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「このことは京子には話して良いのでしょうか。」
「駄目や。」
「…ですよね。」
「もちろんマルKも無しや。」
「わかっています。」
「…頼む。」
「はい。」
「説得できるか。」
「やるしかないでしょう。」
「そうか。」
「任せてください。」
頼んだと言って電話は切られた。
別室に籠もっていた黒田は部屋を出た。
偶然前を京子が通りかかった。
「あ、デスク。」
「おう。」
「早速面白い話入ってきました。」
「え?何のこと?」
「何言ってんですか、デスク言ったじゃないですか。ネカフェ爆発事件がなんでキー局放送されてないのかって。」
「あ、あぁ…。そんなこと言ってたな…。」
「あれ、国民の不安を助長させるとかで、各局示し合わせて報道を控えたそうです。」
「はぁ!?」
「ネカフェ事件の前から全国でテロ事件が多発してたでしょう。あれがきっかけで放送各局と新聞通信社が話し合ったらしいんです。」
「それって警察からの依頼があって?」
「それがどうも無さそうなんです。あくまでも自主的にって話です。」
「嘘だろ…。いやぁ…あり得ないでしょ。」
「私もあり得ないと思います。でも最近はあり得ないことが普通のことになってますから、私は案外普通に受け入れられますけど。」
「あっ…そう…。」
「はい。」
「しかし、それ本当だとするといずれ中の人がリークすると思うよ。SNSで。」
「ですよね。」
「警察からの依頼で報道協定結ぶってのなら分からなくもない。でもそうだとしても具体的に何を守るために協定結ぶんだって話だ。それが報道側で自粛なんて…報道そのものの信用が落ちかねない。」
「信用が落ちた人の話に聞く耳を持つ人はいません。」
「まずいな…。」
「商売仇の自滅は私ら的にはありがたい話なんですが、これメディアの存在そのものを揺るがす事態に発展するかもしれません。」
「だな。」
「はい。」
興奮と困惑が入り交じった複雑な表情。
京子のそれが物事の本質を端的に表していた。
「京子。」
「はい。」
「それはそれで一旦ストップ。」
「はい?」
「ちょっと込み入った話がある。」
そう言って黒田は今出てきた部屋に京子を招き入れた。
「例の特集なんだけど。」
「はい。今日の配信で終了です。」
「止める。」
「…?」
言葉の意味がよく分からない表情を彼女は見せた。
「あれはボツだ。今日の配信は中止。過去二回のアーカイブも削除する。」
「え!?」
「京子は今からその報道自粛の取材に取りかかって欲しい。」
「えぇ!?」
「特集のことは忘れろ。」
「ちょっと待ってください。なんで特集はボツなんですか!」
「理由は言えない。ボツなものはとにかくボツだ。」
「デスクも社長も評価してくれてたのに?」
「当初はね。」
「当初は?」
「うん。」
「数字ですか?初速が鈍いのはウチの伝統じゃないですか。」
「理由は言えない。いまはここであーだこーだ言ってる時間は無い。すぐに取材だ。」
「人がいないってさっきまで言っててじゃないですか。」
「言ってた。」
「それがなぜ。」
「だから理由は言えないって言ったろ。」
「理由が分からないと私動きません。」
覚悟が見える彼女の表情を見た黒田もまた覚悟を決めた。
「じゃあ辞めな。」
「え…。」
「俺の命令が聞けないって言うんだったらウチに要らない。すぐに荷物をまとめてここから消えろ。」
「ちょ…わたし理由を聞かせて欲しいだけなんですが。」
「同じ事を何度も言わせないでくれ。」
なんだこの態度の豹変ぶりは。
いつもの説明を尽くす彼ではない。
「さぁどうなんだ。やるのか辞めるのか。」
「辞めません。」
「じゃあすぐに取材に移れ。」
「それもやりません。」
「なに都合のいいこと言ってんだよ。」
「デスクが特集ボツにしたその理由を探る取材をします。」
黒田は呆れた。
「ボツに関しては私の仕事じゃありません。デスクがボツと言えばボツです。受け入れます。」
「…。」
「ですが理由すら明らかにされないのは納得いきません。なのでその理由を探って一本の動画にしたいと思います。」
「俺は報道自粛を取材しろと言ったが。」
「それだと必然的に私が東京に張り付くって事になりますよ。人が足りないって言ってんのに。」
「外の人間使えばいいだろ。」
「あ、椎名さん使うんだ。」
「それはない。」
食い気味で黒田はそれを否定した。
「椎名は使わない。いや今後、ウチが彼を外注で使うのは認めない。」
「え?なんで?」
「ちょっと問題のある男だってわかった。」
「それが理由ですか。ボツの。」
「それとこれとは別。とにかく椎名とは関わるな。」
「あ…はい…。」
「これは命令だよ。」
「はい。」
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金沢駅近くのとあるホテル。
扉を開く音
「Входите.. 入れ」
扉閉める音
「Слышал эту историю. Молодец. 話は聞いた。よくやった。」
訪れた彼は部屋に招き入れられた。
「Удобно. 手際がいい。
Где вы научились это делать? どこで修得したんだ?」
「Россия. ロシアだ。」
「Россия? ロシア?
Где твое место? どこの所属だ?」
「Не могу сказать. 言えない。」
「ФСБ. FSB。」
「Я не знаю. どうだろう。」
「Ну, хорошо. まあいいだろう。」
男は彼にグラスを手渡し、それにワインを注いだ。
「Слава Отечеству. 祖国に栄光あれ。」
「В этом вине нет яда, не так ли? 毒は入ってないだろうな?」
「Конечно. もちろん。」
「А теперь, пожалуйста, выпейте мое вино. では私のワインをどうぞ。」
グラスの交換を促された男はそれに素直に応じた。
「Как насчет этого? これでいかがかな?」
「После тебя. Капитан Бенеш. お先にどうぞ。ベネシュ隊長」
「Тогда. では。」
笑みを浮かべたベネシュはそれをひとくちで飲み干した。
それを見届けた彼はそれに続いた。
ワインを飲む音。
ベネシュは部屋のバルコニーに出て、そこから金沢の街を見下ろす。
「Саеки. Подойдите сюда и посмотрите на него вместе со мной. 冴木。こっちに来て見てくれ。」
呼ばれた冴木もバルコニーに立った。
「Это спокойный город. のどかな街だ。」
ため息をついた冴木は改めて眼下の金沢駅を見る。
バスターミナルに赤とベージュ色でペイントされたバスが次から次へと吸い込まれ、吐き出される。
朝の通勤時間であるためだ。
ここはその喧噪とは無縁の高層マンション。
慌ただしさなど無い。すがすがしささえ感じる。
「Правильно. そうだな。」
「В Канадзаве есть традиции и культура. 金沢は伝統も文化もある。
Это благоустроенный и привлекательный город. 住みやすく魅力的な街だ。」
「…。」
「Сегодня последний день, чтобы увидеть и это. それも今日で見納めだ。」
「Сегодня ?今日?」
「Правильно. そうだ。」
ライフルで撃ち抜かれる音
刹那、何かが弾けるような音がして隣に立っていた冴木が崩れ落ちた。
その直後に銃声のような音が聞こえた。
「Удар. Убери это. 命中だ。片付けてくれ。」
ベネシュは携帯でどこかに連絡していた。
「Принято. 了解。」
「См. Никто не обратил внимания на стрельбу.
Насколько вы спокойны?
Народ этой страны.
見ろ。だれも銃声に気がついていない。
どれだけ平和呆けしてるんだ?
この国の民は。」
ポツポツと雨が降り出した。
「Дождь... Удобно.
雨か…。好都合だ。