「漁業者の甲子園」とも呼ばれる、全国各地の漁業者が研究・実践活動を発表する全国青年・女性漁業者交流大会2021で、「カキ養殖の概念を変えた」と最高賞の農林水産大臣賞を受賞した大分県佐伯市の牡蠣漁師、宮本信一さんをゲストにお招きし、歩きながら1時間、対談する。
以下は、2018年5月21日に宮本さんの現場を訪れたときに書いた所感。
人生には締め切りがある。そして、その締め切りがいつやってくるのかは、誰にもわからない。 生老病死という人間の内になる自然に目を向けることが難しくなった日本で、そのことを意識して生きることは簡単ではない。果たして、死のない生は、《生》たりえるだろうか。死んだ魚のような目をして漫然と受動的に生きていると、あるとき人生には締め切りがあるということを突き付けられ、おののく。余命宣告されたときだ。それまでの価値観の優先度が変わり、時間の使い方、生き方が変わる。ところがその真実に気づいたときにはわずかな時間しか残されていないので、それまでの生き方を悔いることになる。ならば、もっと早くに気づいた方がいい。そうすれば、自分の中に眠っていた《生》が覚醒するはずだ。昨日、まさにこのことを体現している青年に出会った。
私は現在、47キャラバン「平成の百姓一揆」を主催し、全都道府県を行脚しながら車座座談会を開催している。テーマのひとつは、冒頭の話である。昨夜は大分県佐伯市で開催したのだが、たくさんの農家に混ざってひとりの漁師があぐらをかいて座っていた。宮本信一さん、39歳。700人が暮らす離島で漁業を営んでいるが、島には若い漁師はもうふたりしかいない。しかし、彼は島を本気で再生しようと一分一秒無駄にしないよう《生》を貪るように生きていた。天然サザエの素潜り漁をしながら、島では未経験の岩牡蠣・真牡蠣の養殖に成功し、一から研究して完成させた乾燥ナマコを香港に高値で輸出。そして売り上げの一部で県内外の子どもたちを島へ招き、海の尊さを共に学ぶ体験活動をしている。
信条は「思いついたことはすべてすぐやる」。宮本さんは20歳のとき、車の事故で友人3人を亡くしていることを告白してくれた。助手席に乗っていた宮本さんだけが助かった。ただひとり生き残った宮本さんは生き残った意味を考え続け、漁師になることを決意。そして、明日は必ずやって来るとは限らないから今できることは今やるという信条で毎日ひたむきに海に向き合っている。人生には締め切りがあることを自覚して生きる彼は、たとえいつの日か余命宣告される日が来たとしても、それまでの生き方を変えることはないだろう。
なぜ、私たちは人生には締め切りがあることを忘れてしまったのだろうか。そのことを思い出すにはどうすればよいのだろうか。私は、本来自然の一部である人間が自然に背を向けてしまったことに原因があるのだから、自然の通訳者である農家や漁師とつながりながら、栄養補給のみを目的とする車のガソリン給油のような工業的食事から「食べることは生きること」の時間をほんの一部でも奪還することに大きな手がかりがあると思う。だからこそ、農家や漁師には食べ物の表側の消費社会に躍り出て、自然の通訳者として自ら語ってほしい。そして消費者にはその声に静かに耳を傾けてほしい。
ポケットマルシェ代表の高橋博之が、社会を“生きる“ゲストと対談する「高橋博之の歩くラジオ」。ゲストのみなさんは、農家・漁師、起業家、研究者、行政官、メディア、NPO、学生……と様々な立場から、自分たちの生活する場、自分たちの生きる社会をよりよくしていこうと、熱い想いや強い志をもって働きかけている方々です。
「高橋博之の歩くラジオ」では、あらゆる角度から社会についての議論が交わされ、心に響く言葉が生まれています。自分の“生きる“日々を振り返って、ちょっと立ち止まって考えたり、背中を押してもらったり。このラジオが、そんなきっかけになることを願っています。
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