パーキンソン病歴15年、要介護5度の妻は去る平成29年6月16日、 訪問看護師に対応していただいているとき突然、心肺停止をして救急入院しました。
看護師の適切な対応で一命を取り留め、約10分後に心臓も呼吸も回復し、二日目には意識が回復したのです。
聞けば心肺停止から蘇生する確率は1~7%だそうです。しかも十分間心停止していたにもかかわらず、まったく後遺症も残さなかったことは奇跡だそうです。
順調に快復したことは関わっていただいた医療関係者のご尽力もさることながら、お大師さま、お不動さま、そして「病に苦しむ人に寄り添い、苦しみを取り除いて下さい」との心願で平成17年に自坊に発願建立した、おたすけ地蔵さまのご加護と心から観じています。
妻はその2年前、8ヶ月の胃ろう生活を乗り越え、主治医をして「回復しての胃ろう抜去はあまり経験がない」と言わしめた、胃ろうからの卒業を果たしました。
そして今回は心肺停止からの蘇生、しかも後遺症なしという奇跡でした。
胃ろう設置・抜去、心肺停止と、そのたびに妻は生命力の強さを教えてくれました。「命」のたくましさとありがたさに唯々感謝しました。
8月16日、退院した妻は次の日から常食をむせることなく食べ、薬の調整もうまくいき日常生活を送れるようになっていました。家に帰れたことの喜びが薬になったのでしょう。8月23日病院に行くと、先生から「元気になってよかったね。次の外来は2ヶ月先に予定入れとくから」と言われ満面の笑顔でお礼を言い、両手を振ってお別れしました。
薬処方の間に食事のためお気に入りのお店に行きました。椅子席は満席で、妻は座敷には座れないため、あきらめて店を出ようとすると、若い男性客四人が席を譲ってくるというのでお礼を言って椅子席に座らせていただきました。妻は好みのものを注文し、私の分まで食べてくれるほどでした。
「一緒に病院に来られたこと、席を譲ってくれたやさしい人たちに会えたこと、お店で美味しいものを食べられたこと、もちろん自分の口で、そして二人で自分の家に帰れること、こんな幸せはないなあ、ありがたいなあ、感謝しようよ」
と話し、普通であること、あたりまえであることの幸せを感じながら、帰宅しました。
翌24日はデイサービスの日で朝からいそいそと洋服を着替え、唇の色で体調を見るから口紅をつけないように言っても聞かず、しっかり化粧をして大好きな職員の送迎で出かけました。一般浴にも入り、好きな粘土細工や軽い運動を楽しくできたことで喜んで帰ってきました。
帰宅後4時から訪問看護を受けるのですが、そのときに突然2回目の心肺停止の状態に陥ったのです。
前回と同じ看護師から「心臓マッサージをしますか?」と聞かれ、「心臓止まってるんですか?」と確認したあと、少し時間をおいて「もう結構です」と答えました。
それは、もしマッサージを施して2ヶ月前のように蘇生したとしても、また救急車で病院に運ばれ、点滴、絶食、長期入院という状況を妻に再び与えることは、私には耐えがたいことだったのです。むしろ退院してからの8日間の穏やかな幸せな記憶のまま、静かに逝かせたかったのです。
私は妻の手をにぎり顔を見つめながら、心の中では「これでいいのか?」「マッサージした方がいいのか?」という葛藤がありました。私は「許してくれよ、これでよかったんか?ごめんな」と心の中で叫びました。
しかしまるで私を許してくれているかのように、妻の最期は穏やかな顔をしていました。
この日は8月24日、地蔵盆です。きっと自ら建立したおたすけ地蔵尊の懐に抱かれているのでしょう。
通夜葬儀には、妻がパーキンソン病に罹る以前からボランティアとして関わった、同病の仲間や難病患者会の患者さんたちも病気をおして参列し送ってくれました。
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そして満中陰を済ませたあと、気分転換にと妻とお参りしかけていた西国巡礼札所に行こうと、子どもたちが声をかけてくれました。ご朱印のお軸にご詠歌を書いていただき、本堂の前で般若心経をお唱えし「残りの札所はこれからお参りするから見守ってや」と心で願いました。
お参りも終わり、孫たちの買い物があるということで、あるショッピングセンターの駐車場に車を止め、ドアを開けたとき場内放送が聞こえました。
亡くなった妻の名前を言うではありませんか。みんなびっくりして顔を見合わせました。
まるで妻も一緒に来てるような放送です。私は胸が熱くなり、孫たちに「きょうは、ばあちゃんも一緒に来てるんやなあ」と話しかけました。
亡き妻がみんなを守るように行動を共にしているようで、魂のありかをまざまざと感じることができた、本当に不思議な出来事でした。
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