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無過失の天秤
「これで、もっと多くの人が、自分の行きたい場所へ行けるはずだ」
二十六歳の中村は、完成したばかりの電動車椅子「アバカ・ワン」を見つめた。
大学を出たあと、彼は大企業に就職しなかった。代わりに、小さな福祉機器ベンチャーを起こした。動機は単純だった。足腰の弱い人が、自分の意思で安全に動ける社会を作りたかった。
開発中、中村はよく想像した。施設の長い廊下を、自分のペースで進んでいく老人の後ろ姿。庭の片隅で、梅の花を自分の目の高さで見ている誰か。そのために、傾斜センサーを積んだ。坂では自動でブレーキがかかる。姿勢が崩れたときには止まる。移動を助ける機械ではなく、その人の行きたい場所まで連れていく相棒を目指した。
クラウドファンディングに理念を掲げると、あっという間に支援が集まった。福祉施設、個人の利用者、介護に関わる家族。多くの人が待っていた。
ただ、開発現場には時間と資金が足りなかった。
「寒冷地での長時間試験は、量産後に回しましょう」
ある会議で、開発担当がそう言った。中村は少し迷った。低温多湿の環境。雨上がりの屋外スロープ。古い施設の湿った廊下。あり得ない条件ではなかった。
だが、追加試験には数か月かかる。その間に資金が尽きるかもしれない。施設では、すでに待っている利用者がいる。
「まず出そう。待っている人がいる」
量産第一号機が出荷される日、中村は倉庫の前で頭を下げた。どうか、無事に役に立ってくれ。その祈りは、本物だった。
発売から三か月が過ぎたころ、深夜にスマートフォンが震えた。
「九州の介護施設で、アバカ・ワンが下り坂で制御不能になりました。利用者の方が転倒して、大腿骨を骨折されたそうです」
ログを調べると、原因が見えてきた。特定の低温多湿の環境で、傾斜センサー周辺に結露が生じる。その影響で、一時的にブレーキ制御が遅れることがある。通常の室内試験では再現しにくい条件だった。だが、屋外のスロープで使われる製品なら、想定すべき環境でもあった。
「全製品の出荷を止める。利用者全員に連絡して、回収を始める」
翌朝から、中村は自分で電話をかけた。施設、個人利用者、介護家族。リストは百件を超えた。
途中、一人の老婦人が言った。
「使えなくなると、外に出られなくなりますね」
責めている声ではなかった。ただ、そういうことになる、と確認するような静かな声だった。
中村は「申し訳ありません」と言った。それ以外の言葉が出なかった。
電話を切ったあと、しばらく次の番号を押せなかった。
自分は、その人の外出を奪った。安全のために作ったものが、安全を理由に取り上げられた。善意が言い訳に変わっていく感覚が、じわじわと胸の中に広がっていった。
翌週、中村は被害者のいる病院を訪ねた。ベッドに横たわる高齢の男性の横に、娘と小学生くらいの孫が座っていた。中村は深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
娘はすぐには答えなかった。病室の機械音だけが、小さく鳴っていた。
「父は、あれに乗るのを楽しみにしていたんです。庭の梅を、今年は自分で見に行けるって」
中村は顔を上げられなかった。開発中に何度も想像した、あの庭の梅だった。
数か月後、アバカ・テクノロジーズは訴えられた。治療費、介護費、慰謝料の損害賠償請求だった。
法廷で、原告側弁護士が言った。
「原告に過失はありません。ただ、あなたの会社が販売した製品に乗っただけです。その結果、骨折し、生活が変わった。この損害を、誰が引き受けるべきなのか。それが、この裁判の問いです」
証言台に立った中村は、震える声で答えた。
「原告の方に多大な苦痛を与えてしまったことを、心からお詫びします。移動の自由を広げたい、そう考えて開発しました。しかし、結果として製品は人を傷つけた。想定すべき環境を十分に試験できていなかった。その責任から逃げるつもりはありません」
判決は、賠償を命じた。
事故後の迅速な対応にも触れられた。しかし、それは生じた損害を消すものではなかった。
中村の善意は否定されなかった。しかし、善意だけで被害者の痛みを消すことも、認められなかった。
判決のあと、中村は会社を畳むつもりでいた。
賠償金、回収費用、製品改修費、失われた信用。どれも小さなベンチャーには重すぎた。だが、いちばん重かったのは金ではなかった。
自分たちは善意で作った。誰かの自由を広げたかった。
その言葉が、事故のあとでは、どれも言い訳のように聞こえた。
空になったオフィスの机の上には、改良版の設計図が残っていた。防水構造。二重化されたセンサー。低温多湿環境での長時間試験。警告表示の見直し。どれも、あの会議で後回しにしたことだった。
そこへ、一通の封筒が届いた。
差出人は、事故に遭った利用者の家族だった。中村はしばらく封を切れなかった。罵倒でも当然だった。
ようやく開けると、中には写真が一枚入っていた。病院の中庭。手動の車椅子に座る老人。膝には薄い毛布がかけられている。横には、幼い孫が立っていた。
手紙は、孫の母親の字だった。
祖父は、あなたを許したわけではありません。私たちも、事故を忘れることはできません。けれど、判決のあと、祖父がこう言いました。「あの人がもう作らないと言うなら、それは違う」と。
続きには、震えたような短い文字が添えられていた。老人本人の言葉だった。
わしにも、あんたにも、事故を望む気持ちはなかった。けれど、折れた骨は戻らない。だから、責任は消えない。あんたが賠償するのは当然だ。そのうえで、もしまだ作るなら、今度はわしの痛みも部品に入れて作れ。
中村は、手紙を置いた。
天秤の片方には、自分の善意が載っていた。もう片方には、老人の痛みが載っていた。どちらにも、事故を望む気持ちはなかった。それでも、天秤は傾いていた。
中村は設計図を広げ直した。
若いエンジニアが、そっと部屋に入ってきた。
「社長、本当にもう一度作るんですか」
中村は窓の外を見た。朝の光が、ガレージの床に細く伸びていた。
「作る。でも、今度は未来だけを見て作らない。事故のあとから作る」
「事故のあとから?」
「そうだ。この製品の最初の部品は、センサーじゃない。あの事故だ」
エンジニアは何も言わなかった。やがて黙って椅子に座り、ノートパソコンを開いた。
中村はペンを握った。
設計図の右下に、新しい欄を書き加えた。「事故記録からの設計変更」。そこに、老人の言葉を書き写した。
痛みも部品に入れて作れ。
一本の線を引いた。その線は未来へ向かっていた。けれど、出発点は未来ではなかった。
折れた骨の痛みから始まる線だった。