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FAQs about オーディオドラマ「五の線3」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線3」 have?The podcast currently has 262 episodes available.
September 22, 2023172.2 第161話【後編】このブラウザでは再生できません。「国土交通省と気象台によりますとこの大雨で石川県の金沢市を流れる浅野川は芝原橋観測所と天神橋観測所で「氾濫危険水位」に達しました。国と気象台は洪水の危険性が非常に高まっているとして「氾濫危険情報」を出して厳重に警戒するよう呼びかけています。自治体の避難情報を確認するとともに浸水のおそれのない場所に移動するなど、安全を確保するようにしてください。」宿を追い出された古田は避難所である近くの小学校にいた。避難所にあるラジオから、現在の大雨の状況が古田の耳に入ってきていた。「代わりの宿は?」「一応抑えれたんですが、この雨ですから。」「タクシー呼ぼうか。自分の知っとるタクシー会社なら来てくれると思うよ。」「あ、えぇ。いや、一応仕事の関係の人が迎えに来てくれるって事になりまして。なんでしばらくだけここに居ても良いですか。」「しばらくって?」「迎えに来るまで。」「ラジオでも言っとるように浅野川の上流で氾濫危険水域やって言っとるし、すぐにここの辺りもそうなる。雨が弱まれば少しは安心なんやけど…。」「スマホで雨雲レーダー見たら、あと20分ほどで雨脚は弱まるみたいですよ。」「雨が弱まってもすぐに水が退くわけじゃないからね。危険には変わりないよ。用心に越したことはない。」「確かに。」それにしてもと古田はこの避難所にいる人間が少ないのではないかと指摘した。これに対応の男は首を振る。「この辺りは高齢者が多くて、まぁ動きが遅いンやわ。一応消防団とか町内の人間が声かけしとるんやけど、まぁゆっくりしとる。しゃあない。それにしても集まり悪いなぁ…。」一応年に一度は災害対応の訓練を地域で行っている、その際はまぁまぁのできだった。しかしいざ本番となるとこうも動きが鈍いものか。彼は嘆息を漏らす。「それはそれとして、ほらこの辺りって意外と外人さん多いでしょう。」「あぁ観光の。」「いや、それもそうなんですが、白人の男の人らあのアパートにたくさん滞在しとるんでしょ。」古田は外を指さす。「あんたよその人なんに、ようほんなこと知っとるね。」ここに来たとき、近所の女性にいろいろ教えてもらったと古田は彼に説明した。「一応呼びかけに行ったんやわ、消防団が。ほしたら分かったって言ってそのまんま。気にはなっとれんて…。」しかし相手は外国人。外語を話せる人員はここには居ないと彼は言う。「自分行ってきますか?」「え?」英語を話せるのかと尋ねられ、古田は話せないがなんとかなると言った。「スマホですよスマホ。こいつ使えばなんとかなります。」人は見かけによらない。相手によっては失礼に受け止められる言葉を彼は口にしハッとした。古田は意に介さない様子でアパートの方面に向かった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあのアパートには管理人はいない。全部の部屋に外人が住んでいるから適当な部屋を当たれば良い。そう聞いた古田は一階のある部屋のインターホンを押した。雨音にインターホンの音返事がない。何度か同じ事を試みるも同じ反応だ。留守なのかと思い、他の部屋を当たる。インターホンの音「ここも?」再度インターホンの音返事がない。隣の部屋に移動した古田はそこでも同じ事を試みた。しかし反応は同じだった。「おかしいな…。」こう呟いたときのことだった。彼は後ろから肩を叩かれた。びっくりして振り返るとそこには髪を短く刈り込んだスポーツウェアの男が立っていた。リュックサックを担いでいる。見た限り日本人だ。ここの住人では無さそうだった。「あんたここで何やってんだ。」「ひょっとして消防団の方ですか?」男は首を振る。「じゃあ。」「こっちが聞いてる。手当たり次第ピンポン鳴らしてるみたいだけど、あんた何やってんの。」「いや、この大雨ですから避難した方が良いって呼びかけようと思って…。でも何反応もないんです。」「え?」男の顔色が変わった。そして自分も手伝いますと言って、彼は二階の方に駆け上がり部屋を当たる。しばらくして古田の元にやってきて首を振った。「全部居ない…。」「全部居ない?」ここで古田は気がついた。かれの右耳にイヤホンのようなものが装着されている。「サツか。」彼はハッとして古田を見る。「おまえサツなんか。」彼は目を逸らす。「なんやわれ、ワシのこと付けとるんか。面倒なことするんじゃねぇって暇出したくせになんか監視しとるんか。誰の差し金や言ってみぃや。」急に酷い言葉遣いで食ってかかる古田を彼はぽかんとした表情で見た。「おい言わんかワレ。」「勘違いです。」「はぁ?んなイヤホンなんか着けとって、サツじゃねぇとかほざくなや。」「警察とウチは相互不干渉です。」「は?」「はい。」「ウチ?」「はい。」「ウチ…って…。」「自衛隊です。」「自衛隊?」すると彼は装着していたイヤホンを指で押さえた。しばらく何かを聞いているようだった。そして了解と言って担いでいたリュックからごそごそと何かを取り出した。「え?了解って?」古田が彼の様子に戸惑いを見せているうちに、彼はリュックからハリガンバーを取り出して扉の隙間に強引にねじ込んだ。するとどこからともなく別の男が登場。そのバー向かって大型のハンマーでたたきつける。扉の隙間にぐっと入り込んだハリガンバー。それを男はてこの原理で引っ張る。するといとも簡単にそれは開かれた。と同時にいつの間にか数名の男がそこに居て、彼らは小銃を抱えて流れるように中に突入した。この間、ものの数分の話。古田は唖然としてその場に立ち尽くしていた。「オールクリア!」この声が部屋の中から聞こえたかと思うと、先ほどのジャージ姿の彼がやってきた。「もぬけの殻でした。」彼はイヤホンを抑えて誰かに報告を入れている。「了解。撤収します。」彼はこの場で合流した複数の男たちと、雨のしぶきの中に消えていった。「なんじゃあ…こりゃ…。」あまりの突然のことに古田はその場で腰を抜かしたように座り込んでしまった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more11minPlay
September 22, 2023172.1 第161話【前編】このブラウザでは再生できません。卯辰一郎の朝戸調査報告は第一報からちょうど6時間後の16時に行われた。第一報で明らかになった人物、朝戸の妹殺害のもみ消しを図った疑いのある白銀篤についてである。「ある日忽然と姿を消した?」「はい。家族全員失踪。奴が済んでいた家は荒れ放題です。白銀の自宅の周辺住民曰く、近所付き合いがほとんど無い家庭だったようです。なので気がついたら家の草が生えっぱなしになって荒れていたと。」「何か手がかりのようなものは。」神谷の問いかけに卯辰一郎は首を振って応える。「ヤサに踏み込ませたんですが、ただ散らかっているだけでめぼしい情報は何一つありませんでした。」「くさいな。」「はい。プロの仕業かと。」「まさか朝戸が白銀を始末したとか?」いやそんなはずなはい。朝戸が白銀を始末すればその復讐心は満たされる。彼のゲームはこれで終わりだ。神谷は自分の発言を即座に撤回しようとした。「カシラ。実は自分もひょっとしてと思っていまして。その線。」「え?」一郎の言葉は神谷にとって意外だった。「うん?どういうこと?」「いや、白銀篤って名前は出てくるんでが、朝戸沙希をひき殺したと言われる白銀の息子ってのが、名前も顔写真もなにも出てこないんです。」「そういやそうだな…。名前も顔写真も見ていない。」「はい。おかしいと思いませんか。朝戸沙希に直接危害を与えたのは白銀息子です。その人物の情報が得られず、こちらに入ってくるのはオヤジのネタばっかり。そいでそのネタも不完全なものです。匂わすだけ匂わせて、肝心なネタが入ってこない。」「まさか朝戸が嘘をついていると?」「可能性は排除できません。」「ただそうなると朝戸が最上にノビチョクを盛った動機が…。」自分の顎をさすりながら考えていた神谷の手が止まった。そして目の前のパソコンにノビチョク事件の記事を表示させた。「東倉病院か…。」「カシラはこの東倉病院に最上が入院していたのはご存じだったんですか。」「いや知らなかった。というか引退した人間とは基本接点はない。」「というとただのご隠居ですね。」「そうだ。」「しかしそんなサツに接点のないただのご隠居を殺害することに正直何の意味があるんでしょうか。奴らにとって。」「いや、ただ最上は協力者だった可能性はある。」「協力者…。」神谷はそうかと言って立ち上がった。「事件当時、最上と直接会っていた松永理事官は間もなく逮捕拘留された。事件の被疑者として。」「なるほど…その松永理事官の協力者だったって訳ですか、最上は。」「しかし誰が誰の協力者かってのは察庁の理事官クラスじゃないと把握していない。」「となると察庁に朝戸らのモグラが居ると。」「だろうな。そうでないと説明がつかん。」携帯バイブ音神谷の携帯が震えた。画面に表示される名前を見て神谷は姿勢を正した。「お疲れさまです。片倉さん。ちょうどこちらからも連絡しようとしていたんです。」「うん?ヤドルチェンコの件か。」「それもありますが、まぁ諸々です。」「手短に頼む。」神谷は野本経由の古田による朝戸調査依頼について端的に片倉に説明した。「白銀篤か…。」「はい。ご存じですか。」「情報が無いわけじゃあない。」「どんな情報ですか。」「ウチにモグラがおってな。そいつが全部仕組んだ存在らしい。その白銀って奴は。」「仕組んだ存在?」「話すと長くなるんやけど、まぁサツの中にモグラがおったんや。仮にそいつをKとする。Kは朝戸とコミュで知り合った。Kは朝戸に妹の事故死の件を相談。するとKは朝戸にこいつがホシやって事故車両の写真提供。その運転者は白銀という警察幹部の倅って吹き込まれる。ただ相手は強大。だからKが手を貸してやると持ちかける。」「何を持ちかけたんですか。」「復讐の機会を作ってやるってな。」「なんだって?」「って言っておきながら、Kは朝戸に相談を持ちかけられたとき既に、その白銀を特定の上殺害していた。そして朝戸の妹の事故を担当する所轄署に、警察幹部である白銀という男が圧力をかけていると噂を流す。所轄署に妹の事故死の捜査依頼を訴え出る朝戸はその噂を耳にする。朝戸は白銀篤という得体の知れない強大な力に復讐心を募らせていく。って感じや。」「なんて用意周到な。」「で、いよいよ復讐の機会ですって最上さんにノビチョク盛らせた。」「…。」「どうした?」「片倉さん。その白銀なんですがウチの調べでは、朝戸沙希をひき殺したと思われる白銀息子の名前も顔も出てこないんです。片倉さんのとこにその情報ありますか。」「えっ…。」「その反応…。」「あ…確かに言われてみれば白銀篤って…ホシのオヤジや。ホシ自体の情報が何も無い…。」「そうなんです。実はウチ、白銀家のヤサも調べたんです。」「白銀のヤサを?」「はい。ですが何も手がかり無くってですね。」「息子のか。」「はい。息子って言うか何の痕跡もないんです。ただサツの中にモグラが居たとなれば、その用意周到っぷりもうなずける。」「…。」「当の白銀息子の情報が全くないもんだから、案外、朝戸がとっととそいつを殺して、適当なことを触れ回ってるんじゃないかとも思ったんです。」「適当なことを触れ回ってる?」「はい。白銀篤という警察幹部の存在と圧力です。そのサツの中のモグラがやっていたと思われること自体、朝戸がやってたんじゃないかって。ただ、いまの片倉さんの話を聞いて合点がいきました。モグラいたんですね。そのモグラが何らかの理由で朝戸を誘導し、最上さんを殺害した。」「待て神谷。」「はい。」「白銀息子の調査継続できるか。」「え?」「お前の言う通りや。確かにホシ自体の情報が入ってこんのはおかしい。」「しかしサツの中にモグラが居たんだったらそれで説明がつくような気がしますが。」「確かに説明がつく。しかし肝心な部分が抜け落ちとるがいや。白銀息子の情報が。」「まぁ…。」「至急、洗ってくれるか。」了解しましたと、神谷は片倉の依頼を受け入れ、調査継続を一郎に指示した。「で、片倉さんは何のご用事で。」「いま一件頼み事したついでで申し訳ないんやが、あとふたつ頼み事がある。」「どうぞ。仕事はいくらあっても良いです。」「まずひとついいか。」「はい。」「その朝戸を拉致してくれ。」「えっ!?」その場から電話で調査継続を指示する一郎も驚きの表情で神谷を見た。「ちょ…片倉さん、何言ってるんですか。確かにウチは元はヤクザですがそのてのシノギからは足洗いましたよ。」「わかっとる。わかっとるんやがそうでもせんといかんのや。」「何が起こってるんですか?」「朝戸は明日、金沢駅でテロを起こす。ほやから未然に奴のガラを抑えたい。」「んなもん警察でやれば良いじゃないですか。」一郎も大きく頷いている。「できんのや。できんからお前に頼んどる。」神谷は頭を抱えた。「なんですか…現場の意見に上がウンと言わないとかの話ですか…。」「それは半分ある。」「半分?」「ああ半分や。」「もう半分は。」「もしもの事があるとこの国はヤバいことになる。」「この国がヤバいことに?」「ほうや。警察の面子とかの次元じゃない。」「自衛隊がその準備に入った。」「自衛隊が…。」神谷の顔から血の気が引いたのを一郎は見逃さなかった。彼は神谷に向かってゆっくり頷いていた。「その自衛隊の話は上層部は?」「もちろん理解している。しかしその理解の度合いに隔たりがある。その為にお前を頼った。」「…わかりました。やりましょう。」「感謝する。ただ動くのは今じゃない。」神谷の携帯に地図情報が送られてきた。「ここが今、朝戸が潜伏しとる宿や。」「すぐに張り込みます。」「その必要は無い。そこにはウチの捜査員が既に張りついとる。時が来ればおたくに合図する。おたくはそのための準備をしておいて欲しい。」「わかりました。」「ただ注意が必要や。」「どういった注意が。」「この宿の周辺に、外国人が妙なくらい滞在しとるという情報が現場捜査員から入っとる。」「妙な外国人?」「ああ。ロシア系の白人多数。」「怪しいですね。」「周辺情報を総合して分析したところ、アルミヤプラボスディアの疑いが高いと先ほど情報が入った。」「アルミヤプラボスディア…。」「知っとるな。」「はい。」「このアルミヤプラボスディアに関しては、自衛隊が対応することになっている。我々公安特課の出番はない。」「しかし民間軍事会社がこんなところに集結しているのは、きっと何らかの意図があるはずです。」「わかっとる。しかしここは上で線引きしとるんや。ほやからお前に依頼しとる。」「まさか二つの依頼の内、もうひとつって…。」「ほうや。民間警備会社もとい民間軍事会社である御社の力で、外国の民間軍事会社の動きを封じて欲しい。」電話を切った神谷は一郎を見る。「白銀に関しては江國に一任だ。」「はっ。」「部隊を編成する。一郎は精鋭を集めてくれ。」「規模は。」「小隊規模。」「30から60ですね。」「そうだ。頼む。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...more13minPlay
September 08, 2023171 第160話このブラウザでは再生できません。「県内は前線の影響で大気の状態が非常に不安定になり金沢市では大雨となっていて、金沢市昭和町では午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。気象台と県は金沢市に土砂災害警戒情報を発表し、土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水に警戒するよう呼びかけています。金沢地方気象台によりますと、30日の県内は梅雨前線の影響で大気の状態が非常に不安定になっていて、金沢と野々市市では大雨になっています。金沢市昭和町では、30日午後3時半までの1時間に55ミリの非常に激しい雨が降りました。30日午後4時半時までの3時間に降った雨の量は金沢市昭和町で90ミリ、野々市市で50ミリなどと急速に雨量が増えています。金沢市と野々市市には午後3時40分ごろまでに大雨洪水警報と土砂災害警戒情報が出されています。県内はこのあとも大気の不安定な状態が続き、31日にかけて1時間に降る雨の量はいずれも多いところで加賀地方で40ミリ、能登地方で30ミリと予想されています。」スマートフォンで地域のニュースを見ていた相馬はそれを閉じた。彼は金沢駅の構内にあった。現在時刻は16時。そろそろ学生たちが帰宅の途につきはじめる時刻であるが、ここの人手はまばらだった。この大雨により金沢駅発着の電車は全線運転を見合わせているためだ。相馬はため息をつく。ふと外に視線を移すと冴木が姿を消したホテルがあった。「わかった。そのホテルに捜査員を派遣する。」155岡田はこう相馬に応えたが、それからこのホテルに捜査員らしき人間がやってきた形跡はなかった。それもそのはず。このホテルに滞在する白人男性を調べて欲しいと片倉に告げて間もなく、彼から返事があった。「その白人については公安特課は関わらない。冴木についても一旦保留とする。」「どうしてですか。」「その白人は防衛省マターとなる。防衛省マターに公安特課は関わらない。」「防衛省?」「そうだ。防衛省だ。あいつらのヤマはスルーしろ。」ホテルの側に一台のステーションワゴンが止まっている。助手席の男はパソコンの画面の覗き、運転席の男は電話をしている。この大雨にも関わらず彼らはそこから動く気配はない。数時間前、このホテルから4名の外国人が出てきた。30年落ちのオンボロ車に乗り金沢駅を発ったとき、一台のハッチバックがそれをつけるように走って行った。そのとき相馬は思った。同じニオイがすると。いま目の前にあるステーションワゴン。この車もまた彼に同じ感覚を抱かせていた。「防衛省か…。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー大雨の中、外から激しく窓を叩かれたことに車内の二人は驚きを隠せなかった。「こんな天気に誰だ。」助手席の男がわずかに窓を空かした。「すいませーん。警察ですー。もうちょっと窓開けてもらえますか。傘さしてとるんでもっと開けてもらって大丈夫ですよー。」「は?警察?」開けられた助手席の窓から、警察手帳を見せられた。「お二人ともこんなところで何やっとるんですか?ラジオとかでも言っとるでしょう。大雨警報がでとるんで早めに安全な場所に移動してください。」「あ、あぁ…ちょっと仕事の打ち合わせしてまして。」「打ち合わせ?こんな雨の中、車の中で?打ち合わせなら建物の中とかでできるでしょう。いまは安全のためにここから離れてください。」「もうしばらくしたらお客さんと合流するんです。」「この天気で?」「はい。」「どちらで?」「ここにお客さんがいらっしゃるんで、そこで考えます。」「この雨の中、ここに?」こう言いながら相馬は車の中さっと見回した。車内には男二人以外、何もない。これから客と落ち合うというのに、鞄のようなものも、書類の類いも車内にはなかった。「念のため運転免許証お願いします。」相馬がこう言うと運転席側の男が胸元のポケットに手を突っ込むのを視線で追った。彼の大胸筋上部の張り出しが普通の男と違う。「お名前は?」「吉川春樹。」「キッカワ…。」写真と彼は同一人物である。続けて助手席の男のものも確認した。助手席の男は児玉穰二というらしい。児玉は吉川と対照的で身体の線は細かった。「おふたりともお仕事は。」「安芸重工という会社に勤めています。いろんな機械の部品を作っています。」「そうでしたか。」警報が出されている状況で、この場に留まるのは危険である。その客と合流したら速やかに安全な場所へ移動されたいと言って、相馬はその車から離れようとした。「テロの兆候は?」「えっ…。」唐突な質問に相馬は言葉を失った。「多分、なにも仕掛けられてないぜ。俺の見た感じな。決め打ちは良くない。」児玉はそう言うと顎でしゃくる。その方向を見やると、雨合羽を着た警察官たちの姿があった。彼らは植え込みの中や物陰を丹念に調べている。さっきから同じところばっかり調べてる。あれは無駄だ。「何者だ。」「勘づいてるんだろ。公安特課さんよ。」相馬は何も言えなかった。この二人も自分の出自を察していたようだった。「ったく…おたくの指揮系統はどうなってんだ。俺らには干渉するなって話だろうが。」「何の話ですか。」児玉はかぶりを振った。「俺らはあんたらのシマを荒らさない。あんたらも俺らのシマを荒らさないでくれ。」「だから何の話なんですか。」「自衛隊情報部。」「じえいたい?」「なんだ本当にあんた聞いていないのか。」相馬はかろうじて自然に頷いた。「テロを防ぐのはあんたら公安特課の仕事。俺らは俺らでもしもの時に備えている。そういうこと。」「もしもの時に備える?」「おい児玉。もういいだろう。」吉川が遮った。「相馬とか言ったな。」吉川は相馬の警察手帳に書かれている名前を把握していたようだ。「児玉が言ったとおりだ。おたくらとウチらは上で役割分担をしている。今のところその指示が行き届いていなかったってことで見逃してやる。とっととこの場から消えろ。」こう言い捨てた吉川は助手席の窓を閉めようとした。「待って。」「なんだ。」「いま言ったでしょう。何も仕掛けられていないって。」吉川は窓の動きを止めた。「ああ言った。」「その手の作戦とかに詳しい自衛隊として、他にどういったテロの手段が考えられるか教えてくれませんか。」「だから相互不干渉だと言っただろう。」「自分には想像力が欠けています。プロとしての意見を参考にしたいんです。」吉川が児玉を見ると、彼はやれやれと言って代わりに話し出した。「テロにおいて爆発物の使用を疑うのは普通のことだ。しかしこれだけ警察が血眼になって探しているのに見つからないなら、そもそもそれが設置されていないと踏んだ方がいい。」「ではどういった方法が考えられますか。」「自爆テロ。」「自爆テロ…。」「これなら面倒な準備も何もいらない。爆発物を身につけてそのまま対象に突っ込むだけ。どんなに場所でも自分の意思だけでテロができる。」「自爆テロ…。」現実しか見ない自衛隊という組織の人間が突きつける分析は、相馬にとってわずかの希望も見いださせない冷徹さを持っていた。「あんたらの捜査はどこか希望を持っている。だからさっきから同じところを何度も何度も調べている。最悪を想定し切れていない。最悪を想定するなら今のうちにもっとやれることがあるだろう。」「自爆テロ以外にもいろいろある。毒劇物を散布するというのもあるし、無差別に人を銃か何かで襲撃するってのもある。もちろんその全てを決行するというのも可能性として考えられる。」吉川が更なる可能性を提示した。「しかしどうもあんたらの捜査が、その全部を想定したんものであるように見えないんだよ。ここから様子を見る限り。」相馬はとっさに児玉の手を握った。「なんだよ。」「ありがとうございます。プロの意見を聞けて良かった。」「…。」「自分は全ての可能性を排除するなと言われました。大変参考になりました。」素直に感謝の意を示す相馬に二人はまんざらでもない表情を見せた。「と言うことは、自衛隊はその全ての可能性を想定して、いま準備をしているという理解でよろしいでしょうか。」この相馬の問いに児玉はゆっくりと頷いて応えた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「なに?自衛隊と接触した?」喫煙所で片倉は思わず大きな声を出してしまった。「なんで…。俺、お前に念押したやろが。防衛省のヤマはスルーしろって。」「はい。ですが自分なりの判断でテロ防止に全てを注げとも言われています。」「おいおい …。」「使えるもは何でも使えとも。」「お前はそのまま金沢駅周辺におかしな様子がないかどうか探ってくれ。」「あ、はい。」「今のところ金沢駅でマルバクのようなものは見つかっていない。となればそれ以外の可能性を当たる必要がある。警備総出であたりの周辺を捜索しとる。お前はお前なりの判断でテロの防止にすべてを注げ。」「応援は。」「ない。」「自分ひとりで何ができるって言うんですか。」「使えるものは何でも使え。」155確かに言った。頭をクシャクシャッとかき乱した彼は吸い込んだ煙を大きく吐き出した。「で。」「マルバクは設置されていないと、彼らも見立てています。」「そうか。ほしたら他にどういったものが考えられる。」「自爆テロ。」「自爆テロ…。」「あとはサリンのようなものを散布したり、銃のようなもので無差別殺傷を行ったり、ありとあらゆるものが想定されると。」「聞きたくないな…。」「考えたくもありません。」「しかしそれを想定すると作戦が変わってくる。」「作戦ですか?」「ああ。」「どういった作戦で。」「それはこちらで考えるもんや。相馬、お前はそこに首突っ込まんでいい。」「わかりました。」「しかし…」こう言って片倉はしばらく黙った。「班長?」「あ…あぁ。」「自分はどうすれば。」「…んー。」「いっそ自衛隊情報部と連携してみるってのは。」「それはできない。話がややっこしくなる。」即答だった。「朝戸ですかね。自爆テロがあるとすれば。」「相馬、お前もそう思うか。」「はい。」「その朝戸が最上さんを殺した張本人や。」「え?」「さっき椎名が白状した。捜査を攪乱させるためにやったらしい。」「鍋島能力の実験体が…最上さんを殺害ですか。」「そうや。」「パクりま。」「駄目や。」「なんで。」「作戦や。」「人が殺されてるんですよ。それを見ぬふりですか。」「作戦やっていっとるやろうが。」「作戦…。」「ほうや。作戦についてはお前が口を出すことじゃない。」しかしと言って片倉は言葉を続ける。「くそ…ほうなんやって…。全ての可能性を排除せんのやったら、とっととやればいいんやって…。」「班長?」「うん?」「班長何言ってるんですか。」「あ、あぁ何でも無い独り言や。」電話を切った相馬はこころに何かモヤモヤとしたものを抱えながら、雨のしぶきに身を隠す吉川と児玉が乗る車の姿を見つめた。「あんたらの捜査はどこか希望を持っている。だからさっきから同じところを何度も何度も調べている。最悪を想定し切れていない。最悪を想定するなら今のうちにもっとやれることがあるだろう。」「どこかに希望を持っている…それって希望って言わないんじゃないのか…。」「ただの願望か…まずいな…。」きびすを返した相馬はこの場から姿を消した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more18minPlay
August 25, 2023170 第159話このブラウザでは再生できません。テロ対策本部に戻ってきた椎名を迎えたのは、百目鬼をはじめとするスタッフたちのただならぬ殺気だった。「外の様子はどうやった?」片倉が椎名に声をかける。「酷いですね。こんな雨いつぶりでしょうか。」「いつぶり?とは?」(あっ…。)「あぁ西日本豪雨ってのが2年前にあったっけ。あいつも酷かったけど、最近こんな感じの雨の降り方多ないけ?ある地点で局所的にドバーってバケツひっくり返したみたいに降って、んでしばらくしたらからーって晴れてさ。」「…確かに。」「あれか。気候変動ってやつか。」「正直それについては自分は懐疑的です。」「へぇ。こんな感じなんに?」片倉は窓の外を見る。「ええ。」「まぁ気候変動なんて地球規模の危機よりも、いまは目下の危機の対応や。気候変動については今の危機対応が終わってから、ゆっくりと議論するとしようか。」片倉が椎名と何気ないやりとりをすることで、対策本部の重苦しい空気感は多少軽くなったような気がした。継続し続けるこの場の緊張感に世間話という一拍を入れることで、スタッフたちの注意が別の方に向いたのかもしれない。「で、どう指示を出す。」「ビショップに連絡をとります。」「空閑か。」「はい。彼もこの天気を見て焦っていることでしょう。」「ほうやろうな。」片倉が同意を示したそのとき、椎名の携帯に空閑からのメッセージが入ってきた。「今電話できるか。」片倉が頷くのを見て、椎名は彼に電話をかけた。「おいキング。なんなんだこの天気。」「何だって、見ての通りだ。大雨だ。」「俺はこんなところでじっとしてる場合じゃないだろう。」「確かにそうだが、この天気相手にお前に何がやれるってんだ。第一お前は公安にマークされてるんだ。ヤドルチェンコに任せろ。」「キングはヤドルチェンコとは連絡をとったのか。」ヤドルチェンコとは直接連絡を取る術はなく、空閑を介してのものだけと椎名は富樫に語っていた。しかしその空閑が開口一番ヤドルチェンコと連絡を取ったのかと椎名に聞いてきた。先ほどの最上の一件がある。百目鬼と片倉、岡田。顔色ひとつ変えず嘘を言う椎名に疑いを持っているような表情だった。「ああ。」「なんて言ってた?」「問題ない。計画に変更はない。」「本当か。」「ただ。」「ただ?」「この天気が続いて洪水とかの災害に発展したら話は別だ。」「クソが…。」「ああクソだ。付近一帯が水についてしまうみたいな事態になれば中止だ。なにもできない。」「くっ…。」「水浸しになった無人の金沢駅で何ができるって言うんだ。」「…わかっている。わかっているが…。」「もしもそんな状況になるようだったら、運がなかったと思ってどこかに身を隠すんだ。」「しかし俺の周りには既に公安が。」「いる。いるがお前の力を使えばなんとかなるんじゃないか。」(お前の力…)百目鬼らはお互いの顔を見やった。「今からでもそのホテルの脱出経路を確認しておけ。最悪の場合に備えるのも大事なことだ。」「しかし…。」「一か八かの賭けをすることが俺らに求められている訳じゃないだろう。お前の目的は何だ。」「インチョウの奪還。」「だろ。」「わかった。いまはお前に言うとおりこのままおとなしくしてる。水害の際の行動も了解した。しかし明日は俺はどうする。」「俺が合図する。」「合図?」「ああ。俺が合図したらビショップはヤドルチェンコと合流するんだ。」「どこで合流すれば良い。」「もちろん金沢駅だ。奴らに加勢してやってくれ。」「わかった。で、その合図は。」「そうだな…。」椎名は百目鬼を見る。「アナスタシア。」百目鬼の顔色が変わった。「アナスタシア?」「ああ。」「なんで女の名前なんだ。」「なんでも良いだろ。いまひらめいた。」「…わかった。」「頼むぞ。」椎名は空閑との電話を終了した。「ご苦労さん椎名。聞きたいことが二つある。」百目鬼が口を開いた。「先ず一つ。椎名、お前ヤドルチェンコと直接連絡とる方法は持ち合わせないって言ってたが、アレ嘘だったのか。」「はい。」「なんで俺らに嘘ついた。」「全てはテロを未然に防ぐため。」「最上の一件で嘘織り交ぜて、ここでも嘘。こんなことだと流石にお前の言は信用できんくなるぞ。」「理事官。」片倉が口を挟んだ。「なんだ。」「ちょっと一緒に来てもらえますか。」片倉は百目鬼と一緒に席を外した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーードアが閉まる音「なんだ片倉。」「理事官。多分椎名の奴、わざと嘘をついています。」「わざと嘘を?」「はい。って言うか嘘を言っている体をとっているだけかも。」「なんで。」「アルミヤプラボスディアですよ。ほら椎名言っとったじゃないですか。冴木とか佐々木のヤサをあいつらが抑えてるなら、自分のヤサもきっと抑えとるやろうって。あいつがガンガン嘘を織り交ぜだしたのが、その情報が本部に入ってきてからです。」「たしかに…。」「情報に嘘を盛り込んで、椎名なりにアルミヤの連中を攪乱させようって魂胆なんじゃないですかね。」「って事は、本部には既にスパイが。」「それは分かりません。予防線を張っているだけかもしれません。いずれにせよ椎名の嘘は本部内に不協和音をもたらします。これをアルミヤプラボスディアがどうとらえるか。」百目鬼は頭を抱えた。「理事官。ここは何が嘘で何が本当のことかはひとまず触れないようにして、椎名に全部任せてみましょう。オフラーナやらアルミヤプラボスディアやら、魑魅魍魎がこの本部に紛れ込んどる可能性がある今、それがベターでは?」「いやそれはできない。」「なんで?さっきの空閑との電話でわかったでしょう。あいつテロの直前に実行犯を一定の場所に集合させようとしとる。理事官が出したオファー通りですよ。一網打尽です。」「できすぎだ。」「何言ってるんですか。理事官が求めたことでしょう。」「片倉。」「はい。」「本当にお前、椎名を信じているのか。」「信じていません。」即答だった。「信じていませんが、あいつに張ったんです。ここで降りるわけには行きません。」「なんだお前、意地になってるのか。」「そうじゃありません。椎名の芝居に乗るんです。」「芝居に乗る?」「あいつは賢い男です。いまのこのテロ対の不協和音も計算ずくでしょう。ほやからその裏をかくんです。俺らが従順にあいつの言うとおり動く。それがあいつにとって一番の想定外じゃないんかと思うんです。」「ということはお前…。」「はい。自分はあいつのことを1ミリも信じていません。ですがあいつの力がないと何もできないところまで追い詰められているのは確か。だからギリギリまであいつの言うとおりに振る舞おうと思います。」「…。」「そもそも椎名に乗るって言ったのは百目鬼理事官、あなたです。あなたがここでブレてしまったら現場の連中に示しがつきませんよ。」「…。」「何か。」「内調から椎名と連携して欲しいと要請が来ている。」「内調?上杉情報官ですか。」「いや、情報官自身からのものではない。しかしその意思が反映されていると思って良い。」「だったら尚更、椎名の芝居に乗っかるのは妥当な措置かと。」「そうなんだ。」「なんだ理事官もわかってらっしゃるじゃないですか。」「当たり前だ。そんなもん言われなくても理解している。ただ…。」「ただ、何ですか。」「片倉、お前もわかるだろう。何というか、胸騒ぎがするんだ。」「胸騒ぎ…ですか。」「ああ。」「どういう点に胸が騒ぎますか。」「得体の知れなさだよ。椎名の。」「確かに得体が知れませんね。」「鵺のようだ。」「鵺…か…。」「この鵺が椎名だけならまだいい。ただ椎名が投降したこの僅かな時間で、このテロ対もオフラーナもアルミヤも内調も、そしてこの天気も鵺のように得体の知れないものになってきている。」百目鬼の言うとおりだ。対象が得体の知れないものになるが故に、対応する公安特課、自衛隊情報部、内調の役割分担、任務も曖昧なものになっている。それがための胸騒ぎのようなものは片倉も同様に感じていた。「このぼんやり感は危険だ。」「おっしゃるとおりです。」「理屈ではわかっているんだ。このままで良いって。しかし本能がこれじゃ駄目だって言ってるんだ。」焦りのようなものを全面的に出す百目鬼の様子を持て、片倉は煙草を一本彼に差し出した。「なんだ?」「そういうときこそ息抜きです。一本どうですか。」「吸うなら喫煙所にしろ。」「面倒です。」そう言って片倉はその場で煙草を吸い出した。「ふぅーっ…。」百目鬼は迷惑そうな表情を見せる。そして室内に充満する煙草の煙を逃がすために窓を少し空かした。振り付ける雨の勢いはまだ強く、窓の桟で跳ね返り、その僅かに空かしたそこから室内に飛び込んできた。「毒ですよ煙草は。身体にとって何も良いことはない。こんなもん吸ったところで頭がさえることもないし、身体が休まることもない。」「じゃあ場所を選んで吸えよ。」「リズムです。」「リズム?」「ええ。リズムとってるんです。なんか今のところリズムが良くない。」煙草を吸う片倉を百目鬼は黙って見つめた。「どうです?」チッと舌打ちした百目鬼は片倉の差し出すそれを抜き取り、それに火をつけた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー煙草を吸う音煙を吐く大雨の音「くっそ…ここで突っ立っとるだけでびしょ濡れや…。」急いで2,3回それを吸うと古田は宿の中に入った。「あ、藤木さん。朝戸さん目ぇ覚ましましたよ。」つい先ほど目を覚ました朝戸はいま、身体を温めるために風呂に入っているらしい。彼の身体に悪いところは得に見受けられないとのことだった。「そいつは良かった。」「それにしても偶然が重なりますね。藤木さんは朝戸さんに助けられ、朝戸さんは藤木さんに助けられ。」「そうですね。」「どちらも気を失い、助けられる。」「まぁ。」「偶然というか…お導きというか、何というか…。」古田は宿の主人が自分に何らかの疑いを抱いていることを察した。「必然。」「え?」「巡り合わせなんでしょうね。以前接点があったわけでも何でもない。そんな二人がこれですよ。もう必然としか言えない。」「必然ですか…。」「ええ。」「…これが女性だったらどれだけ心が躍るだろうかと思う自分がいます。」「あ…。」「冗談です。んなこと言ったら朝戸さんに失礼ですね。」「いいえ。自分も同じ状況なら藤木さんと同じ思いですよ。」二人は笑った。「今日はこれからはどうするんですか。」「いやぁこの天気でしょ。降り方が尋常じゃない。何もできませんよ。って言うか、ここは大丈夫なんですか。直ぐそこに浅野川がありますが。」主人はため息をつく。「2008年にありましてね。そのときウチは水に浸かっちまった。だからそういうこともあるって考えておいてください。」「そうですか…。」滝のように落ちる雨音に混じって、微かにカーンカーンと消防車の鐘のような音が外で鳴っているのがわかった。「まずいですね。ほかの宿に移られてはいかがですか。」「お代は?」「一泊分で結構です。」朝戸は最上殺しの犯人だ。そう見知らぬ男から告げられ、その真偽を確かめるためにここに来た。しかし今のところ、彼が最上を殺したと決定づける情報は得られていない。むしろここに来て白銀篤という、全く情報の無い人物が登場し、情報が入り組んできた。朝戸をこのまま掘り下げ続けるのは果たして捜査にとって得策なのだろうか。「どうです。藤木さん。」「あ、あぁ…。」東京から仕事でやってきた設定だ。あまりに朝戸に執着するのも彼自身もそうだが、宿の主人にもあらぬ疑いを抱かせてしまう。古田はこの宿から一旦距離を置く事を決めた。そのときである。けたたましい音と共に古田の携帯が震えた。自治体からのエリアメールだ。宿の中にある携帯という携帯が音を出している。「土砂災害警戒警報…。」古田がこう呟くと同時に、主人が言った。「避難場所は近くの小学校です。」「小学校…。」「こいつはヤバそうだ。避難するかほかの宿に移るかしてください。何があってもウチは責任とれませんよ。」グズグズしている暇はないと主人は体よく古田を宿から追い出した。「困ったな…。」...more19minPla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August 11, 2023169 第158話このブラウザでは再生できません。「最上さんを狙ってノビチョクを盛った…。」「はい。それが公安特課に最も混乱をもたらせると判断して、朝戸に実行させたそうです。朝戸は光定によって最上が白銀篤であると刷り込まれていたそうです。」片倉はため息交じりに呟いた。「つくづくクソやな…。」「その肝心の朝戸の妹をひき殺した人間なんですが、それは白銀で間違いは無いそうです。」「いやそんな奴は警視庁にいない。これは確認できた。」「はい白銀はサツカンでも何でもありません。ただの民間人です。」「なに?」「これはさっき椎名が理事官に言ったように、紀伊によるでっち上げだったようです。紀伊が朝戸の妹の事故死を独自で検証。結果、それらしき車両を発見。ここで所轄署に黙って紀伊は事件をもみ消すことが出来るから協力せよと被疑者、白銀と接触。車両の写真を撮影した後、白銀自身を口封じのため殺害した。そして所轄署に噂を流した。警察幹部の白銀篤という人物の倅が朝戸の妹をひき殺した。しかしそれを圧力をもってもみ消していると。こうすることで所轄署内部の不穏な雰囲気を作り出します。その空気を敏感に感じ取った朝戸は架空の被疑者である白銀篤の存在を信じ込み、奴に対する復讐心を募らせていったそうです。」「…手の込んだ芸当を…。」力なく電話を切った片倉は百目鬼に首を振った。スピーカモードのそれに聞き耳を立てていた百目鬼はそれに頷いた。「徹底的だな。あいつら。」「はい。」「椎名班は今どこだ。」「あと5分程度で到着です。それよりも理事官。」「わかってる。雨だろ。」「はい。ヤバいですこの降り方。方々の機動隊から冠水とか浸水の報告が入ってきています。マルバク探そうにもどうにもなりません。」「確かに…。これだけの雨だと、あらかじめ設置したものが流されてってこともあり得るな。」「いやいや、それはマズい。」「でも片倉こう考えられないか。その危険性があるなら。奴らはそれをどうにかするために動く。」「はい。」「でもそれらしき連中の動きを捜査員は捉えられていない。」「はい、そうです。」「ということはハナからマルバクは設置されていない…とか。」「んな馬鹿な。じゃあどうやってやるんですか。」「当日に運搬する。」「運搬?」「ああ。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「少佐。金沢北署に再び入りました。」「また?」「はい。」コーヒーチェーン店の窓際の席で、豪雨の外の様子を眺めながらチャットにいそしむ矢高の姿があった。「なにか変わった様子は。」「この大雨の中、移動中の車の窓を時々開けていました。」「窓を開ける…。」「どうしますか。」「北署内の協力者は。」「います。現在署内にいます。」「よし。それとなくお力添えが出来ることがあればなんなりと言ってくださいと近づいてくれ。」「了解。」「あ、くれぐれも出しゃばるな。何かあればこちらまでって具合でいい。」「了解。」スマホをうつ伏せの状態でテーブルにおいた矢高は、その苦い苦いコーヒーを飲んだ。「極秘任務…。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー金属を削る音金属を叩く音溶接の音ドアを叩く音(激しい)溶接マスクを外したマスターは怪訝な顔つきで扉を開けた。「なんだ!こっちは忙しいんだ。」「大変です!水が!」こっちが言い切る前に店員はそれを遮るように言った。ただ事ではない。それを察知したマスターは部屋を飛び出した。15段ほどの階段を登るとマスターは異常に気がついた。人気店であるはずのこの店に客がひとりもいないのだ。「どうしたんだ。」「どうもこうもありませんよ!いま商店街で土嚢を用意してるんです。」「土嚢?」「線状降水帯ですよ。浅野川がヤバいらしいです。あそこがやられたらここもアウトです。」「なにっ!」慌てて外に出たマスターはその光景に絶望した。凄まじく振り付ける雨が外を白ませている。雨樋は機能していない。そこからあふれた雨水がゴボリゴボリといって滝のように吐き出されている。「こりゃあマズいな…。」マスターは地下に続く階段を見やる。このままでは地下に水が流れ込むのも時間の問題だ。「おい。お前は地下のブツをとにかく高いところに移動しろ。」「はい。」「俺もやる。若い衆は商店街の連中と共同して水害に備えさせろ。」「ですが自分とマスターだけじゃ無理です。」「若い衆に手伝わせるわけにいかんだろう。応援を呼ぶ。」「応援ですか。」「ああこいつは俺らだけじゃ無理だ。」「どっちにですか。」「決まってるだろう。矢高さんだよ。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー携帯が震える音「はい。」「緊急事態です。」「なんだ。」「応援をよこしてください。」コーヒーに口をつけていた矢高の動きが止まった。「まさか…。」「はい。浅野川がやられたらウチは終わりです。」感情というものをまったく表に出さない矢高だったが、このときの彼の顔面は蒼白となっていた。「全部終わったか。」「いいえ。ですが半分程度はできています。」「使えるか。」「使えないことはないでしょう。」「よし。すぐに運び出す。誰か寄越してくれ。」「だから人手がありません。こっちにそれをよこしてください。」矢高は頭を抱えた。「時期ヤドルチェンコが人をここまで遣わせるでしょう。それとバッティングしたら最悪です。」「そうだな…。」「矢高さん。」矢高はしばらく黙った。「矢高さん?」「マスター。それ、ヤドルチェンコに渡してくれないか。」「え?」「そうだ。それがいい。」「何言ってるんですか?これアルミヤのブツでしょう。」「ベネシュ隊長には自分が言って聞かせる。」「駄目ですよ。そんな独断で決めちゃあ。」「いや、それしかない。当局の目をかいくぐるにはそれしかない。」「なんで?」「アルミヤはすでに自衛隊にマークされている。」「…。」「公安特課の目をボストークからそらすことは成功したが、今度は自衛隊だ。」「公安特課がガサを入れ、続いて自衛隊がとなるとこの店、逃げ場なしですね。」「だろう。」「チェス組やヤドルチェンコの注意は逸らしたけど、本丸アルミヤが完全マークされるとなると、計画は失敗になる。」「だったらいっそのことそれ、奴らにくれてやれ。で、濡れ衣を着せてやるんだ。」「でもどうするんですか。計画が完全に狂いますよ。」「いい。よくよく考えたらこのやり方もちょっと微妙だ。」「ここでそれ言いますか?」「ドローンを操縦するのがアルミヤじゃなくてヤドルチェンコ側になるってだけだ。」「アルミヤプラボスディアが操縦するから確実に目標に散布できるんじゃないですか。だから無駄な損耗を抑えることができる。素人のあいつらがこいつを操縦したらとんでもない事になるかもしれません。」「とんでもない状況になるのはむしろ望むところ。ますますアルミヤプラボスディアの存在意義が高まる。」「しかしこれがあいつらの手に渡るってことは…。」「アルミヤプラボスディアとしても一定のダメージを考慮に入れねばならんということになる。」「…それをベネシュ隊長がうんといいますか?」「それをうんと言わせるのが俺の仕事だよ。マスター。」マスターは黙った。「非道はヤドルチェンコにお譲りしよう。あいつらは派手目のことをやりたいんだろ。さらに派手なアイテムが加わったとなれば危機として喜ぶはず。いずれにせよマスター。あんたの手元にあるそれが水に浸かっておシャカになるよりよっぽど良いと思わないかね。」「自分は、矢高さんを信頼しています。」「ありがとう。君は本当に頼りになる。」「しかしどうしても引っかかっていることがありまして。」「なんだ?」「矢高さん。ドンパチだけだと脳がないっていってませんでした?」「ああ言った。それは俺の信条だ。もうそんな時代じゃない。」「今、ドローンをアルミヤから奪うとなると、あいつらただの戦闘集団ですよ。」「マスター。俺はドンパチだけだと脳がないって言ってるんだよ。」「いや、だから。」「ドンパチだけだといけないんだ。」「ん?」「いいかい。最後は力。その力だけを頼るのはいけないって事なんだ。頭はあくまでも力を使うために、もしくは力を有効に使うために使うんだ。」「…。」「力だよマスター。最後にものを言うのは。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそれからまもなく一台のバンがボストークの前に横付けした。店の入り口にはCLOSEの札が出されていた。「おう待ってたよ同志。」マスターは中東系の男ら四人を店の中に招き入れた。「店閉めたのか。」「ああこんなじゃ商売にならない。」カウンター奥に大小様々なライフルケースのようなものがずらりと並んでいた。「なんか多いような気がするが。」「あぁお土産つけておいた。」「お土産?」「ちょっとな。派手にやりたいって言ってたろ。ヤドルチェンコ。」「ああ。」「C4だけだとちょっと盛り上がりに欠けると思ってな。こいつら持って行ってくれ。」マスターは大きなケースを指さした。「何が入っている。」「ドローン。」「ドローン?」「ああ。車で突っ込んでドカンもいいが、こいつで突っ込んでドカンも派手だろ。」「同志マスター。」中東系の彼はマスターの肩を抱いた。「ヤドルチェンコの覚悟みたいなもんを俺は見た。俺にできることは精一杯させてもらうよ。」「恩に着るよ。」「…無駄に死ぬ必要はないぞ。同志。」「何言ってる。死を恐れていては何もできない。」「車で突っ込むんだろ。確実に犠牲が出る。」「それは本望だろう。それを担うのも神の思し召しだ。」「お前、ウ・ダバに入ってどれくらい経つ。」「10年だ。」「古参だな。」「まあな。」「名前は。」「アサド。」「アサド…。」「獅子、勇敢な男という意味がある。」「…。」「どうした。」「いや、つい最近お前さんと同じような名前の男に会ってな。そいつもお前さん同様良い面構えしてたんだ。」「ほう。」「なんて名前なんだ。そいつ。」「日本人だが、朝戸っていうんだ。」「アサト?」「そう朝戸。」「確かに似ているな。」「それにしてもウ・ダバはビジネステロ集団に成り下がっちまったかと思っていたが、アサドのような良い面してる奴もまだまだ居るんだな。」アサドは肩をすくめた。「それはどうかな。」マスターはそれには苦笑いで応えた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more17minPlay
July 28, 2023168 第157話このブラウザでは再生できません。自宅に帰った椎名が片倉らのテロ対策本部に出した指示は以下のものだった。- 椎名はテロ実行直前までチェス組と連携し彼らをエスコートする。そこに警察は介入しないこと- 実行直前に公安特課の出番をつくるので、相応の人員を用意すること- 空閑と朝戸にはしっかりと専任者を配置し、勝手な動きをしないよう監視を強化すること- サブリミナル映像効果を少しでも薄めるため、こちらで用意した動画をちゃんねるフリーダムで短時間で集中的に配信すること- テロは爆発物によるものであるはず。可能性を徹底的に排除すること- 朝戸がテロの口火を切る行動をし、その後にヤドルチェンコがウ・ダバを使ってさらにそれを派手なものにする手はずである。したがってウ・ダバらしき連中の行動はつぶさに報告を入れること- その他現場サイドで気になることがあればすぐさま椎名に連絡し、その判断を仰ぐこと「冴木はベネシュの部屋に入って、そのまま姿を消した。」「...。」「どうした?」「奴らならあり得る。」テロ対策本部に戻ってきた百目鬼の顔を片倉は見やった。「そうかそういうことか…。」椎名はひとりで納得しているようだ。「そういう事ってどういう事や。」「アルミヤの連中、このテロを全力で潰しに来る気だ。」「え…。あんたさっき粛正とか言っとったけど。」「訂正します。もう始まったようです。」「始まった?なにが。」「アルミヤプラボスディアとオフラーナとの抗争が。」「え?この金沢で?」「はい。」「なんでここ?」「それを理解するのは無理です。ツヴァイスタン人のことはツヴァイスタン人が一番分からない。これは向こうの人間が常々言ってるジョークです。」「奴らの狙いは。」「アルミヤですか?」「ああ。」「わかりません。ですがオフラーナの計画を潰すのが目的でしょうから、金沢駅でのテロ自体はこれで防ぐことができるんじゃないでしょうか。」「テロを防ぐって、どうやってや。」「関係者の殲滅です。」「殲滅?」「はい。」「え?」「ですから殲滅です。」「殲滅って?」「皆殺しです。」流石の片倉も何のためらいもなくこの言葉を使われる状況に接して血の気が引いた瞬間だった。「百目鬼だ、椎名。」百目鬼が片倉に代わった。「すまないがどうやってそんなことやってのけるんだ。アルミヤプラボスディアは。」「冴木という自分の監視役の存在までも把握してるんですから、主要実行犯の所在などはすでに把握済みでしょう。ターゲットの位置情報さえわかれば、あとは手段だけの問題です。物理的に障害を排除すれば奴らのミッションは達成です。」「朝戸や空閑のみならず、椎名、お前の所在も奴らに筒抜けということか。」「でしょうね。」百目鬼は手のひらで顔を拭う。彼は焦りというか、困惑というか、いづれにせよ他人から見て良くない方の表情だった。「取り敢えず椎名、直ぐにここに戻ってこい。」「無駄です。それに正直、警察署も安全とは言いがたい。相手は軍事会社です。脅威への対応力は警察の比ではありません。」「しかし…。」「ですがこれでテロの実行を阻止できる可能性が高まったと見た方が良いです。」「待て待て待て!」百目鬼は声を荒げた。「椎名。お前、気は確かか?外国勢力が好き勝手に人殺しするのを見守って、結果テロを未然に防いでもらいましょう。お前はこう言ってるんだぞ?」「はい。」「馬鹿いえ!ウチにはウチの法律ってもんがあるんだ!んなもん自分の家でやれ!他人の家でんなことすんな!」「しかし百目鬼さん。あなた言いましたよね。テロの防止がすべてに優先する。」「…。」「ここでアルミヤプラボスディアが出てきたとなれば、奴らにすべてをお任せするのが、確率一番高いですよ。」「駄目なものは駄目だ。」「しかし…。」「いいか。俺らは犯罪を未然に防ぐのが仕事なんだ。いまお前が俺らに言ってるのは、犯罪を促進しろって言ってんだぞ。」「ですがその方が当初の目的を達成できます。」「駄目だ!」「考えてみてください。百目鬼さん。あなたが仰っているのはただただ手続きのことです。朝戸にしろ空閑にしろ、この国の司法で裁かれればそれなりの刑罰が適用されることでしょう。」「それがこの国の原理原則だ。罪刑法定主義が刑法の根幹だ。」「その罪刑法定主義に則ったとしても結果は変わらない。朝戸も空閑も死刑は免れない。手続きを経て死ぬか、アルミヤに殺されるか。遅いか早いかだけの話です。」「は?朝戸も空閑も死刑?」「はい。」「何言ってんだ。ふたりともこれからだろうが。」「…。」「これからのテロ如何で、その罪の軽重が決まるんだろうが。」「あぁご存じなかったですか。」妙に椎名の声が落ち着いていた。「朝戸ですよ。ノビチョク盛ったの。」「は?」「椎名決め 空閑が図りて 毒あたふ 朝戸動かす 光定の技」言葉が出ない。それは百目鬼だけではなかった。片倉も岡田も、その場にいた対策本部の全員がこの悪意に満ちた和歌のようなものに戦慄した。「私はこの国の司法で裁いて欲しいと言いました。ですがアルミヤが動いているならやむを得ない。死を受け入れます。そうすることでテロが未然に防がれるのですから。」「待て。」「先ほどから待てとの指示が多いような気がしますが。」「ああそうだ。待ってくれ。」「…。」「今のその歌。朝戸動かす光定の技とあったが、それは鍋島能力のことか。」「いかにも。」「鍋島能力はすでに実用段階なのか。」「朝戸は失敗作です。」「失敗作?」「はい。」「意味がわからん。なぜ朝戸は最上に毒を盛った。」「失敗作だからです。」「よくわからない。詳しく教えて欲しい。」「このあたりはテロ防止に何の役にも立たない情報です。これこそ時間の無駄です。」「無駄じゃない!」いままで誰よりも感情をコントロールしているように見えた百目鬼の顔が紅潮していた。「朝戸が失敗作だから最上が殺されただと?全権お前に渡すって言ったが、サツカン殺しについてはっんな事認めねぇぞ。」「理事官、抑えて。」片倉が百目鬼を抑えようとするも彼は振り払う。「言え!椎名!」椎名は深いため息をついた。「白銀だった。標的は。それを朝戸は取り違えただけです。」「白銀?」「はい。」「誰だそれは。」「朝戸の妹を殺した男ですよ。」「朝戸の妹を殺した?」「百目鬼さんは白銀篤という人物はご存知ですか?」「いいや。聞いたことない。」「朝戸の記憶ではその白銀の息子が、自分の妹を轢き殺し、それを警察幹部である父、篤が揉み消した事になっているようです。」「それはいつの話だ。」「5、6年前と聞いています。」すぐに白銀を調べろと百目鬼は職員に指示を出した。「それには及びません。」椎名は百目鬼の指示を止めた。「白銀篤はこの世に存在しませんので。」「この世に存在しない?」「はい。もともとそんな人間はこの世にいません。朝戸の妹さんが事故で亡くなったのは確かですが、その犯人は見つかっていない。それだけの話です。」「じゃあその白銀篤はいったい。」「紀伊によるでっちあげです。」「でっちあげ?」「ええ。全部でっちあげです。朝戸という人間を良質な実験体として利用するための演出です。」「白銀というサツカンも居ないのか。」「はい。いません。なので白銀という男が朝戸の妹さんをひき殺したというのも嘘です。」「朝戸は嘘の情報を刷り込まれているのか。」「はい。」「嘘だ。」百目鬼は言い切った。「じゃあなぜ、白銀と最上を取り違えたなんてお前、言ったんだ。」椎名は黙った。「信用できないな。お前の言。」「…だから時間の無駄になるって言ったんです。」「あん?」「どうでも良いことにガタガタ言ってますね。頭脳は俺に任せるって言ったのに手足が指図してくる。日本の官僚機構ってのは、朝令暮改なんですね。」あからさまな皮肉を椎名は言った。「理事官、ここで仲間割れなんかしてなにひとつ得るもんはありません。」片倉が割って入った。「椎名、お前の言う通りや。白銀篤のことは後で教えてくれ。時間の無駄や。悪かった。すまん。」「片倉ぁ。」「理事官!すこし冷静に…。」「お前、サツカン殺しの疑いがあるんだぞ。」「もう何人も死んでいます!」片倉は百目鬼の言葉を制するように言った。「椎名。しかし、しかしだ。俺らは警察、しかも公安特課や。犯罪を未然に防ぐのが仕事なんや。確かにテロを阻止するのが最優先や。けどそのために人殺しを黙認するなんてできん。」「小さな犠牲で多くの命を救えるんです。」「だめや。命に大小なんてない。」「きれい事です。それにあなたらのその任務という名の面子を立てることが、この状況でそんなに重要なことなんでしょうか。」「面子の話じゃない。命の話や。」「だからいずれ処分されるって言ってるじゃないですか。」「諦めるんか。」椎名は黙った。「アルミヤプラボスディアが出てきたら無条件降伏なんか、オフラーナは。」「…。」「随分弱っちい組織ねんな、オフラーナってやつは。それじゃあ抗争にすらならん。」「なんですか、煽ってるんですか。」「どいや一方的にやられるだけやがいや。事実じゃないけ?」「…。」「お前さん、情報を仕事にしとるんやろが。なんでその情報であいつらをかき回すって発想にならんがけ?」椎名は言い返さなかった。「さっきお前、敗北を認めるのかって俺らに言ったよな。」「…。」「いまのお前にそれ、そのままお返しするよ。」僅かであるはずの沈黙が、このときの対策本部内には途方もなく長いもののように感じられた。「犠牲者を出さないように努力はします。」絞り出すような声で椎名は言った。「よし。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「気象庁によりますと、暖かく湿った空気が流れ込んでいる影響で、石川県加賀地方では停滞する前線の活動が活発になり、雨雲が発達しています。加賀地方では、発達した積乱雲が次々と連なる「線状降水帯」が発生して、非常に激しい雨が同じ場所に降り続き、災害が発生する危険性が急激に高まっているとして、気象庁は午後2時20分に「顕著な大雨に関する情報」を発表しました。この時間、発達した雨雲が加賀地方、特に金沢市を中心とした地域に流れ込んでいます。石川県が設置した雨量計では、午後2時までの1時間に、▽金沢市昭和町で54ミリの非常に激しい雨を、▽同じ金沢市平和町でも41ミリの激しい雨を観測しました。これまでの雨で、加賀地方では土砂災害の危険性が非常に高まり、「土砂災害警戒情報」が発表されている地域があります。加賀地方では、このあとしばらくは局地的に雷を伴って激しい雨が降るおそれがあります。気象庁は土砂災害に厳重に警戒し、低い土地の浸水や川の増水に厳重に警戒するとともに、落雷や突風にも注意を呼びかけています。加賀地方では状況が急激に悪化するおそれがあります。自治体からの避難の情報に注意し、安全な場所で過ごすよう心がけてください。車内にはラジオが流れていた。「うわぁ冠水しとらいや。」運転席の男が見る方向には、踝(くるぶし)くらいまで浸かった足を重そうに動かし、じゃぶじゃぶと水をかき分けて歩く歩行者の姿があった。「線状降水帯やろ。尋常じゃないわこの降り方。」「ヤバいなぁ。怖いくらいや。」運転席と助手席のやりとりをよそに、後部座席に座った椎名は窓から外を見る。あまりにも激しく雨が振り付けるので、外の様子が見えない。そこで彼は少しだけ窓を空かしてそこから覗きこんだ。見たこともない水位を保ち、まるで竜が身体をくねらして進むような濁流がそこにあった。「椎名さん?」「あっ。」「窓開けるのはちょっとやめてください。この雨ですよ。雨入ってびしゃびしゃになってしまう。」「あ、はい。」椎名はとっさにそれを閉めた。「はぁー。延期って風にならんもんですかね。」「延期…ですか。」「はい。」「それはないです。この日のためにすべての準備をしてきているんで。」「ですけどマルバクでしょ。」「マルバク?」「あっ、ええっとすいません。爆発物のことです。爆発物によるテロを予定してるんでしょ。あれって雨の影響とか関係ないんですか。」「ありません。」「その爆発物、どこにあるんですか。」「知りません。知ってたら教えています。」「本当ですか。」「本当です。危険なことは未然に防ぐ方が良いですから。ただし相手方に悟られないように。」「…。」「焦る気持ちはわかります。私だってテロの実際の実行計画を把握しているわけじゃないんですから、手探りです。ですが自分が司令塔です。司令塔という立場を利用して、ヤドルチェンコとチェス組を引っ張り出します。その時点で全部を抑える。おそらくそれしか方法はない。」「…。」「自分だってこう見えて不安に押しつぶされそうなんですよ。普段と違うことをやったりしないと気が紛れない。」「普段と違うこと?」「大雨に関わらず窓を開けるとか。」「あぁ…。」「誰かと話すとか。」「話す…ですか。」「はい。」「何話します?」「そうですね…。」相変わらず窓の外を眺めながら椎名は少し考えた。「片倉さん、あの人どういった方なんですか。」「片倉ですか?」「ええ。」「あのお方は警視庁の人ですよ。公安特課機動捜査班の班長です。元はここ石川の公安の人間ですよ。どうしました?」「あの人、気になりまして。」「え?どういう意味ですか。」「場を制圧するというか、場を軌道修正する術を持っています。」「…まぁあの人は修羅場をくぐってますから。」「修羅場…ですか。」「ええ。」「どういった修羅場を?」「それはまたの機会でいいんじゃないですか。私らはあなたの身の安全を確保せよとだけ言われています。」「いや、教えてくれませんか。」助手席の男は運転手を困った顔で見た。「上に聞いてみたらどうや?」無線で指示を仰いだ助手席の男はふうっと息をついて口を開いた。「6年前の鍋島事件。その指揮をとりつつ、朝倉を追い詰めた人間のひとりです。」「鍋島と朝倉を…。」「こちらはご存じですか。」「はい。その事件の顛末は私も把握しています。私はその事件を受けて日本に戻ってきました。」「だったらその3年前の事件は?」「さらに3年前、ですか?」「ええ。その鍋島事件の前身となった事件です。」「なんとなくって程度です。鍋島がそれくらい前のころに自分の能力を使って何者かを操った実験のようなものをやっていたと。」「そうですか。まぁその捜査の指揮を執っていたのも、片倉班長なんです。」「へぇ、出来る人なんですね。」「確かに出来る人です。ですがこの事件までは正直そこまで冴えた感じはしませんでした。普通の警察幹部です。役人的で面倒ごとは極力関わりたくない人柄でしたよ。」「ほう、そうなんですか。」「ええ。」「なにかきっかけでもあったんですか?片倉さんが覚醒する。」「ありました。」「それは。」「ひとりの警察官の死です。」「警察官の死?」「はい。当時、片倉班長は捜一の課長でしてね。その直属の上司である刑事部長が亡くなったんです。」「刑事部長って結構上の役職なんじゃないですか。」「はい。そのお方は警察幹部でありながら、自ら現場に乗り込んで指揮を執る極めて希な存在のキャリアだったんです。それが結果的に事件に巻き込まれて…。」「それは…。」「その事件も、6年前の朝倉鍋島事件も結局のところツヴァイスタン由来です。そこに今回のテロ予告。ツヴァイスタンは我々にとっても決して組みがたい存在です。」「…。」「だけどそれを堪えて、我々上層部はあなたと組むことを決めた。そこのところをご理解ください。」「朝戸が失敗作だから最上が殺されただと?全権お前に渡すって言ったが、サツカン殺しについてはっんな事認めねぇぞ。」「北署まであとどれくらいですか。」「雨が酷くて時間がかかっています。あと10分は見てください。」「充分です。」「なにが?」「最上殺しについてお話しします。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more22minPlay
July 14, 2023167 第156話このブラウザでは再生できません。出社した椎名だったが、やはり体調が優れないと言うことで今日は休むこととした。「どこに向かっている。」「とりあえず一旦家に帰ります。あてもなく車を走らせるのも、見つかったらリスクですから。」雨脚が強くなっている。滝のように降るそれはフロントガラスから見えるはずの景色を白いしぶきのようなもので覆い、視界は極めて悪い。前方の車のストップランプが断続的に光る。椎名の運転する車は減速せざるをえなかった。「一体どれだけ降るんだ…。」家に向かう間も雨が収まる気配はない。やがて携帯に通知が届く。大雨警報だ。氾濫警戒情報も併せて知らされた。「やめてくれ…。」椎名はぼそりと呟いた。雨粒が車体をたたきつける音が大きいためか、この彼の言葉に対する警察側の反応はなかった。そのときフロントガラスをはねた水が覆った。「うわっ!」「どうした!」直ぐさま警察無線で椎名に連絡が入る。この呼びかけが椎名を引き戻した。「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」「水はね?」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー百目鬼は部屋を出て行ったきり戻ってこない。富樫も椎名のPC解析のため別の部署にいる。金沢北署のこの部屋の幹部は片倉と岡田。このふたりだ。「うわっ!」椎名の大きな声が片倉と岡田に届いた。「どうした!」片倉がすかさず呼びかける。「あ…いや…ちょっと水はねにびっくりしてしまって…。」「水はね?」ふたりが顔を見合わせた。「あ、いえ、なんでもないんです。すいません。驚かせてしまって。」「あんたほどの人間が水はねごときにそんなびっくりするなんて、意外すぎる。」「不意を突かれると人間誰だってびっくりします。」すべてが計算ずくの椎名賢明こと仁川征爾。そういう認識だった片倉と岡田にとって、彼もまた自分たちと同種の生身の人間であることを感じさせるに足る言動だった。それは一種の安堵を二人にもたらした。「この大雨はしばらく続くらしい。この状況が続けば人手も少なくなるし、何かを起こすにも障害となる。俺らにとっては恵みの雨になるかもしれない。」「どれだけ続く予報ですか。」「一応夜には収まる予報や。けど今後線状降水帯が発生すると災害になるかもしれん。」「線状降水帯?」「知らんか。」「はい。」「なんか次から次と雨雲ができて、集中的に豪雨をもたらすやつ。俺が話すよりもネットか何かで情報を得てくれ。その方が正確や。あぁ今は駄目やぞ、運転中やしな。ちゃんと帰ってから調べるんや。」「わかりました。ところで百目鬼さんは。」「理事官は所用で席を外しとる。」「所用とは?」片倉は言葉を飲み込んだ。「どうしました。」「あ、いや。」「隠し事は無しですよ。自分はあなたらのことを把握している必要があります。なにせ私が頭であなたらが手足なんですから。」「…。」「なにがあったんですか。」「マクシーミリアン・ベネシュ。」「…マクシーミリアン・ベネシュ。」椎名の反応に間があった。「知ってるか。」「はい。」「関係あんのか。今回のテロ事件に。」「いいえ。関係があるはずがないです。」「なんで?」「今回のテロ事件はオフラーナである自分が指揮監督してるんです。なんでツヴァイスタン人民軍の息がかかったアルミヤプラボスディアがそこに協力してくるんですか。」「悪い。オフラーナと人民軍ってそんなに仲悪いんか?俺、その辺りは理事官ほど詳しくないんや。」「犬猿の仲ですよ。オフラーナが右って言えば人民軍派左と言います。人民軍が白と言えばオフラーナは黒と言います。」「そんなに?」「はい。」「えっと…それであの国の安全保障、よく回るね。」「回っていないんです。」「どういうことや。」「オフラーナと人民軍。この二つがいつも足を引っ張り合う。決して一枚岩じゃないんです。」「俺にはそうは思えんが…。」「その辺りの外向けの見せ方は、あの国は一流です。決して綻びを見せません。」「じゃあその強大な力を持った秘密警察と軍の勢力のバランスを、だれがどうやって保たせとるんや。」「それは…。」何かを言いかけたときだった。「うわっ!」「どうした!」「ごめんなさい。水はねです…。」片倉と岡田は再びお互いを見る。「ところで今どこや。」「家まで後半分の距離のところです。このままドラブスルーで食事でも買って帰ります。」「それがいい。この雨や。外に出たら一瞬でずぶ濡れや。ここであんたに風邪でも引かれたら最悪や。」「では。」「あ、待って。ところどころで冠水が発生しているとの報告が入っとる。気をつけて帰宅されたい。」「冠水?」「おう。不用意に水溜まりに突っ込むなや。浅いと思っとった水溜まりも実は深くって、エンジン周りに水が入って車が動かんくなるなんてこともある。」これの椎名の返事に間があったような感じがした。「了解。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー目を覚ますと木目の天井が朝戸の視界に映り込んだ。「ここは…。」身を起こすと自分が布団の中で眠っていたことに気づかされる。辺りを見回す。昭和が色濃く残る一般住宅の和室。そう。ここは自分が逗留する民泊の部屋だ。彼はゆっくりと立ち上がり障子を開ける。そこから見えるものは滝のような雨。外の様子はそれによって靄がかかってる。「なんだこりゃ…すげぇ降り方だ…。」恐怖すら感じさせる雨脚に思わず声が漏れた。枕元に携帯がある。それをタップすると14時を表示した。「14時!?」瞬間、頭痛が走る。「ってぇ…。」ボストークを出たところで警察に職質を受け、持ち物も改められたが、特にこれと言った処置をされることなく解放。そのまま金沢駅方面に向かった。あの沙希にそっくりの女性を見るために。そこで偶然、藤木と再会。彼に誘われ喫茶店でコーヒーを飲んでいたところ、ヤクザ風の男たちが目の前のホテルに駆け込んでいくのを目撃し、危険な感じがするとしてその場で彼と別れた。「そこからの記憶がない…。」部屋を出て食堂である十畳間のほうに行くと店の主人に呼び止められた。「大丈夫ですか。」「あ、はい。」「藤木さんが運んでくれました。」「藤木さんが?」「なんでもこっちの方に移動してたらあなたが倒れているの発見したって。」「え?俺が倒れていた?」「はい。」「どこで。」「すいません。そこまでは。」「藤木さんは。」「部屋で休んでらっしゃいます。」「わかった。」「ナイト。」主人は朝戸をチェスの名前で呼んだ。「藤木には気をつけた方が良いかと。」「どういうことですか。」「あなたとの距離の詰め方が急です。」「偶然では。」「いや。」こう言って主人は窓を数センチ空かせた。宿の屋根を雨が打ち付ける音の中、しぶきが靄のように立ちこめている。「ほら、あの向こう側のアパートの2階にカーテンが閉まったままの部屋があるでしょう。」朝戸は目をこらして彼の言う方を見た。「あそこで誰かがこちらの様子を監視してます。」「監視?」「はい。ナイト、あなたがこの宿に来てしばらくしてからです。」「既にそうだったんだ。」「なにかありましたか。」朝戸は今朝ここで早めの食事を済ませた後、ボストークに向かい、そこのマスターから起爆装置の指南を受けた。しかし時を同じくして警察らしき人間がボストークに入店。いろいろを察した朝戸は店を出たところ、別の警官に職務質問をされた旨を主人に話した。「ナイト。それなら尚更、藤木には注意したほうがいい。奴の接近がタイムリーすぎます。」「…ですね。」「警察からの職質の件、ビショップにも報告されましたか。」「ビショップには言ってません。」「…え?」「言ってません。」「いや待って下さい。自分はあなたの管理をビショップから依頼されてるんです。」「管理管理って、俺はビショップの部下かよ…。」「あ、いや…。」「ったく…。どいつもこいつも同志よ!って接してきておきながら、時間が経てばあーしろこーしろ指図ばっかりだ。」「ナイト。それは考えすぎです。」「いいや考えすぎじゃない。大丈夫ですよ。そのあたりも自分、含んでのことですから。」主人はこのナイトの言葉に黙るしかなかった。「大丈夫です。みんなに迷惑はかけません。俺はちゃんとやります。」「…。」「ただね。ちょっと思うところがありましてね。」「なんですか。」「ここまで自分のことを気にかけてもらったのって、実は生まれて初めてでしてね。」「気にかけてもらった?」朝戸は窓の隙間からその先を見やり、呟いた。「その相手が警察なんて、皮肉なもんですよ。」雨が止む気配はない。排水能力を超えてしまった雨水が雨樋からあふれ出ている。「それにしても酷いですね。」「このまま降り続けたら、計画に変更も出てくるんじゃないんですか。」主人が朝戸に尋ねる。「自分は全体像は把握していません。ですがいまのところビショップから俺のところに連絡がないんで、このまま予定通りなんでしょう。」「あ、ビショップからも連絡がないんですね。」「はい。まぁここまできたらむやみに連絡を取り合うよりも、各人が各人の判断で動く方が良いと思います。」朝戸のこの合理的な判断に主人は納得した。「しかしどうします?」「なんですか。」「藤木です。」「…。」「あなたは藤木という人間にマンマークされている可能性があります。」「…。」「思うに奴、公安の人間では?」「…だったらそのままこちらも藤木をマンマークすれば良いんじゃないですか。」朝戸の顔から表情というものが消え失せているのを、この時の主人は見逃さなかった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more15minPlay
June 30, 2023166 第155話このブラウザでは再生できません。「くせぇ…臭すぎる。」「どうしました。次郎アニキ。」「ほら見てみろよ。」顔面に切り傷のようなものが十字に入った男に前に次郎は出力した紙を並べた。「これが例の白人だ。」次郎が指す白人はどうやら2日前の4月28日からこのホテルのスイートルームに泊まっているらしい。雨澤が作り出した画像解析ソフトが、時間をかけずにそのことを次郎に示していた。このホテルにはスイートルームは2室があり、一方はこの白人。そしてもう一方の部屋は先ほど雨澤が身の危険を感じた部屋であった。部屋を利用するのは彼ひとりだ。来客はない。正直ひとりでは持て余す広さである。彼は外出の際に荷物のようなものを持って出ることはない。またその際に誰かと一緒ということもない。時折スマートフォンをいじりながら誰かと連絡をとりながら、ホテル内のロビーでくつろいだり、スイート利用者の特権なのかもしれないバーカウンターでウイスキーを飲むこともある。その時にも彼以外の人の気配はない。しかし今日の朝、彼の宿泊する部屋にはじめて男がひとり訪ねてきた。それが相馬が行方を捜していたサツカンの人間だった。いままで白人以外、誰ひとり人の気配がなかったスイートルーム。そこにひとり来訪者が現れたことは象徴的でもあったが、その先がさらに次郎に疑惑を抱かせた。来訪者である警察官。以降、彼の足取りが途絶えたのである。「この来訪者はまだ白人の部屋に居るってことですか。」「いいや。こいつみてみろ。」今度は次郎は手元のラップトップを操作し、別の人物を抑えた映像を示した。「なんですかこの外人集団。」次郎と相馬がホテルの外で見かけた、ビッグシルエットの服を着た屈強な外国人集団の姿がそこにあったのだ。「まぁ見てな。」ボタンを押すと、その外国人観光客の動きが時系列で再生された。ロビーで自然と合流した彼らは、そのまま流れるようにエレベータに乗り、スイートルームがある27階で降りる。するとそこには清掃スタッフがいた。「あ。」外国人の中のひとりが清掃スタッフと接触し、手振り身振りを交えて何かを話している。清掃スタッフは彼に手を振って、何かを拒んでいるようだった。「なんか揉めとるんですかね。」「いや。」外国人が清掃スタッフの身体を掴んだ。そして彼が身につけるエプロンポケットの中に何かをねじ込んだ。すると清掃スタッフは急に従順になり、外国人集団をいま清掃していた部屋の中に通した。「この部屋、雨澤のアニキが泊まった部屋じゃないですか。」それから経つこと1時間。彼らはその部屋から再び姿を現したのである。顔に切り傷のある男は考えた。「なるほどこういうことか…。」「そう。こいつらがあのホテルの従業員に金を握らせて雨澤アニキの部屋に先にはいっとったって訳や。」「しかしこいつら、何でこんなことを?」こう言った直後、彼はあっと言った。「ボストンバッグもっとるじゃないですか。大きめのやつ二つ。」「盗みですか?」「盗みに1時間かけるか?」「いや、手際悪すぎですね。」「雨澤アニキの部屋のバルコニー鍵開いとったやろう。」「はい。」そこで次郎は先ほどの白人の写真を指さす。「アニキの部屋と白人の部屋は隣同士なんや。」「え…。」この次郎の言葉を聞いた彼は絶句した。「白人の部屋にサツカンが来訪、それからしばらくして隣の部屋に外国人集団侵入。1時間後にはあいつら、バルコニーの鍵をかけ忘れてそこからボストンバッグ抱えて出て行った。因みに白人の部屋に来たサツカンの消息は不明。」次郎も同様の推理をしている。そう感じた彼は戦慄した。「お前、この手のシノギ、やったことなかったっけ?」「…アニキ、それ今の俺に言います?」「あぁ悪ィ。気を悪くせんでくれ。」その場にいた二人に重苦しい空気がのしかかった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー相馬に冴木の情報が入ってきたのはそれから間もなくの事だった。「白人の隣部屋からボストンバッグ抱えて出てきた…。」「白人の部屋にいたそのサツカンは未だ部屋から出た様子はありません。」しばらくの沈黙を経て相馬は言った。「アレですか。」「…アレとは?」「サツカンは殺されている。」次郎は何も言わない。沈黙で相馬の推理に同意を示しているようだ。「サツカンの遺体処理に外国人集団が動いた。」「はい。自分はその線が強いような感じがしてます。」「…なんか回りくどいやり方ですね。」「あいつらなりに外に勘ぐられないように、カモフラージュしてるんじゃないですかね。」「調べる必要がありますね。」「警察の方で調べてもらえますか。」「はい。」「ついでにその白人の情報もこっちに流してもらえませんか。」「それは…。」次郎は口ごもった。守秘義務的にマズいのだろう。相馬はその申し出をすんなり撤回した。「いやそういうことじゃないんです。」次郎の返答は意外なものだった。「こいつは、こいつだけはよくわからない。」「どういうことですか?」「あるとき突然、ここに姿を現したんです。」次郎が言うにはこうだった。街頭設置の監視カメラの動画アーカイブにアクセス。そのログから当該白人の映像を抽出した。しかしその痕跡はなし。この白人が映っていたのは先ほどのホテルの中のカメラしかない。「待って。なんであなたら仁熊会が街頭カメラのアクセス権を持ってるんですか。」「え?ダンナ知らないんですか?」次郎は仁熊会と警察の関係を簡単に説明した。仁熊会が警察の協力企業と化している現状を、相馬はこの時初めて知った。「神谷さんが…。」「ダンナ面識おありで?」「ま、えぇ…。」相馬ははっきりとしない返事をした。「とにかくまぁ、あの白人。ヤバいニオイしかしない。」「どうやって街頭カメラの監視の目をかいくぐったのかはわかりませんが、何らかの目的があって自分の姿を消しているってこことですね。」「ええ、そうとしか考えられません。」「じゃあなんでホテルではノーガードなのか。」「考えられることはひとつです。」相馬も次郎も黙った。「もう姿を現しても大丈夫な状況になった。」先に口を開いたのは次郎だった。「誰なんですか…この白人。」「わかりませんよ。わからないから困ってるんです。相馬さんの方こそしらんがですか。」知らない。見たこともない。「こいつも警察の方で調べてもらうってわけにいきませんか。」「やってみましょう。」ではと言って相馬は電話を切った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー電話の着信音「はい岡田。」「相馬です。冴木の情報です。」「おう。頼む。」「金沢駅近くのホテルに確かに冴木は入りました。そこのスイートルームに誰かを訪ねています。」「なに?で。」「カメラを見る限り、現在もその部屋に居るようなんですが…。」「ですが、なんだ?」「奴はもうそこには居ないかもしれません。」「ん?なんで?」相馬は次郎からの情報をそのまま岡田に伝えた。「わかった。そのホテルに捜査員を派遣する。」「お願いします。」「相馬、お前は冴木の件はこれで一旦離脱してくれ。」「はい。で、自分どうしますか。」「相馬。片倉だ。」岡田の電話から片倉の声が聞こえた。一体何が起こっているのか掴めない相馬は言葉を失った。「たった今からお前はケントクから特高に戻す。お前は俺の指示で動け。」「え?なんで。」「なんでもいいがいや。ここには百目鬼理事官もいらっしゃる。」「え!?」一体どこから出しているんだと思うほどの妙な声を相馬は出した。「お前はそのまま金沢駅周辺におかしな様子がないかどうか探ってくれ。」「あ、はい。」「今のところ金沢駅でマルバクのようなものは見つかっていない。となればそれ以外の可能性を当たる必要がある。警備総出であたりの周辺を捜索しとる。お前はお前なりの判断でテロの防止にすべてを注げ。」「応援は。」「ない。」「自分ひとりで何ができるって言うんですか。」「使えるものは何でも使え。」無茶振りだ。片倉からたまには休めと石川に帰るように言われ、帰ったら帰ったでケントクのフォローをせよと言われた。彼は言われるがまま岡田の下で古田と連携。鍋島能力の研究者である石大病院の光定公信の情報をとるために木下すずと接触した。その後ひょんな事で天宮の遺体の第1発見者になってしまう。石大病院にさらに入り込むために病院部長の井戸村と坊山に接点をもち、入院する三波と接触。彼から光定に関する情報を入手し、さらに光定本人と直接対峙して彼の籠絡に成功した。この間わずか4日間。かなりの成果だ。続いて岡田から冴木の行方を追えと命じられ、それを抑えたかと思えば、ここで金沢駅テロの兆候をつかみ取れという。任務の困難さと労働時間の過酷さはブラック企業の比ではない。しかしことここに至って片倉のこの指示は、相馬に事が逼迫していることを悟らせた。「もうひとついいですか。」「なんや。」片倉の携帯に相馬から写真が送られてきた。その写真を見た片倉は首をかしげる。「どうした。」百目鬼が片倉に声をかけた。「冴木の行方を追っていたウチの捜査員が、この白人が気になるので調べてくれないかと言ってきまして。」「白人?」「はい。」「見せてみろ。」片倉のスマホを見た百目鬼の表情が硬直した。「理事官?」「片倉。これはマズい。これはノータッチだ。」「え?」「こいつは防衛省マターだ。俺らが関わったらだめな奴だ。」「え、誰なんですかこいつ。」「アルミヤプラボスディアの精鋭部隊、トゥマンの隊長。マクシーミリアン・ベネシュ。」「なんやって…。」「片倉。こいつの話は俺から防衛省に伝える。おまえはその捜査員にストップをかけろ。」「はい。」「マズい…。こいつはどうやら途轍もなくヤバいヤマになってきてるぞ…。」すぐさま百目鬼はその場から席を外した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー古田は金沢駅から1キロ程度離れた交差点にさしかかっていた。古田の前方10メートル先に朝戸の姿がある。その姿を見て古田はため息交じりに呟いた。「コミュの残党ってわけか…。」彼の手には携帯電話がある。先ほど野本から第一報として朝戸慶太の情報が送られてきた。「妹さんを事故で…。んでそれは事故ではなくてコロシと…。」「住職の言(げん)の通りってことか…。」「白銀篤…。東京の方のサツカンの話なんかわしゃ知らん。誰なんやそいつ。」古田はその男の詳細を調べて欲しいと野本にメッセージを送った。これには現在調査中と即座に返ってきた。雨が止む気配はない。瀑とした雨の降りっぷりは身を隠すのに好都合だ。反面、対象を見失う危険性をはらむ。手元の文字情報を見たり、遠くの対象を監視したりと、同じ動作を繰り返す。するといい加減この単調な動きに飽きが来て不意によその様子を見て気を紛らわしたくなる。この時の古田もそうだった。ガラガラガラっと近くでシャッターを開ける音が聞こえたので、そちらの方を見る。するとそこは串焼き居酒屋であった。どうやらこれから夜の営業に向けて仕込みをはじめるのだろう。そういえば昼食はまだだ。途端に彼の腹の虫が騒ぎ出す。「いかん。いかん。後や。後で食えば良い。」古田は自分に課した朝戸の尾行という任務に意識を戻した。「あ…。」つい先ほどまで対象の姿を確実に抑えていたのに、この一瞬の油断、そして先ほどより幾分弱くなったといえ、しっかりと降るその雨が朝戸の姿をかき消してしまった。見失った。得も言われぬ虚脱感が古田を襲う。しかし次の瞬間、彼は気がついた。朝戸はそこにいた。青になった歩行者信号の下で、彼はただ呆然と立ち尽くしていた。先ほどまで動きがあった対象が、突然動きを止めて周囲と同化するかのようにただ立ち尽くす。そのために古田は彼を見失ったのだった。これに安堵の表情を浮かべた古田だったが、同時に疑問をもった。信号がすすめの合図を出しているというのに、なぜ彼はその場から動かないのか。この疑問の答えは彼の頭上にあった。そこにはよくある信号機に地名を記した白地に青文字の看板があった。「白銀…。」古田が呟いたと同時に、視線の先にある朝戸は膝から崩れ落ちた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー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June 16, 2023165 第154話このブラウザでは再生できません。椎名が乗り込んだ車は何事もなかったように、そのまま北署を出発した。その様子を窓から眺めていた百目鬼が誰に言うわけでもなくつぶやいた。「気づかれることを心配せず、椎名をおおっぴらに尾行できるだけマシになった。浮いた人員は別の方面に回せる。」「油断は禁物です。」片倉が苦言を呈した。「心配してもどうしようもない。いずれにせよこれで椎名は丸裸だ。気楽にいこう。」百目鬼が楽観的な見解を示したそのとき、椎名の車内に設置されたカメラからガサゴソと音が聞こえた。その場の百目鬼、片倉、岡田、富樫がモニターに視線を集中させた。「椎名です。すいません。ちょっと体調を崩してしまって病院にいってました。え?あ、はい…今のところは…。いまそちらに向かっています。」無断遅刻に関する勤務先への弁明だった。「大事なことや。」片倉は椎名の行動に納得した。「片倉班長。」岡田が片倉の名前を呼んだ。「なんや。」「この場でこんな相談をするのも何なんですが、気がかりなことがありまして。」「いいよ聞くよ。言ってみろ。」「何個かあるんですが。」「なんだ?俺も聞く。」百目鬼がそこに入ってきた。いまここには普段接点を持てないほどの上位の存在である百目鬼、そして嘗てのバディ的存在である片倉の二人がいる。今回のヤマはあらゆるところから重要情報がもたらされる。通常の公安業務とは比べものにならない。岡田の処理能力は限界に達していた。そこに情報を共有でき、相談できる存在が増えたと言うことはどれだけ心強いことか今の岡田には身にしみて感じるところだった。彼は半ばすがるように二人に話した。「ボストークに目の写真…。」「ええ。同じようなシチュエーションは先の天宮憲行の事件でもありました。」「天宮憲行は自殺に見せかけたコロシの線が強いって言っとったな。」「はい。天宮憲行の臨場は佐々木統義が担当していました。」「なんやろう…気にはなるな…。」片倉は顎に手を当てて何かを考えている。「まだあるんです。」さらに岡田は光定班の班長が行方不明になっていること、ボストークに調べに入っていた朝戸班の2名が行方不明になっていること、そして昨日のネットカフェ爆破事件の被疑者、冴木亮も未だ行方知らずであることを二人に報告した。いままで自分の中で消化しきれずにため込んでいたことを吐き出すように。「冴木は光定が殺害された時間の警備担当でした。その調べをしていたのが光定班の班長。やつは班長に言われて戻ってきましたと言って、ケントク部屋に一時帰還。マサさんが休憩中、無線の仕切りをしていました。」「その無線で冴木は朝戸班の2名を内灘へ派遣指示。しかし今その2名が行方不明か…。」「いっそ冴木のこと椎名にぶつけてみるか。」こうつぶやいた百目鬼は周りに確認することなくその場で椎名にコンタクトをとった。「百目鬼から椎名。」「はい椎名。」公安特課に寝返った椎名の対応は早かった。「聞きたいことがある。いいか。」「どうぞ。」「冴木亮は今どこに居る。」数秒、間があった。「わかりません。彼は自分とは別ルートのオフラーナ要員です。」知っていた。その場の人間が顔を見合わせた。「連絡は取れるか。」「直接は無理です。」「どうすれば連絡を取れる。」「佐々木が唯一のルートでした。」「その佐々木は死んだ。」「はい。」「つまり無理って事か!」百目鬼は声を荒げた。「公安特課は冴木の行方を?」」「把握できていない。しかし昨日のネットカフェ爆破事件の際、奴が現場にいたことは把握している。」「そうでしたか。」「冴木はそこで何をしていたか知っているか。」「奴は佐々木の協力者を偽った自分の監視役です。」「佐々木の協力者を偽った監視役?」「それは佐々木も承知していたのか。」「わかりません。ですが多分気づいていないでしょう。佐々木はオフラーナの協力者です。外部委託先の人間はそこまでの内部事情は知らされていません。」「あの爆破事件の際、冴木が同じ場所に居たことは君も知っていたのか。」「はい。知っていました。冴木もろとも爆破する予定でした。」「え…。」「ですがしくじりました。全く別の人間を巻き込んでしまいました。」「あの爆破は冴木殺害が目的だと。」「それはあくまでもサブの目的です。主目的は単なる爆発テロ。建物だけが被害を受けるよう意図していました。人に危害を与えることは企図していませんでした。」爆破テロのついでに邪魔な存在を消し去ることに何のためらいを感じない椎名の冷徹さを感じた発言だった。椎名は出頭時に多数の人に危害を与えたことに、良心が痛んだ的な発言をしていた。しかしその解釈は間違っていたのではないか。ネットカフェを爆破し、ビジュアル的成果を得ることが主目的で、そのついでに目障りな監視役を事故を装って爆殺。それがあくまでも椎名の計画。しかし結果は爆発成功、冴木殺害失敗、一般人を巻き込まないことも失敗と1勝2敗。自分の思ったとおりの成果を出せなかった事が心を痛める一番の理由だったのではないか。こう考えたのは椎名とやりとりをする百目鬼だけではないことを、この場に居る皆の表情が物語っていた。「君のようなオフラーナ直轄要員は、冴木や佐々木の存在にあるように用心に用心を重ねた体制を承知ということだね。」「はい。」「ということは君が寝返ったことが先方に露見するのは時間の問題。」「はい。ただ冴木が行方不明であることは今の我々には良い作用をもたらします。」「と言うと?」「おそらく冴木も佐々木同様、粛正されたんでしょう。」「粛正?」「はい。あの組織にはよくるあることです。ある時突然消息を絶つ。これは工作活動に従事する者への無言のメッセージなんです。」「無言のメッセージ?」「はい。ボヤボヤしてるとお前もこうなるぞと。」非道すぎる。あまりにも日常とかけ離れた冷酷無比な世界がそこにあることを知った百目鬼は、こんな単純な感想しか思いつかなかった。もちろん百目鬼だけではない。片倉も岡田も富樫も皆、言葉を失っていた。「私のお目付役がひとり粛正された。そのことは別の私のお目付役をその事実確認に奔走させます。なぜなら我が身を護る体制を整えなければなりませんから。」「芋ずる式の粛正を恐れて保身の準備をすると。」「はい。ですから偶然にもオフラーナが私を監視する体制は現在のところ手薄ということです。」「…なんと言って良いものやら…。」ここで無線は切られた。「椎名のやつ、どこからどこまで把握しとるんでしょうか。」「わからん。ただこう言う場合、さすがにこのことは知らないだろうと適当な見当を付けるのは事故の元だ。」「なるほど…。」「今のところあいつは全知全能の神的な存在として対応した方がいい、変な油断は身を滅ぼす。」「その神は我々をどう使うんでしょうか。」「さあ、それは神のみぞ知る。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「すいません。遅くなりました。」身をかがめながら職場に入ってきた椎名の様子を、同僚が横目で見た。「どうしたん?体調悪いん?」彼女は目を合わせずに気遣いの言葉をかけた。「ちょっとなんか身体がここのところずっと重くって…。」「へぇ…。」気遣いの言葉をかけた割には、こちらのことに興味なさそうである。このやりとりに何の意味があるんだ。こう思ったときのこと、課長が自分の名前を呼んだ。「椎名大丈夫かー。無理すんなよ。」「あ…えぇ…。」「医者はなんて言ってた。」「疲労かと。」じゃあと言って課長は椎名を自販機コーナーに連れ立った。自販機の音椎名は栄養ドリンクを手渡された。「今日の晩にはひととおり準備は整うようです。ボストーク。」煙草に火を着けてそれを吐き出す課長がそれとなく呟いた。「そうか。」「ヤドルチェンコはまったくこちらの動きに気づいていません。」「では予定通りで。」「数時間前に公安特課から私にあなたの動きを探る連絡がありました。」「で。」「以降、何の連絡もありません。」「奴らにはくれぐれも勘づかれないように注意されたい。」「はい。」「これから以降、俺の動きにはノータッチで。」「矢高さんからは極秘だと聞かされています。」「そうか。」「ひとつだけ確認をと。」「なんだ。」「このままベネシュ隊長に任せていいですか。」「ああ。隊長を全面的に補佐して欲しい。」「わかりました。」「俺はまた外に出る。このまま会社には戻らない。」「ではこちらで調整しておきます。」「頼んだ。」営業の人間が自販機コーナーにやってきた。「お疲れッス。」「お疲れ様です。」椎名が彼に応えた。「あ、椎名さん聞きましたよ。ちゃんねるフリーダムの記念誌受注確定なんですって?」「あ…はい…。」「すごいなぁ。どうやってあそこと繋がったんですか?」「あ…まぁちょっと…。」課長は一足先にその場から姿を消した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「Да.Значит, дальнейшие действия будут возложены на капитана Бенеша.はい。なので今後はベネシュ隊長に一任されます。」「Понятно. わかった。」「いかがします?」「いかがとは?」「少佐ですよ。」ファミリーレストランの隅に座ったベネシュは一緒に座る白人連中の顔を見やった。「君の言っている意味がよくわからんが。」「注意された方が良いのでは。」「なぜ。」「極秘の任務のようです。」「少佐のような特務の人間はその存在自体が極秘。今更何を。」「アルミヤプラボスディアはあくまでもツヴァイスタン人民軍のフロント。いざとなれば即座に切り捨てられることもあり得ます。」「何が言いたい。」「人民軍の狙いは別にあるのかもしれない。そう勘ぐりました。」「人民軍がどういう企みを持っていようが、我々は彼らとの契約を履行するだけだ。それがビジネスってもんだろう。」「しかし。」「政治はもうこりごりだ。だから俺はこっちに来た。我々に政治将校は必要ない。それに。」「それに?」「こちらが切られるときは先方からの一方的な契約破棄。こちらにも考えがある。」「相手は正規軍です。」「だから?」「…。」「矢高。君はいったい何をしたいんだ?」「あ…いや…。」「本作戦は俺に一任されたんだ。味方の士気を下げるようなくだらん情報を俺に上げるな。」「はっ。出過ぎました。」「ただし。君の言うことも一理ある。少佐の動向に注意を払え。」「はっ。」政治はこりごりというベネシュである。しかし矢高の邪推を咎めつつ、ビジネスマンベネシュの立場を通し、かつ密かに矢高を使って軍にも睨みを効かせるというこの立ち振る舞いは極めて政治的なものだった。「自ら命を絶ったと聞いた。」「はい。警察の調べの前に。」「手厚い対応をするよう本社に私から言っておく。」「ありがとうございます。」「しかし目障りだな。」「はい。あからさまな尾行までやり出しました。抑止行動でしょうか。自衛隊情報部。侮れません。」「ボストークは問題ないのだろうな。」「ええ。公安特課に一時的にマークされましたが、あそこのマスターがうまくあしらってくれています。」「ボストークにはウ・ダバらの銃火器はおろか、いま我々のブツが運び込まれている。抑えられれば全部ぱあだ。」「承知しております。ですから本日中にその完成を見る手はずとなっています。」「ところでそのケイタとか言ったか。」「はい。チェス組テロ実行の先兵、朝戸慶太です。」「奴は具体的にどういった行動を起こす予定となっているんだ。」「爆破です。」「いま金沢駅は厳重警戒態勢だ。どうやる。」「どうやら車両を使うらしいです。」「車両か…。」「はい。古典的です。」「ヤドルチェンコの奴、どうも冷戦時代からアップデートできていないと見える。」「ですが確実な方法でもあります。」「まあな。」「いずれにせよ派手目のことをやられる方がこちらとしては大義が立ちます。」「そうだ。」「明日の夕方まで準備をしてお待ちください。」「Спрашивается. 頼んだぞ。」...more19minPlay
June 02, 2023164.2 第153話【後編】このブラウザでは再生できません。前進党幹事長、仲野康哉に呼び出された陶は議員会館の彼の部屋の前に居た。ノック音ドアが開かれ秘書の男性が彼を迎えた。「先生はいま会議室でミーティング中です。先生の執務室でお待ちいただけますか?」執務室に通された陶はソファに腰をかけた。「もうしばらくしたら終わりますので、しばらくお待ちください。」ドアが閉まる音すっくと立ち上がった陶は窓際に立った。衆議院第一議員会館8階のこの位置からは首相官邸と首相公邸が見える。窓から視線を逸らし、左を一瞥すると壁側に三脚台に立てかけられた日章旗が目に入った。そしてそれを背にする形で仲野が執務する机がある。机の上には固定電話とデスクトップ型パソコン。紙の書類は少しだけ。無機質な印象があった。「愛国精神だけでは政権は取れませんよ、先生。」こう呟いたときだ。会議室の扉が開かれ仲野が部屋に入ってきた。「あぁお待たせしました。」どうぞと言われ陶は仲野とソファに座って相対した。「今日は折り入って陶専門官に頼みがありましてね。」「先生の頼みであれば何なりと。」「先日のあなたの提案を参考にしました。」「おお!」「ツヴァイスタンと連携をとりたい。」「ん?」狂喜に満ちた表情の陶の顔が一瞬にして歪んだ。「あれ?先生…。私はアルミヤプラボスディアを止めるために、そのツヴァイスタンの親分格であるロシアと連携しませんかと言ったと思いますが…。ツヴァイスタンですか?」「え?あぁ…そうか…私の聞き間違いだったかぁ…。」「そうですよ先生。ご公務でお疲れなんでしょう。」「しかしなぁ、そのつもりで協力者を用意したんだよ。」「え?」どうぞと仲野が言うと会議室の扉が開かれ、男が入室してきた。きょとんとした様子で陶は彼の様子を見る。三つ揃いに縁なし眼鏡。髪の毛は整髪料で固められ、寸分の隙も無い整った出で立ちである。「こちらは?」「関さんといって、あなたと同じ内閣情報調査室の方だ。」「えっ!」どうもと言って関は仲野の横に座り、陶と向かい合った。「陶専門官はロシアの情報機関と連携する用意があると伺いましたが、それは具体的にどういった機関のどうのような方のことを指すのでしょうか。」関は静かに陶に尋ねた。「陶晴宗。」呼び方に敬称が無くなった。「あなたはツヴァイスタン内務省警察部警備局、通称オフラーナの協力者として我が国で工作活動に従事してきましたね。そのあなたがなぜロシアの情報機関と連携をするのでしょうか。」どうしてそのことをこの関という男は知ってるのだ。「答えてください。」ここで陶は下間悠里の画像を入手した昨日のことを思い出した。あのとき部屋から出た直後に人の気配を感じた。ひょっとしてこの関が自分のことを監視していたのではないか。いや昨日だけではない。関はオフラーナの工作員としてその活動に従事してきたと断定している。ということは一体いつから自分は監視されていたのだろうか。陶の首筋は脈打ち、その音が脳に響く。「関さん。」「はい。」「まさかあなたも双頭の鷲の…。」「違います。」関は陶の言葉にかぶせて発言した。「陶。あなたは私の問いに答えていない。もう一度聞きます。ツヴァイスタンのオフラーナ協力者であるあなたが、なぜロシアと接近しているんですか。」相変わらず陶の呼び方に敬称はなかった。陶は口ごもる。「私の問いに答える気が無いですか…。」「…。」「いくらロシアがツヴァイスタンと友好関係を持つ国と言っても、秘密警察がよその国の情報機関と妙な関係を構築するなんて許されるわけがないでしょう。」「力関係が違う。ツヴァイスタンとロシアでは。」「ほう。」「俺は強いものにつく。オフラーナではアルミヤプラボスディアの動きは牽制できない。所詮警察は軍には勝てない。」「軍?アルミヤプラボスディアは民間軍事会社じゃないですか。」「実質ツヴァイスタン軍だ。」「実質でしょう。軍じゃない。」「何が言いたい。」「まだオフラーナは抑え込めると言うことですよ。アルミヤプラボスディアを。」「…どういうことだ。」「我々と組みましょう。」「!?」陶の眼球の動きが激しくなった。関の目を見たり、その隣の仲野の表情を探ったり、部屋の様子を目で追ったりと落ち着きがない。「内調と組む…とは。」「あなたは内調の人間。オフラーナのスパイだ。あなたが今までやってきたこと。あなたを取り巻く人間関係。そのすべてを我々は把握しています。」「すべてとは。」「高橋勇介。」陶は関の目をじっと見つめた。「朝倉忠敏。」「…。」「佐々木統義も付け加えましょうか。」陶は何も言わない。「あなたは随分と特定秘密保護法違反を犯してきました。いや考えようによってはそれに留まらない。」「…。」「外患誘致という重い罪もあります。」仲野が口を挟んだ。「陶専門官。内調さんはそのすべてに対して目を瞑ると言ってるよ。」「目を瞑る?」関は黙って頷く。「その代わりあなたは今のままオフラーナと連携してくれないか。」「今のまま?」「そう。当初の計画通りそれを実行するんだ。私なんかに色目を使わず、粛々と計画を実行に移す。」「何のことでしょうか先生。」「金沢で大規模なテロを起こすんだろう。」陶は何の反応も示さない。関が仲野に代わって口を開く。「明日ですね予定日は。チェスを模した連中がそれに向けて着実に動いています。具体的にはナイトとビショップ。そしてキング。」「…。」「朝戸慶太、空閑光秀そして椎名賢明こと仁川征爾ですね。」「…。」「これにプラスしてレフツキー・ヤドルチェンコとウ・ダバも付け足します。大規模なテロになります。ならないはずがありません。」「つまりこういうことだ。オフラーナは朝倉事件でミソをつけてしまった。その失地回復を期して翌年仁川征爾を日本に送り込み、朝倉の意思を引き継いだ君に別の形でこの日本という地で何かしらの実績を作り、国内のプレゼンスを高めようとした。その中には長年の懸案事項だった鍋島能力、すなわち瞬間催眠のオフラーナによる実用化と管理があるのは言うまでも無い。瞬間催眠を我がものとし、かつそれを使って派手な実績を作る。そうすれば人民軍なにするものぞとなれるわけだオフラーナは。本国でね。」仲野が関が言うはずだったことを淀みなく語った。流石政治家だ。簡潔明瞭な語りである。「しかし敵も然る者。アルミヤプラボスディアを日本に寄越してきた。そしてオフラーナの企みを監視、その牽制をしてくる。昨今の不審船漂着。あれはアルミヤプラボスディアの手口だ。オフラーナはあんな直接的実力行使みたいなことはしない。いやできない。なにせ警察だからね。あれは訓練を積んだ軍がなせる芸当だ。」「いかにも。」ようやく陶が反応を見せた。「陶専門官。きみはアルミヤプラボスディアがここ日本で何をどうするかご存じか?」「恥ずかしながら全てを把握できていません。」「だろうな。」陶は関を見る。関は彼に頷いて見せた。「なるほど…。」この瞬間陶は全てを悟った。自分だけが知らなかったのだ。自分が内閣情報調査室という部署にあったのは、全てを承知の上での事だったのだ。朝倉忠敏の薫陶を受け、この国の治安組織の改革をゼロから作り直すことを自身の使命とした陶晴宗。しかしなんでもゼロから作るのは難しい。何かを手本としてそれを猛スピードで追いつく。いわゆるキャッチアップ型の方法が一番である。その手本を陶も朝倉も旧ソ連に見いだしていた。それ故に彼らの行動の根底に革命と似通った思想が根を張っているのである。しかし現実はどうだろう。彼らの夢想は今この瞬間に見事に打ち砕かれた。いやむしろ我が国の治安組織は彼らが思うほど愚かな体制でもなかった。スパイを敢えて受け入れることで相手方の情報を抜き取り、対策を講じる。安全保障予算の拡充という予算措置は、それらの機能強化を急ピッチで着実に進めた。確かに急ごしらえのためそこかしこに綻びはあった。しかし日本のインテリジェンス機関の勤勉さと能力の高さはそれを埋めてあまりあるものだったようだ。大日本帝国のころ、あまたの優秀な情報機関をこの国は有していた。その眠っていた実力を経済的な裏付けが呼び覚ましたのかもしれない。「参りました。」陶は腰を折って二人に頭を下げた。「ではご協力いただけると?」この仲野の問いに陶は素直に応じた。「はい。私はなにをすれば?」これには関が応えた。「何もしなくて良いです。あなたは今まで通り動いてください。」「今まで通り?」「はい。仁川と連携をとって粛々とテロを実行するよう、その下地を整えてください。」「それがアルミヤプラボスディアの牽制になると?」「はい。アルミヤプラボスディアはあなたらのそういった実力行動を嫌がっている。だから牽制をかけるんです。」「しかしそれではどんどんエスカレートしませんか。お互いが。」「その心配はあります。ですがそこはあなたが考えることではない。」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー【Twitter】https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVMご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。すべてのご意見に目を通させていただきます。場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。...more15minPlay
FAQs about オーディオドラマ「五の線3」:How many episodes does オーディオドラマ「五の線3」 have?The podcast currently has 262 episodes available.