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添加物たっぷりの食事を摂ることや、とめどなく考えなしに話すことが舌を汚れさせることで、避けるべきなんだって。
うーーん、、確かに!
ヨーガ哲学のサティヤについて。
人によってはちょっとずらして自分を偽ることもままあるのかもしれないし、それが癖になっちゃってる場合もあるんだろうなって思うんだけれど
そうなふうに自分を抑えて他人に対して誠実である努力をするのって、裏表ないとか嘘偽りないっていうサティヤなのかな?
他人に対して誠実であることと自分に対して誠実であることが一致するのがハッピーだよね
何はともあれストレスマネジメント。
そこをケアしないと食事や睡眠という心身の健康を支える土台が崩れちゃうからです。
その上で、ルッキズムじゃなく本来の自分の体型に満足することなのかなって思います。
体型だって人それぞれだよね!
意地悪な言い方をするなら、私はヨガの人が集う平和村よりも個性的な人たちが集う村を選ぶかな。
それぞれ主張はあるけど、まあ尊重し合ってうまくやっていこうねっていう村。
誰しもいい面も悪い面もあるし、そんな凸凹を埋めたりが社会だと思ってるから。
そこから持ちつ持たれつな豊かな社会ができてくるのが、脱資本主義につながると思ってます。
出入りも自由、距離の取り方も自由。
かつ共感できる、何かを感じる人たちが距離や年齢を超えて集まるって素敵だよね。
生徒を囲いたくないけど、あっさりすぎる塩対応は考え直してます。笑
同調圧力って怖いもの。自分の自由も他人の自由も束縛するものだから。
じゃあ、誰得なんだろう。よーーく考えてみよう!
エゴって言葉にはいろいろな反応があるけれど、ヨガスートラではFalse identity。
頭で考えているじぶんが、本質のじぶんが感じてることだと思い込んじゃうこと。
今回はトラウマを持つ人が主題だから、その誤認識は凹凸の凹側だったけれども、多くの場合は凸側傾向があるからエゴイズム的利己主義をイメージするのがエゴなんだと思います。
ちなみに同じエゴでも自我だったりSelfを意味するエゴはアハンカーラといって、それはマインドの一部なんです。
エゴをなくすのがヨガっていう考え方には自我をなくすことを含むと考える人もいるかもしれないけれど、マインドという知覚機能をなくすって究極の状態じゃないかな??
なくすのはアスミターというエゴで、つまりは本質的な自分に対する認識違いって考えるのがヨーガ学派の見方です。
その先にある捉え方は、個人の自由なんだけれどね
何かを続けるって、好きだったりいいと思うからですよね。
私だったらヨガがそれだけれど、なんでなのかってことをお話ししました。
強い凸凹をなめらかにすることがヨガで、ガシガシ削ったりとにかく埋めていくんじゃなく、潮が満ち引きしていくうちにならされていく砂浜みたいな作用がヨガなのかな。
あれ、いつの間にかニュートラルになってる、みたいな感覚だったりするんですよ。
前提として理解していただきたいことは、インドの古典はサンスクリット語でまとめられていて、そういう古代語って文字っていうより音に意味が込められてるんです。
だから、詠唱せずには本当の理解というものは実は得られないって言われてます。
さらに付け加えると、解説本みたいなものから学ぶものではなく、日本とか中国の古典をイメージするとわかりやすいけれど、最小の文字数でまとめられているから、そのバックグラウンドにあることまで含めて解説できるガイドが必要になります。
文化や思想を学ぶときには、自分にあった先生を見つけることが1番の近道になるって経験的に感じてます。
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