (十三 49)
      月日よりしんぢつをもう高山の  たゝかいさいかをさめたるなら (十三 50)
      このもよふどふしたならばをさまろふ  よふきづとめにでたる事なら (十三 51)
    世界中の人間は皆きょうだいであり、それぞれの身体は皆神のかしものであるのに、人々はその真実を知らず、なにか人間に高い低いの分け隔てがあると思っている。神は一れつきょうだいという真実をはっきりと知らせたいのだ。そして皆がこれを知ったならば、必ずや争いの根は切れてしまうだろう。神は上に立つ者の戦いを治めることを切に願っているのだが、そのためには早く陽気づとめに取り掛からなければならない。
    このように、世界の治まり、世界平和実現という救済過程の中で、おつとめが持つ重要な意義をお示しくだされています。
    (終)
    12 min
  • おやつのポシェット
    おやつのポシェット
    兵庫県在住  旭 和世
    今年の元旦、能登半島で信じがたいような災害が起こり、一変した街の様子が報道を通して伝わってきました。
    私が住んでいる神戸の街も、29年前の1月17日、大地震に襲われました。嫁ぎ先の教会は新神戸駅近くにあり、当時の避難生活の話をよく聞かせてもらいます。誰も予想だにしなかった天変地異に、成すすべもなく、日常がどれだけ有難いものだったのかを思い知らされた。そして、変わり果てた景色の中で、必死にたすけ合って復興への道のりを歩んできた。皆さん口々にそう話してくださいます。
    神戸市の小学校では、年が明け、1月17日が近づくと「しあわせ運べるように」という歌を歌います。神戸の街の復興を願うこの歌を、子供たちが初めて聞かせてくれた時、私は涙が止まりませんでした。
    親しんだ街並みが一瞬にして消え去り、切なくて、悲しくて、倒れそうな心を何とか奮い立たせている情景が目に浮かぶような歌なのです。
    私は特に「届けたい わたしたちの歌 しあわせ運べるように」という最後の歌詞にいつも感動します。「しあわせを運びたい」という、辛い思いをした人たち自らが発する前向きなメッセージに心を打たれるのです。
    神様のお言葉に、「人たすけたら我が身たすかる」とあります。このお言葉は、「自分がたすかりたいから人をたすける」という意味ではなく、人のたすかりや幸せを願う心を持つことが、何より自分がたすかっていく姿だと教えられているのです。そんな神様がお望みくださっている「人のたすかりを願う心」が、この歌から伝わってきました。
    私どもがお預かりする教会では、「こども食堂」や「学習支援」を行っています。その活動を通してつながった地域の方から、「子供たちに震災のことを伝えたい」との声があがり、ある日のこども食堂で、神戸で被災された時のお話をして頂きました。
    そして、お話のあと、参加してくれた子供たちと一緒に、被災した能登の子供たちに届ける「おやつのポシェット」を作りました。
    被災地には、命に直結しないおやつなどは中々届きにくく、「あめ玉一つあったら、きっと子供たちは笑顔になれるだろう」という被災経験から生まれた取り組みで、何種類かのお菓子を詰めたポシェットをたくさん作り、それに応援メッセージを添えました。
    すると、そのポシェットが現地の避難所に届いた翌日、私のケータイに一本の電話がかかってきました。
    「昨日、能登市でおやつを頂いた子供の父親です。子供がとても喜んでいるので、ひと言お礼が言いたくてお電話しました」。
    そのお父さんは、「みそらこども食堂」からの支援だと聞き、インターネットで調べて電話をくださったのです。
    私がびっくりして声も出さずにいると、お父さんに続いて、「お菓子ありがとう!」と、お子さんが直接お礼を言ってくれるではないですか。私は急なことで慌てましたが、「神戸もね、大きな地震があって大変だったけど、みんながたすけ合って元気になれたのよ。能登もいま大変だと思うけど、たすけ合ってがんばろうね!お電話ありがとうね!」と伝えることができました。
    このお電話を頂いて、神戸のみんなの真実が能登の子供たちに伝わったんだという喜びがあふれてきました。そして、こんなに喜んでくださるなら、継続的な支援として続けられたらいいなと思いました。
    しかし、被災地の様子は刻々と変わっていきます。避難所ではまだまだ帰宅できない方も大勢おられますが、子供は二次避難をしているため、人数は減っていると聞きました。
    その子供たちに、どうすれば継続的にポシェットを届けられるかと思案していると、ある方から、珠洲市で自ら被災しながらも、地域支援のために活動されている「メルヘン日進堂」という和洋菓子店を紹介されました。
    そのお店では、被災された方たちの憩いの場として「たすけ愛カフェ」を開設していて、その方いわく「そこの社長さんだったら、『おやつのポシェット』をカフェに置いてくださると思うよ!」とのことでした。
    そのお店の支援活動については、今年3月の『天理時報』に大きく取り上げられていたので、こんな素晴らしい活動をされている真実の方がいるのかと、私も感動と勇み心を頂いていました。
    さっそく連絡してみると、お店の再開準備で忙しい中を快く引き受けてくださり、ポシェットを店内に置いて頂けることになりました。
    こうして、神戸の子供たちが心をこめて作った「おやつのポシェット」と応援メッセージは、メルヘン日進堂さんのステキなお店を窓口にして、地域の子供たちに届けられています。
    このようなめぐり合わせを頂けたことが本当に有難く、親神様、教祖に心から感謝申し上げています。
    天理教の教祖「おやさま」は、ひと房のぶどうを手にとって、小さな男の子に仰いました。
    「世界は、この葡萄のようになあ、皆、丸い心で、つながり合うて行くのやで」と。
    この度のご縁が、このお言葉を思い出させてくれました。人と人とがみんな、まあるい心でつながる事で、笑顔が生まれ、心が温かくなり、力が湧いてくるのです。
    これからも、被災地の一日も早い復興と人々の心の安寧を願い、小さな取り組みではありますが、心をつなげていきたいと思っています。
    おふでさき
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」直筆による「おふでさき」は、天理教の原典の中で最も重要なものであり、教えの根幹をなすものです。
      このよふハりいでせめたるせかいなり  なにかよろづを歌のりでせめ (一 21)
      せめるとててざしするでハないほどに  くちでもゆハんふでさきのせめ (一 22)
      なにもかもちがハん事ハよけれども  ちがいあるなら歌でしらする (一 23)
    「理でせめたる世界」は、理詰めと解釈できるでしょう。この世は理詰めの世界である。その理合いについては、全て歌でもって説いていく。決して手で指し示したり、また、口で言うのでもない。筆先をもって教え諭すのだ。そして、何か通り方に間違いがある場合にも、それは歌によって知らせていく。
    ここに、教祖の深い親心が感じられます。直接口に出して間違いを指摘されれば、あまり面白くないと感じる人もいるでしょう。そこで、自ら悟っていけるように話を進めてくださるのです。しかも普通の文章、いわゆる散文ではなく、歌で示すことによって、わずかな字数の中から深い意味合いを感じ取れるようにお計らいくださっています。ゆえに、
      だん/\とふてにしらしてあるほどに  はやく心にさとりとるよふ (四 72)
      これさいかはやくさとりがついたなら  みのうちなやみすゞやかになる (四 73)
    このような、神の思いを自ら悟ってくれ、とのお歌も多いのです。
    しかし、この親心が分からない人間の側からすれば、そんなにじれったいことをせずに、そのものズバリを言ってくれたほうが分かりやすいのに、との思いが拭えないのです。
    そこで、「言わん言えんの理を聞き分けるなら、何かの理も鮮やかという」とのお言葉を噛みしめなければなりません。「言わん言えんの理」つまり、神様の口からああせい、こうせいと言われてから行動に移すようでは、鮮やかなご守護は頂けないのです。
    「おふでさき」全1711首の最後は、
      これをはな一れつ心しやんたのむで (一七 75)
    とのお歌で締めくくられています。教祖は、私たちにどこまでも、自ら思案し、神の思いを悟ることを強く望んでおられるのです。
    (終)
    12 min
  • ランドセル
    ランドセル
    岐阜県在住  伊藤 教江
    三女の佳乃が五歳の時です。突然息つくことも出来ないほどの激しい咳をし出し、それが何日も止まらなくなりました。42、3度の高熱も続き、肺炎と診断され、入院を余儀なくされました。一度は回復して退院できたものの、半年も経たないうちにまた肺炎に見舞われ、再度入院することになりました。
    二度の肺炎で、小さな身体は弱り果てていました。目の前で苦しんでいる我が子、代われるものなら代わってあげたい…でもそれは叶わないという辛さと悲しさで、私は心を倒していました。
    そんな時、主人の母が、「より子はねえ…、より子はねえ、病院から元気に帰ってくることが出来なかった。でも、佳乃ちゃんはきっと元気になって帰って来てくれるから、何も心配しなくていいよ」と声を掛けてくれました。
    より子ちゃんは、義母の三女で、主人の妹にあたります。より子ちゃんは五歳の時に白血病を患いました。何ヶ月も辛く苦しい闘病生活を送りながらも、早くから買ってもらった新しいランドセルを病院のベッドの枕元に置いて、元気に小学校へ通うことを何よりも楽しみにしていました。
    でも、より子ちゃんはランドセルを一回だけしか背負うことが出来ずに、その後も病院のベッドで何度も何度も血を吐きながら、短い生涯を閉じたのでした。
    より子ちゃんが出直した後、教会の客間の袋戸棚の中の誰にも見えない所に、「より子は死ぬの…」と書いてあるのが見つかりました。辛い闘病生活の中、最後の一時退院でうちに帰ってきた時により子ちゃんが書いたものでした。
    血を吐くたびに、「私はこの先どうなっちゃうんだろう…」と不安は募っていくけれど、それは誰にも言えない。ましてやお父さんやお母さんに言ったらどんな悲しい顔をするだろう…。小さな胸は張り裂けそうだったに違いありません。
    そうして病状が悪化する中、より子ちゃんはお母さんに必死の思いで尋ねたのです。
    「お母さん、より子は死ぬの?死んだらどうなっちゃうの?」
    苦しむ我が子にそう聞かれて、もし私が母親の立場なら、きっと何も言えず、ただただ涙があふれるばかりだと思うのです。
    しかし義母は、「より子、何も心配しなくていいよ。より子は死んだら、またお母さんのお腹の中から産まれてくるんだよ! だから、何も心配しなくていいんだよ!」そう微笑みながら答えたのです。
    我が子を失うという、これ以上ない辛く悲しいふしの中、義母はひたすらに教祖を信じ、「出直し、生まれ更わり」の教えを心の支えとして通ってきました。その義母が「佳乃ちゃんは、きっと元気で帰ってくる」と言ってくれたからこそ、私はその言葉にすがることができたのです。
    佳乃は肺炎で高熱が出ていても、まだ命をつないで頂いている。義母が通ってきた道に比べたら、私の苦しみはほんの些細なものだ。私は親神様に心からお礼を申し上げました。
    親から子、子から孫へと運命が受け継がれ、本来なら佳乃も同じように命が切れていくはずのところを、喜びを見つけて通ってくれた親のおかげで、魂に徳を頂き、大きな病を二回に分けてもらえた。大難を小難にして頂いたのです。
    もうすぐ小学生になる佳乃には、ランドセルを背負って元気に学校へ通えるだけの徳を頂きたい。そのためには、身の回りの一つ一つの物を大切にして、その物の命を生かすことが、我が命を守って頂ける徳につながるのではないかと思いました。
    そこで小学校入学にあたり、服も下着も靴下も学校の用具も、一切新しい物は買わずに、すべてお古として頂く物だけで通らせることにしました。
    ランドセルは、長女が六年間使い終わったばかりのものがありました。親の目から見ても、とても綺麗とは言えないランドセルです。佳乃は、このランドセルを喜んで使ってくれるだろうか…。
    「こんなボロボロのランドセル、誰も持って来ないよ。みんなピカピカのだよ。嫌だよ!」そんな娘の声を想像してしまいました。
    しかし、徳を積むためには全ての与えを喜んで受け入れなければならないと思い、まず長女に話をしました。
    「六年間、ランドセルを背負って元気に学校に通えたことを親神様・教祖にお礼をさせてもらおうね。それから、ランドセルにありがとう、ありがとうってお礼を言いながら綺麗にしようね」
    そして、家族全員を揃え、佳乃の目の前でランドセルを拭いてもらい、綺麗になった後で贈呈式をしました。「お姉ちゃんが六年間、大事に大事に使ったランドセルだよ。誰もこんな素敵なランドセル持ってないよ。良かったねえ、嬉しいねえ」と、みんなで手を叩いて喜びました。
    佳乃は、「うん!嬉しい!ありがとう!」と満面の笑顔で、翌日からそのボロボロのランドセルを背負って元気に学校に通ってくれました。
    親としては、たとえ不充分な与えでも、それを子供が喜んで受け取ってくれれば、今度はもっといい物を与えてあげたいと思うものです。きっと私たち人間の親である親神様も、私たちが不充分な与えを喜んで受けて通ったならば、もっと与えてやりたい、守ってやりたいという大きな親心で抱えてくださるに違いないと思うのです。
    強い者は弱い
    神様のお言葉は時として、私たちの常識では理解することが不可能な場合があります。
    「強い者は弱い、弱い者は強いで。強い者弱いと言うのは、可怪しいようなものや。それ心の誠を強いのやで」
    「強い者は弱い」。誠に矛盾している表現です。しかし、日常生活に何かしら行き詰まりを感じている時、この一見理解し難いお言葉は、人間思案に慣れた心の目にハッと気づきを与えてくれます。人は大抵の場合、一般的な常識や自ら積み重ねてきた経験知によって日常の歩みを進めています。しかし、その物事の奥深くには、人間思案によっては割り切れない神様のご守護の世界、いわゆる「理の世界」が存在しているのです。
    このような逸話が残されています。
    泉田藤吉さんは、ある時、十三峠で三人の追剥に遭いました。その時、頭にひらめいたのは、かねてから聞かせて頂いている「かしもの・かりもの」の教えでした。そこで、言われるままに羽織も着物も皆脱いで、財布までその上に載せて、大地に正座して、「どうぞ、お持ちかえり下さい」と言って、頭を上げると、三人の追剥は陰も形もありません。
    追剥たちは、藤吉さんの余りの素直さに薄気味悪くなって、何も取らずに逃げてしまったのです。そこで藤吉さんは、脱いだ着物を着ておぢばへ向かい、教祖にお目通りしたところ、結構なおさづけの理を頂戴したのでした。(教祖伝逸話篇114「よう苦労してきた」)
    藤吉さんのおたすけは、いつでも人並み外れていて、深夜に冷たい淀川の水に二時間も浸かり、身体が乾くまで風に吹かれることを三十日も続けたり、天神橋の橋杭につかまって、一晩川の水に浸かってからおたすけに向かうこともありました。
    ところが、教祖から「この道は、身体を苦しめて通るのやないで」とのお言葉を賜り、藤吉さんは、人間思案を離れて「かしもの・かりもの」の教えを深く理解するに至ったのです。
    何が強い、何が弱いという価値判断は、人間の常識では計り知れないことのようです。次のお言葉をかみしめたいと思います。
    「日々という常という、日々常に誠一つという。誠の心と言えば、一寸には弱いように皆思うなれど、誠より堅き長きものは無い」(「おかきさげ」)
    (終)
    12 min
  • 共に生きる
    共に生きる
    埼玉県在住  関根 健一
    今年で23歳になる我が家の長女は、出産時のトラブルで、一時仮死状態となった影響で脳性麻痺が残り、今でも身体の障害と知的障害があり、車椅子で生活しています。
    日常では言語によるコミュニケーションに困ることもあまりなく、社交性も高いほうで、初めて会った人にもきちんと自己紹介をします。最近は、福祉サービスで移動支援をお願いし、ヘルパーさんと一緒にショッピングモールや映画館へ出かけるなど、家族と離れて楽しむ時間も増えてきました。
    ある日、タレントさんが気になるお店に入ってグルメを味わったり、商品を見たりする、いわゆる「街ブラ番組」を家族で見ている時のことです。その回は、我が家からもほど近い川越の街を紹介していました。
    おしゃれなカフェを見つけたタレントさんが、中に入って店主おすすめの抹茶ラテを楽しむ場面を見ていた時、長女がふと「かわいいジュースだね」とつぶやきました。言われてみれば、グラスの中には抹茶のグリーン、季節に合った桜のピンク、ホイップクリームの白などが幾つもの層をなしていてとてもカラフルで、よく言う「SNS映え」するメニューでした。
    学生時代を川越で過ごした私は、お店の周りの風景を観てすぐに場所が分かったので、「今度みんなで行ってみようか?」と提案しました。すると家族みんなが喜んで賛成し、その話題でひとしきり盛り上がりました。
    しかし、長女と一緒に出かけるには、そのお店は車椅子で入れるのか?という確認が必要になります。そこで、タレントさんがお店を出入りする場面を確認すると、階段があって細い通路を通らなければならないことが分かり、さっきまで盛り上がっていた雰囲気も一気に諦めムードに変わっていきました。
    もちろん、お店に行って店員さんに相談すれば、車椅子ごと持ち上げるのを手伝ってくれたり、裏口からスロープで上がれたりする可能性もあります。しかし、そこまでして行きたいお店か?と考えて二の足を踏んでしまったり、過去にお店に入れなかった時のガッカリした気持ちを思い出したりして、諦めてしまうことは少なくありません。
    結局、長女とのお出かけは大きなショッピングパークなどの、バリアフリーが整った施設になることが多く、路地裏を入った隠れ家的なお店は考えにくいのが現状です。
    それでも、長女が生まれた頃に比べると、障害者を取り巻く環境が少しずつ良くなってきているのは事実で、私が子供の頃と比べれば格段の差です。
    長女が小学部に入学する一年前、特別支援教育の推進のために学校教育法が改正され、「養護学校」という名称が「特別支援学校」に変わりました。私は、障害児を取り巻く環境については肌感覚でしか理解していなかったので、特別支援学校のPTA会長になったことをきっかけに、それまでの障害児の教育環境について調べてみました。
    すると、40数年前に養護学校が義務教育になる以前は、障害児は就学を免除されていた、すなわち義務教育を受けなくていい時代が続いていたことが分かりました。制度上「免除」と言ってはいますが、実質的には障害児は学校に通うことを拒否されていたと言っていいかも知れません。そんな時代に「我が子が人として当たり前に教育を受けられるように」と、声を上げた人たちがいたのです。
    今でも問題がないとは言い切れませんが、少なくとも現在はすべての障害のある子供たちが教育を受けられる社会になっています。
    最近では、障害者が飛行機や電車など交通機関の利用がままならなかったことに声を上げ、SNS上で議論が巻き起こることがしばしばあります。時代に応じ形は変わっても、常に誰かが声を上げてきたおかげで社会は少しずつ変わってきたのです。
    私は仕事で建築の設計に携わっていますが、一定の基準に該当する建物の場合、車椅子でも快適に過ごせるようにという法律や条例に則って設計をしなければなりません。
    一般の個人経営のお店では、すべての人が快適に過ごせるような環境作りはなかなか難しいのが現状ですが、「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」という言葉が浸透してきたことで、一般的にも障害者に対する考え方が変わったように思います。
    少し前、日本で「ニート」という言葉が使われ始めた頃に、ニートが一気に増えたというデータがあります。これは、実数が増えたということ以外に、認知されるようになったために対象者が顕在化したという側面もあるようです。世の中の状況が変化し、起きてきた現象に名前がついたことで対象が顕在化し、人々の意識が変わる。社会の常識は、その状況を表す言葉と一緒に変化してきたとも言えます。
    最近よく耳にするようになった「共生社会」という言葉があります。差別のない、誰もが暮らしやすい社会の象徴として語られる言葉ですが、ある福祉施設で働く知人から、こんな意見を聞きました。
    「共生社会という言葉は、文字通りに捉えれば『共に生きる』という意味で、どちらが上でも下でもないはずだが、昨今この言葉の使われ方を見ていると、安全な場所にいる側が、上から目線で『共に暮らしてあげよう』と言っているような傲慢さを感じる」
    私はこれを聞いて、ハッとさせられました。こうした小さなすれ違いや、感覚の相違はまだまだ残っています。共生社会という言葉の浸透とともに、障害のある人が安心して暮らせる社会になるには、もう少し時間がかかるようです。
    では、本質的な共生社会とはどのようなものなのか? 自分なりに想像してみると、心に浮かんできたのは天理教の教えにある「陽気ぐらし」でした。
    陽気ぐらしとは、大自然を司る親神様の恵みに感謝し、そのご守護によって生かされて生きている喜びを身体いっぱいに感じながら、私たち一人ひとりが互いに尊重し合い、たすけ合って暮らす、慎みのある生き方です。
    共生社会の実現を目指すという目標は、親神様によってすでに私たちに向けて示されている。そう言えるのではないでしょうか。一人の信仰者として、共生社会の理想像とも言える「陽気ぐらし」の実現を目指していきたいと思います。
    慈愛のてびき
    人間はどこから来て、どこへ行くのか。この世界の始まりに関しては、多くの人が関心を持っていることと思いますが、その興味の中で、人生の意義についても考えが及ぶのではないでしょうか。
    私たちは陽気ぐらしをするべく、親神様によって創造されたことを知りました。それが、私たち皆が例外なく、幸せを求めてやまない理由です。しかし、その望みは必ずしも直ちに成就するものではありません。誤って、自ら方向を狂わせてしまうからです。
    『天理教教典』には、次のように記されています。
    親神は、知らず識らずのうちに危い道にさまよいゆく子供たちを、いじらしと思召され、これに、真実の親を教え、陽気ぐらしの思召を伝えて、人間思案の心得違いを改めさせようと、身上や事情の上に、しるしを見せられる。
      なにゝてもやまいいたみハさらになし  神のせきこみてびきなるそや (二 7)
      せかいぢうとこがあしきやいたみしよ  神のみちをせてびきしらすに (二 22)
    即ち、いかなる病気も、不時災難も、事情のもつれも、皆、銘々の反省を促される篤い親心のあらわれであり、真の陽気ぐらしへ導かれる慈愛のてびきに外ならぬ。(第六章「てびき」)
    我が子が地図も持たず、自分勝手にやみくもに歩いていこうとする危うさを、をやとしては黙って見ていられないのです。そして、今にも落ちていきそうな崖っぷちに立つ子供を、襟首をつかんででも安全な場所へ引き戻そうとします。いかに子供が嫌がっても、そうせずにはいられないのが親心なのです。
    私たちは苦悩を抱えていない時には、足元を見つめずに過ごしています。身を病んではじめて、いまさらのように自分自身を省みるものです。病気や事情に遭った時には、そこに親神様のたすけたいばかりの慈愛の手が差し伸べられていることを信じ、喜びの人生を開くきっかけとしたいものです。
    (終)
    12 min
  • 「想い出ノート」はじめました
    「想い出ノート」はじめました
    岡山県在住  山﨑 石根
    今年の四月、信者さんが立て続けに二人お亡くなりになり、教会長である私はその方々のお葬式をつとめました。また、この四月にはもともと二件、故人を偲ぶ年祭を行う予定があり、「待ったなし」にやって来たお葬式と合わせて、その準備や段取りにバタバタの月となりました。
    天理教の年祭やお葬式では、故人の生涯を思い起こし、生前の功績やお徳を偲ぶために祭文を読み上げます。今回の年祭は二件とも、私の父が教会長の時にお葬式をした方の年祭でした。私は、当時父が書いたものを参考に今回の祭文を作成しながら、「ああ、このご夫婦はこういう人生を通ってきたんだなあ」と、感慨深い気持ちになりました。
    当然のことですが、家族の数だけ、否、人の数だけ人生があります。お葬式や年祭を執り行う度に、その人が生きた証を強く感じることができます。
    しかし、このような祭文も、故人の情報がなければ書けません。いざ訃報が届き、そこから故人のことを尋ねても、夫婦であれば容易に振り返ることができますが、子や孫が喪主の場合は知らないことも多かったりするのです。
    かと言って「お葬式に必要なので、人生について教えてください」とあらかじめ根掘り葉掘り聞くのは、何だか失礼な気もします。私は以前からそんなジレンマを抱いていました。
    四年前の春先、ちょうど世の中がコロナ時代に入る頃、牧さんという年配の女性信者さんがお亡くなりになりました。牧さんは遠方にお住まいですが、講社祭というおうちでのお祭りを毎月欠かさず勤めていた熱心な信者さんでした。
    晩年は病気のため、同じお話ばかり繰り返されることが多かったのですが、私の曽祖父に導かれてこの信仰に入った話や、ご主人が病気だった時の苦労話など、私にとって非常に関心のある内容でした。
    あまりに毎月同じお話を聞くので、細かい内容まで覚えてしまいましたが、「いつかお葬式で必要になる内容だから、きちんと記録しておきたい」との思いに至りました。
    そこで「牧さん、来月ICレコーダーを持ってくるから、このお話し録音させてください」とお願いをしたのですが、その翌月に牧さんは突然お亡くなりになり、お話を録音することは叶いませんでした。
    世の中がコロナ時代を迎え不安に包まれる中、また遠方で何かと移動や準備が大変な中、家族の方がとても親切にしてくださり、滞りなくお葬式をつとめることが出来ました。また、録音こそ叶わなかったものの、繰り返し聞かせて頂いたお話を元に、きちんと牧さんを偲ぶ祭文を読ませて頂くことも出来ました。
    さて、私の教会では数年前から毎月、信者さん方と色々なことを相談する「談じ合い」の時間を設けています。そこで、私のほうからジレンマを抱えていたお葬式について、ある提案をしました。
    今、世の中では「終活」や「エンディングノート」と呼ばれる取り組みが注目されています。命の危険が差し迫った時、七割の方は意思伝達ができなくなると言われており、十分な準備が出来ないままに亡くなる方も大勢おられます。そうしたことから、元気なうちに遺産相続、医療や介護の希望、葬儀やお墓についてなど、様々なことを家族に書き残しておく必要があるのです。
    教会長である私は、遺産や法律的なこととは直接関係ありませんが、「なぜ信仰をしてきたか」ということについては、故人の信仰を確実に後進に伝える意味で、言葉が無理でも何とか文字で残して欲しいと以前から願っていました。生い立ちからご両親のこと、信仰を続けてきて良かったと思うこと…。お葬式の準備のためではなく、自分自身の信仰を振り返る意味でノートに書き記して欲しいと提案しました。
    みんなで相談した結果、このノートには「みちのこ想い出ノート」という名前が付きました。さっそく書式を作り、教会に所属する信者さん方にお手紙を添え、老いも若きも問わず皆さんに送り届けました。すると、たくさんの「想い出ノート」が私の元に返ってきました。
    そこにしたためられた内容は、長いことお付き合いのある信者さんであっても、私が初めて知るその方の人生が書き記されていて、驚きと共に何だか胸が熱くなりました。
    皆さん時間はまちまちで、すぐに届けてくださった人もいれば、一年かかった人もいます。途中までは書いたけれど、未だに迷っている人もいれば、なかなか筆の進まない人など様々です。
    当然そこには、その方の通っただけの、歩んだだけの確かな足跡が記されています。それらは良い想い出ばかりではないにしても、そこをどのように思案して乗り越え、今、この瞬間があるのか。その陽気ぐらしへ向けたポイントが必ず描かれているのです。そして何より、このことをきっかけに、信仰について家族同士で話し合う機会が生まれることを願ってやみません。
    さて、牧さんのご家族が、早くも「来年の二月に五年祭をしたい」と日程の相談をしてくださいました。
    牧さんが出直してからも、ご家族には色々な出来事がありました。息子さんが養子を迎えられたこと。その養子さんに赤ちゃんが生まれたこと。また、生前の牧さんと同じように、息子さんが講社祭を毎月欠かさず勤められ、さらには教会の月次祭にも養子さんたちと共に遠方から駆けつけ、参拝してくださるようになったこと。
    牧さんの人生だけでなく、「亡くなられた後に、こんなことがあったんですよ」と祭文で読み上げ、五年の節目の年祭で報告したいと思います。きっと牧さんの霊様だけでなく、牧家のご先祖様も喜んでくださるのではないかと、私は思うのです。
    だけど有難い  「華のある人」
    テレビ、映画、舞台、あるいは野球やサッカーといったスポーツの世界などを見ると、「華のある人」というのはいるものですね。その人がやって来ると周りまでパッと明るくなるような、なんとも言えない魅力がある。そういう人には、人の心が寄ります。人の心が寄るから、物も寄ります。
    たとえば、アテネオリンピックで野球競技の日本代表監督を務めた長嶋茂雄さんがそうです。巨人ファンでなくても、長嶋ファンだという人は多いですね。それだけ魅力があるからでしょう。途中で病気になってアテネへ行けない状態になったのに、監督は代わりませんでした。普通なら、そのまま続けることはあり得なかったと思いますが、周囲から文句も出なかった。まさに「華のある人」です。みんなが「長嶋さんなら」と認めてしまう素晴らしさがあるのです。
    私は、道友社発行の『すきっと』という雑誌が「華」という特集を組んだ際に、フジテレビの元プロデューサー・横澤彪さんの話を聞いたことがあります。昔、「オレたちひょうきん族」というバラエティー番組をプロデュースしていた人です。ビートたけしや明石家さんまが出演していて、大変人気がありました。
    その横澤さんが、こう言うのです。
    「華のある人というのは、まず何より『陽気な人』である。『明るい人』である。暗い人には華はない。また、どんなに苦労していても、苦労が顔に出る人には華はない。役者でも、苦労が顔に出ると華はないんです、あとは下り坂です」
    また、こうも言っていました。
    「華のある人というのは、人を喜ばせたいという気持ちを持っている人である」
    たとえば、落語家の初代・林家三平師匠は、明るく陽気で、人を喜ばせる心が人一倍あったそうです。ネタが受けないときは、草履を投げてでも受けたい、お客さんに喜んでもらいたい。笑ってもらえるなら、なんでもするというのが、あの三平師匠だった。師匠がいるだけで、みんなうれしくて楽しくて、そばへ寄っていったということです。
    この話を聞いて思いました。そんな話なら、わざわざ横澤さんを取材しに行かなくても、お道の人こそ「華のある人」のはずです。親神様を信じているのですから、当然、明るく陽気な心になれますね。そして、お道では「人をたすける」ことを学びますから、当然、人に喜んでもらいたい、たすかってもらいたいという心を持っているのです。
    では、お道を信仰してさえいれば良いのか。そうではありませんね。教えを実行しないと、人の心も物も寄るような魅力のある人にはなれません。
    「信じているが、にをいがけができない」「人をたすけるなんて、おこがましい」と言う人がいます。しかし、それは考えようによっては、災害や事故のときに、自分がたすかって「ああ良かった。でも、人をたすけるなんて気持ちにはなれない」と言っているようなものです。
    人のことを思いやれない、考えられないというのは、たすかりにくい姿です。犯罪を起こす人たちは、たいてい後のことは考えていません。人の痛みに気がつけば、そんなことはできないのです。
    私たちお互いは、教えを実行させていただいて、「あの人がいると、うれしくなるな」「あの人に会って、話が聞きたいな」「あの人の話を聞くと、何か明るい気持ちになれるな」
    そんな華のある人、魅力ある人を目指したいものです。
    (終)
    14 min
  • 幸せを求める心
    幸せを求める心
    大阪府在住  山本 達則
    あるテレビ番組で、一人のアスリートについて特集していました。現在も世界の表舞台で活躍されている方ですが、そのアスリートの日常を良く知る方がインタビューに答えていました。
    「彼が一番優れているところは、どこでしょうか?」という質問に対して、その方は「自分自身が今、必要としている事以外に惑わされない強い心だと思います」と答え、食事を例にあげました。
    今、自分自身がアスリートとして食べるべき物は何かを常に考えながら、食事をとる。もちろん人間ですから、好きな食べ物や飲み物も当然あります。多くの人は「今日ぐらいいいだろう、少しぐらいはいいだろう」と栄養を考慮せずに好きな物を口にし、自分に癒しを与えますが、彼は妥協をしません。
    またアスリートといえども、時には競技から離れて、友人たちとお酒を飲みながら開放感を味わいたいと思うこともあるでしょう。しかし、常にアスリートとしての最高の結果を求める彼は、友人たちと楽しく過ごす時間を少しでも身体を休めるための睡眠に当て、必要以上にそういった場に参加することはありません。
    プロスポーツの世界で活躍できる人は、選ばれし才能をすでに持ち合わせている人たちですが、その中でも彼がさらに優れている点は、「求める力の強さとその実行力」、そして「求める姿のために費やす時間のかけ方」である、と結んでいたのが印象的でした。
    つまり、自分自身の行動の結果が、今の姿を形づくっているということでしょうか。
    神様のお言葉に、「善い事すれば善い理が回る、悪しきは悪しきの理が回る。(中略)理は見えねど、皆帳面に付けてあるのも同じ事、月々年々余れば返やす、足らねば貰う。平均勘定はちゃんと付く」とあります。(M25・1・13)
    世界中の人々に対して、その姿をすべて見通しておられる神様の目は、絶対的に平等であるということ。善き事をすれば善き結果が表れ、悪い事をすれば、悪い結果として表れてくる、と教えられます。
    私たちは誰しも家族が健康に恵まれ、幸せな毎日を過ごすことを望んでいます。しかし、現実には少なからず不安や不満を抱えながら日々を暮らしている人が多いのではないでしょうか。
    日々、自分自身の成したことが結果として返ってくる。このことに気づく必要があると、神様は教えてくださっているのです。
    50%の力で投げれば、50%の結果として自分の手元に返ってきます。100%の力で投げれば、100%の結果として返ってきます。
    しかし、私たちは時に、50%の力で投げながら、100%の結果を待っていることがあります。極端に言えば、何も投げていないうちから、与えを待っていることさえあるかも知れません。
    神様は、「まいたる種は皆生える」と教えられますが、裏を返せば、何事も種をまかずして、芽生えを見ることはできないのです。
    現在、世界には80億人の人々が暮らし、80億通りの「幸せを求める心」があります。自分だけの幸せを求める種は、神様から見れば良い種ではないかもしれません。なぜなら、神様は世界中の人々を絶対的に平等な目でご覧になっているからです。
    世界中の人々の幸せまで考えを及ぼすのは難しいかもしれませんが、せめて家族はもちろん、身近な周囲の人々の幸せを考えながら、それに向けて自らの行動を変えていくこと。これが良い種まきとなり、ひいては喜びの芽生えにつながるのではないかと思います。
    目の前に起こる事柄に対して、それをどのように考えるか、またそれをふまえてどのように行動するか、私たち一人ひとりはそれぞれに「自由」を与えられています。この「自由な心」の使い方を変えていくことが、誰もが望んでやまない「幸せな毎日」につながっていくのではないでしょうか。
    をびや許し、ほうその守り
    天理教教祖・中山みき様「おやさま」が教えられた「みかぐらうた」に、
      ひろいせかいのうちなれバ  たすけるところがまゝあらう(五下り目 一ッ)
      ふしぎなたすけハこのところ  おびやはうそのゆるしだす(五下り目 二ッ)
    とあります。
    広い世界の中であれば、人々をたすける所があちこちにあるだろう。しかし、不思議なたすけをするのはこの元なるぢばであり、ここから「をびや許し」や「ほうその守り」を出す。このように仰せられています。
    安産のご守護である「をびや許し」、また当時大流行した感染症、疱瘡をたすけるための「ほうその守り」がどのようなものであり、それらがなぜ人々にとって「不思議なたすけ」であったのか。当時の状況を振り返ってみましょう。
    江戸時代の平均寿命は、現在の半分以下の三十歳から四十歳ぐらいだったと言われています。もちろん、当時でも六十や七十を過ぎるまで長生きした人は大勢いましたが、それでも平均寿命が短かったのは、当時は出産直後の母親と子供が、今よりはるかに多くの割合で命を落としていたことが原因でした。
    そんな命がけである出産に関して、当時は安産祈願として、妊婦が出産の前後に「腹帯」をしたり、柿はお腹を冷やすなどの理由で「毒忌み」として避けたり、頭に血が上らないように「高枕」をしたりと、様々な慣習がありました。
    教祖はそうした状況の中で、「これが、をびや許しやで。これで、高枕もせず、腹帯もせんでよいで。それから、今は柿の時やでな、柿を食べてもだんないで」。だんないとは、大事ない、大したことはないという意味の方言ですが、をびや許しによって、そのような慣習に頼らなくとも安産できる道を教えられたのです。
    また、当時は、たとえ無事に出産したとしても、その後の幼児死亡率が高く、その大きな原因となっていたのが疱瘡やはしかなどの感染症でした。
    疱瘡にかかると、高熱とともに顔から全身へ赤い発疹ができます。ひどい場合は化膿した箇所から出血し、肺炎や腎炎などを引き起こして死に至ることもありました。
    予防接種もまだ一般には広まっていない時代にあって、「ほうその守り」は、まさに不思議なたすけであったに違いなく、人々にとってどれほど有難いものであったことでしょう。
    この「をびや許し」や「ほうその守り」を頂くに際して、何より肝心なのは親神様を信じ切ることです。こんな逸話が残されています。
    清水ゆきさんという身ごもった婦人が、「をびや許し」を自ら願い出て頂いた時のこと。ゆきさんは「人間思案は一切要らぬ。親神様にもたれ安心して産ませて頂くよう」という教祖の仰せに反して、毒忌みなど昔からの習慣に従っていました。すると、出産後に高熱が出て三十日ほど寝込んでしまったのです。
    そこで教祖にうかがうと、「疑いの心があったからや」とのお言葉があり、ゆきさんはこれに深く感銘し、心の底からお詫びをしました。
    その後、教祖は産まれたばかりの赤子を預かってお世話をされ、ゆきさんも程なく全快しました。そして翌年、再び妊娠したゆきさんは「今度は決して疑いませぬ」と誓って、二度目の「をびや許し」を願い出ました。今度は教祖の仰せ通りにしよう、ひたすら親神様にもたれようと念じていたところ、不思議なほどの安産で、産後の患いもまったくありませんでした。(教祖伝第三章「みちすがら」)
    当時のをびや許しは、教祖が直接お腹に息をかけられたり、撫でられたりするものでした。現在では、「をびやづとめ」に供えられた洗米を、「御供」として頂くことができます。
    (終)
    12 min
  • 「生き方が分からない」と嘆く少年
    「生き方が分からない」と嘆く少年
    千葉県在住  中臺 眞治
    私どもがお預かりしている畑沢分教会では、現在さまざまなたすけ合い活動を行っていますが、その中で補導委託と、自立準備ホームとしての活動があります。
    補導委託は、非行のあった少年を家庭裁判所からの委託で数日間から半年間預かる制度です。家庭環境が複雑だったり、友人関係が良くなかったりで、今の場所から一度離れたほうが本人のためになると、家庭裁判所から判断された少年たちがやってきます。
    また、自立準備ホームとしては、少年院や刑務所を出た後、帰る家がないという方を、保護観察所からの委託で数カ月間預かります。どちらも北海道のある教会長さんから「是非やった方がいいですよ」と勧めて頂き、妻にも相談の上、了承を得て始めた活動です。
    この二つの活動で、一年半の間に八人の少年をお預かりしました。委託を受ける際には委託書という書類が届くのですが、そこには少年たちがどのような家庭環境で生まれ育ち、どのような非行歴があり、どのような困難を抱えているのかが記されています。
    その中でも、特に驚かされるのは家庭環境です。もちろん、家庭環境が複雑だから非行に走るとは限りませんが、そうした中で少年がどんな思いを味わいながら生き抜いてきたのか、それを想像すると胸が締め付けられる思いがします。
    ある少年、仮にA君とします。A君は罪を犯し、少年院に入ったのですが、収容期間を終える時、「家には帰りたくない」と、自ら家庭に戻ることを拒否しました。そのため、保護観察所の委託で当教会にやってきたという経緯があります。
    A君は元々手持ちの衣類が少なかったので、私が「それなら一度家に受け取りに行ったらいいんじゃない?電話してみたら?」と提案しました。A君はちょっと嫌そうな顔をしながらも笑っていたので、「ほらほら」と言って携帯電話を渡し、連絡を取ってもらいました。
    その直後、私は後悔することになりました。私が想像していたのは、長いこと会っていない子供を心配する親の声でした。しかし、現実は違ったのです。我が子を心配する言葉は一切なく、それどころかA君は親から一方的な罵声を浴び続けたのです。
    その間、A君の声と身体は震えていました。そして、「二度と帰ってくるなよ!」という親の言葉で通話は途切れました。
    電話が切れた後、本当に申し訳なかったと謝ると、A君は「いつも通りですよ。お酒を飲んでいる時はもっとヤバいです」とあきらめ顔で言いました。
    「家族円満」というタイトルがついているこうした時間に言うのはふさわしくないかも知れませんが、「どんな親子も分かり合える」という考えは、恵まれた家庭で生まれ育った私自身が持つ幻想なのだと思い知らされた出来事でした。
    子供に関心のない親、子供の気持ちを想像することが出来ない親はいます。A君の親が悪者だというわけではありません。親もまた様々な困難を抱えて生きているのだということを実感しました。
    A君は教会に来て数カ月の間に、何度か私に「どう生きていけばいいのかが分からないです」と話してきたことがありました。大抵の人の場合、生き方は親から教わるものだと思いますが、それを経験していないA君にとっては、生きていくこと自体が不安なことだったのだと思います。
    A君は衝動的な行動から、近隣住民や職場の方などとトラブルになってしまうことも度々で、私もどうしたらA君が幸せに生きられるのだろうかと悩み、色々と試みてはみるものの状況は変わらず、ただただ時間ばかりが過ぎていきました。
    そのような中で半年ほど経った頃、A君と他愛のない会話をしている時、ふと彼が「最近毎日楽しいです」と言ったのです。私はその言葉に「あー良かったな~、嬉しいな~」と思うと同時に「なんで?」という疑問が湧いてきました。でも、次の言葉で、なるほどそういうことかと思いました。
    「中臺さんの周りって、優しい人ばっかりですね」
    A君はうちの教会で実施している「こども食堂」に、毎回ボランティアスタッフとして参加したり、また、天理教の行事にも度々参加してくれています。そうした場にはA君を理解し、味方になろうとしてくれる大人たちが大勢います。そうした人たちの存在が、A君の心に安心をもたらしているのだと思います。
    子供に関心を持たず、子供の気持ちを想像することが出来ない親がいるのは事実ですが、その親の代わりを沢山の優しい大人で埋めていく、そういうやり方もあるのだと感じた出来事でした。
    A君に限らず、世の中には生き辛さを抱え、生きていくことに不安を感じている方は少なくないと思います。そうした方々と、どう関わっていったらよいのか?
    天理教の原典「おさしづ」では、
    「どんな事も心に掛けずして、優しい心神の望み。悪気(あっき)々々どうもならん。何か悠っくり育てる心、道である。悠っくり育てる心、道である/\。」(M34・3・7)
    と教えて下さっています。
    そもそも人が育っていくというのは、時間のかかることなのだと思います。いけないことをした時に、「ダメだよ」と伝えることももちろん大切ですが、同時に「許す心」「あたたかい心」で関係していくことが大切なのだと思います。そうした積み重ねが、生き辛さを抱えて苦しんでいる方々の安心につながり、生き抜いていく力になっていくのではないでしょうか。
    私自身の人生を振り返ってみても、間違いだらけの人生で、正しく生きてきたなんて口が裂けても言えません。その都度、周りの方に「しょうがないなあ」と許されながら日々を過ごしてきました。おそらくこれからもそうだろうと思います。
    自分自身も許されながら生きていることを忘れずに、生き辛さを抱える人々に寄り添っていきたいと思います。
    いまさいよくば
    私たち人間には、人生の先々までを見通すほどの力はありません。ゆえに、目先の楽な暮らしを求めて、自分勝手な行動や考えに陥ってしまいがちです。
    そのような私たちの心得違いを、天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、
      めへ/\にいまさいよくばよき事と  をもふ心ハみなちがうでな (三 33)
    と戒めてくださいます。
    銘々が勝手に目先のことばかりを考える、今さえ良ければいいんだという刹那的な心づかい。それは全て間違っているとの仰せです。これは言い換えれば、自分のことばかり考えて周りが見えていない、また今のことばかり考えて将来を見据えていないということです。
    さらに教祖は、
      てがけからいかなをふみちとふりても  すゑのほそみちみゑてないから (三 34)
      にんけんハあざないものであるからに  すゑのみちすじさらにわからん   (三 35)
    と、私たちの「あざない」あさはかな道の通り方が、いかに危ういものであるかをお示しくだされています。
    私たち一人ひとりの存在は、神様がご守護くださるこの広い世界の中の一点であり、今とは、悠久の時の流れの中の、これまた一点に過ぎません。周囲の人々に気を配り、また先々のことに思いを馳せたり、過去を振り返ることによって、物の見方や受け止め方が変わり、身の処し方も自ずと変化してきます。今さえ良くばといった狭い視野、刹那的な考え方ではなく、神様の大いなるご守護を基準とした広い視野で、また長い目で物事を見るように心がけたいものです。
      いまのみちいかなみちでもなけくなよ  さきのほんみちたのしゆでいよ (三 36)
    今がどれほど困難な道中であっても嘆いてはならない。天の理に沿っていさえすれば、必ずや確かな本道に出られるのだから、それを楽しみに通るようにと、教祖は励ましてくださいます。
    (終)
    12 min

About 天理教の時間「家族円満」

From the publisher's feed

心のつかい方を見直してみませんか?天理教の教えに基づいた"家族円満"のヒントをお届けします。

More shows like 天理教の時間「家族円満」

武田鉄矢・今朝の三枚おろし by 文化放送PodcastQR

武田鉄矢・今朝の三枚おろし

174 Listeners

町田徹のふかぼり! by ラジオNIKKEI

町田徹のふかぼり!

10 Listeners

仏教伝道協会 presents 笑い飯 哲夫のサタデー・ナイト仏教 by FM大阪

仏教伝道協会 presents 笑い飯 哲夫のサタデー・ナイト仏教

15 Listeners

辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!【最新回のみ】 by ニッポン放送

辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!【最新回のみ】

98 Listeners

眠れるラジオ - 眠くなる音楽と他愛もない話 by がすけつ

眠れるラジオ - 眠くなる音楽と他愛もない話

10 Listeners

TBSラジオ『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』 by TBS RADIO

TBSラジオ『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』

189 Listeners

天理教で人生を攻略するラジオ by ほこりまみれの信仰者こーせー

天理教で人生を攻略するラジオ

1 Listeners

ナイツ ザ・ラジオショー【最新回のみ】 by ニッポン放送

ナイツ ザ・ラジオショー【最新回のみ】

25 Listeners

超リアルな行動心理学 by FERMONDO

超リアルな行動心理学

21 Listeners

サンドウィッチマン ザ・ラジオショー サタデー【最新回のみ】 by ニッポン放送

サンドウィッチマン ザ・ラジオショー サタデー【最新回のみ】

30 Listeners

問わず語りの神田伯山 by TBS RADIO

問わず語りの神田伯山

22 Listeners

広瀬すずの「よはくじかん」 by TOKYO FM

広瀬すずの「よはくじかん」

13 Listeners

ナイツのちゃきちゃき大放送 by TBS RADIO

ナイツのちゃきちゃき大放送

8 Listeners

お互いさまっす by 松岡茉優&伊藤沙莉

お互いさまっす

14 Listeners

聞くだけでごはんができるラジオ by Yamaguchi Yuka

聞くだけでごはんができるラジオ

0 Listeners