今回は、台湾で有名な「ある木」にまつわる日本との交流についてご紹介します。
その木とは、南部・嘉義県に位置する、標高の高い山に囲まれた阿里山地区の「ヒノキ」です。
阿里山のヒノキといえば、日本統治時代に大量伐採され、日本へ輸出し神社の材料として使用されため、日本との関わりが深いことで知られています。その一例として明治神宮の「明神鳥居」。とはいっても現在見られるものは1975年に再建された二代目で、この二代目は阿里山のヒノキは使われていません。ヒノキが使われたのは一代目なのですが、1966年に落雷により柱が破損してしまい、現在見られる二代目の鳥居が再建されたのです。
阿里山のヒノキが使用された初代の鳥居は、現在、埼玉県大宮の氷川神社に移されています。
他には、靖国神社の神門や東大寺大仏殿、乃木神社などに阿里山のヒノキが用いられました。
では最近に目を向けてみますと、先月、山口県防府市の防府天満宮に阿里山のヒノキで作られた新たな賽銭箱が奉納されました。なんとそのヒノキは樹齢1,000年を越えるそう。賽銭箱奉納の目的は、2027年に行われる、菅原道真の没後1125年を記念する天満宮最大のお祭「御神忌1125年式年大祭」の事業の一環として新調されたのです。防府天満宮は1000年の歴史を持つ、日本最古の天満宮で、京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮とともに日本三大天満宮に数えられます。ただ、日本で歴史のある天満宮のためとはいえ、現在阿里山は保全地域になっておりヒノキの伐採は完全に禁止されています。
ではどのように木材を調達したのでしょうか?嘉義県によると、県が各方面の協力を経た結果、合法的に木材を確保することに成功。その後、史跡など歴史的建造物の修復を専門とする職人チームが1年以上かけて丹念に作り上げたといいます。また、製作過程については、防府天満宮から提供された設計図を基に、国立嘉義大学などからの技術協力も得て、釘やネジを一切使用しない台湾の伝統的な大工技法が取り入れられました。この技法により構造の安定性と耐久性を大幅に向上させることに成功したそうです。まさに、台湾側の誠意が感じられますね。
実は、防府天満宮と台湾は歴史的に深い関係を有しています。
まず第一に、阿里山のヒノキが使われたのは今回が初めてではありません。1952年に火災で焼失した社殿などの再建にも使用されたのです。なんと、再建の際の建築用材はすべて台湾から輸入されたものです。
第二に、日本統治時代に第11代台湾総督を務めた上山満之進が同天満宮の氏子、つまり神社の神様を非常に崇敬する人物であったのです。この方は、台湾大学設立に寄与した方でも知られています。
賽銭箱の奉納式典は先月22日に行われ、翁章梁・嘉義県長、村岡嗣政山口県知事や台北駐日経済文化代表処(中華民国台湾の日本駐在大使館に相当)の蔡明耀副代表のほか、天皇陛下の「はとこ」にあたる三笠宮家の彬子女王もご参列され、共にテープカットを行ったということです。
その際、翁・県長は「今回の賽銭箱奉納は、宗教や文化、工芸などの垣根を越えた歴史的な協力で、台日友好の象徴でもある」と話しました。
現在となってはなかなか手に入らない阿里山のヒノキを使った賽銭箱、多くの参拝者に幸福を届ける存在となると良いですね。